2019年11月19日 (火)

直感

風邪はすこし落ちついてきたけど、毎度じゅるじゅるばかりじゃ、アクセスはますます減少する。
アセって今日の新聞を読むと

今日の新聞の1面に、ヤフーとLINEが統合するって。
貧乏人のわたしには関係のない話だけど、最近のソフトバンクの孫社長の動向には興味がある。
彼は米国のベンチャー企業に投資して、でっかい赤字を出したそうである。
投資は投機である、ということが身に染みたかどうか。
それにもめげずにまた投資の一環として、韓国発祥のSNSであるLINEと手を組もうとしているらしい。

バクチ打ちの格言に、落ち目のときは手を出すな、というものがあるかどうか知らないけど、ちょっとヤバイんじゃないかという気がする。
ソフトバンクは孫社長のワンマン経営で、役員たちによる合議制でもないし、株主の意向で進路が決まるわけでもないから、親分こけたらみなこける。
会社全体が親分のバクチに付き合わせられているようなものだ。

たしかにじっとしていれば世界の巨大IT企業(GAFA)に遅れをとるだけというのもわかる。
しかしGAFAというのは、いま世界中が規制をかけようと狙っているところだし、LINEについても韓国政府は、これは日本と組もうというのが気に食わないだけかもしれないけど、制裁を科そうというつもりらしい。
だからいまのこの時期、つまり無理する必要がなく、もっと様子を見たほうがいい時期に、新しいバクチに手を出すってのはどんなものだろう。

時代の動きは不幸なほど目まぐるしく、今日の大企業も明日はどうなるかわからない。
案外わたしは、生きているうちに、これ以上ないくらい大規模な崩壊現場に遭遇するかもしれない。
と、経済に無知なしろうとが、直感だけでなにかいっております。

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2019年11月18日 (月)

まだ風邪

まだ鼻水じゅるじゅる。

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2019年11月17日 (日)

風邪

鼻水じゅるじゅる。
ひさしぶりに風邪をひいたようだ。
インフルかしら。
なんにもやる気が起きないので、ブログも休み。

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2019年11月16日 (土)

零士さん

松本零士さんが倒れたそうだ。
ショック。

手塚治虫亡きあと、その地位を継ぐ漫画界の巨匠といっていい人だ。
もっとも最近の若い人の中には、この人のことをぜんぜん知らない人もいるかもしれない。
知っていたとしても「宇宙戦艦ヤマト」や「銀河鉄道999」などのアニメの原作者としてだろう。
「ヤマト」については著作権はべつの人物にあるらしいけど、わたしは絵やストーリーが松本零士さんのものであると確信しているので、ややこしい人間界のごたごたは抜きにして、ただもうやみくもに松本作品であると信じているのだ。

こんな具合に強引なことを書こう思ったけけど、今日はこれからパソコン同好会の飲み会だ。
家にもどるとベッドにばったりの可能性があるので、今日の更新はこのくらいにしておこう。

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2019年11月15日 (金)

いけないねえ

あああ、いけないねえ。
このブログ、今月はまだいちどもアクセスが3桁に届かないよ。
ま、そんなものに興味がなくて、自分がまだ生きてますってお知らせになればいいと考えているブログだから、やむを得ないけど。
ぜんぜん宣伝もしてないし。
「いいね」を押してなんてお願いもしたことないし。

わたしとしては滅びゆく老人ためのブログを目指しているんだけどね。
晩年を迎えたじいさんが、いかにその日その日をすこやかに生きていくか。
そういう年寄りの励みになればと思ってんだけど、そうか、そういうじいさんがパソコンなんか使うわけがないか。

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2019年11月14日 (木)

むかしの中国

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4K版の「シルクロード」というテレビ番組。
これは40年もまえの映像を無理やりデジタル変換したもので、現代のデジタル映像を見慣れた者には、どうしても画質がイマイチ。
というわけで、あらためて観ようという気になれなかったんだけど、なにしろ
40年まえだから、その資料的価値が気になって、最近シリーズの録画を始めた(うちのテレビは4Kではないから、2Kに再変換されたものらしい)。

先日放映された分に、蘭州や武威、張液といった、わたしの行ったことのある街が出てきた。
いやもう、隔世の感がする。
この映像のなかの人々は、男も女もみんな紅衛兵のような模範的な人民服スタイルばかりで、鉄道列車もわたしが乗ったことのあるグリーン塗装の無骨なものではないか。
中国という国は、この
40年のあいだに過去から未来へ、タイムマシンでいっきに飛び越えたような気がする。

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わたしが初めて「シルクロード」に出かけたのは1997年のことだから、NHKがこのシリーズを取材してから18年後のこと。
そしてそれからさらに
20年以上が経過した。
わたしが見た中国は、ちょうど過去と未来の境界にかかる橋を渡っていたところなんだなあと、あらためて感慨がしきり。

添付したのはすべて97年ごろの中国にて。

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2019年11月13日 (水)

香港と韓国

香港の動乱はいよいよ激しさを増しているようだ。
日本からみると、どうしてもデモをする学生や一般市民のほうに同情する感じがあって、学生が警官に撃たれたとか、重傷を負ったとかいうニュースばかりだけど、これまでのところ鎮圧する側は自制を保っているほうだと思う。
ニュース映像で見たけど、デモ隊が道路の敷石をはがしたり、手製の武器を準備していた。
アメリカなら、これではもっと荒っぽい対処をされてもおかしくない。

当初の懸案だった犯罪者の本土引き渡しはひっこめさせた。
いったいデモ隊はこれ以上、どんな未来、落としどころを描いているのか。
デモ隊が要求しているとは民主化だそうだけど、中国のような国が一挙に民主化というのも考えにくいし、いまは文明国であることを証明するために、必死で振り上げた手を抑えている中国を、舐めすぎるのも危険だと思う。
わたしは市民のほうもいいかげん暴れるのを控えて欲しいという立場。

また韓国の話になっちゃうけど、こんな具合に香港の若者が命をかけて抵抗している政治体制に、迎合しようというのがいまの韓国だ。
日本やアメリカのような自由主義同盟から抜けて、北朝鮮、そして彼ら自身も大キライな中国に寄り添おうとは、いつたい何を考えているのか。
ひょっとするとスイスのような、独立した永世中立国を目指しているのかもしれないけど、他人に恨みをぶつけてばかりいるようでは、それはとってもムズカシイと思う。

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2019年11月12日 (火)

また病院

また病院に来ている。
なんか医師に怒られそうな気がする。
なんせ前回来たのがもう2カ月ぐらい前だ。
その間、1カ月分もらった薬がようやく消化したところ。
なんでこちらの言いつけどおり、毎日きちんと飲まないんだよと、医師にすれば不満だろう。
でも仕方ないでしょとわたし。
いつ名前を呼ばれるかわからないから、理由は帰宅してから書く。

やっと帰宅した。

案の定医師の怒りは激しかった。
わたしとすれば、しょっちゅう血圧を計って、上がったら飲む、下がったら様子をみる、また上がったら飲む。
それでいいんじゃないかと思うから、薬だけもらえればいいんですがといってみたら、ウチは薬屋じゃない!だって。
こっちはどんな薬をどうやって飲ませるか、効果をいろいろ調べているんだ。
なんか病気をして、入院した病院で、これまでどんな薬をどのくらい飲んでいたか訊かれたらどうすんだ。
ぶつくさぶつくさ。

てやんでえ、こちとら高止まりのまま20年も無病息災、薬なんぞ飲まないでこの歳まで健康そのものだい。
いつ死んだって惜しくはねえんだと反抗してみたものの、脳梗塞で寝たきり
10年というのも困る。
そばにいた看護婦さんもニヤニヤしてるし、泣く子と医者には勝てない。
素直に聞いていたら薬漬け人間にされそうだけど、ワカリマシタといって仏頂面で帰ってきた。
け、やぶ医者め。死んだら化けて出てやる。

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2019年11月11日 (月)

昨日の新聞

今日の新聞にと書きかけて、よく考えたら今日は新聞が休みだった。
夕刊は購読をやめたから、こうなると明日の朝まで、市井の動向、世界の動きを知るためにはネットしかない。
それでもいいんだけど、なんかもの足りないね。
仕方がないから昨日の新聞を読み返す。

昨日から朝刊に「老後レス時代」というシリーズが始まった。
現代は定年のない時代で、多くの人々が70を過ぎても働かざるを得ないという。
うーんと自らをふりかえって考える。
仕事をやめて極楽とんぼのわたしも、ちっとは働かなければいけないのではないか。
耳が遠くなったほかは、べつにどこも悪くないんだし。
でもわたしの周辺をながめても、わたしより若くてリタイヤした人もたくさんいるし、さいわいひとり者で、いますぐお金に困るほどではないから、切り詰めて生活すればなんとかなりそうだし、仕事をやめた年齢を考えると、ま、わたしは世間の人の平均ぐらいじゃないか。

新聞には悲惨な例がいくつか取り上げられている。
乏しいパート仕事で食いつなぐAさんは、
71歳で奥さんと二人暮らし、月7万円の年金と奥さんのパートでの稼ぎが頼り。
68
歳で警備員として働くBさんの年金は、夫婦で月6万円ほどで、これでは雨の日に下着まで濡れながら交通整理をする(しかない)。
ささやかながらも将来の目標を立てていた
71歳のCさんは、くも膜下出血で倒れてすべてがパー、生活保護を申請するしかなかった。

それでもCさんの場合は、倒れたときに会社が健康保険に入っていたので助かったという。
だから社会保険は大切だよなんていうつもりで、こんなことを書いているわけじゃない。
どっちかというとロクなもんではないことが多かったけど、わたしは人生の喜怒哀楽はもうほとんど体験して、あとはお迎えが来るのを開き直って待つだけだ。
頭上にさしかかった不幸な時代は、わたしに関わることなしに頭の上を通り過ぎていくのだ。
わたしってどうしてこんなに幸運なのだろう。

わたしは不運な人たちを背後に置いて散歩に出る。
途中で屹立するセイヨウハコヤナギの木を見上げる。
この木はシルクロードに多く見られる白楊のことである。
わたしはサクラはもう見飽きた。
来年の春に、白楊のこずえからまい落ちる綿毛だけはもういちど見たい。

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2019年11月10日 (日)

うた二つ

今日の新聞に自殺した歌人のうたが二首ばかり取り上げられていた。  
  血と雨にワイシャツ濡れている無縁
          ひとりへの愛うつくしくする
もう一首は
  夜明けとはぼくにとっては残酷だ
         朝になったら下っ端だから
前者は学生運動の闘士だった若者のうたで、後者は正規雇用からはずれた一般労働者のもの。

ふたりの絶望はよくわかるものの、学生時代ノンポリだったばかりか、学生運動に冷ややかだったわたしには、最初のうたは同調しにくい。
たとえば、エート、あの東京新聞の望月イソコさんが自民党政治に絶望したとしても、それは本人の勝手な思い込みが原因で、もうちっと他人の気持ちを理解しさえすれば、なにも自殺するほどではないでしょうと忠告でき、本人も、そういう考えもあるのかと、また明日から元気に仕事に励むのではないか。
政治活動というものは誤解、もしくは自己チュウに満ちているものだ。

もう一首は、これは悲惨である。
わたしが現代に生まれていたら、はたして冷酷な社会に耐えて生き永らえていけたかどうか。
なに、結婚しないでいれば、とくに男の場合、世間はそんなに厳しいものでもないよと、忠告はできない。
いまでこそのんきなことをいっているけど、異性を恋するというのは人間の本質であり、あの子と結婚したい、そのためには社会的に認められなくちゃと、わたしも底辺で蠢いたことがあるのだから。

それでもまだ生きていて、同じような傾向をもつ若者にいっておく。
絶望しやすい青春の一時期を脱しさえすれば、たとえ孤独であっても、あとは平穏無事な人生が待っていると思う。
すくなくとも、うたを詠むほどの文学青年であれば。
  生きながらえてわが人生をふりかえり
           自死したひとのうたをよむ朝

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