原民喜とエノラ・ゲイ
アノ朝日新聞に、広島に原爆を投下したB29エノラ・ゲイの機長の訃報が載っていた。
米国の原爆投下については抗議の声もあるけど、こちらに言い分があれば、あちらにはあちらの言い分がある。
すくなくとも組織の一員として、命令に忠実に従っただけの個人に文句を言っても仕方がない。
機長さんの遺言は、葬式はするな、遺灰は海にまいてほしいとか。
その意思を確認する方法はないけど、ひょっとすると彼なりに心のかっとうがあったのではないかと憶測したくなる。
原爆詩人の原民喜の小説 「夏の花」 の中に、B29が広島を俯瞰したあと、翼をかえしてふたたび青空のなかへ消えていくというみじかい文章がある。
その文章の最期の部分である。
・・・・・・静かな街よ、さようなら。
B29一機はくるりと舵を換え悠然と飛び去るのである。
これはもちろん詩人の想像の産物であって、ここでは原爆を投下はしてないけど、これがエノラ・ゲイの原爆投下前後の描写と考えてもおかしくない。
紺碧の空と白い積乱雲、それらを背景にゆっくりと動いてゆく小さな飛行機、悲しいくらい鮮烈な昭和20年8月6日のイメージである。
「夏の花」 の続編といってもいい「心願の国」の中にも印象的な部分がある。
夢のなかで歯の痛みを気にしていると、死んだ女房があらわれて、どこが痛いのといいながら指でくるりと歯をなぜてくれ、目をさますと歯の痛みは消えていたというものである。
そして踏み切りで列車の通りすぎるのを待っている詩人が、列車の振動にしだいに引き込まれていく心理描写がある。
原爆の惨状を目撃した原民喜は、その後生ける屍のような状態のまま、吉祥寺と西荻窪間の線路に身を横たえた。
エノラ・ゲイの機長は遠くはなれたアメリカで亡くなった。
原爆投下は遠い過去の話になったが、わたしは原民喜の本を読むたびに、戦争の悲惨さについて考えてしまう。
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