2017年5月29日 (月)

日本車が爆弾に

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今朝のウチの新聞のトップは「モスルIS支配の痕」というもので、それはいいんだけど、そのつぎに目立つところに「日本車が爆弾に」という見出し。
また始まったな、ほんと、ウチの新聞はと思う。
爆弾にするなら車はなんでもいいはずで、ことさら日本車と書くところにリベラル系朝日の、不満分子のおもわくが透けてみえる。

と思ったけど、じつはここはぜったいに日本車でなければイケナイ理由があるのだ。
とにかく日本車の頑丈で壊れないこと、それはもう世界に認知されたれっきとした事実で、米国の官僚が、テロリストたちが日本車ばかり使うのは、輸出に優遇政策がとられてるんじゃないかと疑うくらい。
しかしトランプさんがなんといおうと、日本車は優秀だから売れるのである。

日本車の頑丈さについては、英国BBCがテストをしているので、こちらからその映像をどうぞ。

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ネット三昧

年のせいか、どんどん活力がおとろえているみたい。
以前はヒマなおりに、旅行計画でも練っていると幸せだったけど、ここんところそういう熱意もうすれてきたねえ。
じゃなにが楽しいのだと訊かれると、部屋でごろごろしていること。
どうもしまらない生活だな。

順当に年をとっているわたし。
それじゃあ部屋でごろごろして、いったい何をしてんのさと聞く人がいるかも。
早い話が、とにもかくにもネット三昧だ。
それってちょっとまずいんじゃないのという人がいる。
ネットには玉石混合で、いいかげんで人を迷わす意見も多い。
そんな意見ばかり聞いていると判断を誤るのではないか。

なんの。
わたしも伊達にトシをとってるわけじゃない。
わたしの知識のほとんどは、パソコンなんてものが発明される以前に、アナログの媒体で得たものだ。
若いころ乱読にふさわしい本の読み方をしたおかげで、ネット時代のインチキ情報も、わりに見極めがつきやすいのである。

それに現代はネットを抜きにしては、なにごともはかどらないご時世だ。
昨日もテレビを観ていたら、バンコクの超肥満ザルの話題が取り上げられていたけど、あんなもの、わたしはもう4、5日まえにネットで知っていた。
今朝のネットニュースには、佐藤琢磨が日本人として初のインディ500制覇というニュース。
こんなもの、まだ新聞じゃ報じてないぞ。
ネットの危険性よりも、世界中のだれもが同時に、あらゆる情報を共有できるという、その利便性のほうを考えたほうがいい。

活力のおとろえた老人の趣味として、ネットほど有益なものもないだろう。
ブログやフェイスブックなど、ネットを使った他人との交流サイトは、孤独になりがちな老人の日常を救ってくれるし、頭の体操になって認知症の予防にもなるし、キーボードを素早く打つことで、反射神経の訓練にもなる。

おまけにわたしの場合、以前から強調しているとおり、ブログの更新が止まったら、あいつは死んでるなという安否情報の確認システムにもなってるのだ。
だからわたしが部屋で、死後10日も放置された孤独死体になることは、まずないと思われる。
もっともわたしの知り合いには、ブログが止まったぐらいで心配するほど親切な輩はいないから、このシステムが功を奏するかどうか定かではない。

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2017年5月27日 (土)

安芸の宮島

どうも作りが雑になったなと思っていたYouTube の「Only in Japan」というチャンネル。
主役のジョン・ドーブ君とスタッフが喧嘩でもしたのかと案じていたら、最新映像からまたもとのようにしっかりした作りになった。
最新映像はこの5月24日に公開された、広島は安芸の宮島のストリートフーズを案内するというもので、あいかわらず YouTube の模範といっていい映像だ。

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安芸の宮島というと、またわたしの思い出がひとつ。
わたしは海上自衛隊にいたことがあり、江田島の術科学校に10ヶ月ほど学生として生活したことがある。
江田島から宮島までは、海をへだてて15キロくらいだ。

宮島は別名を厳島(いつくしま)ともいって、絵ハガキなんかでだれでも知っていると思うけど、海の中に赤い鳥居が浮かぶ有名な厳島神社がある。
でもわたしの場合、赤い鳥居よりはっきりと記憶に残っているのは、術科学校の生徒たちによる年にいちどの弥山登山。
弥山というのは宮島の中にあって、東京の高尾山のように、古くから信仰の対象として知られた山である。

ここを訓練をかねて生徒たちがマラソンで攻めるのだ。
江田島から運貨船を連ねて、数百人の生徒がいちどに押しかけるから、ノルマンディー上陸作戦みたいな感じ。
といっても標高がせいぜい500メートルほどの山で、登山道も整備されているから、青森の歩兵第5連隊が遭難した八甲田山に比べればハイキングみたいなもの。
たぶん息を切らせたはずだけど、なにぶんにも半世紀も前のことで、わたしも若かったから、いまでは楽しかった思い出しかない。

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2017年5月26日 (金)

訃報

となりの農家のおじさん、いつのまにか亡くなっていた。
なかなか腕のいい農民で、庭から続く農地に四季折々いろんな作物がなるのを、わたしの部屋のベランダからもながめることができた。
その庭に咲く花をこのブログでも紹介したことがある。

何年かまえには、認知症を患っていたこの家のおばあさんも亡くなっていた。
本人はいくつぐらいだったのか、わたしとあまり変わらないように見えたけど、いつも青いつなぎを着て、もくもくと農作業にはげんでいる人だった。
彼も生涯独身のままで、家族もいないまま亡くなった。

亡くなったことを聞いてから、ちょっと庭をのぞいてみたら、ほんの1、2週間まえなのに、もう家屋の周囲は草ぼうぼうで、廃墟のように荒れ果てた感じ。
夏ミカンがたわわに実をつけ、葉のあいだに香りのいい白い花がちらほら。
ぬしのいなくなったビニールハウスがむなしく風雨にさらされていた。

部屋に帰って、死ぬ瞬間というのはどんな感じなんだろうと考える。
考えているうち眠くなり、寝ているうちに夢を見た。
お風呂に入っている夢で、そこでまだ死ぬ瞬間の続きについて考えていた。
湯船のふちに頭をのせ、ぐーんと体をのばして目をつぶる。
そのうち後頭部にびりりと、金縛りが始まるときのような衝撃があり、そのまま目の前がまっ白になってゆく。
ああ、これがそうか、いまオレは死んでいくんだなと思う。

でも数秒後には必死で目をこじあけていた。
金縛りをなんとかくいとめ、そこにいつも通りのわたしがいた。
たぶん本家本元のわたしはこのとき死んでいたんだろう。
いまいるわたしは分身で、まだしばらくは現実の世界で生き続けなくちゃいけないのだ。
どこかべつの世界で、明日の朝には風呂の中のわたしの屍体が発見されるのではないか。

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2017年5月24日 (水)

Google翻訳

スマホを買ったものの、よそから電話なんてめったにかかってこないわたしゆえ、使用目的はどうしても電話以外になる。
たとえばアプリ。
いまどきこれを無視して、スマホは語れないってやつ。
で、ブログ更新のあい間に、わたしもぽちぽちいろんなアプリに関心を持つようにしてんだけど。

先日、御曹司のO君が、こんなものがあるよといって、植物図鑑みたいなアプリを見せてくれた。
なんでもそのへんに生えている植物を、スマホのカメラで撮影すると、たちどころに名前がわかるというもの。
彼はわたしが動植物に興味があることを知っていて、そんなアプリを教えてくれたらしい。

ただ、疑り深いのがわたしの欠点だ。
どのくらい使えるものか、レビューで調べてみた。
いろんな植物がズラリと表示されていたけど、わたしの散歩道ではついぞ見かけないもの、見たことはあっても名前が異なるもの(和名、学名、俗名と、植物の名前は通りいっぺんではすまないところがあるのだ)があって、ちょっとわたしの使用には合わないような気がした。

で、ダメだよ、これじゃ使えないよと突き放してしまった。
あとで考えて後悔した。
せっかくO君が善意で見つけてきたものに、こういう反応はないよな。
彼の悲しそうな顔が目に浮かぶ。
どうもこんなふうに、人を人と思わないのがわたしの欠点だ。
反省してます、え、O君、反省してるからね。

じつは今度、スマホに「Google翻訳」というアプリを入れたのだ。
そのへんの英語の文章にスマホのカメラを向けるだけで、ただちに翻訳してくれるって優れモノ。
うわさには聞いていたけど、どれだけ使えるものか、さっそくテーブルの上にあったWILDTURKEY(バーボン)のロゴにカメラを向けてみた。
野生の七面鳥が、野生のトルコになっちまう、ま、その程度のものでござんすけどね。

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2017年5月23日 (火)

カジノ

わたしの知り合い(かりにA君ということにしよう)がシンガポールのカジノでひと勝負してきたそうである。
結果がどうなったか、わたしは知らないけど、そのときいっしょに出かけた友人たちの話を総合してみると

友人たちはそれほど熱意があったわけでもないから、早々に引き上げ、A君がひとり残って勝負を続けていた。
てきとうな時間を見計らって、友人がA君を迎えに行ってみると、彼は勝負に勝っており、600万円稼いだら止めるからといったそうだ。
ところが友人が迎えに行ったころがちょうど勝負の潮時だったらしく、このあとA君のツキは落ちて、けっきょくそれまで儲けていた分を吐き出すことになってしまったらしい。

これだけの話である。
カジノではめずらしくもおかしくもない話だろう。
問題はこのあとだ。
日本へ帰国したあと、カジノから招待状がきて、こんどはA君はひとりでふたたびシンガポールへ飛んだ。
そしてどうなったかは神のみぞ知る(わたしは知らない)。

カジノというのはプロのギャンブラーの仕事場だ。
遊びに来る客をカジノの側は慎重に見極める。
どいつが熱くなるタイプか。
熱くならずに適当なところで切り上げるような客は、そんなものを相手にしても仕方がないから、ほどほどに勝たせてやってもいい。
ある程度金持ちで、しかも熱くなるタイプ、そういう客がいないかと、カジノはつねにひそかに物色しているのだ。

A君の場合もカジノの側はしっかり性格を見抜き、ひょっとしたらと思わせるあたりで相手を熱くさせる。
ところがそこへ友人が迎えにきた。
やばい、これでは勝ち逃げされる。
そう考えたカジノ側は、手練手くだで、ぼちぼち手元を引き締め始める。
おかげでA君は儲けることはできなかったけど、もうひといきで大儲けできたのではないかという期待感だけは残った。

そんなA君にVIP待遇で招待しますと、007映画のカジノシーンなんかをあしらった、お世辞べたべたの招待状を送る。
あの豪華絢爛たるカジノで、自分は特別待遇なんだとカン違いした彼は、ふたたび、こんどはひとりでシンガポールへ。
どうも顛末はそういうことらしい。
結果については知らないけど、この調子じゃおおよその見当はつくな。

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2017年5月22日 (月)

許さぬ予断

やぼ用にかまけて2日間ばかりブログの更新を休んだ。
わたしのブログは独居老人の安否確認も兼ねているので、あいつもいよいよお陀仏かと、心配した知り合いたちから電話やメールが殺到・・・・
かと思ったらぜんぜんそんなことはなかった。
冷たいやつらだ。

昨日はちょいと街をぶらついてきたけど、たいして歩いたわけでもないのに心臓がバクバク。
帰宅してベッドに転がり込んでも、なんか寝苦しくて、容易に寝つけなかったねえ。
これじゃ高尾山にも登れないよ。

わたしの寿命もあとどれくらいのものか。
トランプさんの弾劾による失脚、北のぼんぼんの成人病による死亡、わたしの孤独死のどれがいちばん早いか、もう予断を許さないね。

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2017年5月19日 (金)

白楊

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散歩に出かけたら、飛行場のわきのとある木の根もとに、白い綿毛のようなものが降り積もっていた。
木というのはセイヨウハコヤナギ(ポプラ)だから、これはポプラの種子らしい。

ポプラの綿毛というと、わたしは初めてシルクロードを旅したときのことを思い出す。
中国ではポプラを白楊といって、シルクロード(敦煌から新疆ウイグル自治区方面)にはこの木が非常に多い。
薄汚れた蘭州の街から夜行列車に乗りこみ、朝目をさましたら、信じられないくらい空気が清明な土地にいた。
美しいオアシスの村にポプラが高々とそびえ立ち、駅のホームに降り立つと、白いいふわふわとしたものが風にのって宙を舞っていく。
そのころのわたしは、タンポポの綿毛は知っていたけど、ポプラからも綿毛が生じるということをぜんぜん知らなかった。

その後、わたしが敦煌の莫高窟のほとりで、迎えに来るはずのタクシーを待っていたときのこと。
あたりに綿毛が飛びかっていたので、いったいどこから飛んでくるのかと不審に思ったわたしは、そばの白楊のこずえを見上げてみた。
近くにあって綿毛を生じさせる可能性のあるのは、その木ぐらいしかなかったのだ。
ても葉のあいだをすかしても綿毛なんか見当たらない。
降り積もった綿毛の量からすると意外なくらい、木の枝についているときのポプラの綿毛は目立たないのである。

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つい綿毛に誘発されちゃったけど、両側に白楊のそびえるシルクロードの街道を、自転車でさまよっていたころの自分がなつかしい。
最後の写真は、20年前に新疆ウイグル自治区で撮ったもの。

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2017年5月18日 (木)

脱線

週刊文春が週刊新潮の校了直後の車内吊り広告を盗み見して、それを新潮が告発だって。
文春の味方をする気はないけど、校了直後の広告を見たくらいじゃ、記事の差し替えになんとか間に合ったとしても、まともな記事を書くだけの時間はないでしょう(この両誌は発売日が同じ)。
つぎの週に似たような記事を書いても、これじゃスピードが命の週刊誌としては、どうしても後れをとる。

そう考えたけど、現代はネットの時代だし、この両社とも記事をネットでも速報している。
吊り広告を見たくらいでは同じ日に発売される週刊誌には間に合わないけど、ネットのほうは十分間に合うので、相手の出鼻をくじくことはできる。
じっさいに過去にもそんな疑惑があって、それまでネット速報をしてなかった新潮社も速報を始めたんだそうだ。
こうした出版界のスクープ合戦が、結果的には読者に便利をもたらしたとしたら、瓢箪から駒ではないか。

新潮社の特ダネへの嗅覚にはつねづね感心しているけど、週刊新潮と週刊文春は似たような傾向の出版界の雄だ(とわたしは思っているのだ)。
おたがいに切磋琢磨して、これからも社会の不正をどしどし暴いてほしいと願っているんだけどねえ。
今回は切磋琢磨がつい脱線したってことか。

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つばぜり合い

風雲急を告げる。
あのトランプさんのこと。
他人がどうのこうのというまえに、自分の首を心配せにゃならん塩梅になってきた。
北朝鮮にガツンとくらわせる話はどうなったのさ。

それにしても正恩クンの悪運の強いこと。
暴君として名高かった殷の紂王も、易姓革命に至るには、じれったいくらい時間がかかったみたいだし、北の住人の苦難と困窮はまだまだ続きそうだ。

最後の頼みの綱は、みんなからいじめられてヤケになったトランプさんが、世間の目をそらすために北爆を強行すること。
すると北のぼんぼんが、こちらもヤケになってミサイルやできそこないの核を乱発するかも。
これまでの人生をふりかえってみると、わたしもそうとうに悪運が強いみたいだから、わたしの近所にミサイルが落ちることはないと思うけど、生きているうちにヒロシマ、ナガサキの悲劇を見ることになるとは。

いちばんいいのはアメリカ大統領が弾劾でクビ、ぼんぼんが成人病で急死することだけど、それよりいいのはわたしのほうが先にくたばることか。
この3人のうち、誰が最初にいなくなってもおかしくないマッチレースなんだけどね。

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