2020年5月28日 (木)

不安

散歩にでも行くかと思ったらまた雨だ。
出鼻をくじかれて部屋でごろりとひっくり返る。
4畳半に押し込んだベッドからは、ちよっと顔を上げるだけで、ベランダのすぐ外側の樹木も見えるし、通りを歩く人も見える。

0940

ごろりとなったまま、ぼんやりと考えるのは、すでに死んだ友人、知り合いたちのこと。
こんな時代が来ることをだれが想像しただろう。
彼らは幸せだったんじゃないか。
生き残っているわたしは幸せのはずなのに、このぼんやりとした不安はなんだろう。

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2020年5月26日 (火)

迷走

アベノマスクが届いた。
最近ではマスクのかたちも百花繚乱だし、小すぎると文句をいう人もいるけど、ひとむかし前にはこういうかたちのマスクしかありゃせんかったけどねえ。
わたしの家には中国人の知り合いが送ってくれたマスクがたくさんあるからどうでもいいんだけど、でもまあ、日本の首相が善意で送ってくれたものをとやかくいうつもりはないやね。

しかし、そんな金があるならもっとほかのことに使うべきだという人が、じっさいにわたしの知り合いにもいた。
わたしはヒトがわるいから、ほかのことって、たとえばどんなことなのさとからんでみた。
彼がいうには、コロナのおかげで苦境に陥っている中小企業や母子家庭など、支援を必要としているところはいくらでもある。
そういうところに使うべきだという。

でも、そういうところには別に、ちゃんと支援策は考えられているでしょ。
わたしの知り合いの個人タクシーの運転手さんなんか、不景気で減った収入を補填するために、国から百万円もらうそうだ。
ホントかいとにわかに信じられないけど、ホントらしい。
もらえないからくやしくていうわけじゃないけど、日本に個人タクシーの運転手さんてどのくらいいるんだろう。
収入の減ったあらゆる業種の人に補填するらしいけど、それっていったいどのくらいの金額になるんだろう。

日本の将来を考えると暗澹たる気持ちになる。
そんな大盤振る舞いの後始末はだれがみるのか。
けっきょく増税や年金の減額などで、わたしたちが負担するしかないんじゃないか。
最近のわたしはなぜかつきまくっているから、そういうものはみんなわたしが死んだあとに来そうな気がするけど。

まっ暗な未来しか想像できないとしても、しかしどうにもならないのだ。
現実に収入がガタ減りで、生活が苦しい、家賃が払えない、なんとかしてえという声は社会に満ち満ちている。
将来がどうなろうと、ここでなんとかしてやらなければ、政治家は鼎の軽重を問われるってやつだ。
首相としては悩んだり、傍観しているわけにはいかない。
そういうあせりが小さすぎるマスクの配布になったとしたら、あまりけなすのも気のドクじゃん。

任期の終わりまであと1年とすこしになって、新型ウイルスという不運な災難に見舞われ、日本の首相もいささか足を踏み外したように見える。
検察庁の黒川なにがしが訓戒だけで済んだって事件も、こりゃ納得する国民は少ないだろうねえ。
まあ、このまま任期を終えたとしても、死後は歴史に残る名宰相だったってことで、従一位と大勲位菊花章頸飾をもらうことは間違いないのだから、もって瞑すべしだな。
え、安倍クン。

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2020年5月25日 (月)

韓国の内ゲバ

おとなりの国の内ゲバ。
今日はその一方の記者会見が開かれる日。
もう一方が出席するかどうかは不明だけど、夜にはNHKが関連番組を放送するらしい。
うん、ちゃんと録画設定はした。
戦後70年、延々と続いてきた怨嗟の声を、はたして断ち切れるかどうか。
コロナがどうしたとこうしたと、悪いことばかりじゃない、日本にとっては。

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2020年5月24日 (日)

悪ふざけ

新しい部屋に引っ越して1カ月以上がすぎた。
建物がボロで、部屋がせまいのはどうしようもないけど、わたしはそういうことにあまり文句をいわないタチだ。
ひとり者のわたしには、部屋の広さよりも、そこがいかに充実した部屋であるかのほうが問題なのだ。
旅行に行っても、WI-FIがあればほかに必要なものもないので、バストイレに、ベッドひとつでいっぱいのビジネスホテルで満足してしまう。

だから新しい部屋は天国だ。
新しい住まいは集合住宅の1室で、まわりに新しい1戸建ての住宅も建っている。
そういう家に住んでいる人をうらやましいとは、本気で、まったく思わない。
部屋に入ってしまえば、わたしの部屋も十分に充実したところだし、亭主にがみがみいう女房や、生意気をいう子供たちもいないのだ。

買い物に行くために自転車を引っ張り出した。
まだ早朝だけど、すでに太陽はさんさんと輝いている。
電動アシストでさっそうと走り出す。
バス停のわきをかすめると、そこに勤め人らしい数人が立っていた。
みなさん、これから仕事なんですね・・・・

ときどき不思議な気持ちにおそわれる。
わたしの人生って悪ふざけじゃないか。
いままでわたしがまじめに努力や苦労をしたことがあっただろうか。
唾棄すべき生き方だろうけど、それでもこんな調子のまま、終わりは近い。
わたしは自分の人生をだれかに記憶してもらおうとは思わない。
それどころかわたしの死後は、みんなからさっさと忘れられたいと思っているくらいだ。
けっきょくわたしは、わたしを軽蔑する人たちを尻目に、ひとりでさっさとこの世から消えるのだ。
やっぱり人生悪ふざけだなあ。

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2020年5月23日 (土)

野菜好きの天国

引っ越ししたばかりの新しい部屋の近所はやたらに便のいいところだ。
セブンイレブンは歩いて数分だし、自転車で5、6分のところにスーパーが5軒もあり、おまけにミニチュアの築地みたいな卸売市場もある。
まだまだ農家がたくさん残っているので、あちこちの畑のわきに野菜の無人販売所がある。

おかげでわたしみたいな野菜好きには、食材に不自由しないばかりか、スーパーの商品の値段を比較して、あ、こっちの店のほうが5円安いと、経済観念の発達した主婦みたいな生活が可能。
今朝もそのうちのひとつに行ってきたけど、ほんと、スーパーがわが家の食糧倉庫のようなものだ。
いくらお金持ちでも、わたしぐらいでっかい倉庫を備えた家はないだろう。

自炊するのがイヤという人のためには牛丼の吉野家や松屋も近いし、大きな家電量販店もあるので、パソコンの関連商品にも不自由はない。
さっきもふいと思い立って、ここへ電球を買いに行ってきた。
最近は抜け道をおぼえたから、5分でこの量販店のわきに出る。
自転車があるかないかでだいぶ条件が変わってくるけど、非活性的な年金老人にはじつに便利なところである。
どこへ行くにも自転車を使うクセがついて、足がますます弱脚化するのが悩みのタネ。

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2020年5月22日 (金)

憐みを

どうしようもないな。
定年延長の問題でいま渦中にあるはずの検察幹部が、賭け事をして辞職に追い込まれるという事件。
この時局に当の本人が、こともあろうに新聞記者と、それも朝日新聞の記者も含めたメンバーと賭けマージャンとは。

そもそも、そこまで賭け事の好きな人物が検察幹部だなんて、ちょっと理解しにくい。
豪快で太っ腹な人物だったのかもしれないけど、たれ込まれて、いっしゅん彼の顔は青ざめただろう。
同時にこればっかりは弁解の余地がないことも悟っただろう。
ゴルフや宴席ならまだしも、賭けマージャンなんて、法を施行する側の人間がやることじゃない。

でも、彼の弁護するわけじゃないけど、わたしは同情してしまう。
先日も営業自粛をしないパチンコ屋を、営業停止にしろという騒ぎがあった。
これだってパチンコ屋ばかりを責める気にはなれない。
わたしの周辺にもいるんだけど、世の中には休みになると、パチンコぐらいしかやることがないという人間がたくさんいる。
賭け事をいっさいやらない聖人君子ばかりで社会は成り立っているわけじゃない。

他人への思いやりがすこしでもあるなら、休日に日がな一日パチンコという人に対しても、同情が必要じゃないか。
思わぬ不覚をとったこの検察幹部さんも、せっかく最高学府を出ていながら、文学や芸術に関心がないという、気のドクな人物だったのではないか。

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2020年5月21日 (木)

床屋

ずうっとむかし、「床屋の経済学」というネタでブログを書いたことがある。
最近はどうだか知らないけど、その当時の床屋は高かった。
わたしが1回床屋に行くと4千円取られた。
そうそうしょっちゅう行くわけじゃないから、わたしの側からすればたいしたことなくても、床屋さんからすれば、しょっちゅうでない客が1日に10人も来れば、これはわたしなんかよりずっと高給取りだった。
ウラヤマシイと思ったものである。

今日は新しい部屋に引っ越しして初めて床屋に行ってきた。
最近あちこちにある格安の床屋で、ヒゲ剃りなどを省略した、貧乏人にはありがたい床屋だ。
だいたいわたしはネクラのオタクだから、床屋さんと長時間差し向かいで、へんにお世辞をいわれるのも好きではない。
だからさっさと仕事を終えてくれるこういう店が好きである。
わたしのような人間は多いようで、いつ行っても客が列をつくっているのが欠点だけど。

社会はますます厳しくなっている。
かって世渡りに有利とされた三把刀のうちの、仕立て屋と理髪業も先が怪しい。
こんなはずじゃなかったというのは床屋さんの言い分。
しかしじっとしていて客を待ち、のんびりした仕事で生活をまかなおうというシステムが、薄利多売で忙しく働く店に押されるのが世の風潮だ。
「床屋の経済学」も書き改めなければいけないようだ。

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2020年5月20日 (水)

あ、

わたしと似たようなじいさんから電話がかかってきた。
じいさん同士で話し込んで、あ、今日はブログ更新休みか。

ぎりぎりセーフでした。
ただいま0時1分すぎ。←バカ

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2020年5月19日 (火)

飢餓海峡

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日本映画の傑作(とされる)「飢餓海峡」がまた放映されたので、また録画してまた観てみた。
傑作であると断言しないのは、わたしはこの映画を映画館で観たことがないし、テレビで放映されたものは何度も録画しているのに、最後までいちども観とおしたことがないからだ。
なにしろ3時間もある映画なので、家ではほかにも雑用があって、とても最後までテレビのまえに座っていられない。

でも傑作だといわれているから興味はある。
公開されたのが1965年だから、わたしがまだ紅顔の美少年だったころで、当時の社会や風俗をふりかえるにも具合がいい。
で、今回もブログの更新をしたり、メシの支度をしたりしながら、ちらりちらりと観た。

見終わるとどこか釈然としないものが残る。
これはミステリーだそうだけど、それならなおさらのこと、ストーリーに納得しにくい部分があると、それだけで傑作とはみなされなくなってしまうのだ。

Kk02

いちゃもんをつけるところは多いけど、ひとつ挙げておこう。
戦後の混乱期に、三国連太郎扮する強盗殺人犯が、青森で娼婦を買い、彼女にほだされて、盗んだ大金を彼女に分け与えて去る。
殺人犯はこのあとそしらぬ顔で市井にまぎれ込み、まっとうな社会人になって、とある地方の有名人になっている。
そこへ新聞記事で偶然に彼のことを知った娼婦が訪ねてくると、前科を暴露されることを恐れた殺人犯は、今度は彼女を殺してしまう。

さて、お立ち会い。
ひと晩だけの行きづりの客の顔を、
10年後まで娼婦が覚えているだろうか。
まして相手はジャン・ヴァルジャンみたいに、服装もものごしも一変しているのだ。
そりゃ人違いだね、他人の空似だよといわれれば、そこでふつうはおしまいだ。

これは脚本がわるい。
だからわたしだったらこうすると、あ、また余計なお節介だ。

Kk03

殺人犯たちが金を独り占めしようと殺し合ったとき、三国扮する殺人犯は抵抗されて手の甲に傷を負ってしまう。
そのあとたまたま知り合った娼婦が傷の手当てをしてくれて、これがそもそもの馴れ初めで、ふたりはひと晩の契りをむすぶことになる。
女はこの傷のことを覚えていて、
10年後に再会したとき、男がしらを切ると、ちょっと手の甲を見せてという。
そこに動かぬ証拠が残っており、やっぱりあなたは愛しい
○○ちゃんじゃないのと、女は男にしなだれかかる。
正体がバレたことを知った男は、やむを得ず女を殺す決意をする、なんて脚本はどうだ。
うん、やっぱりわたしって天才ね。

ミステリーで大事なのはつじつまが合っていることだ。
完璧なつじつま合わせで感心させられたマーチン・リット監督の「寒い国から帰ったスパイ」は、同じ年の映画である。
「飢餓海峡」は、当時の日本人の映画鑑賞レベルはこんなものだったと、そっちのほうで感心すべき映画じゃないか。

Kk04

どうもわたしのいちゃもん好きにも困ったもんだけど、余計なお節介はさておいて、ある場面でふと画面に目が止まった。
殺人犯が青森県の大湊でバスを降りる、なんてことのないシーンだけど、背景に特徴のある山が見える。
これって3年まえに大湊でわたしが見た釜臥山じゃないか。
有名な恐山はこの山のすぐうら側だ。

それだけじゃない。
若いころ海上自衛隊にいたわたしは、ひとつ間違えば大湊に赴任させられて、朝な夕なにこの山を見ていた可能性があるのだ。
この映画の公開時とわたしの自衛隊時代は、時期的にそれほど変わるわけではないから、わたしもこの映画と同じような風俗を目の当たりにしたかも。
ああ、思えば遠く来たもんだ・・・・

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2020年5月18日 (月)

ロシア・バレエの闇

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昨夜のBSプレミアムシアターは、ミハイロフスキー劇場からの「ラ・バヤデール」。
ミハイロフスキー劇場って、アレじゃん。
わたしが3度目のロシアに行ったとき、バレエを観たくて、その入口をうろうろした劇場。
チケットが売り切れで、やっぱり高くても日本にいるあいだに買っとくべきだったと、後悔のほぞを噛まされた劇場だ。

でも劇場の内部は、最初のロシア訪問のときに見ていたから知っていた。
そのときはロシア人の知り合いに案内されて入ったんだけど、残念ながらやっていたのはバレエではなく、バイオリン演奏会だった。
でもロシアの伝統的な劇場の構造を、しっかり体験することができて感動した。

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さて「ラ・バヤデール」だけど、やはり本場のロシア・バレエだけあって、出演している踊り子はスタイル、容姿とも非の打ち所がない。
恋仇同士のふたりのダンサーはどちらもわたしの好みで、でも王女さま役の女の子は美人だけど、脊が高くて電信柱みたいだから、ヒロインのほうにわずかに分があるなと。

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そんなアホな感想を抱きつつ、ウィキペディアで経歴を調べてみたら、ヒロインのアンジェリーナ・ヴォロンツォーワさんは、かってボリショイ劇場で硫酸事件というものがあったとき、原因をつくった一方の関係者だった子だそうだ。
そういわれてみると、カーテンコールの場までなんとなく悲しそうな顔をしていて、まだあの悲劇をひきずっているのかと気になってしまう。

んなことないよね。
事件はすでに7年まえのことで、ヴォロンツォーワさんはその後もちゃくちゃくと実績を積み上げ、こうやってバレエの主役を勤めているのだから。
わたしも過去のことはさらりと忘れて、これからも彼女を応援したい。

どうも新聞の3面記事みたいなことだけで申し訳ないけど、このバレエの本格的な感想は、またヒマなときに書こう。
昨夜の放映には、マリウス・プティパというバレエ界の偉人のドキュメンタリーがついていて、これと併せて感想文を書いたほうがいいみたいだし、いま日本や韓国国内のゴタゴタから目がはなせないの、わたしって。

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