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2007年11月27日 (火)

日本と中国

以前のこのブログでも取り上げたけど、アノ朝日新聞が、ときどき 「東アジアの150年」 という大きな特集を組む。
これを読んで気にいらない文章があると、ワタシがいちゃもんをつける。
ワタシのいちゃもんが効いたのか (そりゃないだろうけど)、昨日と今日のこの特集にはとくにいちゃもんをつけるところも見当たらない。
ワタシだってSAPIOの味方ばかりして、なんでもかんでも朝日新聞にいちゃもんをつけているわけではないのだ。

今朝の 「150年」 は、日中戦争のおりに補給路を確保しようとする中国軍と、それを断ち切ろうという日本軍の攻防のハナシ。
極東の小さな島国が、ほとんど東南アジア全域をその占領範囲にひろげていたという事実には、ゴクロウサンといいたくなってしまうほどの一種の感動がある。
こんなことに感動しちゃ、ほんとうはいけないのだが。

この文章の中に聶耳という中国の作曲家が登場していた。
この人の作った曲は中華人民共和国の国歌とされているらしい。
聶耳は戦前の共産党員で、戦前の中国では国民党、共産党が激しくいがみあっていたから、彼も抗争にまきこまれて危害を加えられそうになり、いちじ日本へ避難していたという。
日本へ避難しているあいだに、彼はたまたま湘南海岸で水泳中に溺死してしまった。

ここで、これが日本の謀略だと書けば朝日新聞流の自虐史観になるのだが、そういう事実はぜんぜんなかったようで、さすがの朝日新聞もそこまでは書いてない。
わたしが思うのは、建国の父孫文も日本をしょっちゅう避難先にしていたし、蒋介石は日本軍に籍を置いていたこともある。
いろいろゴタゴタしているけど、日本と中国はもともとけっして仲のわるい関係じゃなかったのだ。
中国の革命家たちにとって、日本はよりどころでもあったのである。

今朝の 「150年」 では最近の中国映画の傾向にもふれている。
ワタシは映画が大好きだし、とくに中国映画はまだ小津安二郎時代の制作手法を踏襲しているんじゃないかというような作品が多くて、昨今のマンガみたいな日本および欧米先進国の映画にくらべて、こころをなごませてくれる作品が多い。
そうした中国映画の中で、最近は日本兵も徹底した悪役というばかりじゃないそうである。
こうした傾向がますます発展するよう、わたしは期待している。
客観的な見方というのはこういうものである。
朝日新聞やSAPIOの意見に毒されるばかりが歴史の勉強じゃない。

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