2024年4月22日 (月)

いつものこと

またしても自衛隊のヘリコプターが落ちた。
平和なときでもこれだから、戦争になったら航空機の墜落ぐらいは日常茶飯事かも知れない。
だからと・・・・
わたしの言わんとするところは、もう察しのいい人なら気がついたかも。
2、3日前もウクライナは、ロシアのツポレフ22M3爆撃機を落としたなんてイバっていたけど、ミサイルを使った、いや長距離砲だとか、情報が錯綜している。
たまたま事故で落ちたものを、自分の手柄みたいに自慢してるんじゃないか。
ふだんデタラメばかりいってると、こういうときに信用されないのだ。

アメリカの下院がウクライナ支援予算に合意したそうだ。
こういうときにぐだぐだいうと、ロシア擁護派の負け惜しみに聞こえるからいいたくないんだけど、支援額は9兆円だそうだ。
そんなものを現金で支援したら、また汚職大国ウクライナの政治家・官僚たちにみんな抜かれてしまう。
兵器で支援するには製造するのに時間がかかるし、それまでに徹底的に再起不能にしてしまえとロシアの攻撃に拍車がかかりそう(すでにその兆候はある)。
まえに台湾の総統選で頼サンが勝ったときも大喜びしている人がいたけど、その後の続報を見ると、期待したほどの反中政策には結びついてないね。
今回も喜んでいる人たちが、そのうちガッカリするだけじゃないか。
ふだんこっちの期待や憶測ばかりで嬉しがっているから、こういうときにヌカ喜びになるのだ。

だいたいウクライナに支援するのに、イスラエルへの支援も抱き合わせだなんて、バイデンさんは何を考えているのだろう。
ガザ地区の虐殺で米国でも非難が高まっている最中だ。
一方でイスラエルに虐殺をやめろといい、もう一方で支援だなんて、いくら選挙対策だとしても支離滅裂すぎる。
わたしはウクライナ戦争の結末を見るまで死ねないと思ってるんだけど、戦争が終わるまでまだ時間がかかりそうで、神さまがもしもいるなら、わたしをもっともっと長生きさせるつもりかも知れない。
プーチンがんばれ、苦しいのはゼレンスキーさんも、いや、あっちのほうがもっとずっと苦しいはず。

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2024年4月21日 (日)

中国の旅/敦煌へ

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敦煌の最寄り駅である「柳園」は西部劇のセットのような町だった。
駅まえからどーんと大通りが伸びており、その両側に立て看板のような家が建ち並び、保安官事務所はどこですかと聞きたくなってしまう。
駅舎から出るとすぐ目の前に路線バスの呼びこみがいたので、敦煌までいくらと訊くと10元だという。
わたしはさっさと乗り込んで左側の窓側に席を確保した。
左側で正解だった。
というのは、柳園から敦煌までは南へ向かう1本道で、右側に座った日には最後まで西日を受けっぱなしだ。
これはそうとうに暑い。

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路線バスを利用するのはみすぼらしい格好の中国人がほとんどで、わたし以外にはっきり観光客とわかるのは白人の若者と東洋娘のカップルのみだった。
わたしたちのバスは後ろ向きの座席までしつらえて満員で出発した。
運転手はいかにもモンゴル系と思える、目の細く切れこんだ若者である。
ほかに車掌らしい若者も乗っていたが、べつに切符を切るわけでもなし案内をするわけでもなく、なんのために乗っているのかわからない。

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現在では敦煌の駅模様もだいぶ変わったようだ。
もより駅である柳園は、いちどは敦煌駅と名称を変えたものの、2006年に新しい敦煌駅ができて、ふたたび柳園駅の名前にもどった。
ここに載せた上の写真か柳園駅で、ぜんぜんわたしの記憶にないのは、敦煌に到着したというので興奮して、駅舎の写真を撮り忘れたからのようだ。
下の写真は新しい敦煌駅で、わたしが行った97年にはまだなかった。
敦煌は交通の不便なところにあるので、飛行機で行ってしまう人が多いかも知れないけど、この年の6月には滑走路が改修中で飛行機は飛んでなかった。

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路線バスは柳園の町はずれで燃料補給をした。
このあとバス停でバスを待っていた中国人を乗せようとしたものの、座れねえのかい、じゃいいやと客のほうから断られてしまった。
町の郊外に出ると、あとはどこまでも続く直線道路である。
わたしは持っていたミネラル・ウォーターでハンカチをぬらして鼻にあてた。
こうしないと左側に座っていても、そのうち鼻の奥のほうまで乾燥してしまいそうだった。
わたしを悩ませている目の充血はまだ治っていなかったから、安物のサングラスをしたわたしは、米国のエージェントのようである。

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敦煌までは遠い。
40〜50分も走るとボタ山のような黒い大地は終わり、河床のような平原になる。
砂丘が起伏するような、いわゆる砂漠ではなく、見渡すかぎりの荒地に短い草がしがみつくように生えている感じ。
窓から首を出してみると、地平線の彼方にまでまっすぐ道路がのびており、前方に逃げ水が見える。
バスは、わたしのカンではおおむね50から60キロ程度のスピードで走っていたけど、かなりのポンコツだから、これでもわたしには飛ばしすぎに思えた。
砂漠の中に盛り土をして築いただけの道路なので、居眠り運転をしたら一巻の終わりである。
走行中に車の下でボコンという音がした。
とたんに運転手は車を停め、飛び降りて車の下側をのぞきこんだ。
ま、こういう用心深さは感心である。

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列車の中でいっしょだった裴傳哲さんがいうのには、柳園から敦煌まで2時間くらいだろうということだったので、1時間半ほど走ってようやくオアシスが見えてきたときにはホッとした。
ところがこれは中間にある小さな村で、ヒツジたちの群れ、ポプラの並木、なにか作物のある農地などをすぎたら、またいちめんの平原になってしまった。
このあたりで平原の中に点々と、古い城壁、あるいは逢火台の残骸のような土盛りが見える。

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けっきょく柳園から敦煌まで3時間かかり、このうち2時間以上がほんとうの直線道路だった。
この130キロの区間に信号はひとつもなく、すれちがう車もめったにない。
一箇所だけ、砂漠を拓いた空き地があって、カーキ色の軍用トラックが数台停まっていた。
新疆ではまだ数カ月まえにウイグル族の暴動があったばかりだから、軍隊が警戒のために駐屯していたようだ。

バスの終点近くで甘い草いきれが鼻をついた。
敦煌は緑の農地にかこまれた小さな町だった。
高層ビルなどひとつもなく、ちょっと走れば牧歌的な風景が広がっていて、町はずれの牧草地ではヒツジ飼いがヒツジを追っていた。
わたしの気持ちを十分にうるおしてくれるところである。

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バスの終点に着くと、わたしと白人カップルはそのまま汚い招待所へ案内されてしまった。
わたしは招待所なんかに泊まるつもりはなかったから、おい、別のホテルに行くよというと、運転手が必死で引き留めようとする。
彼は10元のバスを利用する客はみな貧乏人だと思っていたのだろう。
見損なうなってんだ!
なぜか無意味な虚勢を張ったわたしは、こころ細そうな白人アベックを置き去りにしてタクシーをつかまえ、あらかじめ調べてあった敦煌賓館に向かうことにした。
敦煌賓館は敦煌でいちばん格式が高い(料金も高い)とされているホテルである。
そんなところを選んだのは、くっついてくる運転手を振り切るためもあったので、そこでわたしが部屋を予約するのを見て、運転手もとうとうあきらめたらしかった。
それじゃせめて明日のタクシーの予約はいかがですかという。
敦煌の名を世界に知らしめたのは、もちろん莫高窟の古い遺跡だけど、それは敦煌の市内から東方へ10キロほど離れていて、タクシーを使わなければ行くことができない。
敦煌には3泊するつもりだったから、いずれ莫高窟に行ってみるつもりだったけど、初めから予定に縛られたくないので、ノー、サンキューとわたしは答えた。

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敦煌賓館は580元=8,100円だという。
フロントには日本語のわかる服務員がいたので、もっと安い部屋はないかと訊いてみたけど、アリマセンだった。
値段が高いだけあって部屋の設備に不満はない。
わたしの部屋は2階の221号室で、2階の服務員の女の子もなかなか可愛い子だった。
すぐに女の子の採点になっちゃうのがわたしの欠点だけど、かしづかれるなら可愛い女の子のほうがいいのは、男性なら誰でも感じることではないか。
現在このホテルはどうなっているのかと調べてみたら、わたしが泊まったときのままで、いまでも同じ場所にあるようだった。
しかし敦煌の名声は海外にも轟いているから、競合するホテルも増えていて、服務員の女の子もスカウト合戦になり、いまでも可愛い娘がいるかどうかワカラナイ。

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ホテルに荷物を下ろしたあと、買い物ついでに敦煌の町をふらふらした。
わたしは外国のホテルに泊まると、ホテル備えつけの石鹸はろくなものがないから、いつも外で石鹸を買うことにしているのである。
町のはずれに映画や写真で見るような、いかにも砂漠らしい雄大な砂丘(月牙泉)が見えるので、足は自然にそっちに向かった。
いまはどうか知らないけど、歩きながら眺めた感じでは、敦煌の町は知名度の割にはこんなところかと思うようなお粗末なところだった。
市内よりむしろ郊外のほうが、ヒツジや羊飼いなんかがいて、牧歌的で素敵なところである。
途中で日本でもなじみの佐川急便のトラックを見かけたけど、これは西安でも見たことがあるから驚かない。

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建物のすぐ向こうがもう砂丘で、風向き次第ではそのうち砂に埋もれてしまうのではないかと心配になる大きなホテルがあった。
1泊がいくらくらいするものか、フロントで訊いていくことにした。
このホテルは「金葉賓館」といって、300元(4,200円)ですという。
敦煌賓館なら1日で1万円くらいが飛ぶのに、こちらはその半分である。
その場で、明日は引っ越してきますと予約をしてしまったけど、じつはわたしは早まったのである。

ホテルへもどってシャワーを浴び、下着の洗濯をしたら、もうレストランは閉まってしまう時間だった。
めんどくさいから服務員の女の子にカップラーメンを売ってもらって、この晩の食事はそれだけですませてしまった。
ケチな日本人と思われたかもしれないけど、高級ホテルに泊まって、食事はインスタントでは、相手もわたしの正体を考えるのにさぞかし悩んだことだろう。
あまり乗り物に乗って砂漠ばかり見ていたので、この夜は目をつぶってもまぶたの裏に移動する砂漠が見えるほどだった。

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2024年4月20日 (土)

またG7

G7なんてやっていたのかよ、といいたくなる最近の外相会合。
いつも仲良しクラブの、子供でもわかる偏った声明ばかりで、世界のどこからも当てにされず、またやってんのかいと野次られてもおかしくない集まりだ。
いいや、いいたいことをいって溜飲を下げるってことでは、自分たちは満足なのかも知れないけど。
そんなものはオンラインですませても間に合うでしょ。
国民の税金から飛行機代を使う上川おばさんの事情も考えてくんないと。

イスラエルとイランの揉め事では、先に国際法違反をしたイスラエルにはなにもいわず、イランがイスラエルに反撃するとケシカランといい、そして報復攻撃をしたイスラエルにはまたなにもいわない。
G7の結束はいよいよ固いけど、救いがあるとすればイスラエル、イラン双方とも抑制的であることか。
イスラエルの方は徹底的にやりたいのかも知れないけど、なんせあの国も民主主義の国だから、国民の7割が戦争の拡大を望まないというんじゃ、さすがのネタニヤフさんも横紙破りはできないとみえる。
挑発に乗るな、相手になるなというBRICSやグローバルサウスの申し合わせもよく行き渡ってるようだよ。

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2024年4月19日 (金)

いまの花壇

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絶対放任主義のわが花壇、今日は花壇のへりにヒマワリの種を蒔いた。
去年枯れた花から集めておいた種子だ。
首尾よくいけば花壇のへりにヒマワリが一列に並ぶはずだけど、出るか出ないかは運まかせ。
さらに今日はとなりの公園の花壇から、オオキバナカタバミの苗ももらってきて植えつけた。
過去に2回ほど試みて、最初のやつはあえなくダウン(枯れ死)、2度目のものも半死半生で、わたしの花壇には向かない花かと思っていたけど、今日もらったのは白い根粒がついている根っこごと。
将来は島中がこの花に覆われていたマルタ島のように、冬に黄色い花を咲かせるのがわたしの夢。
気の長い話だけど、同じ運まかせでも、ノースポール、ホウキグサ、マリーゴールドの新芽はすくすくと育っている。
去年はひとつも咲かなかった場所が、金色の花に覆われるまであと1カ月。
もう楽しくて、結果を見るまで死ぬわけにいかんのよね。

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2024年4月18日 (木)

昨日の混迷

ニュースやSNSを見ていると、よくロシアや中国は半導体制裁をくらって困っているという報道を見かける。
まるで半導体は、アメリカや日本、台湾にしか作れないと思っているようだ。
いつまでそんな驕慢な態度でいるのかね。
ロシアはかっての宇宙大国で、米国のスペースシャトルが事故が多くて頓挫したあと、ロシア製のソユーズがなければ、人間は国際宇宙ステーションへ往復することもできなかったことを忘れちゃ困る。

本当のぎりぎりの最先端技術なら米国の優位は揺らがないかも知れないけど、そんなものをじっさいの戦争でどのくらい必要とするんかいね。
かって日本にも1番でなくちゃダメなんですかといった議員がいたけど、ドローンに積み込んだり、誘導ミサイルに使うくらいなら、2番手、3番手の技術でも充分なんじゃないか。
中国なんかそのうち西側先進国に追いつくことが確実だ。
あまりむきになられても困るけど、中国では時速400キロの新幹線がもうすぐ出来るそうだよ。

SNSには英国BBCの報道として、ロシア軍の死者が5万人以上というものがあった。
それじゃウクライナの死者は、ということが無視されているのが欠点だけど、NHKは大急ぎでこのニュースを取り上げていた。
それが正確かどうかよりも、BBCの報道がぜんぶ正しければ、とっくにウクライナ軍はロシアの防衛戦を突破して黒海まで到達し、補給路を絶たれたクリミア半島のロシア軍は、飢え死にか路頭に迷うことになっていただろう。
BBCが報じてNHKが嬉しがって取り上げる、これだけでわたしはデタラメだろうと思ってしまう。

昨日のNHK国際では、中国本土から香港に移住する若者が増えているなんていってたけど、どういうつもりかわからない。
中国が国民から嫌われていることを証明したいのかも知れないけど、移住者が増えるということは、中国の国民は自由な移動が許されているということじゃないか。
そのすぐあとには、インバウンドで中国からの訪日観光客が増えてもらわないと困るなんて、日本側の報道もあった。
香港はいまでは中国の一部なのに、このままでは大陸とひとつになってしまうと心配する識者も出ていた。
ああ、混迷してるな、NHKも。

アメリカは台湾海峡に軍用機を飛ばしたそうである。
なんでアメリカくんだりからアジアまで軍用機を飛ばすんだよ、戦争でもないのに。
そうやって敵対視し、あわよくば同じ土俵に引っ張り上げようとしているくせに、ブリンケンさんは中国に行って、あまりロシアに支援をしないでくれとお願いするのだそうだ。
習近平さんは、アメリカだってウクライナに支援しているじゃないかと、軽く切り返すだろう。
そりゃウチにもいろいろ事情がありましてと、ブリンケンさんは言い訳をして、茅台酒で乾杯して帰ってくるんじゃないか。
子供と大人のケンカだな。

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ありんくりんサン

ココログの人気ブログ投票でつねに上位にいる「農と島のありんくりん」サンが、最新の更新で長ったらしいことを書いている。
内容を要約すると、イスラエルがシリアの領事館にいたザヘデイ准将などを殺したのは、敵側の司令官がそこにいたのを暗殺しただけで、いまは戦争中なのだから非難されるいわれはない、つまり国際法違反には当たらないということのようである。

じつはわたしはありんくりんサンの天敵を自認する男で、彼もそれはとっくに知っているはずだし、たまたまわたしはちょっとまえのブログで、イスラエルのやったことを責める(西側の)世論がないのはおかしいと書いたものだから、これはわたしに対するありんくりんサンの回答なんじゃないか。
彼もわたしのブログの愛読者なのかも知れない。

なるほど、いまはイスラエルと、中東にちらばる反イスラエル勢力とは戦争状態だ。
なぜ反イスラエル勢力がちらばるかというと、もちろんイスラエルがあるべき国家を認めないからで、彼らにすれば中東のあちこちに拠点を作って戦うしかないということがある。
これはかたちこそ国家対国家でないだけで、最近の戦争としてはありふれた形態かも知れない。

つまりイスラエルとハマス、ヒズボラ、フーシ派などが戦争状態にあることは間違いがない。
アメリカがほとんど無抵抗のビンラディンを問答無用で殺したように、現代の戦争はなんでもアリだ。
国際法を順守しろというのが、いかに無意味なことかはわたしも知っている。
ただ、ありんくりんサンもそうだけど、これが立場を変えて、反イスラエル勢力が西側の軍人を殺したらどうだろう。
たちまち卑怯だ、無法だ、テロ行為だなどと、いま西側がロシアにいってるような負け惜しみの罵詈雑言が飛び交って、戦争中だから正当化されるなんて言い分が出てくるだろうか。

上記のことは仮定の話だから無視してもらってかまわないけど、たとえばハマスが急襲をしてイスラエルを攻撃したとき、ありんくりんサンはなんといったのか。
あれは民間人に対する虐殺だったといって、今度はイスラエルの倍返し、10倍返し、100倍返しの民間人虐殺でも正当化するのだろうか。
ここで付け加えておきたいけど、ハマスの攻撃は自動小銃やオートバイなどを使った奇襲攻撃で、大型兵器を使うほど余裕のある戦闘ではなかった。
ハマスとしてはできるだけ短時間のあいだに多くの人質を確保し、ウクライナ軍が出てこないうちに、さっと引き上げるという時間との勝負だったのだ。
ところが残された写真や映像を見ると、破壊の規模は戦車やミサイルを使った跡が歴然。
たぶん油断して奇襲を許したイスラエル軍が、失態をかくすために現場で敵味方の区別なしに殺しまくったというのが真実だろうと、わたしは思っているんだけどね。

先日はイランが発射したミサイルを、中東のヨルダンやサウジまで出動して防衛したと、ありんくりんサンは大喜びで書いていた。
しかしヨルダンはサファディ外相が出てきて、イスラエルに味方するつもりはないとはっきりいっている。
さらに突っ込んだ見方をすれば、バイテンさんのやり方に納得しない米国の国防総省が仕組んだミサイル攻撃だったという説もある(国防総省と国務省はむかしから仲が悪いんだよ)。
これならヨルダンやサウジが協力してもおかしくないし、わたしはそういう点を無視してばかりいる偏屈な見方を告発するために、国際法を持ち出したに過ぎない。

ありんくりんサンのいってることはカルト宗教のやり方そのものだ。
つねに自分の都合のいい発言やデータを並べて、他人を騙しているだけ。
彼がわたしのブログを読んでないというなら、だれかここにこういうブログがありますとチクってやってくれないか。
ついでに彼はわたしのコメント禁止を解除して、反対意見でも公平に聞くべきだといってもらうと助かりマス。

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2024年4月17日 (水)

中国の旅/ウイグルの娘

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酒泉では裴傳哲さんが下車したあと、待ちかまえていたように隣りの部屋のごつい男性がわたしを手招きした。
男は丸坊主で、無精ヒゲをはやした相撲取りみたいな男である。
べつに友達になりたいとも思わなかったけど、この男の部屋にはどういう関係なのか、西洋人のような顔だちのかわいい娘が出入りしていた。
彼女はぴったりしたジーンズをはき、髪を茶色に染めていて、どうみても中国人らしくなかったので、わたしはずっと気にしていたのである。
彼らのほうはわたしと友だちになりたいらしかった。

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部屋へ招き入れられてお互いに自己紹介しあったところによると、彼らは兄妹で、兄はモンゴル人、妹はウイグルだという。
え、とわたしは首をかしげた。
両親のどちらかがモンゴル、一方がウイグルということなのかもしれないけど、顔がぜんぜん似ていないってのは、どういうことなのか。
夫婦のような感じはしないし、兄と妹といわれればそのほうがしっくりすることは確かなんだけど。
ひょっとすると、中国の漢族支配を打倒すべく、隠密理に活動しているモンゴルとウイグルの活動家なのかも知れない。
日本人を同志に引っ張りこもうと相談されても困るしなと、そんなアホなことを考えながら、彼らと話をした。

妹にウイグル文字で名前を書けますかと訊いてみた。
ええといって彼女はミミズがのたくったような文字をさらさらと書いた。
まるっきりわかりません、今度は漢字で書いて下さいというと
  庫尓班尼沙・克里木
と書いた。
これでクァバンニーシャ・クリムと読んで、おしまいの3文字は父親の姓だそうだ。
髪の毛の色は天然ですかと訊くとハイと答える。

彼女はモンゴルで撮ったというアルバムを見せてくれた。
その中に派手な衣装をつけて肌を露出したものがあった。
民族舞踊を見せてまわっている踊り子らしかったけど、日本語のひらがなが入っていては理解できないだろうと思い、漢字だけで“踊人”ですかと訊くとええと答えた。
現在19歳だそうで、踊り子の写真には94年の日付が入っていた。
ということは16の時から踊っているということか。
そんな小娘が踊り子になって中国各地をまわっているというのも理解しにくいけど、言葉の不自由なわたしのことで、どこかになにかの齟齬が入っているのかも。

彼女はまったくくったくがない無邪気な子で、ウルムチ市の住所まで教えてくれた。
もっとも、これは写真を送ってくれという意味である。

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モンゴル人の兄のほうは趙慧明さん。
考えてみるとウイグル人もモンゴル人も、わたしはこんな間近に見るのは初めてである。
しかしモンゴル語もウイグル語もまったく知らないわたしの会話がはずむわけがない。
司馬遼太郎のモンゴル紀行は繰り返し読んでいたけど、彼らが日本の作家に詳しいとも思えないし、大相撲にはモンゴル人の関取がいることはいたけど、あれは外モンゴルのほうだしなあと、なかなか話題が思いつかない。
わたしもいつかモンゴルに行ってみたいです、天幕で羊のシシカバブを食べてみたいですとしかいえなかった。
しかしこういうときは、すべての民族に漢語を教育する中国政府の方針に感謝するしかない。
民族が異なり言語も違っていても、表意文字の中国語を使うかぎり、わたしも自己紹介や相手の名前を聞くことぐらいはできたからである。

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昼になると朝の寒さがウソのように暖くなった。
あいかわらず日はさんさんと輝き、浮いた気分で車掌や旅の同行者たちと言葉をかわす。
嘉峪関で2人の若者がわたしの部屋に入ってきた。
ひとりは多少英語を話し、四川省の成都から来て、なにか果物の取引でハニまで行くという。
つぎからつぎへといろんな道連れができるものだ。

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13時、依然として荒撫の砂漠をゆく。
左手にはあいかわらず雪をいただいた山、右手にも山脈が見えてきた。
雪山のふもとにエントツの立ち並ぶなにかの工場が小さく見える。
右側には線路にそって道路が走っているらしく、時おり屋根に荷物を積んたバスが走っているのが見える。
それにしてもなんて奇妙な光景だろう。
手前には不毛の砂漠、その向こうにしたたるような緑のベルト、その向こうにふたたび赤茶けた砂漠、そしてその向こうが白い雪山だ。
空気が澄んでいるのでこれらの間に何の障害物もない。

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13時40分に低高舗という駅に停車した。
ホームに下りてみると、ま夏のような日差しの中、ポプラのこずえが風にゆれ、綿毛が雪のように舞っていた。
青い麦の中にはちらほら菜の花(らしい花)も見える。
なんという素晴らしいところに来ただろうと思う。
玉門鎮では車掌たちがいっせいに上着を脱ぎ捨てて白いワイシャツ姿になった。

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15時ごろになって食堂者へメシを食いに行く。
メシというより、ビールを飲みに行ったようなもので、トマトと肉の炒めものは美味しかったものの、もうひとつ何がなんだかわからないものを頼んだら、またニラと肉の炒めものが出てきた。
これで36元!
毎度のことだけど、くそ、これでもう敦煌へ着くまで何も食べないぞと思う。
メシを食っているとき流鞘河という駅で停車した。
この駅のホームにはねじれた幹を持つ立派なヤナギの木があったけど、雨が降らないので葉がしわしわだ。

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景色を注視していると、砂漠の中にずぅーっと帯のように、そこだけ枯れ草が茂っている部分がいくすじもあった。
水が流れた跡にちがいない。
列車は河をなん本もまたぐけど、ほとんどの河は河床が干上がった水無し河である。
それでも大雨が降って洪水になることもあるそうで、あちこちで線路の下に水を流すための渠が作られているのを見た。
だだっ広い砂漠で洪水なんて信じられないと思っていたわたしは、このあとトルファンに行ったとき、じっさいにその痕跡を見ることになるのである。

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15時半、ふたたび砂漠、砂漠。
右手の地平線上に青く山脈がひとつ見え、地平線すれすれにはかげろうが立ちのぼり、遠くから見ると湖があるように見える。
渇死寸前のむかしの旅人がだまされたのも無理はない。
真昼の静寂の中で、聞こえるのは機関車がレールの継ぎ目をひろう単調な調べのみ。
砂漠の旅なんて、ふつうの人には退屈きわまりないものだろうけど、わたしは博物学者の目とこころを持っている(そのつもりでいる)ので、退屈はしない。
博物学者というものは、砂漠にいても海洋のまっただ中にいても、いや、虚無の宇宙空間にいてさえ退屈しない人種なのである。

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敦煌にいちばん近い駅、柳園に近づくと、あたりの砂漠はまた威容を変えた。
炭鉱のボタ山のような黒い丘がはてしなく積み重なったようで、植物などまったく生えていない。
可愛らしいウイグルの娘とお別れの時がきた。
列車は定刻どおりに柳園に到着し、わたしはここからバスで敦煌に向かうのである。
何か記念の品をあげて、わたしのことをおぼえておいてもらいたい。
そう思ったわたしはクァバンニーシャ嬢に、たまたまポケットにあった日本の500円玉を上げることにした。
ウイグルにしてもカザフにしても、中央アジアの女性はじゃらじゃらとアクセサリーをつけるのが好きである。
だから、これに鎖をつけて首飾りにするといいよとつけ加えて。

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2024年4月16日 (火)

花の極意

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わたしが団地の花壇の世話をボランティアで引き受けて3年になる。
ようやく園芸の奥義をきわめてきたようだ。
参考にする人がいても困るから大きな声でいわないけど、わたしみたいなずぼらな園芸家にとっての奥義、ということである。

以前のアパートに住んでいたころ、近くの野川に侵略性外来植物のアレチウリやオオフサモが侵略的に大繁殖をして、これではこのまま野川は彼らに征服されるのではないかと思ったことがある。
ところがアラ不思議、それほど大繁殖したのは1年かぎりで、翌年には“大”がつかない程度の繁殖になってしまった。
自然のままでも植物には繁殖のサイクルがあるらしいのである。
1種類の植物が永遠に増殖し続けることはないのだ。

去年、花壇のすみにヒヤシンスが咲いた。
咲いた場所が気に入らなかったので、球根を掘り出して、今年はもっと陽の当たる場所に植え替えた。
ところが植え替えた数は8個ぐらいあったはずなに、咲いたのは3つだけだった。
もとの気に入らない場所には、新たにいくつかのヒヤシンスが花開いたけど、それは去年ひとつも咲かなかったところである。
どうもヒヤシンスの球根には咲く年と咲かない年があるようだ。

いま花壇にはチューリップがたくさん咲いている。
世間の人は花を咲かせるために、水や肥料をやったり、雑草を抜いたり、いろいろ苦労するらしいけど、わたしはきちんと規則的にやらなければならないことは大嫌いで、せいぜい気が向いたときに草むしりをするくらいだ。
にもかかわらず、今年はわたしもびっくりするくらい花が咲いた。
これらの事実からいかなる結論が導き出せるだろう。

植物のなかでも球根植物は、花にまかせておけば、咲く咲かないを自分で判断しているようなのである。
今年は盛大に咲いたチューリップも、精力を使い果たして、来年はこんなに咲かない可能性がある。
しかし球根を植えっぱなしにしておけば、さ来年にはまた盛大に咲くだろう。
さ来年に咲かなければ、さらにそのつぎの年には咲くだろう(わたしがそれまで生きているかどうかは神のみぞ知る)。
ネット上には花の育て方なんてサイトもたくさん見つかるけど、そういうのは毎年同じ場所に同じ数だけ咲かせようという人のためのもので、わたしみたいに咲きたければ勝手に咲けという放任主義の園芸家用ではないようだ。

ホウキグサやノースポールは、枯れた枝をそのまま土に埋めておいたらちゃんと芽が出た。
自然は自然のあるがままにまかせておけ。
これがわたしが最近会得した園芸の極意である。
あまり他人の参考にはならないかも。

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2024年4月15日 (月)

金食い虫

イスラエルとイランの戦争はイランの作戦勝ちかも知れない。
イランはイスラエルにミサイルを300発も撃ち込んだ。
しかしあらかじめ予告してあったせいもあって、イスラエルはミサイル迎撃システム、アイアンドームで迎撃して、大半を撃ち落とした。
と、これは昨日のNHKの国際報道で別府正一郎サンが言っていたこと。
アイアンドームというのは、ウクライナも供与を懇願しているくらいすぐれたミサイル迎撃システムだそうだ。
と、これも別府サンが言っていたこと。

さらに別府サンがいうのには、これはひじょうに高価なシステムで、迎撃には効果的だけど、やたらに金がかかるんだそうだ。
大地舜さんのブログに、イスラエル軍はひと晩で1.3ビリオンドル(1ビリオンは10億)も使ったとあるのは、このことをいってるのかも知れない。
ネタニヤフさんの軍事内閣がスッタモンダしているのは、これでは国が破産するといってるのかも知れないし、アメリカが早々とこの戦争に関わらないことを決めたのは、今度はイスラエルにゼレンスキーさんのような物乞い外交を始められては困るということかも知れない。
安物のミサイルで攻撃したとすれば、イランはきわめてコスパのいい戦争をしたことになる。

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異常心理

いつまで続くぬかるみぞ。
イランがイスラエルを攻撃したのがケシカランと、西側では非難の大合唱だ。
そのくせ先にシリアにあったイランの公館を爆撃して、明らかな国際法違反をしたイスラエルを責める声は聞こえない。
おかしいと思わないか。
思わない?
そりゃおかしいのはアンタの頭のほうだね。
こうなると西側だからとか、BRICSだからという問題じゃないよ。
なんだか西側全体が異常心理にとりつかれているような気がする。
おかしくなったのはわたしの頭のほうなのかしら。

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