2026年6月 6日 (土)

卑劣なやり方

またOKCHANさんがわたしが反発しそうなことを書いている。
もちろんわたしは反発した。
そこでコメントをつけようとしたら
コメントの確認
スパム・コメント防止のために、以下の画像の文字を入力してください。20260606
という画面が現れた(添付した画像)。
またココログの卑劣なやり方らしい。
つまりココログまでいっしよになって、当然あるであろうというわたしのコメントを阻止しようとしているわけだ。
ほかのだれでもいいけど、他人のブログにコメントをつけようとしたら同じ画面が出るかどうか試してほしい。

以下はわたしがつける予定だったコメントの全文
いったいどこが国連を脱退した頃の日本と、現在の中国が似てるのですか。
あなたは最初から関東軍と現在の中国のトップを結びつけようとしているしか思えません。
それともわたし(酔いどれ李白)を挑発しようとしてこんなことを書いているのですか。
またShinzeiさんがコメントをつけてるようですが彼はあなたの同類です。
同じ意見同士でどこまで傷をなめあっていれば満足なのですか。
お望みならいつでもレイシストのあなたたちと討論しますけど。

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2026年6月 5日 (金)

やけにくっきりした夢を見た。
わたしがスーパーで買い物をして料金を払おうとしたら、財布は知り合いが持っていることがわかり、一文無しのわたしは途方にくれて周囲を見まわすという夢である。
夢からさめたあと、思わず自分が寝ていたベッドを振り返った。
ひょっとしたら自分のたましいが肉体から分離して、肉体だけはベッドに取り残されていやしないかと。
そんなことはなかった。
わたしのたましいはあい変わらずベッドの中にいて、肉体にしっかりとしがみついていた。
今日も不自由ないちにちが始まるようだった。

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2026年6月 4日 (木)

SV紀行

ああー、来ないねえ。
手前ミソになるけど、わたしが開発したバーチャル旅行記に対して、講談社あたりから開高健ノンフィクション賞受賞のお知らせが。
わたしは2016年ごろ、グーグルのストリートビューを使えば部屋にいながら世界を旅することができることに気がついて、以来ものにした紀行記がポール・セローとの「地中海」や「アフリカ」、日本の明治時代の笹森義助の「沖縄」など3本以上に上る。
わたし以前にこうしたネット情報だけで書かれた紀行記は見当たらないから、SV(ストリートビュー)紀行というのはわたしをもって嚆矢とするだろう。
これは新しい文学を提案したということで、充分になにかの文学賞に値するのではないか。
アホ言ってんじゃないという抗議のつぶてがばらばらと降り注ぐのは承知のうえだ。
おまえのやったことはポール・セローや笹森儀助の紀行記という元ネタがあって、それにネットて見つけた写真や地図を貼りつけただのものじゃないか、あんなものは神聖な創作物とはいえんよという人がいるかも知れない。
そんなことをいってたら翻訳小説なんて全部まとめて否定されてしまう。

文学賞をもらうのにはひとつ大きな問題がある。
わたしのSV紀行はネット上の他人の画像に頼ること大なので、わたしたちの世代からすると著作権にもろに引っかかるということ。
しかしこれもどこかで書いたけど、時間が解決してくれる問題のような気がする。
YouTubeを観てもわかるように、いまや著作権などあってないようなもの。
むしろネット上にあふれる情報をだれでも自由に使えないなら、そっちの弊害のほうが大きいだろう。
この問題は将来人類の叡智でもって、なんらかの解決策が図られるだろうと思ってるんだけどね。

もちろん、現地に行って美味しいものを食べたいとか、買春をしたいという即物的な楽しみを求める人には、ヴァーチャル旅行なんて絵に描いた餅でしかない。
それはわかっている。
しかしあいにくわたしは新しい土地を見たいという好奇心に突き動かされて、それを最大の目標とする旅人なのだ。
好奇心から現地を見るだけなら、いまやストリートビューでなんの問題があるだろうか。
ちなみに「バーチャル」をググると、「現実には存在しないが、パソコンなどを通じて本物と同じ体感を得られること」とある。

本物と同じ体感が得られるものかどうか、最初にやってみたのがアンコールワットへのSV紀行だった。
わたしは(どうせバーチャルなんだから)豪華なパークハイアット・シュムリアップに泊まり、そこからアンコールワットまでの徒歩旅行に挑戦してみたのである。
おかげでいちどもカンボジアに行ったことがないにもかかわらず、道中どんな景色が見られるのか、みんなわかってしまった。
SV紀行行というものも決して馬鹿にはできない
そういうわけで、わたしは開高健ノンフィクション賞のお知らせを、首を長くして待っているのである。

開高健には「オーパ!」という、もはや伝説になった紀行記がある。
謙虚なわたしは、学職やバイタリティ、胃袋の大きさ等で開高健に匹敵するとは思っちゃいない。
「オーパ!」は、わたしの愛読書でもあるけど、これは釣り紀行記であると同時に一種の博物記になっている。
わたしはダーウィンの「ビーグル号航海記」に代表される博物記というものも好きである。
だからわたしは自分のSV紀行でもそういう点にこだわった。
可能なかぎり市場や、その国の自慢にならない貧困地区、たまに名所旧跡ものぞくし、そして珍しい動植物を見のがさないようにした。
おそらくわたしのSV紀行で、初めてそんなことを知ったという人も多いに違いない。
とはいえ、博物記なんて書くとそれだけでビビっちやう人がいるかも知れない。
わたしが書きたいのは学術の本ではなく、もっとくだけた楽しい紀行記であって、理想をいえば筒井康隆や椎名誠と同じタイプの読み物である(ご安心を)。

SV紀行に入れ込んだおかげで、わたしでさえ想像もしてなかった場所を見たこともある。
ポール・セローといっしよにまわった地中海では、イタリアのアリアーノという小さな村を紹介した。
正直いってこんな村のことはまったく知らなかったんだけど、ここは戦前にムッソリーニに抵抗して島流しになった医師が幽閉されていたところだそうだ。
ストリートビューをたんねんに調べているうち、アリアーノ村の全体像や、医師の幽閉されていた家までも発見してビジュアルで紹介することができた。
ストリートビュー恐るべしである。

ほかにもわたしのブログが、望外の僥倖に役立ったこともある。
笹森儀助の沖縄紀行を書いているとき、記事中に登場する岸三郎という人の玄孫という人から、曽祖父について知識を得ることができましたとお礼のコメントを頂いたのだ。
わたしの努力が報われた一瞬である。

これてもまだ不満げな人にいうけど、「オーパ!」を読む人だって、みんな書斎で文字を読んで満足しているのであって、じっさいアマゾンまで出かけられる人は多くないはずだ。
だからSV紀行も、これが新しい形式の紀行文学であることを信じて疑わない。
生きているうちは無理でも、死んだあとで有名になることを疑わないのである。
未来の大作家というこんな壮大な夢を持ってるじいさんて、ほかにいるかしら。

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2026年6月 3日 (水)

代替空港さん

おお、いつのまにか大石英司の「代替空港」さんが復活してたね、
しかも復活したとたんに、ココログの人気ブログで5位あたりの定位置にランクアップだよ。
それに引き換えわたしのブロは、また不人気ブログの定位置にもどりつつある。
なんか謀略みたいなものを感じるけど、いまさらココログに文句をいっても始まらない。
あのカルト宗教もどきの占い師さんのブログも、あいかわらず上位の定位置だから、これがココログがいかにいいかげんかの目安になる。
ブログを生きがいにして、割り増し料金まで払っている年寄りにははなはだ不人情なことだ。

さて、本日の脳梗塞日記。
寝ている時だけは健常者と変わらないので、どうしも寝ていることが多い。
すると筋肉がますます衰えていく。
最近はみっともないくらい腕や足が細くなってきた。
リハビリに精を出せばいいけど、人生をなかば放り投げた人間にそれは無理。

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2026年6月 2日 (火)

テイムクリ君

とあるブログにティムクリという、これはクリスチャンの宣教師らしいけど.そんな若者のYouTubeチャンネルのことが出ていた。
なんでもパレスチナ問題についてごたごたいってるらしいので、参考のために映像を探してみた。
すぐに見つかったのが代々木のモスクまでかけてイスラム教の信者にインタビューするという映像。
最近は相手のこともよく知らず一方的に意見を並べる輩も多いから、そのかぎりにおいては感心だ。
と思ったのはここまで。

もうひとつティムクリ君の映像で見つかったのが、“重大発表です”と銘打った映像。
これはどうでもいいことを大騒ぎして、なんとかして視聴者を増やそうというユーチューバがよく使う手である。
案の定ティムクリ君が結婚をするんだそうだ。
そんなわたくしごとが、どうして重大発表になるんだい。
勝手にやればいいだろうというだけではなく、これ自体がティムクリ君の軽薄さを物語っている。
だいたい宣教師が公けの場で結婚しますと公言したら、彼はもう離婚もできやしないぞ。
えらそうなことをいってすぐに離婚じゃ、彼の宣教師という信頼も一瞬で失われるだろう。
映像を観た限りじゃ新婦も、いまどきの派手な娘のようで、これじゃ先が心配だ。
だれかわたしと賭けをしないか。
わたしはティムクリ君が別れるほうに賭ける。

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2026年6月 1日 (月)

病膏肓

ブログをしている人の中には、わたしもそうだけど、文章を書くことをやめられない人がいる。
理由はいろいろあるけど、まさかこれで文壇にデビューしようというわけではなく、ただひたすら外部との接点を求めてという人もいる。
文章を書いてそれに他人から反応があれば、それによって自分も外部との接点を見出し、社会の一員であるという保証を得られるというわけだ。
そういうわけで、ひたすら文章を書き続ける。
書いているときだけ、生きがいを見出しているのだ。

具体的にいおう。
わたしのブログにときどき名前の出てくるShinzeiさんだ。
彼も病的に書かずにはいられないタイプ。
そんな彼のブログが2日間ほど、お知らせもなしに更新がストップした。
わたしは過去に彼の記事やコメントを引用したことがあるので、こうなると心配になってしまう。
わたしと彼では政治姿勢はま逆といっていいほど違うのに、安楽死法案成立を願うという共通点があって、おそらく不遇な人生を背負ってきたという点では共通しているのだろう。
ひょっとすると急病にでもなって、寝込んでいるのではないか。(なにしろわたしにも前科がある)。
だからいてもたってもいられなかった。
今朝見るとようやく新しい更新がされていたからひと安心。
たかが2日か3日更新が止まっただけでうろたえてしまうのだから、わたしもそそっかしい。
Shinzeiさん、人生に悩むのはあなただけじゃないんだよ。

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2026年5月30日 (土)

不注意な発言

またOKCHANさんだけど、今回も不注意な発言をしている。
「日教組が密かに目指した日本人総愚民化が何十年もかけて達成された成果と言っていいだろう」というんだけど、このひとことで彼の政治姿勢があとあとまで決定してしまう。
根拠のない陰謀論くらい便利なものはない。
だいたい考えてみればわかるではないか。
じっさいに日教組が日本の愚民化をめざしているとして、その結果が、軍国主義一直線の早苗ちゃんを勝たせることだったのか。
つまり日教組というのは、日本政府の応援をする組織だったのか。
日本人の愚民化についてはほかにいくらでも思い当たることがある。
本人は世間では流布されているヨタ話を漫然と信じてしまったのだろうけど、そういうことを真剣に考えないと、いくら本を読んでも効果がないことになり、自分も愚民化の犠牲者のひとりということになるぞ。
言葉には注意した方がエエ。

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最近のYouTube

お、いいぞ、いいぞ。
あいかわらずお手軽な映像で収益を上げようというYouTubeのチャンネル、さすがにネタ切れで似たような映像が目立ってきた。
ロシアや東欧の美人なら、最初は本人の水着でかっちり視聴者を確保して、つぎにその母親や親族を日本に招待して、寿司や和牛を食わせ、あるいはデパ地下や美容院や指圧士を体験させ、たっぷり日本の良さを宣伝してもらう。
それもそろそろ限界だ。
それでも収益を上げるためには、つぎつぎと新しいネタを考えなければならない。
こうなると趣味で始めたものでも“仕事”になってしまう。
じっさいYouTubで新しいネタを考え続けるというのは、漫画家や小説家が新しいネタを考えるのと同じくらいの骨身をけずる作業なんだよ。

開始早々のYouTubeが驚異の映像にあふれていたのに比べると、いまのそれは諸悪の根元というようなものになってしまったから、わたしはいい傾向だと思っているけどね。
もともと創作家としての才能のない人間が、あまり舐めてかかるべきではないぞ。

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2026年5月29日 (金)

大懺悔

わたしには悔やんでも悔やみきれない思い出がいくつもある。
今日はそのひとつについて書こう
書くことがわたしにとって懺悔でもあるのだから。

むかし、当時からわたしは驕慢な無神論者だったから、会う人ごとに、アナタが死んで散骨を望むなら、わたしが引き受けますよと大言壮語してまわっていた。
散骨を望む者にはありがたいことで、じっさいに散骨してほしくても、親類縁者に頼むとたいていイヤな顔をされる。
みんな慣習通りに坊さんを呼んで、しきたり通りに葬式をやりたがるもので、ヘタすれば暗いジメジメした場所にお骨を安置されてしまう。
ありがたい、ぜひお願いできますかといってきたのが。当時の勤務先の同僚だったSという男だった。
彼は近代医学でも、どうにもなりませんんという悪質のガンに冒され、余命1年を宣告されていたのである。

そこである日、わたしたちはハイキング気分で飯能に向かった。
飯能の裏に天覧山という山があって、そこがSの散骨希望地だった。
本人の案内で散骨場所の下見をしておこうというのである。
天覧山までの途次、Sはどんな小さな神社仏閣にも手を合わせていた。
気のドクに、彼はまだ当時のわたしより若かったのだ。
奥さんを残して死にたくはなかっただろう。
天覧山は登山コースのわきの岩に十六羅漢を刻んだ箇所があって、そこがSの散骨希望の場所だった。

冷酷な時間は止まらない。
この翌年の春、もう少しで桜が満開になる直前に死神はきっちりとSを迎えに来た。
しきたり通りの葬式がとり行われて、Sの骨はしばらく奥さんが手元に保存していた。

わたしはSとの約束を守らなければならない。
そこである日思い切って奥さんに話してみた。
そろそろいいんじゃないですか、飯能へ行きましょうよと。
ところがここでコミュニケーション障害というわたしの欠点がもろにでて、わたしは誠意ある言い方ができなかった。
いきなり散骨を持ち出されて、奥さんもとまどってしまったらしい。
イイデスという。
わたしとしてはまだ新緑のころ、山がいちばんきれいな時期に散骨してやろうと考えていたので、拒絶されてすっかりヘソを曲げてしまった。

ずっとあとになって奥さんのほうから、知人を介して飯能に行きたいといってきたとき、今度はわたしのほうが拒絶してしまったのである。
あとで、どうしてつまらないことでヘソをまげたのかと、つくづく後悔した。
そもそもはわたしが言い出したことではないか。
この件を思い出すたびに、いまでも針で心臓をチクチクされているような気分になる。
唾棄すべき男、それがわたしである。

2021年4月22日にわたしはひとりで天覧山に登った。
Sを偲んでいくつかの歌をつくったのはこのときである。
もちろんそんなことで気が晴れたわけでないし、この件はいまでもわたしのトラウマなのである。

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2026年5月27日 (水)

ポピュリストたちのB

前項でポピュリストとはこういうものだと書いた。
ようするに知識がないくせに感情論が先に立ってしまうような人たちのことをいう。
もう少し前には中国人には論理感がないという人にも反発して記事を書いたことがある。
中国にも「客家」という論理感を知る民族がいた。
この民族について知識があれば、安易に中国人には論理感が欠けているなどとはいえないはずだ。 
こういうポピュリストたちがウクライナ戦争でも、プーチンがどんな大統領なのか、ウクライナがどんな国かも知らずに感情論だけで反露、反中の意見を述べる。
世の中にはどうしてこんなにポピュリストが多いのだろう。
しかもポピュリストの大半が、ひとつの民族を頭からけなすレイシストでもある。
もっと知識を増やし、世界を公平客観的に見さえすれば、そうした偏見のほとんどは解消すると思えるのに、ポピュリストの罪は重い。
つまり知識がない人たちが多すぎるのだ。

むずかしいところだけど、世間の常識を信じて、それを肯定するだけが知識というわけではない。
たとえば現在はトクリュウ犯罪などを見ても異常としか思えないことが多すぎる。
眉をひそめるのは団塊の世代なら当然だろう。
だからわたしたちと同じ世代が、異常を異常というだけでは知識ではないのだ。

ああ。またややこしいことを考えちゃったよ。
ちっとは脳梗塞の治療に効果があればいいけど。

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