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2008年4月

2008年4月30日 (水)

子ヘビ

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自然の豊富なわが家の近所の魑魅魍魎の代表は爬虫類だけど、今年もそろそろ彼らの跳梁する季節、というわけで、暖かくなった昨日、あちこち彼らを求めて歩きまわった。

以前にもこのブログで取り上げたけど、コンクリートで作られた石垣の水抜き穴がヤモリの住まいになっていることがあるので、そういうところを重点的に見て歩いたら、ある場所で穴の中からじっとこちらを見つめる小動物に気がついた。
てっきりヤモリだろうと考え、カメラをかまえてそっと近づいて写真に収めた。

帰宅して写真を拡大して検分したところ、ヘビだった。
種類はわからないが、大きさからして今年生まれたばかりの当歳子らしい。

ヘビなんていうといやがる人も多いらしいけど、彼らの生存競争もなかなかきびしいのである。
とくに子ヘビの場合、サギなどの鳥たちや、飼い猫、その飼い主の子供など、彼らを追っかけまわす天敵は多いのである。
無事に成長して、わが家の近所の自然の豊富さに貢献してもらいたいものだ。

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2008年4月26日 (土)

独立闘争

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日本でのオリンピックの聖火リレーがそれほど大きな混乱もなしに終わった。
日本人の大半は、チベットに同情はする、しかしオリンピックは無事に行われてほしいという常識的な認識だと思うし、今回の一連の騒動では、中国にとってもチベットにとっても得るところがあったと思うので、わたしも胸をなでおろしている。
というのは、わたしが何度も中国に出かけており、またこのブログとは別に中国の紀行記を書いたブログを持っているので、わたしが中国の味方ばかりしていると非難する輩がいるからだ。
困ったモン。

わたしは昔読んだ本のことを思い出した。

かってアフリカでビアフラという国が、宗主国のナイジェリアから独立を志したことがある。
しかしこの独立は国際的な支援が期待できるものではなかった。
独立に賛成しない国は多く、彼らの戦いは孤立無援のまま続いて、飢餓と殺戮のあげく、わずか3年でビアフラは世界地図から消えた。

米国の作家カート・ヴォネガットは、内戦で混乱したビアフラに乗り込んで、「裏切られた民衆」 というレポートを書いた。
彼はビアフラを支援する女性活動家に招待されて、包囲され孤立したビアフラに乗り込み、そこが崩壊する直前に飛行機で脱出したのである。
ヴォネガットのレポートからは、ビアフラの民衆に深い同情を示しつつも、全体としてこの独立闘争にやや批判的な見解が読み取れる。

ビアフラについては、彼を招待した女性活動家以外にも、同情して支援する人々は多かった。
ヴォネガットが通俗的な作家であれば、悲憤慷慨して、熱い文章でビアフラ支援記事を書いただろう。
しかし、国際情勢に精通した作家として、またその発言が世論に与える影響の大きな作家として、ヴォネガットはこのレポートを書くのに慎重になったようである。
彼の文章は、ビアフラにとってもナイジェリアに対しても、冷静で客観的なものだった。

独立運動は尊いものだと考えている人は多い。
しかしそれが許されない状況というのは、残念ながら存在するのである。
作家でもないし、影響力もない凡人のわたしだけど、わたしは現時点ではどうしても、ああ、そうですかと、チベットの独立を支援する気にはなれないのだ。

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2008年4月23日 (水)

スッポンとナマズ

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いい天気なのでまた散歩に出かける。
今日は野川で、ひさしぶりにスッポン大王を見かけた。
と思ったら、もう1匹のスッポンととっくみあいの大げんか。
小さいほうが逃げ出してすぐに決着がついたけど、これはその小さいほうのスッポン。
ああ、おどろいたと、すこし離れたところでひと息ついているところ。
スッポンの世界も縄張り争いが激しいのである。

もうひとつ、めずらしい顔ぶれは3、40センチもある大ナマズで、同じ場所で同時に2匹見かけたけど、こちらはべつにケンカもせずに、お互いシカト、シカトという雰囲気。
民族問題でゆれる人間社会も、できるならナマズのように平和的共存でいきたいやね。

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2008年4月22日 (火)

俳句

俳句というのは、作るものなのか、ひねるものなのか、もてあそぶものなのか。
こういう深遠な問題から説き起こして、世間にゴマンとある俳句入門書と一線を画しているのが、江國滋さんの「俳句とあそぶ法」というホン。
あまりまっとうな書き方をされるとなんでも反発したくなるわたしであるけど、この本は、よくぞ書いてくれたといいたくなるくらいおもしろい本である。

俳句というのは5、7、5の17文字で作るものであるといったら、おまえはオレを愚弄するのかと反論されるくらい、日本人は俳句についてよく知っている。
山頭火や一碧楼の作品のようなはみだし俳句は論外としても、やむをえず定型をはみだす場合は、字あまり、字足らずという逃げ道があることもよく知られている。
ほかにも季語を入れろとか、切れ字を重ねて使うなという規則がある。
江國さんの本はこういう規則をことさら無視するような書き方がしてあるのである。

切れ字というのは俳句でよく使われる「や」「かな」「けり」といった、終わりをしめる言葉のことだけど、じつは日本人なら誰でも知っている有名な俳句に、どうどうとこのルールを破った俳句があるとして、中村草田男の句が挙げてある。
  降る雪や明治は遠くなりにけり

なるほどと、まあ、このへんまではわたしも別段感心はしない。
俳句は季語を入れなければならないという規則について、江國さんはこんな季語を持ち出してきた。これにはおどろいた。
  雀海中に入って蛤となる

どれが季語だいと言うのではない。これ全部でひとつの季語なんだそうだ。
バカいうなよ。17文字で作るのが俳句なのに、これじゃあ季語だけでオーバーしているぜと、もちろん江國さんの本にもそう書いてある。

こういうむちゃな季語でも、昔の人はそれなりの作品をちゃんと作っているんだよと、ここでは漱石の句が挙げられている。
    子は雀身は蛤のうきわかれ
うーむ(感心のあまり絶句)。
こういう入門書ばかりだと、すこしはまじめに俳句の勉強でもしようかと考える人が・・・・・・・さて、はて、どのくらいいるだろう。

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2008年4月21日 (月)

コイノボリ

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この季節になると、わが家の近所にもコイノボリが舞う。
最近、日本の各地で谷から谷へ、あるいは川で海岸で、おびただしいコイノボリの乱舞を売り物にする観光地が多いけど、ささやかながらわたしの家の近所でも、しばしのあいだの名物である。

コイノボリの下はレンゲ畑で、やはりこの季節に花が咲く。
新鮮な若草を踏んでいると、ちょっと花の種類がちがうけど、中原中也のこんな詩を思い出してしまう。
    在りし日よ 幼かりし日よ!
  春の日は、うまごやし踏み
  青空を、追ひてゆきしにあらざるか?

    いまははた、その日その草の、
    いづちの里を急げるか、いづちの里にそよげるか?
    すずやかの、音ならぬ音は呟き
    電線は、心とともに空にゆきしにあらざるか
 
春のうたにしちゃ、にがい感傷に満ちた後ろ向きの作品だけど、なに、最近のこの季節は、将来を案じ、幼年時代をなつかしむ人のほうがずうーっと多いんじゃないか。わたしみたいに。

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2008年4月18日 (金)

シャガの花

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雨に降り込められて散歩にも出られません。
仕方ないから先週の土曜日に、近所を散歩していて撮影したシャガの花でお茶をにごしときましょう。
竹やぶの中に勝手に咲いていたものなので、園芸種ではなく野生のものと思われます。
花のうんちくについては、ネットで勝手に調べてください。

雨の中、花は無言でなに思う。

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2008年4月17日 (木)

ベニバナトキワマンサク

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わたしは床屋がきらいである。
谷崎潤一郎の小説の中にも床屋がきらいだという主人公が登場するものがある。
その理由は、自分のアホ面と向かい合っていなければならないのが苦痛というものだった。
わたしの床屋ぎらいもおなじような理由だけど、それ以外に人みしりということもあるかもしれない。

そんなことはさておいて、わが家の近所には園芸農家が多いので、床屋までせいぜい300メートルばかり歩くあいだにもさまざまな花が見られるのはありがたい。

そんな園芸農家で、今日見かけたのがこの「ベニバナトキワマンサク」。
マンサクといえば、まっ先に春をつげるもしゃもしゃした黄色い花で、日本でも俳句の季語になるくらい有名だけど、こちらの花はわたしの子供のころには見た記憶がない。
最近はあちこちでよく見かけるけど、おおかた外来の花なのだろう。
名前にトキワとつくことからわかるように常緑樹で、しかも花がきれい。
おまけに雰囲気が日本的でない常緑樹ということで、園芸家にとっては貴重な花だそうだ。

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2008年4月16日 (水)

浮かれるな

わたしのもうひとつのブログに 「山本かおり元アナウンサー」 って人からコメントがついた。
そんなアナウンサーいたのかいと、ネットで検索してみたけど、残念ながらそれらしきホームページはヒットしない。
それどころか、見つかったのは、この名前のコメントに気をつけるようにと、注意を喚起するブログやホームページだった。
どうやら山本かおりという実存しないアナウンサー名のコメントがあちこちのブログに流されているらしい。
彼女のブログをのぞきかえしてみると、プロフィールも書き込まれていないし、記事もひとつも書かれていない。
これはやはり要注意のようである。

ネット上では不気味な事件が続発しているけど、注意するようにという情報もアッという間にひろがる。
それは両刃の剣で、どちらを選択するかはわたしたち次第なのだろう。

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2008年4月13日 (日)

アミガサタケ

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散歩していて奇妙なキノコを見つけた。
アミガサタケという名前をうろおぼえで覚えていたが、帰宅してネットで確認してみたら、これはフランス料理の高級食材なんだと。
生で食べると中毒する可能性があるってことだけど、たとえばバター炒めなんかにするとなかなか美味だそうだ。
うーん。そういわれても自分で食べるにはちょっと不気味。
誰か友人にでも食べさせて、やっこさんが2、3日生きていたら、自分でも食べてみるか

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2008年4月12日 (土)

自然の彫刻

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自然が豊富なわが家の近所をぶらぶらと散歩をしていると、ときどき美術館に迷い込んだような気分になることがある。
ここにならべた写真はそのへんのありきたりの樹木なんだけど、見ようによっちゃ、ヘタな彫刻家の作品よりもずっと荒々しく力強い芸術作品に見えてくる。
美術館ばかりが芸術を鑑賞する場所じゃないってことに、あらためて瞠目。

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2008年4月 9日 (水)

投書

大戦中の沖縄の集団自決について、そんなことは命令していないと、もと日本軍の戦隊長という人が名誉毀損で告訴したけど、口頭で言ったのか、うむをいわせぬ雰囲気があったのかの違いぐらいで、自決命令はうごかぬ事実だと、わたしは思っている。
歴史というものは、細部にこだわるよりも全体をながめたほうがよくわかる場合もあるのだ。

朝日新聞の投書欄にこんな投書が載っていた。
投書した人は、この戦隊長とおなじくらいの老齢の方である。
全文の引用はひかえるけど、要点は以下のようなものだ。
「自決を命令しなかったというなら、死ぬなと言うべきだったのではないか」
「自分の部下には死ねの命令を下したはずの人が、なぜ自分は生きて帰ってきたのか」
「失われた若者たちが生きていたら、いったいどんな人生を送ることができただろう」
「名誉毀損を訴えるなら、死んだ部下たちの供養をしてからにすべきではないか」

この戦隊長サンも、おおかたどこかの団体にそそのかされて告訴沙汰におよんだのだろうけど、この投書の意味は重い。
投書氏はいう。
「そうした若者を死においやった責任について、まず語り」
「戦争の非を悟り、部下や島民に鎮魂の祈りをささげるべきではないか」
「それでこそ余生の名誉もまもられ」

つまらぬ「世論に便乗してとの批判も免れるのではないか」

わたしも同感である。
沖縄戦で生き延びた将官クラスの軍人には、他者に対するまぎれもない罪があると思う。

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2008年4月 7日 (月)

カニ

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わたしの家の近所は、都内では貴重になっためずらしい生きものがたくさん見られるところである。
近所を流れる野川という川にも、川魚以外にさまざまな動物が棲んでいる。
わたしはここで以前カニを見たことがある。
ザリガニではなく、赤ん坊のこぶしぐらいある本物のカニである。
はさみの部分に手袋のように濃い毛が生えていたから、これはモクズガニの仲間らしかった。
ちなみにわたしがよく出かける中国の上海ガニもこの仲間だ。

へえ、この川にはカニまで棲んでいるのかいと (ザリガニはたくさんいる)、それからは野川のほとりを散歩するたびによく注意していたが、それ以来いちども見つけたことがなかった。
ほんとうにカニが生息しているなら、1匹の親ガニに対して、もっとずっと多くの子ガニが見つからなければならないはずだ。
それがひとつも見つからないということは、あのカニは、たまたまどこかで飼われていたカニが、逃げ出したか捨てられたものだろう。

昨日、ワサビ田のあたりを散歩していたら、小さな女の子がなにか獲っていた。
獲っているのはオタマジャクシだそうだ。
ところが容器をのぞいてみたら、獲物の中にカニもいるではないか。
なんでもこの近くの流れで見つけたものだそうである。
こちらはサワガニだったけど、こうなると、やはりわが家の近所にはカニが生息していると断言してもいいかもしれない。
たとい断言するのは早計だとしても、わが家の近所の自然の豊富さが、ますます散歩を楽しいものにしてくれることだけはまちがいがない。

人間は自然の荒廃をなげくけど、それは保護しさえすればまたたく間にもとにもどるものである。
自然のたくましさを実感するとともに、散歩のたびにわたしは、その保護の重要性をますます確信してしまう。

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2008年4月 6日 (日)

カイドウ(海棠)

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カイドウ (海棠) である。
この季節に咲く花のなかでは、それほど目立つ花ではないけど、わたしの好きな花である。花の色にグラデーションがかかっているのがなんともいえずいい。

海棠の出てくる小説は少なくないと思うけど、わたしがすぐに思い出すのは、夏目漱石の 「草枕」。
この小説は、ほとんどビョーキといいたくなるくらい旅好きなわたしにとって、一種のあこがれみたいな旅を描いた小説なので、漱石の作品の中でも特別に好きな作品のひとつ。

田舎の宿に泊まった青年の枕もとに、深夜もうろうとした唄声が聞こえる。
夢かうつつかと飛び起きた青年が見たものは、庭の海棠の木を背にしたその家の美しい娘の姿。
この娘は当家の出戻り娘だし、ここで男と女がなんとかなっちゃうわけでもないから、すぐに怪しい関係になっちゃう最近の小説を読みなれた人には物足りないだろうけど、本を読んで空想や妄想をたくましゅうするのが好きな人には、「草枕」 はそうとうに官能的である。味わいがいのある小説である。

この小説の中に、主人公の思い出として、もうひとつの旅のエピソードが出てくる。
房総へのひとり旅で体験した奇妙な出来事についてだけど、若いころ、やはり房総半島をひとりで横断したことのあるわたしにとって、まるで自分の体験のように錯覚してしまう。
ゆきずりの宿屋に泊まったら、その家に美しい姉妹がいたなんて思い出は、わたしも持っているのである。
ただし気のよわいわたしは、帰りがけにチップですなんて余分に払うのが精一杯。
前の晩に払っておけば、その晩はもっとイイことがあったんじゃないかと、あとで反省したけど手遅れだよな。

ということで、海棠の花を見ると思い出すのは、那古井の里のお那美さんのことである。

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2008年4月 4日 (金)

桜の妖気

本など読んでいると、よく桜 (ふだんはカタカナ表記なんだけど、今回はあえて漢字表記) の妖気のことが書かれている。
桜の下には死体が埋まっているなんて書いた作家もいる。
じっさい桜が満開のころ、その下に立つと、いっぱいの花のあいだに、なんかもやもやっとしたものがただよっているような気がしてしまう。
同じ花でもウメやアンズじゃそんなもの感じないから、おそらくこれが妖気というものなんだろう。
妖気の原因は、前項でも書いた強すぎる精力かもしれない。
若い女の子もたくさん集まると、オンナの臭いをむんむん発散しているなんていいますしね。
谷崎潤一郎の 「少将滋幹の母」 では、暮れなずむころの桜が印象的に使われている。
個人的にはこれも妖気を感じる桜、つまり染井吉野のように思えるんだけど、滋幹クンの時代にはまだなかったよなあ、染井吉野。

ウチの近所はかくれたサクラの名所なんだけど、もやもやを表現するために、この写真はいくらか露出をゆるくしてあります。

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2008年4月 2日 (水)

サクラの情欲

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サクラが満開である。
毎年この季節になると思うんだけど、サクラって、ときどき幹のとちゅうに小さな花がひょっこり咲いていることがあるでしょ。
あれを見るたびに、サクラというのは精力が強すぎて悩んでいるんだろうなあと思ってしまう。
人間だって高校生なんか、強すぎる精力を発散する場がなくて、プチプチとニキビが出てくるでしょ。
サクラの黒い幹の下では、きっと狂おしい欲情がうずまいているんだよなあ。

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