わたしがいつも目を通すブログはいくつかあるけど、その中のイヴァン・ウィルさんがまた偏見に満ちた中国記事を書き、OKCHANという人がまるっきりそれに影響されたようなことを書いているから、今日はまとめて両方に反論してみよう。
わたしも忙しいんで、こんなものに時間をとられたくないんだけどね。
イヴァンさんの記事は長いけどつっこみ所が満載だ。
反論は容易だけど、とても全部は書いていられないから、ここでは習近平さんが独裁者という根拠はどこにあるのかと訊きたいね。
世間には典型的な独裁者というのが何人かいる。
北朝鮮の正恩クンなんかがそうで、日本にいながら彼の残忍非道なこと、自分のことしか考えずに国民を食い物にしていることなど、だれもが知っていることだ。
逆にロシアのプーチンのように、自分の国と国民のことを第一に考える愛国的な指導者もいる。
近平さんはどっちだろう。
現実問題として、中国国民はイヴァンさんが中国に赴任していたころ(1900年代の末から2000年代の初め)に比べて、はるかに豊かに幸福になっているではないか。
鄧小平時代の天安門事件を持ち出していたけど、あのとき強権で騒ぎを抑えなかったら、中国もソ連のように解体していた可能性があるのだ。
近平さんが権力を掌握するために、あるいは維持するために、誰か競争相手を粛清したとか、排除した実例がひとつでもあったかね。
かって英国に招かれたとき、国賓とは思えないぞんざいな扱いをされたけど、近平さんはその屈辱にじっと耐えた。
彼が独裁者なら、そんなことを放置しておけばメンツにかかわる。
下手すればこれだけでも英国に対して、もっと乱暴な反応を示してもおかしくなかった。
しかしいまはトラブルを起こさず、国内の発展に全力をそそぎ、そうしていつか英国を見返してやろうというのが、中国共産党の総意だったのだろう。
その結果が、すべての若者がスマホを持ち、1家に1台の車さえ不可能ではないといういまの中国と、スターマーさんがカラ吠えばかりしている大英帝国だ。
イヴァンさんの文章では、習近平時代になって鄧小平の方針が大きく変わったという。
これもいったいなんのことをいってるのか。
近平さんが個人崇拝を強要している事実はないし、主席の任期を引き延ばしたというなら、いまは西側の集中攻撃にさらされているときで、こんなときに指導者を安易に変えられないことは、ゼレンスキーさんが証明しているではないか。
プーチンなんか、彼に匹敵する力を持った後継者がいるかどうかわからないのだから、彼が権力の地位にとどまることはやむを得ないとわたしは思う。
だいたいイヴァンさんは、あるとき(10月18日)は近平さんの影響にかげりが出てきたといい、あるとき(11月29日)は彼の独裁は確固たるものだと、まるで反対のことを書く。
これは彼が信念を持たず、行き当たりバッタリで、そのときの状況を都合よく判断していることにほかならない。
近平さんは独裁者ではなく、合議制で選ばれた共産党の代表ではないのかね。
つけ加えれば、近平さんは背が高く、西側の首脳と並んでも見劣りがしないから、あんがいこれが彼が推挙されている理由かも知れないよ。
こういうイヴァンさんの意見を鵜呑みにしたようなのがOKCHANさんだ。
いったい習近平さんが皇帝陛下というのはどこから出てきた発想なのかい。
彼は以前にプーチンを嘘つきだと書いていて、わたしがコメントで、どのことをいってるのかと質問したら、それっきり沈黙してしまった人だ。
近平さんについても、みんながそういってるではなく、自分の頭で、どこが皇帝陛下なのか考えてみてほしい。
自衛隊機へのレーダー照射ニュースをさっそく取り上げていたけど、これだって中国側の見方とこちら側の言い分ではだいぶ異なる。
それでもNHKはまるで韓国の同様事件と同じように、飛びついてオーバーに(ウレしがって)報道するのだ。
そもそもいまのトラブルの原因はこちら側が作りだしたものじゃないか。
NHKの報道はハナっから信じるわけにはいかないというのが、現在のわたしの心境なんだヨ。
OKCHANさんはしょっちゅうむずかしそうな本を読んでいることを書いているけど、どうも他人の書物にすぐ感心してしまう人のようだ。
本を読むというのはどういうことなのか。
他人の考えを理解し、相手の立場でものを考えるようなことも読書の効能じゃないかねえ。
彼はわたしと同じ団塊の世代らしいけど、それならなおさらのこと、世間に毒されない自分なりの考えを持ってほしいと思う。
また他人を名指しした中傷になってしまうから、こんなことはブログに書きたくなかった。
しかし本人たちはそれを、世間に訴えるつもりで書いているのだろうから、世間のはしくれのわたしにも反論する権利はあるはずだ。
コメント禁止扱いのわたしには、ブログで取り上げるしか方法がないのだよ。
最近のコメント