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2007年12月 5日 (水)

独裁者

独裁者や独裁国家が嫌われるのは当然だけど、最近のアメリカのていたらくと、ロシアのプーチン大統領の強力なリーダーシップを見ていると、いろいろ思うところがある。

ひとつの好例がシンガポールという国である。
東南アジアの小さな多民族国家であって、華人 (中国系) 出身の首相が最高指導者として代々権力をにぎっている。
いちおう民主主義国家というたてまえだが、この国も独裁国家といえなくもない。
しかしシンガポールは、ASEAN内部でそれなりの発言力を持った、台湾、韓国とならぶ小さな大国である。
独裁国家でありながら、無知や貧困ともほぼ無縁のようで、国民はおおむね国の政策に満足しているようである。
もちろんシンガポールの首相は、さまざまな利害のともなう多民族国家を統治するのに、詭弁といいたくなるような政策をたくさん導入している。
詭弁というと言い方がわるいので、これは方便といったほうがいいだろう。

わたしがいいたいのは、独裁国家だから何がなんでもいけないのではなく、独裁者の資質のほうが問題なのではないかということだ。
世界には北朝鮮のようなタイプの独裁者が多いが、真に国家と国民のためを思う指導者なら、彼が独裁的権力を行使しても、そのほうが国民にとって幸せという場合がある。
シンガポールの首相、ロシアのプーチン、そして亡くなった中国の鄧小平などをながめると、いずれも個人の利益だけを追求する独裁者とはいえないようだ。

民主主義というのは政治に民意が反映されるシステムで、政治体制としてはこれが理想であるということはよく言われる。
日本のように国民の教育水準が高くて、民意がまとまりやすい国ならそれでもいいが、世の中には民主主義のなんたるかさえ知らない国民が多い国、また多くの民族がいりみだれて生活していて、てんでに勝手な要求ばかりする国家もある。
そういう国をひっぱるには、ガタガタ言うなと、強引な指導力を発揮したほうがいい場合もあるだろう。
だから問題は独裁者の資質にあるんじゃないかと、つい考えてしまう。

シンガポールはどちらかというと例外で、東南アジアの独裁政権はほとんどロクなものがない。
そうしたことを厳密に判断しながらも、わたしはやはりよい資質をもった独裁者もいるのではないかと考えてしまう。
つまり、わたしはプーチンが好きなのである、米国のブッシュよりも。

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