2018年12月14日 (金)

なみだ

01

前項で iPod と YouTube の絶妙のコンビネーションに触れたけど、わたしって若いなあと思うことがある。
たとえばむかし熱狂した音楽をまた聴いて、つい涙がこぼれてしまったときなど。
いいトシこいたおっさんがといわれてしまいそうだけど、涙がというのはウソではない。

つい最近、むかしテレビから録画したレイ・チャールズの What'd I Say を聴いてみた。
彼のこの曲はCDも持っているし、YouTube にもたくさんの映像が上がっている。
わたしが観たのはこの曲がヒットして間もないころのものと思われる映像で、NHKが放映したものだ。
レイはテレビ局のスタジオで、オーケストラとバックコーラスに、途中からから登場するゴーゴーガールを従えて歌っている。
同じ映像が YouTube に上がっているけど、そのうち消えてしまうかもしれないから、観るならいまのうちだ。

02

なにぶんにも古いフィルムをアナログ時代のテレビで放映したものだから、画質は最悪だけど、音はそんなにひどくないし、観客席で熱狂する女の子たちが当時の時代背景をいろいろ想像させて、わたしはいつも涙がぼろぼろという塩梅になってしまうのである。
秋の夜長にこんな映像を観て、涙を流しているおじさんがいたとしたら、彼は幸せだと思わなくちゃいけない。

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2018年12月13日 (木)

天才の遺産

さっきまで、むかし録画したスティーヴ・ジョブズのドキュメンタリー番組を観ていた。
七転び八起きという波乱の生涯をおくった天才を描いたものだけど、彼の死によって世界屈指の大企業アップルは孤児となった、という最後のナレーションが感動的だった。
あとに残された孤児は天才でなかったみたいで、最近のアップル社は創立者の遺産を食いつぶすだけの、ただの米国企業におちぶれたのが残念だ。

ジョブズが創造した革新的なIT機器のなかに iPod がある。
アップルがそれを発表したとき、ソニーのウォークマンに変わる新しい音響機器が出たというので、ビートルズ世代であり、なおかつロックやジャズにも凝ったことのあるわたしは、当然のように注目した。
ただしいきなり購入するほど無鉄砲でもなかった。
テープを使ったウォークマンに比べれば、ケタ違いの曲を収納できるとは聞いていたけど、肝心の曲は、ディスクを買ってきて中身を自分で iPodに移すか、いちいちネットから購入しなければならないと思っていたのである。

ここから先は書いていいものかどうか迷うけど、このころネット上にはすでに YouTube が登場していた。
iPod を買ったあと、すぐにわたしはジョブズの野望に気がついた。
彼自身はアップル・パソコンを通して、音楽コンテンツを販売するつもりだったかもしれないけど、iPod と YouTube を組み合わせることによって、音楽好きにとって夢のような音楽世界が広がるのだ。
おそらく世界中の音楽ファンが、わたしと同じことに気がついたにちがいない。

ジョブズがこのことに気がつかなかったとは思わない。
彼の頭のなかには、法律の遵守よりも、とにかく新しい世界を作りたいという欲望しかなかったのだろう。
いまこの瞬間にも世界中で、おびただしい曲が YouTube にアップされており、またいっぽうで、おびただしい曲がダウンされている。
世界中のありとあらゆる音楽が YouTube の中を飛びまわっているのである。
音楽好きで、ちょっと考え深い人であれば、この天才が残した遺産の意味を容易に理解するだろう。
iPod という機械を生み出した、それだけでも偏執狂的音楽マニアのわたしは、彼に感謝してやまない。

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2018年12月12日 (水)

化かしあい

とりあえず2島返還で手を打つかと思われた北方4島の問題。
ところがここにいたってラブロフさんが、北方4島は第二次世界大戦の結果、ロシア領になったと認めろと言い出した。
そうでなけりゃ2島も返さんというつもりらしい。
日本としてはプーチンが唐突に、前提なしに平和条約をなんていいだしたから、これは向こうもしびれを切らしたなと読んで、それじゃ2島だけでも返してもらおうかという気になったのに、また障害物だ。
でもこれが国家間の交渉というものなんだろうなあ。

相手の顔を読んでその気になると、今度は相手にこっちの顔を読まれてしまう。
日本の首相は2島の返還を自分の功績にしたいのだな。
そんならこっちの条件を呑むだろう。
だからと相手の顔をうかがいつつ、すこしでも自分たちに有利な条件を呑ませる、これが外交の基本だ。

その点、トランプさんははっきりしている。
トランプの野郎はノーベル賞が欲しい。
だからいまならこっちの条件を呑むだろうという北朝鮮に、やめた、やめた、そんなら交渉は止めだって、ホント取りつく島もない。
今朝の新聞によると、アメリカがいくら電話しても北はダンマリだそうだ。
もう交渉をあきらめちゃって、米国の大統領選挙待ち、藁人形にクギを打ちながら、トランプさんの退陣を祈願する作戦に切り替えたようだ。

安倍クンもプーチンに向かって、あのね、あんたのところの条件をみんな受け入れていたら、ワタシの首が飛びます。
この話はいったんなかったことにしましょうとイッパツかましてやるべきだな。
そういってまた相手の顔をうかがう。
相手がキツネならこっちはタヌキだ。

そういうふうに相手の出方をうがっている最中なのに、日本のマスコミはラブロフさんの発言をどう思いますかなんて訊く。
おいそれと手の内を明かすわけにいかない河野クンの事情を忖度して、質問をひかえようって気はないのか。
まだ曲折があるだろうけど、わたしは北方4島の問題はすこしづつ解決に向かうと期待してんだけどね。

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2018年12月11日 (火)

強欲

今朝の新聞の1面トップは、「革新機構、社長ら9人辞任」というもの。
高額の報酬を払うからやってくれといって募集した官民ファンドの役員が、ゴーンさんの件もあって、やっぱり払いすぎだなと途中から給料を値下げすることにしたら、約束が違うじゃん、1億円でもくれるっていったのにと、みんなそろって辞めるといいだしたらしい。

経済面にも関連記事があって、「法治国家なのか」だって。
あとから約束をくつがえすのは、まるで韓国みたいで、法治国家ではないといいたいらしい。
しかし国際条約をくつがえすわけじゃない。
給料を払いすぎるから是正するというていどのことなら、世間一般の企業だってしょっちゅうやっていることでしょ。
社員の首切りに大ナタをふるうなんて、そんな荒っぽいことさえやった会社もあるぞ(日産のように)。

辞任する役員らは経産省の責任にしているけど、みんなぬれ手に粟で、捕らぬタヌキの皮算用をしてたんだろうね。
どうみても強欲としか思えないな。
こういう人たちには辞めてもらってよかったというのが、わたしの感想。
ウチの新聞(朝日)は、例によって政府のやり方がまずいという立場だけど、さすがに歯切れがわるい。

それにしても強欲な人たちがかならずいうのが、グローバル標準では、有能な人はもっとたくさんもらっていいはずだということ。
そして引き合いに出すのがアメリカだ。
地位も教養もある人たちが、どうしてアメリカは参考にならないということに気がつかないのだろう。
格差を野放しにして繁栄をしている国は、米国と、目下発展中の中国ぐらいなものだし、中国は格差拡大がアダになって、そのうちずっこける可能性がある。
米国だって発展の恩恵を受けるのはひとにぎりで、未来永劫に発展できるとはかぎらない。
いまのフランスが揉めているのも、格差の拡大に不満をもった人々の反乱じゃないか。

日本は格差を抑えたままで、現在進行形の、世界でも有数の発展国だ。
そういう国もあるという格好の見本なのに、どうしてよその国、それも異常な国ばかりを参考にしたがるのだろう。
法治の精神は下々の者、たとえば安月給の警察官によって守られているのだ。
強欲な人たちに富を独占させることしか、繁栄の方法を思いつかないのだろうか。
国民全体が公平な気分をわかちあって、未来に備えるほうが、よっぽど堅実な発展方法に思えるんだけどね。
そのへんを考えられない人間が、官民ファンドから排除されるとしたら、やはり日本は見どころがある国だといっていい。

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解決方法

わたしが子供のころ、学校で朝鮮の歴史について習った。
おおかたは忘れてしまったけど、高句麗(こうくり)、新羅(しらぎ)、百済(くだら)、任那(みまな)などという国名ぐらいは覚えている。
いずれも日本の聖徳太子のころに存在した国家だから、そうとうに古い。
これをおおざっぱに分類すると、高句麗の末裔がいまの北朝鮮、新羅、百済はいまの韓国人、任那というのはそのころ韓国の沿海部に住まわっていた日本人という見方があるそうだ。

ルーツは同じのくせして、新羅と百済はひじょうに仲が悪く、ついには新羅は百済を、のちには高句麗を滅ぼしてしまう。
韓国では地域対立、たとえば慶尚道と全羅道の対立が、日本とは比べようもないくらい激しいらしいけど、原因はこの時代までさかのぼるそうである。

それもこれも、そんなに仲の悪い国民が、ひとつの国にまとまろうとしたのがイケナイのではないか。
そう考えているうち、そうか、だから朝鮮半島は南北に分裂したのかと思い当たった。
ここではひとまず北朝鮮はわきに置いて、いっそのこと韓国も、新羅韓国(新韓)と、百済韓国(百韓)のふたつの国に分かれてしまったらどうだろう。
国土がせまくなるのは気に入らないかもしれないけど、こうすればおのおのが信ずる道に進めばいいだけで、政治が変わるたびにまえの大統領が叩かれるような、深刻な対立もなくなるだろう。

百済が滅ぼされるとき日本に援軍を求めたとあるから、“百韓” のほうはいまでも親日である可能性が高いけど、“新韓” のほうは反日をしているに相違ない。
とうぜん百韓のほうが日本と仲良くなって、先進国の仲間入りをし、G20にも呼ばれるだろう。
新韓のほうは北朝鮮と手を結ぶしかなく、日本からの支援は1円も期待できないから、けっきょくいまの北と同じていどの発展しか期待できない。
まるでなんかの縮図だけど、ひとつの国のなかでいつまで揉めているよりずっといいアイディアだと思いませんか、韓国のみなさん。

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2018年12月10日 (月)

色気

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グランプリ・ファイナルで優勝した紀平梨花選手が、カワイ子ちゃんであることは否定しないけど、日本人は色気でとうていロシアの選手にかなわないな。
日本や中国に徹底的に差をつけて、ハナっから戦意を消失させるべく、最近のロシア側はそういう点を強調し始めているみたい。
平昌オリンピックのさいの虎柄ユニフォームのザギトワや、先だってストリップまがいの演技をみせたエリザベータ・トゥクタミシェワ(画像)の官能的なこと。
彼女らが紀平ちゃんと同世代(わたしから見れば)とは信じられない。
ま、男性にはタノシイことでありますが。

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2018年12月 9日 (日)

サンカヨウ

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山のあなたの空遠く
ガラスの花の咲くという
  ああ、われ人ととめゆきて
  なみださしぐみ帰り来ぬ
山のあなたになお遠く
ガラスの花の咲くという

若いころに誰でもいちどは目にした詩をもじってあるけど、まったく荒唐無稽な文章を捏造したわけじゃない。
たまたまネットで見つけた花がこれだ。
サンカヨウ(山荷葉)といって、ふだんはそれほど変わった花には見えないのに、水に濡れるとガラス細工のように透明になるんだそうだ。
美しい。
見たい。
調べてみたら、日本でも北のほうで見られるらしい。
とはいうものの、もう若くないわたしには、とうぶん北のほうへ行く予定がない。
手の届かないものにあこがれる気持ちを失ってないってことで、よしとしよう。

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2018年12月 8日 (土)

美食の報酬

Hari

録画しておいた「刑事コロンボ」シリーズの 『美食の報酬』 という作品を見た。
これはある料理評論家が、高評価とひきかえにレストランから賄賂をもらっていたものが、レストランから逆に恐喝されて殺人を犯すというもので、殺人にフグの毒を使うというのがミソ。
ところが出てきたフグが、これ、どう見てもハリセンボン。
ハリセンボンに毒はないぞ。

そのくらい日本人なら知ってるはずだと、ググッてみたら、案の定この点を指摘する人が多かった。
ついでに映画のなかのハリセンボンはあまり生きがよくないなんて、余計なことを指摘する人も。

現在ならアメリカ人も寿司や刺身の味に目覚めてきたから、こういうドジはしなかったと思うけど、なんせコロンボ・シリーズはもう40年もまえの作品だからね。
そんなふうに善意で理解していたら、なんと映画のなかにフグ刺しを食べるシーン(ついでに日本の芸者まで)があらわれた。
ホントいじわるな映画だけど、これも謎解きのヒントになっているから、文句はいえない。

話は変わるけど、これを観て思ったのは、評論家というものは権威を持ちすぎるとロクなことをしない(場合がある)ということ。
むかしなんとかいう車の評論家が、誰でも知っているようなこと(わたしみたいにずっとカー・グラフィックを愛読していた人間には常識)をならべた本を書き、それが売れて有名になったということがあった。
すると彼はいっぱしの評論家みたいな顔をして、つまり彼がほめる車はいい車だというお墨付きを得たようなものだから、メーカーも彼にほめてもらいたい。
するとそこに馴れあいが生まれる。
そういうわけで、この評論家はそれをメシの種にしていたということがあった。

いまやネットでも食べものやレストランの評価が花盛りだ。
他人の評価ばかりをアテにしていると、往々にこういうことが起きるから、へそ曲がりといわれようとなんといわれようと、やっぱり自分の評価を大切にするべきである。

B006

おまけ。
気のドクなハリセンボンについては、本来は南方系の魚という説明があるけど、関東地方でもけっしてめずらしい魚ではなく、江ノ島あたりでも提灯にされて売られているし、わたしは外房の勝浦で、港にこいつがたくさん打ち上げられているのを見たことがある。
沖縄ではアバサーといって、市場に出すほど貴重な魚ではないから、水揚げされるとたいてい近所の年寄りたちが、味噌汁のだしをとるために自宅に持って帰る。

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2018年12月 7日 (金)

ウィンチェスター銃73

Win01

「ウィンチェスター銃73」という古い西部劇があり、なかなかおもしろいという評判は聞いていたから、ライブラリーのなかからひっぱり出してみた。
この映画が作られた1950年ごろは、おそらくいくつかの傑作をのぞけば、かっこいいヒーローが悪人やインディアンと闘う、安物の西部劇が氾濫していたころじゃないか。
それなのにこの映画は評判がいい。
どうして評判がいいのか、確認しようというわけだ。

Win02

これもそうとうにむかし録画したものだけど、じっくり観るのははじめてである。
特製のウインチェスター銃を軸にして、親の仇をねらう主人公に、悪党たちや美女(わたしにはおばさんのイメージしかないシェリー・ウインタースの若いころだ)がからむ異色西部劇である。
監督のアンソニー・マンという人は、これ以前に「ララミーから来た男」なんて西部劇も作っているけど、これもラストシーンがしまらないのをのぞけば、なかなか味わいのある作品だった。

彼はほかにも歴史大作「エル・シド」などでおなじみの、まあ、巨匠といっていい人である。
巨匠と呼ばれるような人ならアメリカ・インディアンを、一方的に極悪非道の原住民としては描かなかったようで、たとえばジョン・ヒューストン監督の「許されざる者」では、牧場主がカイオワ・インディアンに執拗に襲われるけど、彼らには白人に奪われた肉親の娘を取り返したいという正当な理由があった。
ハワード・ホークス監督の、アフリカを舞台にした「ハタリ!」という映画には、マサイ族がちらりと出てくるけど、けっして無知な原住民という描き方はされてない。

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「ウィンチェスター銃73」でも、登場するインディアンはまじめで強そう。
むしろインディアンにインチキ商品を売りつけようとする、狡猾な白人の武器商人が出てくるくらいだ(おれたちをバカにするのかって頭の皮をはがされちゃうけど)。
日本人と同じモンゴロイドで、共通の遺伝子をもつアメリカ・インディアンを、一級下の存在とみなす白人優位主義の映画に、わたしは強い拒否感を持っているのだ。
この点では「シャイアン」以前のジョン・フォードも、インディアンが登場する場面はクソである。

よけいなことはさておいて、「ウィンチェスター」の主題は白人同士の仇討ち物語である。
主人公のジェームス・スチュワートが、親の仇の白人を追跡する話で、悪漢でもマカロニ・ウエスタンのように、すぐに銃をぶっ放す単純なワルでないのがいい。
ヒロインのS・ウィンタースがまだおばさんではなく、若くてきれいなのもいい。
この若くてきれいなヒロインにいやらしい悪漢が迫るんだけど、悪漢でも最低限のモラルは持っていて、強引にベッドに押し倒したりしないのは、うん、これは残念というか・・・・

総じてこの映画では、拳銃をぶっ放すまえに会話があり、登場人物の人間性が、たとえ悪漢でもていねいに描かれている。
こういうところが目新しいので評判になったのだろうか。
不満があるとすれば、肝心の特製ウィンチェスターが、結末でとくに重要な意味をもたないこと。
タイトルにもつけるくらいだから、ぜったいにこの銃でなければ収まらないという結末にしてくれれば完ぺきだったのに。

Win03

映画の最後は、岩山でライフルを使った1対1の闘いになり、主人公が親の仇の悪党を射殺して終わりである。
このへんがもの足りない。
そこまでが異色でおもしろい西部劇なのだから、もっとひねった結末のアイディアはないだろうか。
主人公が危機におちいったとき、インディアンか騎兵隊が現れて、急場を救うなんて結末を考えてみたけど、これじゃスピルバーグの映画みたいで調子がよすぎる。

最後は主人公とヒロインが、悪党と対決することになり、運わるく主人公のほうが先に弾を撃ち尽くした。
ヒロインは特製のウィンチェスターを持っている。
しかしその銃には弾が入ってないはずである。
それを知っている悪党が、余裕しゃくしゃくで主人公に銃を向けると、入ってないはずのウィンチェスターから弾が発射され、悪党をノックアウトなんてのはどうだろう。
調子がいいのは同じじゃないかといわれそうだけど、これには伏線があるのだ。

映画のなかほどにインディアンの襲撃があり、いよいよ助かりそうもなかったら、辱めを受けるまえに最後の一発で自殺しなさいと、主人公がヒロインに拳銃を渡すシーンがある。
けっきょくふたりとも助かって、拳銃は無用の長物になるんだけど、その一発の弾丸を、お守りだと思って持っていなさいと主人公はいう。
その一発が土壇場になって効力を発揮するという結末はどうだ。
ウィンチェスターとコルトは弾丸を共有していたという事実が、このアイディアを支えている。
うん、ほんとわたしって天才だよな。

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2018年12月 6日 (木)

iPhone

4Kテレビを買った知り合いが、今度はiPhoneを買ったそうだ。
高かっただろうと聞くと、いや、ローンで、使い放題で、なんとか割引があったから、それまで使っていた簡単スマホとたいして変わらなかったという。
そのへんが曲者で、わたしなんか何回聞いてもスマホの値段のしくみがわからない。
それでとっくにギブアップして、細かいしくみを理解しようと考えず、本体の値段が高いものが安いものと変わらなくなることはありえないと、おおざっぱに考えることにしている。
そもそも高すぎて売れないので、値段を下げようかとアップルのほうで思案しているくらいだ。

でも喜びにうち震えている彼の声を聞くと、つまりそういう付加価値こそがiPHoneの価値なんじゃあるまいかとも思う。
電話とLINEぐらいしか使わないおじさんにも、オレが持ってるのはあのアップルだぜ、iPhoneだぜと、優越感を感じさせてくれるスマホはあまりない。
と本人が思っているなら他人がごちゃごちゃいうことではない。
でもすでにiPhoneを持っているわたしにいわせると、そういう付加価値ってすぐに色あせるんだけどね。

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