2012年1月31日 (火)

戦争と平和の2

BSで放映されたソ連版の「戦争と平和」を観てみた。
ちょっと前のこのブログで、いくらかの欠点は無視してもぜったいに観る価値のある映画であると書いたけど、あらためて観るとなんだかおおざっぱな映画だなという印象。
まだ精神的に若かったころに観たのと、あるていどトシをとってから観たのでは印象が異なるのはやむをえないということらしい。

画質も、はじめて映画館で観たときはもっときれいだったように思ったのに、デジタル処理をしたあとでもあまりきれいとはいえない。
だいたい公開されたあと、この映画はどこでどう扱われていたのか。
BSで放映されたものを観ていても、あまり丁寧に扱われていたものではなさそうだ。
フィルムがきちんと保存されていて、色彩を完璧に再現できた「風と共に去りぬ」のような幸福な映画とはわけがちがうらしい。
1965年のソ連の映画技術はこんなものだったのかもしれないけど、キューブリックの「2001年」はこのわずか3年後の映画なのである。

おおざっぱすぎる映像を観ていて考えた。
現在のDVDプレーヤーには映像を分断したり、接合したりする機能がついている。
これをうまく使えばこの映画から、不要と思われる部分をカットして、自分の好みの映画に再編集できてしまうではないか。
そんなわけで、まず冒頭の、セリフが始まるまえの意味不明な1分間をカット。
騎上のナポレオンが手袋をさっとふりおろして突撃の合図をするシーンも、その直後のもたもたしたショットを気にいらないのでカット。
これを熱心にやれば、ワタシ好みの「戦争と平和」ができてしまいそうだったけど、他人の芸術作品に変更を加えるというのは重罪である。
だからやめたというのはウソで、じつはプレーヤーの機能が完璧ではなく、接合した部分がいささか変調ぎみなのでやめたというのが本音。
ワタシに編集させればもっと傑作になりそうな気がするゾ、この映画。
あいかわらずつまんないことをしてるな、ワタシゃ。

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2012年1月30日 (月)

電子レンジ

電子レンジがいかれた。
しばらく不便な生活をしなくちゃならない。
とはいっても、まだガスレンジはあるし、電気釜もある。
レンジ食品は蒸気で蒸して温めるという手がある。
まだ原始的な生活とは、とってもいえない。

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2012年1月28日 (土)

APAPAT

485 知り合いからアルメニア産のコニャックをもらった。
ボトルのラベルでいちばん目立つのはAPAPATという文字で、どうやらこれがこの酒のブランド名らしい。
APAPATというのは、調べてみたらノアの方舟が流れついた山とある。
だとすれば、ふつうはアララト山だ。
たしかロシア語のPは英語のRになるってことだから、これはロシア語なのだろう。

ネット上にはアルメニア・コニャックについて書いたサイトもある。
http://blog.livedoor.jp/koro56/archives/51819435.html

これによるとヤルタ会談で英国首相のチャーチルもこの酒が気にいり、わざわざ個人輸入したとあるから、とっても由緒のある酒らしい。

飲んでみた。
貧乏人のわたしもときどき蛮勇をふるって、4、5千円のウイスキーを買うことがあるけど、これは、なんというか、ケタ違いという感じがする。
いちど何万円もする洋酒というものを味わってみたいと思って、もちろん果たせずにいたけど、この酒ではじめてそれが可能になっちゃったような。
グラスにちょっぴりそそいで、その甘い香りを楽しんでいると、あ、なぜか開高健さんの本を読みたくなってきた。
こんなものがわが家にあるってことがわかったら、たちまち呑兵衛の友人たちが押し寄せてこないともかぎらない。
だからこれは内緒だ。
わたしひとりでちびりちびり飲むことにしよう。

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戦争と平和

待てば海路の日和ありってことかしら。
ソ連版の「戦争と平和」がBSで放映されるという。
公開当時に観たおぼえがあるけど、それ以来これほど掛け値なしの大作映画に出会ったことがない。
まだCGのない時代の映画だから、地平線を埋め尽くす兵隊はぜんぶ本物の人間なのだ。
当時のソ連軍を戦場のエキストラに駆り出した大作である。
当時のソ連が見栄をはりまくった大・大作だ。
上映時間(ぶっとおしで観ると)7時間という大・大・大作だ。

これだけやったんだから、トルストイの原作を完璧に映像化してあるにちがいない(全部読み通せたことがないけど)。
でもいちゃもんの余地もある。
当初は原作の映画化としてはなかなかのモンだけど、終わりのほうになると、やっぱり共産党がイエローカードを出したらしく、どこか国策映画っぽいイデオロギーの押し付けが感じられてしまうのである。
金を出したんだから体制を賛辞するものでなくちゃいかんということで、政治局が口を出すのはエイゼンシュテインのころからのロシアの悪しき伝統だ。
それでも侵略者のナポレオンがかっこよく描かれているのはエライ。
バーチャルでロシア旅行が体験できるのもわるくない。
エルミタージュが当時の風俗のままの人間つきで体験できるのもいい。
硝煙と逆光の中を、騎兵が突進していく戦争シーンなんか、最近のNHKの「坂の上の雲」にも取り入れられていたな。
いくらかの欠点は無視しても、ぜったいに観る価値のある映画である(とわたしは思う)。

DVDは発売されているけど、なにしろソ連(現ロシア)の映画だから、流通がどうなっているのか、アマゾン・コムで中古が14,700円もするのである。
それがBSで録画すればタダだ。
NHKに高い視聴料をとられているんだから、こういうときにモトを取らなくちゃ。

じつはわたしはとっくにこのDVDの正規版を持っているんだけど、デジタル処理がしてないらしく、映像がテープ時代のビデオのまんま。 汚い!
この映画では、古典絵画を思わせる画面の色調がまたすばらしいので、ぜひデジタル処理したものを観たいと思っていた(映画好きのこだわりだ)。
うれしいことに今回BSで放映される「戦争と平和」は、その処理がちゃんとしてあるものらしい。
こうやってわたしの映画コレクションはますます充実していくのだ。

「戦争と平和」のロシア語タイトルは ВОЙНА И МЦР。
МЦРは、ついマップと読んでしまいそうだけど、ロシアの発音ではこれはミール。
ロシア語の知識をひけらかすわけじゃなく、そういう名前の宇宙ステーションがあったので知っているのだ。

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2012年1月27日 (金)

イワシの丸干し

あいかわらず原発の影響について騒ぎすぎじゃないかと思える事件を散見するけど、わたしの世代になるとその程度じゃ驚きゃしないのだ。
なにしろ体内にありとあらゆる汚染物質をため込んで生きてきたのだから。

じつは最近イワシの丸干しに凝っている。
スーパーで買ってきた丸干しをガスレンジで焼いて、頭からばりばりと食べるのだ。
生きたイワシがこの瞬間を見たら身ぶるいするような戦慄的光景だけど、ま、そういうことはあんまりないだろう。
先日、焼いたイワシを食べる段になって、ちょっと焼きが足りないような気がした。
こんなもので下痢でもしたらつまらない。
そこでさらに電子レンジに入れて加熱してみた。
適当な時間にレンジから出してみたら、発泡スチロールのトレイが溶けてぐちゃぐちゃ。
こういうことは過去にも何度かあった。
そのつど心配になるくせに、しばらくすると忘却してまた繰り返す。
そんなに加熱する馬鹿がいるかといわれそうだけど、わたしはたいていの場合、こんなふうにざっくばらんな人間なのである。
発泡スチロールが健康にいいかどうか知らない。
こっちのほうが原発漏れの放射能よりコワそうな気がする。
しかし、イワシを捨てちまうのももったいない。
そこで3匹ばかり立て続けにばりばり。
べつに味には変わりがなく、焼いたイワシは酒の肴になかなかいい。

溶けた化学物質まみれの食品を食べて、それでも平然と生きているのだから、いまさら放射能がどうのこうのと騒いでも仕方がないのである。

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2012年1月25日 (水)

小宰相

今年のNHK大河ドラマは「平清盛」だそうである。
映像が汚らしいとどこかのエライさんがいって、そんなことはないと反論が出て、なんかごたごたしているみたいだけど、わたしは大河ドラマをぜんぜん観ないからよくわからない。
それでも歴史は好きだから、またなんか書こうかと考えた。
平清盛って人が世間でいわれているような暴君ではなく、政治家としてはなかなかの人物であったことぐらいは、わたしもこころえている。
しかしそれ以上特別な関心もないので、彼について書くのはやめて、「平家物語」って本について書いてみよう。
「平家」の巻9の中に『小宰相』という章がある。
シェークスピアよりずっとむかし、日本にこんな悲しい恋の物語があったのだということを。

小宰相なんていうと政治家みたいだけど、これは平通盛(みちもり)の若奥さんで、宮中一の美女とうたわれていた女性のことである。
亭主の通盛って人は、「平家」にうじゃうじゃ登場する平(たいら)という姓の人物の中ではそれほど重要な人ではないし、命より名誉を重んずる剛毅な侍たちのあいだでは、わりかし女性的なやさしい男性だったようである。
こういう人でも本家が戦争を始めれば、やっぱり一門のはしくれとして、出陣しないわけにはいかない。
彼は一ノ谷で義経のゲリラ作戦に敗れ、首を取られてしまった。
なにしろ相手の源氏の侍というと山奥の原始人みたいな荒くれ男ばかりだから、お公家さん化した平家のやさ男が勝てるわけがない。
旦那が討死したことを聞いた若奥さんは、そのころ船で壇ノ浦あたりを漂泊していたのだけど、悲嘆のあまり海に飛び込んで自殺してしまうのである。
このあたり「平家」の中ではもうすこし詳細に語られている。
彼女は妊娠中だった。

くりかえすけど、ロミオとジュリエットよりはるかむかしの話である。
「平家物語」というと、首を取ったの取られたのという勇壮な話が多いけど、中にはこんな純愛の悲恋物語もあるのだということを、すこしでも多くの日本人に知ってほしいと思う。

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2012年1月24日 (火)

困った

000_2 土方殺すに刃物はいらぬってことわざがあるけど、わたしも似たような境遇のブルーカラーだからね。
今月は胃カメラ飲んだり、つまらない講習会に召集をくらったり、いろいろ仕事にさしつかえることが多かったのに、今度は雪に降り込められちゃって、これじゃそのうち生活保護を申請しなくちゃいけんくなるよ。ッタク。

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2012年1月23日 (月)

ステディカム

NHKの「世界ふれあい街歩き」というシリーズは、旅好きなわたし御愛用の番組である。
これは世界各地の都市を、ぶらぶら歩きまわる旅人の目線でとらえた紀行番組で、ナレーションがあるだけ、レポーターや撮影スタッフは画面に登場しない。

録画しておいたこの番組を観ていておもしろいことに気がついた。
といっても政治的に意義あることでもないし、就活、婚活に役立つことでもないから、あまり期待しないこと。
つまらないことなんだけど、わたしはこの番組は、てっきりテレビカメラをかついだカメラマンが、歩きながら撮影しているのだろうと思っていた。
カメラがあまりブレずなめらかに動くのは、カメラが大きいのと、よく訓練された撮影者のおかげだと思っていた。
ところがどうもそれだけじゃなさそうだ。
ベトナムのカントーという街編を観ていたら、カメラがボートの舳先からそのまま岸壁に下りるシーンがあった。
このシーンでも映像はぜんぜんブレないのである。

わたしも8ミリ映画やビデオに凝ったことがあり、画面をなめらかに動かすのには苦労した。
カメラを自転車に載せてみたり、ゴミ箱から拾ってきた買い物用の小さなカートを、こりゃいいと移動撮影用のキャスターに利用したこともある。
馬鹿馬鹿しいかもしれないが、映像にこだわる人はこういうところにこだわるのである。

「街歩き」の映像について疑問を感じる人は多いとみえて、ネットで調べたら、この番組のサイトの『よくある質問』のトップにこの質問が出ていた。
http://www.nhk.or.jp/sekaimachi/faq.html
なんでもステディカムというショックを吸収する特殊なカメラ機器を使っているのだそうだ。
『よくある質問』の終わりのほうにそのカメラの写真も出ているけど、肩でかつぐわけではなく、手でささえており、けっこう体力が要りそうである。
コレって、市販したら売れそうな気がするなと思ったら、ちゃんと売られていた。
やれやれ、時代はどんどん進歩しているなってことと同時に、わたしにまだ道楽につぎこむ金と体力があったらなとしみじみ。

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2012年1月21日 (土)

中止

みぞれのような冷たい雨が降っているけど、街へぶらぶら。
ぜんぜん寒くない。
見栄をはってるわけじゃないぞ。
じつは今年の冬にモスクワやサンクトペテルブルクを観てくるつもりで、ダウンを新調したり、防水のトレッキングシューズ、ヒートテックなんかを買いそろえた。
ところが冬のまっ最中にロシアに行こうなんて物好きはあまりいないらしく、旅行会社によると、参加者不足で中止になったんだと。
ふざけやがって。
えっ、ロシアってのは冬がいちばんきれいなんだよと、これは行ってきた人の受け売りだけど、日本人もだらしなくなったもんだ。

ヤケクソで、今日はロシア旅行装備で出かけてきましたんで、ぜんぜん寒くない。

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2012年1月20日 (金)

地中海殺人事件

降り込められてヒマつぶしに、録画しておいた「地中海殺人事件」という映画を観る。
これはアガサ・クリスティーの推理小説を映画化したもので、芸術性や哲学的テーマを期待されると困っちゃうけど、それさえなければ要領よくまとまった、なかなかおもしろいミステリー映画である。
はじめのほうに出てくる正午を知らせる大砲の音や、ぜんぜん関係なさそうなホテルの宿帳が効果的な伏線として使われていて、最後に犯人が、証拠があるのか、動機はなんだ、死因がちがうじゃないかと開き直るのを、ひとつづつ論破していくところなんぞ、さすがはアガサと感心してしまう。
しかしわたしは現実主義者、というよりそれ以上のヘソ曲がりだから、この部分は納得できない、こんなことが現実にあるのかと、あえていちゃもんをつけてしまうのである。
映画なんてしょせんフィクションじゃないか、無粋なやつだ、おまえみたいな人間にはミステリーを観る資格がないといわれてしまいそうだけど、わたしはまず最初はすなおに映画を楽しみ、つぎにそのアラ探しをして、ひと粒を2度楽しむという人のわるい映画ファンなのである。

ミステリーについて語るときの国際ルールをいちおう順守しておくと、ここから先はネタばれの危険があるので、これからこの小説ないし映画を観ようという人は注意してほしい。

「地中海殺人事件」のプロットはこんなふうである。
地中海の小さな島のホテルに、再婚して引退したばかりの大女優がやってくる。
このホテルにはほかにも女優となんらかの関係のある人間が泊まっているんだけど、彼女の伝記を書いたものの出版の許可を得られないゴシップ作家、彼女に出演を依頼しているのにまったく相手にされないプロデューサー夫妻、彼女のふしだらさに閉口している新しい旦那とその連れ子の少女、そしてかっての彼女のライバルだったというホテルの女経営者など、いずれも女優にうらみや憎しみを感じている人間ばかりである。
J・バーキンの若夫婦なんぞはいちばん利害関係がないほうだ。
こういうのが怪しいというのはミステリーの常道なんだけどネ。

この憎まれっ子の女優はやがて海岸で絞殺死体となって発見され、たまたまべつの用事でホテルに泊まっていた私立探偵ポワロの登場となるのだけど、彼がいろいろ調べてみたところ、どうやら全員にアリバイがある。
うーむと考えるのはわたしじゃなく、ポワロである。
映画の中で事件はいちどは暗礁に乗り上げるのだけど、さてここからへそ曲がりのわたしが納得できるかたちでポワロの推理が進むかどうか。

事件の全体をあとから俯瞰してみると、J・バーキンの若夫婦は島に到着するまえから完全犯罪の計画を周到に練っておかなくてはならない。
ホテルに入ったときから、夫婦仲がわるいように見せかけ、奥さんは健康的でなく、高所恐怖症であることを印象づけなければならない。日焼けしているようにみせかけるドーランも用意しておかなければならない。
その程度のことはまあいいとしても、この若旦那は被害者の女優にとりいって愛人関係にならなければならない。女優はひと気のない海岸で、若旦那とこっそり逢引きしようとして殺されるのだから。
たしかにこの若旦那はホテルに宿泊している男たちの中ではいちばん若く魅力的だから、女優と愛人関係になる可能性もないじゃないけど、なにしろ相手は百戦錬磨の大年増である。
いくらふしだらな性格の女だとしても、初対面の若造をそう簡単にツバメにしてくれたかどうか。
このあたり原作では、もっと男女の機微にふれた心理描写があるのかもしれないけど、わたしは原作を読んでいないので、あくまで映画についてアラ探しをしているのである。
女優と若旦那が愛人関係になれなかったら、この計画はとん挫していただろうというのが、ヘソ曲がりのわたしが指摘する映画のひとつの弱点だ。

もうひとつ、バーキンの若夫婦があらかじめ予期することは不可能だったはずだけど、女優と再婚したばかりの旦那が連れ子を同行していなければいけない。
なにしろこの連れ子の少女が、本人は知らないまま、犯人たちのアリバイ工作に重要な働きをするのである。
どうして犯人たちは少女を周到な計画に組み込めたのか、このあたりちと納得できない。

それでもまあ、お膳立ては整った、ということにしておこう。
そうなると、バーキンの若奥さんはかぎられた時間のあいだに、女優を石でなぐりつけ、失神させ、その水着をはいで自分の身につけ、海岸で被害者の代わりに死んだふりをしなければならない。
これだけでもけっこう時間がかかりそうだし、ふてぶてしそうな大年増が反撃してきたら、バーキンひとりじゃ逆になぐり返されるんじゃないかと心配になってしまう。
しかしこれについては、物理的、時間的にゼッタイに不可能というわけではないし、まあフィクションだからなと言われれば、納得するしかない。

どうも現実主義者というものはつまらないことに拘泥するものである。
しかしそんなことはさておいても、わたしのへ理屈はミステリー・ファンからのつぎのような反論によってたちまち崩壊してしまう。
殺人者たちは、たまたま若旦那が女優にうまくとり入れたから、たまたま予定通りに連れ子が同行していたから、計画を遂行したのだよと。
そういう条件が整わなかったら、彼らは殺人を実行せず、そもそもこの話は最初からぜんぜんなかったことになるだろう。
こうなると卵が先かニワトリが先かっていう論争になってしまうけど、そういわれてみると殺人者の目的は、女優が持っていたいわくつきの宝石をあわよくば手に入れようってことで、彼女をなにがなんでも殺さなければならない必然性はないのである。
この強烈なパンチにわたしは黙りこむしかない。

やれやれ、つまらないことに時間をかけてしまった。やっぱり原発事故のことでも書いておけばヨカッタ・・・・・・・

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