2017年9月23日 (土)

気になる

ちょっとまえのこのブログに、おばあさんにはそんなに栄養のある食べ物は必要がないと書いた。
論より証拠、最近のわたしは食事は手抜き、しかも回数も少ないのに平然と生きているのだ。
どこかおかしいんだろうか。
そのときに最近は体調がいいと書いたばかりだけど、昨日、今日は一転して、食欲がないし、やけに胃のあたりが重いような気がする。
なにか精神的なことで思い当たることといったら、人妻に対する失恋があるけど、そんなものはいまに始まったことじゃないし。
胃ガンかしら。
今年は訃報や病人の話が立て続けで、もうどうでもいいを豪語するわたしもちと心配。
どうせ家にいてもヒマなんだから、月曜日に病院にでも行ってみるか。
こういうごくつぶしの患者が、日本の医療費を無駄に消費しているんだということはわかっているけど、やっぱり気になる。

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2017年9月22日 (金)

結婚

もうこのトシで、いまさら結婚する気はないんだけど、ある調査のためにロシア人との結婚斡旋所に登録してみた。
それ以来3日とあけずにロシア女性からメールが来る。
本人の写真やプロフィール紹介もあるから、まんざらデタラメでもなさそうだけど、メールを最後まで読みたければ追加登録をしろってことで、いくらか別料金を取られるらしい。
そこまで興味はないし、プロフィールをながめるだけで目的は達したようなものだから、それ以上相手の希望には応じられない。

それにしても日本人と交際したいと考えるロシア女性の多いこと。
日本が平和で安定していて、食べ物が美味しい国というのは、いまや世界に鳴り響いている通説らしい。
わたしがもっと若ければよりどりみどりで、いまごろは素敵なロシア美人と結婚していたかもしれない。
でもまあ、これが運命なのか、こういう状況はすべてわたしが前期高齢者になってからのものだ。
生まれるのが早すぎたなあ。

最初の簡単な登録時に、正直にこちらの年齢も明かしたものだから、やって来るメールは、わたしにふさわしい相手ばかり。
ロシア女性というと、どうしても色白で、スリムな体型の美女を想像してしまうんだけど、わたしんところへ来るのはそうじゃないねえ。
おまえはマトリョーシカかといいたくなる相手がほとんどだ。

でもときどき、どこを間違えたのか、まだうら若き美人からのメールもある。
シーッ、たったいま舞い込んできたものは、なぜかトルコ在住の、国籍カナダという34歳のエリザベスさんからだ。
写真で見るかぎり、色が白くてスマートで、典型的ロシア美人だから、こういうのが理想だけど、ネクラで自閉症ぎみのわたしが、そんな相手にもてるなんてハナっから思っちゃおりませんわ。
それにわたしの独身は病的なこころの問題に起因するから、生まれや育ちがまったく別のものにならないかぎり、結婚することはあり得ないと思う。

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2017年9月21日 (木)

ヒガンバナ

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ヒガンバナである。
このブログでも毎年のように紹介しているから、なんか目新しい表現はないかと考えてみたけど、カメラはバカチョンだし、都立の公園の中なのでヌードモデルを添わせるわけにもいかない。
で、今回もWi-Fiで現地から実況中継をするくらいがせいぜい。
それでも今回は現在のわたしの心境を象徴するように、暗めの写真で統一してみた。

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最近は

昨夜のテレビを観ていたら、旦那と死別した高齢の女性は栄養失調になる傾向があるといっていた。
旦那がいなくなると、それまで根性をいれて作っていた食事がおろそかになり、店屋物だとか冷蔵庫の残りものしか食べなくなるからだそうだ。

これって栄養失調じゃなく、きわめて健康的な食事になるってことじゃないか。
だいたい日本人は栄養を摂りすぎる。
つねに飽食で、栄養バランスのいいものばかり食べているから、肥満になったり、糖尿になったりするのだ。
戦後の焼け跡時代の日本人や、しょっちゅう戦火に追われている中東の人たちが成人病だなんて聞いたことがない。
そもそも旦那に死なれるような後期高齢の女性が、若いころのままの食事を必要とするはずがないではないか。
うん、そのへんにあるものをネコと分けあっていればちょうどいいのだ。

最近のわたしは食事がますます投げやりになっているし、失恋したせいもあって、またスマートになったようだ。
ベルトがゆるいんで、ぐいっと締め上げたら、あると思ったベルト穴がなかった。
つまりすでにベルトを目いっぱい締め上げていたというわけだ。
ベルトひと穴といったら、ダイエットをこころざす人にとっちゃ大変なものだぞ。
そういや最近は体が軽い。
また海外旅行に行こうかしらなんて算段の日々である。

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2017年9月20日 (水)

ウィークリーマンション

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知り合いがウィークリー・マンションに引越ししたから見に来いという。
そんなもの見ても仕方がないんだけど、家からそんなに遠いわけでもないので、ちょいとのぞいてきた。
そんなものブログに載せても仕方ないんだけど、写真がその部屋。
わたしだってあまり長く住みたいとは思わない小さな部屋だ。
ここにでーんと横たわるネコ1匹。
家主がこの部屋にいるのはあと数日。
こんどの日曜日は引越しの手伝いに行かなければならない。

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2017年9月19日 (火)

今朝の新聞

これでも若いころは自衛官のはしくれだったわたしだから、新聞に自衛隊のことが載ると気になる。
今朝の新聞の社会面にデカデカと自衛官の記事。
「安保法2年、自衛官らは今」という記事で、朝日新聞の記事だから本気で騒いでも仕方がないんだけど、そこに自衛官の息子が戦場に派遣されるのではないかと怖れる父親の嘆きが。
なに考えているんだろうねえ。
戦場に行くのがイヤならさっさと辞めればいいではないか、日本は徴兵制じゃないんだから。

じっさいにこのオトーサンは、辞めろと息子を説得したらしい。
ところが息子のほうは、就職が決まらず追いつめられていたころより、いまのほうがいいと答えて口論になり、それ以来親子で口も聞かない間柄になっているんだそうだ。
これは息子のほうがエライ。

ニートでもひきこもりでもいいけど、家にうじうじとひきこもっているくらいなら自衛隊に入ればよい(とくに海上自衛隊)。
3K職場なんていわれているけど、そこにはきわめて健全で、友情にあふれ、なおかつ文学的な仕事がある。
むかしなら人生に悩んだ青年は、みんな船乗りになったものだ。
わたしみたいな悪い見本があるから、それが人間形成に役立つと保証はしないけど。

でも仕事がないとぼやくくらいなら、景気がよくなるまでの一時しのぎとして自衛隊に入っておくのもわるくない。
嵐の海だとか、台風一過のないだ海、海棲哺乳類の飛び交う海面、水平線にゆらゆらとゆれる蜃気楼、視野いっぱいにひろがる夜の銀河、うねりの中に夜光虫が神秘的な輝きをみせる海、湯気におおわれた幻想的な冬の海などなど、陸上にいたのではゼッタイに体験できないロマンと詩情を満喫できること請け合いだ。

欠点は戦争に引っ張り出される可能性があることだけど、安定していて、衣食住も国家で保証されているんだから、そのくらいやむを得ない。
なに、自衛隊が戦争に行くようになったら、東京でひきこもっていたって、いつ頭の上にミサイルが飛んでくるかわかったもんじゃないよ。

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2017年9月18日 (月)

ネタ切れ

とくに書く記事もないのに無理やりなにか書くと、更新のための更新と思われてしまう。
てなことを書いて、今日もいちおう更新したことにしよう。
昼間、台風一過の暑いなか、飛行場を一周してきたけど、べつに書くべきこともなかったしね。
人生をリタイヤしたいなんてことは毎度のことだし。

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2017年9月17日 (日)

見舞いの花

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入院していた知り合いから、退院しましたというメールが送られてきた。
花の写真はメールに添付されていたもので、これはわたしが入院見舞いに差し入れたカニサボテンの花だ。
差し入れたときは大半がつぼみだったのによく咲いた。

ところで写真ではわからないけど、これは鉢植えの花である。
鉢植えの花は病人の見舞いにはふさわしくないという迷信がある。
“根付く” が “寝づく” に通じるからイケナイという、だじゃれみたいな迷信である。
以前にもこのブログに書いたことがあるけど、わたしはそんなバカな話を聞くたび、それを打破してやりたいと考えるへそ曲がりだ。

入院するとたいていの人は退屈する。
切り花を差し入れても、そんなものは3、4日でしおれてしまう。
それが鉢植えなら、つぎつぎと新しい花が咲くので退屈しない。
しかも水を途切れさすとげんなりし、また水をやるとしゃっきりして、こんな花でもちゃんと生きているんだということを実感できる。
オー・ヘンリーの短編のように、病人に生きる勇気を与えてくれるかもしれない。
いったい見舞いにはどっちがふさわしいだろう。
わたしが病人ならとうぜん鉢植えの花を所望する。

そもそも見舞いというのは相手を気遣ってするもので、ほんとうに相手を元気づけるものは何かと考えるのがその第一歩だ。
バカバカしい迷信なんか出る幕はないはずだけど、でもいるんだろうなあ、あなたの周辺にもそんな迷信にこだわる人が。
ヘタすると病人のほうもこだわる人かもしれないから、鉢植えを持参した場合は、理由をきちんと説明しないとあとで逆恨みされてしまう。
あー、メンドくさい。

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2017年9月16日 (土)

後期高齢化

今日は仲間うちのパソコン同好会。
いよいよわたしのマックを連中にみせびらかす時がきた。
と思ったけど、新しいパソコン、ぜんぜんやる気が起きないのよね。
おそろしいことだけど、これはわたしが知的好奇心というものを、徐々に消失していることの証明かもしれない。
若いころ、はじめて富士通のワープロやパソコンを購入したころのことがなつかしい。
うれしくて、おもしろくて、夜中にも飛び起きて一心不乱にキーを打ちまくったものだ。

新しいマックはそうじゃないねえ。
原因はウインドウズも並行して使っていて、それでたいての用事はすんでしまうので、どうしても新しいパソコンでなければという必要性が感じられないこと、もうひとつは、ベッドで寝ながらパソコンを操作するならタブレットのほうが便利ってことかな。
ああ、もちろん人間がどんどんくたびれているってこともあるんだろうなあ。
人生をリセットしたいよ。

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2017年9月15日 (金)

ミャンマーの事情

ミャンマーのアウン=サン=スーチー国家顧問が、民主主義国のマスコミから非難されている。
この民主主義国のマスコミというのが、最近はどうもうさんくさい。
女性に盲目的にやさしいわたしとしては、そんなものに与しない。

スーチーさんが非難される理由というのが、イスラム教徒のロヒンギャ族の迫害ということで、過激派から襲撃されて生死の境をさまよった、あのノーベル平和賞のマララさんも抗議していた。
ただマララさん自身もイスラム教徒だから、イスラム教徒をかばうのはわかるけど、スーチーさんのむずかしい立場も理解してやらなくちゃいけない。

スーチーさんは、ミャンマーの複雑にからみあった利害関係を解きほぐし、国の正常な発展のために奮闘している最中だけど、彼女には他人が考えているほど実権があるわけじゃないのだ。
彼女は軍との関係を壊さずに、軍を利用して、どっちかというと軍のご威光にそむく改革をこころざすというむずかしい立場だ。
軍の中にはそんな彼女をひややかに見ている勢力もあるだろう。

ネットによると、ロヒンギャ族というのは、かって英国に利用されたミャンマー(ビルマ)の支配階層だったという。
そんな支配階層への恨みがいまになって爆発しているんだそうだけど、かならずしもそうとは思えない。
ISが登場して世界を混乱させるまで、ミャンマーでも少数民族が他の民族と、ことさら問題を起こさずに共存していたではないか。

おそらく偏屈なナショナリズムが幅をきかせる現在、イスラム教徒の中にもミャンマーの軍人の中にも、この機に国をひっかきまわしたり、利権を取り戻そうという不逞の輩が輩出しているに違いない。
スーチーさんも途方にくれる状態ではないか。

ミャンマーでイスラム教徒が迫害される原因は、世界中に吹き荒れる一部のイスラム過激派のテロと、すぐそれにビビってしまう一般大衆にある。
だからイスラム教徒の人たちも、自分たちが迫害される原因の根本は、同じイスラム教徒にあるのだと自覚して、もうすこし柔軟な考えを取り入れ、世俗化に舵を切るべきではないかと、わたしは思う。
けしからんのは、国際情勢を一般国民に説明すべきマスコミが、ナショナリズムに便乗するようなかたちで、スーチーさんを無見識に非難しているということだ。

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