2017年4月24日 (月)

オオツルボ

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家の近所の駐車場のわきにグロテスクな花が咲いていた。
つねに近所を徘徊して、なにか変わった花が咲いてないかと鵜の目鷹の目のわたしだけど、こんな花を見たのははじめてだ。

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だいぶ苦労して調べてみたら、オオツルボ(シラーペルビアナ)という球根植物だった。
だからどうしたっていわれても困るけど、こういう役に立たない知識を増やすのは、バードウォッチングのあと屋敷にもどって、野鳥の名前を調べる英国の貴族の趣味みたいでカッコいいでしょ。

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2017年4月23日 (日)

今朝の新聞

今朝の新聞の1面トップはフランスの大統領選について。
これはまあ、外国の話だから、わたしがじたばたしてもどうにもならない。
ルペンさんが勝つと桶屋が儲かるで、円が高騰するらしいから、外国旅行が安くすむかしらと、つまんないことに期待感。

「日曜に想う」という大きなコラムで、編集委員さんが長い文章を書いていた。
リベラル系新聞としては、学校で教育勅語がおおっぴらになると、たちまち軍国主義が復活するのではないかと、時代錯誤的な心配をせずにはいられないらしい。

いろいろ並べてあるゴタクの中に、「勅語の徳目はいわば空箱だ」という文言がある。
安倍クンの意をすぐ忖度しちゃう議員がいるのは困ったことだけど、わたしも勅語に実質的な強制力はなにもなく、ただむかしの人の道徳教育はこんなものだったという、歴史の勉強の参考ぐらいにはなるんじゃないかという考え。
そんな空箱ていどのものに、長々とおかしな理屈をふりまわし、まるで危険思想みたいなことを書くのは、よっぽどヒマなんだなとしか思わない。

外国の政治学者の主張にもとずいて、4拍子のワルツなんてものをでっち上げているけど、これは編集委員さんとまったく正反対の内容にすることもできる。
たとえばこんな調子。
1拍目は「 挑発」。教育勅語はケシカランといって耳目を集める。
2拍目は「釈明」。批判をあびると、べつに教育の理念として復活させてはイケナイといってるわけじゃないと、日曜版でゴタクをならべる。
3拍目は「犠牲者のふり」。ウチはまっとうなことをいっているのに、いつも捏造よばわりされる。
4拍目は「勝利」。勅語にかかわらず、なんでもかんでも反対して、リベラル系の真髄はここにありとイバる。

「世のためになるといっても、どんな世の中になるかによる」という文言もあった。
どんな世の中になるかは、だれにも、この編集委員さんにも、わからないのだから、そんなものについて危険だと書くなんて、ほんと、ウチの新聞は日曜の朝に、いい頭の運動をさせてくれる。

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2017年4月22日 (土)

またレッドタートル

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以前にこのブログでも取り上げたことのある「レッドタートル」というアニメを観た。
それ以前に予告編を観たことがあって、ディズニーの3Dや、ジブリアニメとも異なる、あっさりした水彩画ふうの背景や、いたって簡略化された人物などが気になっていたアレである。

水彩画ふうなんて説明をすると、ジブリの「かぐや姫の物語」を思い出す人がいるかもしれない。
ここから先はわたしの個人的主観になるので、同調してもらわなくてもいっこうにかまわないけど、かぐや姫のほうが登場人物のキャラや動きにしても、どうしてもジブリの呪縛から逃れられないのに対し、レッドタートルのほうは完全に日本アニメから脱却した個性的な作品になっている。
日本公開にはジブリも関わっているらしいけど、実質的な監督はマイケル・デュドク・ドウ・ヴィットというオランダ出身のアニメ作家で、ジブリ嫌いのわたしでも受け入れやすい映画なのだ。

じっさいに見てみると、最近のアニメにはめずらしいくらいシンプルな作品で、逆説的に聞こえるかもしれないけど、シンプルすぎて意味がよくわからないくらい。
ストーリーそのものは単純である。
難破して絶海の孤島に打ち上げられた若者が、島で出会ったウミガメの化身である女性とひととおりの人生を経験したあと、年老いて死んでしまい、女性はふたたびウミガメにもどって海に帰っていく、それだけの話である。
音楽と波や風のような自然音以外に、セリフはひとつもなく、あとは観る人が勝手に考えなさいという映画なのだ。

最初は浦島太郎みたいにカメの恩返しかと思ったけど、映画を観るかぎり、若者には復讐されることはあっても、恩返しをされるいわれはない。
これはいったい何を象徴しているのか、なんの寓意なのか。
意味がわからないとはそういうことだ。

理屈はつけようと思えばいくらでもつく。
いくらでも理屈をこねられるものに、あえて自説が正しいといっても始まらないから、ここではあくまで参考意見として、わたしの見解を。

随所にあらわれる満点の星空や、カニや小動物たち、そして若者が海の中でウミガメといっしょに泳ぐシーンなどは、天然のままの大自然を賛歌しているように思えるけど、よく観ると弱肉強食のひじょうに残忍な部分も描かれている。
どうもたんなる自然賛歌ではなさそうだ。

若者は文明社会にもどろうと、筏を作って何度も海に出る。
ところがそのたびにウミガメに妨害されてしまう。
怒った若者は海岸でこのウミガメをひっくり返して殺そうとする。
しかしとちゅうで気が変わって同情心を起こし、今度はなんとかウミガメを助けようとする。
助けられたウミガメはその後美女に変身して、彼の伴侶になるんだけど、いちどは殺されかかった相手を愛するなんて、いくら寓話だとしてもつじつまが合わないのではないか。

つまんないことにこだわってやがるなといわれるかもしれないけど、わたしだって細部にこだわるつもりはない。
ただ、全体としてみても、これはストーリーをうんぬんする映画ではないんじゃないかということだ。

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この映画を観たついでに、同じアニメ作家が作った短編アニメをいくつか観たけど、その中に「父と娘」という作品があった。
これは幼いころ父親と別れ別れになった娘が、老婆になったある日、ふたたび娘に返って父親と再会するまでを描いた8分程度の短編である。
「ドナウ川のさざなみ」の音楽にのって、単純な線と水彩で描かれた物語が、物語そのものまで一筆書きのように簡略化して描かれており、なぜ父親と別れることになったのか、どうしてまた再会したのかという説明はいっさいない。
それでいて観ていてじつに切ない感傷におそわれる。

中国に黄粱の一炊ということわざがある。
ひとりの人間の一生におよぶような長い夢を見たあと、目を覚ましてみたら、まだ寝るまえに火にかけた鍋のアワが煮えてなかったというもので、人生のはかなさを意味しているんだそうだ。
意味がちがうけど、「レッドタートル」も、無人島に打ち上げられた若者が、死ぬ寸前に見た長い長い幸福な夢だったといえないだろうか。

夢だと考えれば矛盾のあるストーリーも、みんな納得できてしまう。
そんないいかげんなというなかれ、最後の最後になって、正義の味方が都合よく勝利をおさめる最近の米国映画よりよっぽどマシだ。
人生の終わりのほんのひとときでもいい、いっさいを投げ打って、画家のゴーギャンのように、絶海の孤島で癒されたいと願う人はきっといるはず。
だからこの映画は、人生に疲れ果てた現代人の夢ともいえるのだ。
癒されたいと願うこころに、かならずしもストーリーは必要ないのである。

ところでわたしもまた西表島に行きたくなってきた。
わたしもだれもいない海岸でまどろんで、この映画の主人公のように、長い幸福な夢を見たいと思う。
「レッドタートル」は、ホント、わたしのために作られた映画といってよい。

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2017年4月21日 (金)

ジグソーパズル

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わたしはときどき思うんだけど、人生はジグソーパズルみたいなものではないか。
と書くと歌の歌詞みたいだけど、自分がこのパズルの断片のひとつだとして、そのはめ込まれる場所によって、運命が左右されることは確かのように思える。

たとえばわたしがいまよりもうすこし上の位置にはめ込まれていれば、東京大空襲で焼死していたかもしれない。
もうすこし下にはめ込まれたら、ヤケッパチになった北朝鮮の正恩クンの核ミサイルでぶっとばされるのかも。
もうちっと横にずれてたら、韓国に生まれて反日に精を出していたかもしれないし、もっともっと横なら中東あたりの戦乱に巻き込まれていたかもしれない。
横で、なおかつもっと上か下だったらと考えると、これはもうロクなものではなさそうだ。

そんなふうに考えると、わたしが日本という、こんな民主的で、豊かな国で、食べ物も美味しい国の、いちばん平和な時期にはめ込まれたのは、きわめて幸運なことだったとしか思えないのである。
なんでわたしはこんな強運に生まれついたのか。

そんなことをいうと、それはおまえだけじゃない。
おまえと同じ位置にはめ込まれた人が無数にいるはずで、その全員がおまえと同じ幸運を共有しているではないかという人がいるだろう。
いや、わたしよりもっと幸運な人もいるはずだ。
たとえば結婚して幸せな家庭を持ち、順当に出世して家を持ち、老後は子供たちに面倒をみてもらって平穏に暮らす人、こういう人がわたしと同じ場所にはめ込まれたら、彼はわたしよりずっと幸せなはずだ。

しかしと、ここでまた逆らうんだけど、そういう人なら多少上下左右にズレたとしても、やはり努力してそれなり幸運をつかむのではないか。
わたしの場合は、どうしようもない無能の人で、しかもきわめつけの怠け者だ。
こういう人間が感じる幸運は重みがちがう。
どうしてわたしみたいなクズ人間が、こんな、奇跡とも思える場所にはめ込まれたのか。

ああ、わからない。
わからないけど、幸運のまんまでもう人生の終盤だ。
死ぬというのはいったいどういうことなのか。
実体があるものなのか、とりとめのないものなのか。
死んだあとにはじめてわかるものなのか。

宗教や死後の世界を信じないわたしだけど、人間の幸福を左右する運命の力みたいなものは無視してるわけじゃないから、これはちっとも矛盾していない。

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2017年4月20日 (木)

さんディー

これは韓国の話だけど、国会議員が3Dを“さんディー”と読んで、日本のネトウヨあたりから嘲笑されていた。
そういえばわたしも3D映画を観にいくとき、いつも“さんディー”と読んで、知り合いから“スリーディー”でしょうと注意される。
こういう新しい外来語の読み方って、なにか厳密な決まりごとがあるのか。
本人が読みやすいように読んでかまわないんじゃないか。
わたし的にはさんディーのほうがスリーディーより読みやすいけどね。
不動産屋が3LDKの間取りのことをなんと呼ぶか、最近の新しいテレビにしたって、あれ、4Kを“フォーケー”なんて読んでるのか。
たぶん、しいて考えれば、外国でスリーディーとして正式に認証されている言葉はそのとおりに読み、外国では一般的でない3LDKや4Kのような言葉はなんでもいいってことじゃないかと思うけど、それを平民にまで強制するってのは、なんか個人の自由な意思を大勢に従わせようとするファシズム的なものを感じてしまうよな。
そう思うのはわたしだけか。
ん、わたしだけだろうな。
世間の人はたいていしきたりや慣習に従順だ。

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2017年4月19日 (水)

シリアと北朝鮮

今日の夕刊を読んだら、「時事小言」というコラムで、フジワラさんという、見た感じは頭脳明晰そうな人が長い文章を書いていた。
頭脳明晰そうと揶揄する調子になったのは、書いている内容が、もっといくらでもべつの視点で考えられそうなものなのに、やけに一方的なことしか書いてないからだ。

彼はシリアのアサド政権と北朝鮮のぼんぼんを同列にならべて、トランプさんがこれを転覆させるのはむずかしいだろうと書いている。
その理由がごたごたと書いてあるんだけど(長いから引用しない)、この両者はほんとうに条件がいっしょだろうか。

いちばん大きな違いは、アサド政権にはロシアやイランという巨大な支援国家がいることで、これが絶え間なく最新兵器を補充し、制裁に対して拒否権を発動してきたこと。
しかもシリアを取り巻く環境は複雑怪奇で、反体制組織に加え、ISのような第三の勢力まで加わって、それぞれに言い分があり、なにが正義なのかだれにもわからない状態だ。

ここまでいえばわかると思うけど、北朝鮮のほうはどうか。
なんだかわけのわからない理由で、中国と信頼関係を築いていた身内まで粛清して、最大の支援国になり得た中国にまで愛想をつかされる始末。
極東に軍拡競争を望まないロシアも傍観という立場だし、ぼんぼんの味方をしようという勢力が、いま周囲にひとつでもあるだろうか。
きつい制裁をくらって、燃料や新兵器の輸入もままならず、孤立無援のまま世界最強の軍隊を敵にまわさなければならないのだ。
だからこそミサイルや核兵器にこだわるんだろうけど、そんなものを持たせたらキチガイに刃物だ!

だいたい北の国民が本心から、ぼんぼんの体制維持を願っているんだろうか。
口先だけは勇ましいけど、いや、勇しければ勇ましいほどカラ元気で、内部は意外ともろく、戦争になれば内側からかんたんに崩壊するかもしれない。
でもまあ、そういうことはさておいて

わたしみたいなしろうとでさえ、シリアと北朝鮮を同列には置かないのに、フジワラさんの見立ては、朝日新聞の気持ちを、いまはやりの “忖度” したものだろうか。
どこへ飛ぶのかわからないミサイルも怖いけど、なぜか北を擁護する朝日新聞の考えもコワイ。

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メイさんの魂胆

よくわからんな。
あ、英国の話。
首相のメイさんが選挙をして、EU離脱について、国民の信を問うだって。
なんか1年前にも同じようなことやってなかった?

いろいろ調べみたら、彼女はEU離脱に反対していたキャメロンさんが、国民投票で離脱が支持されたためにガックリきて、辞職したあと、自動的にあとがまに座った首相で、選挙で国民からちょくせつ選ばれた首相ではないそうである。
おかげで、そんな首相がEUと離脱交渉をするのはケシカランと、野党から責められていたらしい。

うるさいわね、外野がと思ったかどうか知らないけど、彼女が世論調査をうかがってみると、いまのところ彼女の人気はダントツだ。
これなら選挙やっても楽勝だってことで、もういちどEU離脱について国民の信を問い、今度こそ確実な信任のもとに離脱交渉を進めようというハラらしい。

じつはよくわからんのはここから先。
1年前の国民投票では、離脱を支持する国民と、支持しない国民は僅差の勝負だった。
しかも結果が判明したあとになって、EU離脱ってどういうことなのと、ググッた国民がたくさんいたという。
こういう頼りない国民が、いちおう頭を冷やして冷静に考えたあとでは、やっぱりEUに残留しないとオレたちの将来まっクラだと考え直して、また結果がひっくり返る可能性はないのだろうか。

ひょっとするとメイさんも同じことを考えていて、本心では今度こそ国民の支持のもとにEUに復帰しようという魂胆かもしれない。
EUもいいとこ取りは許さないなんていってるし、移民を拒否して日本の企業に逃げられては、この先政治をやっていけないわくらいのことは彼女も理解したと思うんだけど。

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2017年4月18日 (火)

また実況中継

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ただいま飛行場のそばで風に吹かれてます。
まるで初夏みたいな天気で、じつにいい気持ち。
この世の憂さがすべて体からすうすう抜けていく感じだ。
ソメイヨシノはおわったけど、わたしの好きな海堂も咲き始めたし、飛行機のまわりでは、なんと、花の色が緑色のサクラが、それもたくさん。
これはウコンという名前のサクラらしい。

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このサクラの名前については、最初ギョイコウ(御衣黄)と書いたけど、その後知り合いからウコンではないかと指摘があった。
調べてみるとウコンのほうが一般的らしいので、訂正しておいたけど、わたしは専門家ではないから、自信を持って断定はしない。

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2017年4月17日 (月)

ちと残念

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このブログでも、プロが作ったような本格的な作品だとほめたことのある、YouTubeのオンリー・イン・ジャパン(Only in Japan)というチャンネル。
この4月からなにやら異変が起きているよう。
主役はあいかわらずジョン・ドーブ君だけど、最近の映像を見ると、他のしろうとが作ったのと同じような安っぽい映像になっているのだ。
スタッフとケンカでもしたんだろうか。
それまでは内容も、しろうとが作った映像とちがって、ユニークなものが多かったから定期的に視聴していたのに残念である。

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恒例の

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