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2008年8月

2008年8月30日 (土)

ファミレス

近所の交差点にファミレスができた。
最近のわたしはぐうたらがますます昂じて、自分でメシを作るのもおっくうだから、新しいファミレスはたまに栄養補給するのに好都合かもしれない。

ネットで、この系列のファミレスに、わたしでも食べられそうなものがあるかどうか調べてみた。
やはりろくなものがなかった。
ハンバーグなどはもってのほかで、わたしはスパゲッティも嫌いである。
グラタンもイヤ、ピザもダメ、サラダも手を加えすぎのようだ。
夏季限定らしいけど夏カレーなんてものがある。
そんなもん美味しいのか。
口のおごったわたしからみれば、世間の人はこんな悲惨なものしか食べてないのか、ということを実感するメニューばかりだ。

わたしの個人的嗜好からいえば、和食で、サシミ定食、モツ煮込み定食、マグロの山かけご飯、サンマの塩焼き、焼きナス、納豆、ホウレンソウのおひたし、漬物なんてものが好きなのだが、なんとか我慢できそうなのは和膳のマグロたたき丼ぐらいしかない。
だいたいロースカツなんて和膳のうちに入るのか。
いや、時間限定の朝食として焼き鮭定食・納豆つきなんてものがあるな。
そうそう、わたしの求めているのはこういうものなのだ。
なんで朝食を昼間、夜間にもやらないのだ。 ケシカラン。

まあいいや。腹が減ってりゃなんでも食える。
食事と思わず、ちょっとギョーカイの人なんかを気取って、たまにワインを飲み、サーロインステーキを食ったりしにいくのも悪かぁないかもしれない。
夜中まで起きていることが多いわたしには、夜中の2時まで営業というのも便利である。

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2008年8月27日 (水)

アブラゼミ

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雨にぬれた路上にアブラゼミの死骸がいくつも。
あまり派手に鳴かれるとうるさいと思ってしまうけど、彼らのはかない人生を思うと涙がポロリ。

いやいや、はかない人生というのはウソで、じつは彼らの人生は長い。
地上に出てからは1年も生きていないくせに、そのまえの幼虫時代は6年とか7年とか地面の下で生きているのである。
路上で死んでいる個体は、そのほとんどが寿命をまっとうした老衰死なのだから、同情は無用である。

なんだ、そうだったのかと安心するのもナンだけど、ベランダにころがっていた死骸のひとつを、例によって顕微鏡でのぞいてみた。
昆虫の顔というのは、拡大すると装甲でおおった怪獣のようでそうとうに不気味。
画面の左側でてかてかと輝いているボタモチみたいなのが複眼で、その右に二つならんでいる赤いガラス玉みたいなのが単眼。
じっさいには複眼など、わたしの顕微鏡ではもっと詳細に見えるのだが、手持ちカメラの撮影ではこれが限度である。

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2008年8月26日 (火)

蒋介石

蒋介石の日記が公開され、朝日新聞がそれをもとに彼の実像にせまるシリーズを始めるという。

蒋介石というと、太平洋戦争時の中国の政治家で、孫文のあとを継いで国民党の総統になり、日中戦争で日本には勝利したものの、その後の国共内戦で共産党に敗れ、台湾で再起を図ったがついに果たせず、その地で亡くなったということぐらいは知っている人が多いはず。

もうすこし詳しい人なら、彼が日本に留学していたことや、西安で幽囚されて国共合作を強いられた事件、彼の奥さんの宋美齢のことなども知っているかもしれない。
さらに詳しい人なら、宋美齢の姉が孫文の奥さんの宋慶齢で、この2人は血のかよった姉妹でありながら、一方は国民党に、もう一方は共産党に加担するという数奇な運命をせおったなどという余計なことまで知っているだろう。
しかしふつうの人の認識では、チャーチルやルーズベルトとならんで、それなり足跡を残した中国の政治家というイメージではないか。

わたしは中国の近代史にも関心があるので、蒋介石についてもいろいろ本を読んでみた。
彼のとりまきの中にはいろいろと興味のある人物がいる。
奥さんの宋美齢は財閥の娘であり、その弟の宋子文、銀行家の孔祥煕などは、みんな蒋介石の権力にむらがり、利権をむさぼった人々である。
もっと極端な人間では、上海で阿片王とよばれた無頼漢や、ギャング上がりの警護官などがいて、知れば知るほど、政治家・蒋介石の裏の顔が見えてくる。

当時の上海には、子供を小さいうちから箱に閉じ込めて成長させた、まるで家畜人ヤプーのような、人間の尊厳や他人に対する思いやりをまったく無視した見世物があったという。
これに象徴されるような、暗くて汚辱にみちた時代の、そういう国の政治家だったのである、蒋介石という人は。

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2008年8月24日 (日)

五輪閉会式

雨の日曜日である。涼しくていい。
今日は近所の八幡様で祭りをやっていたみたいだけど、こんな天気では出かける気にもなれない。
あまり若いオンナの子に好かれるライフ・スタイルじゃないが、部屋で1日ごろごろ。

夜になって、そうそうオリンピックの閉会式だったなとテレビをつけてみた。
中継は半分ぐらい終わっていたけど、大きなテロも不測の事態もおこらず、中国のオリンピックもなんとか無事に終了したようだ。
問題はこのあとだけど、世界の景気を引っ張ってきた巨龍は、これを機会に発展するのか、それとも息切れしちゃうのか。
オリンピック後の中国にも、まだまだ世界が注目してるぞ。

つぎのオリンピックは英国だってことで、閉会式の終わりに英国の制作によるセレモニーがあった。
中国のオリンピックではテロが心配されたけど、英国、そして欧州もけっしてそれと無縁ではいられないはず。
4年後に世界はひとつになれているんだろうか。

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ジンベエザメ

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むかしは世界中の小説を読みふけったけど、最近は小説よりも紀行記や歴史、科学などのドキュメンタリーばかり読んでいる。
理由はもちろん、最近の小説がおもしろくないから。
映画もそうだけど、“最近”とつくものにロクなものがない。
これはまあ、こっちの年齢にも原因がありそうだけど。
つまり世代のズレってやつかもしれないけど。

そういうわけでわたしの部屋には上記のタイプの本がいっぱいだ。
近いうちに沖縄へ泳ぎに行こうと考えているもんで、その中から、ヘイエルダールの 「コン・ティキ号探検記」 を読み返してみた。
これは1947年にノルウェーの探検家トール・ヘイエルダールが、ポリネシア人の祖先は南米から筏で海をわたったインカの子孫ではないかという自らの仮説を証明するために、パルサ材で組んだ筏で太平洋をおし渡ったその探検記である。
彼らは航海中に、当時はまだあまり知られていなかった世界最大の魚であるジンベエザメと遭遇したりする。
そのジンベエザメが、いまや沖縄の水族館ではガラスごしにながめられることになった。
ま近に世界最大の魚を見ることは、博物学好きのわたしにはこたえられない楽しみだ。

ところでヘイエルダールのあら探しをするわけではないが、なにぶんにも60年も前に書かれた探検記なので、内容にはいくつか疑問な点もある。
まず、探検の最大のテーマであった、ポリネシア人の祖先は南米のインカ人というのが現在では怪しいとされている。
ポリネシア人の祖先は、どちらかというと東南アジアあたりから来たというのが最近の学説だ。

そんな大きな問題より、野次馬的あら探しでは、たとえば筏で航海中に彼らは恐ろしい大イカに襲われる心配なんかしているけど、たとえどんなに大きなイカでも、船の上の人間を襲うことは考えられない。
古典的SF映画 「海底2万マイル」 では、潜水艦ノーチラス号と大イカの死闘がハイライトになっていたけど、そもそもイカというのは、水の外では足一本持ち上げることができないかよわい動物のはずである。

サンゴ礁の近くには人間を襲う大ウナギがいるという記述もあるが、これはどうやらウミヘビのことらしい。
しかしウミヘビもこころやさしい生きものであって、(食うために) 人間を襲うことはまず考えられない。
かってダイビングに凝ったことのあるわたしは、そのくらいのことは知っているのである。

そんなあら探しはともかくとして、「コン・ティキ号探検記」 は今でもわたしの愛読書のひとつである。
自分を1940年代に置いてみれば、この航海は命知らずの冒険であると同時に、どれだけ新奇な驚きと新しい発見に満ちた探検だったことか。
わたしはつくづく探検に加わった人たちをうらやましいと思ってしまうのである。

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2008年8月23日 (土)

ジョーズ

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近いうちに沖縄へ行って泳いでこようと思っていたら、知り合いがナショナル・ジオグラフィック (以後NG誌) を貸してくれた。
NG誌は博物学や文化人類学を専門とする権威ある科学雑誌だけど、貸してくれたのは人食いザメの特集号。
どうも、わたしの知り合いにはこういう人のわるいのが多いのである (人のわるさではわたしもけっして負けちゃいないけど)。

このNG誌の中におもしろい写真があった。
人食いザメといえば、映画 「ジョーズ」 に登場したホオジロザメが最大、最凶のサメで、人間なんか大きな口でガブリとひと呑みと信じられているけど、そんな怪物が人間に鼻っつらをなでられて、口をパクッとあけたままほとんど硬直状態。
ネコがのどをなでてもらってゴロニャンという感じである。
説明を読むと、サメの鼻先には敏感な感覚器官が集中していて、そんな敏感なところをさわられると、サメもどうしていいのか面喰っちゃうのだろうというようなことが書いてあった。
そんなことを言われたって、ちょいと試してみようという気になれないのは、わたしもこの記事を書いた作家のピーター・ベンチリーも同じ。

このベンチリー氏こそ、映画 「ジョーズ」 の原作者である。
サメが真におそろしい動物なら、彼はその怖さを全世界に知らしめた功労者なのだが、NG誌上では同じ人が、サメはそんなにおそろしい動物ではないと、まるで逆のことを書いている。
むしろホオジロザメはいまや絶滅危惧種で、保護の必要な動物なんだそうだ。
「ジョーズ」 からこの記事までのあいだには26年の歳月が流れ、ベンチリー氏は自らが広めたサメの悪評を、今度は挽回してやろうとしているらしい。

この記事を読んだせいじゃないけど、北海道のヒグマが猛獣であるのに保護されているように、わたしもホオジロザメを保護してやるべきだと思う。
サメの仲間は、おサルさんが人間に進化したよりも、もっとずっと昔から地球の歴史をながめてきた先達だし、それが地球上から消え失せたら、わたしたちはまたしても同じ炭素系生命である仲間を失うことになるのだから。

※いくらなんでもホオジロザメまでわたしは撮ったことがないもんで、ここに挙げた写真はネットで集めたもの。

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2008年8月21日 (木)

華国鋒さん

新聞に華国鋒さんの訃報。
中国の歴史に興味ある人なら、毛沢東時代とその後の改革開放時代のはざまで、ほんのちょっとだけ重要な仕事をしたこの人の名前をおぼえているだろう。
1976年に毛沢東が死んだとき、この人はあとを託されて、毛沢東の奥さんの江青ら、いわゆる四人組を粛清して権力闘争にカタをつけたとされる。

それだけ重要な仕事をしたにもかかわらず、彼自身はすぐに改革開放派にその地位をゆずりわたした。
このときの権力移譲は闘争といえるほど激しいものではなかったから、ゆずりわたしたといっても差支えない。
どうも華国鋒さんはどこか人のよい、権謀術策なんかに縁のない人のようである。
そんな人が毛沢東からあとを託されたもんだから、ネット上には、彼は毛沢東の隠し子だったなどという噂も飛び交っているようだ。
噂の真偽を確認するわけにもいかないので、とりあえず華国鋒さんが誰の子供かということには触れないけど、改革開放派をオリから解き放ったという功績だけは、わたしは認めてあげようと思っている。
合掌。

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2008年8月18日 (月)

星の砂

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沖縄の西表島に 「星の砂浜」 という名所がある。
あるというより、あったというべきか。
わたしが初めて西表島に行ったのは1983年のことで、当時はほんとうに砂浜全体が星の砂でできているようなめずらしい景観だったけど、その当時でさえ、スコップで袋に入れて持ち去る観光客がいた。
その後、わたしの友人のひとりも、新婚旅行で西表島へ行って、ミヤゲだといってどさっと星の砂を持ち込んできた。
わるいやつだ。
こういうやつがいるからと思ったものの、捨てるわけにもいかず、それはガラスのコップに入れて今でもわたしの部屋に置いてある。

星の砂というのは有孔虫という原生動物で、石灰質の殻をもっていて、その殻が星の形をしているもの、という学問的なことはネットで調べればすぐわかるから説明はしない。
※ネット百科事典のウィキペディアにも素晴らしい電子顕微鏡写真が載っている。

殻に入っていたんではメシを食うのに不自由しないかなんて素朴な疑問もあるけど、余計なことはさておいて、大きさはせいぜい2、3ミリ以下で、肉眼では星の形がかろうじてわかるくらい。
ひじょうに固くて、指の爪で押しつぶそうとしてもまず不可能。
ここんところ顕微鏡にハマっちゃっているわたしにとって、恰好の観察対象だ。

写真は星の砂の顕微鏡写真だけど、こんなものが砂浜を埋め尽くしているなんて、まことに自然の驚異を見るようである。
すべての人たちが自然に畏敬の念をいだくようになれば、それをもっと大切にしようという機運も盛り上がるだろうし、「星の砂浜」 が消滅することもなかっただろうにと、もはや手遅れだけどしみじみと思ってしまう。

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2008年8月15日 (金)

靖国

また靖国の夏がやってきた。
この問題についてはいいかげんうんざりだ。
自分の国の戦没者を追悼するのがなぜわるいのかと疑問を感じるけど、中国、韓国に言わせれば、同じ場所にA級戦犯も祀られているからいけないということらしい。

わたしは戦争体験者から聞いた話を思い出す。
この人は戦争終了後に捕虜となって収容所の体験もある人である。

捕虜収容所では、戦争中の上司に対するリンチが毎日のように行われていたという。
日本軍の陰湿ないじめについては、野間宏や五味川純平の本でよく知られているけど、階級というものが無意味になった捕虜収容所では、いじめられていた側がいじめた側を徹底的に痛めつけたんだそうだ。
この戦争体験者にいわせると、ひでえもんだよ、下駄でぶん殴っちゃうんだからな。
リンチが毎日続くもんだから、ノイローゼになって首をつったやつもいたよとのこと。
もとはといえば自業自得だから、この場合、リンチにあった人間に同情する気にはなれないけど、同様のことはどこの収容所でも行われていただろう。

靖国神社に祀られた戦争指導者たちがリンチにあってないということがあるだろうか。
太平洋戦争は一部の戦争指導者の、バカげた野望と方針によって遂行されたということが、酷寒の大陸や酷暑の南海諸島で、飢えと渇きに苦しめられ、泥にまみれて死んでいった兵士たちには、(今では)よくわかっているはずだ。
恨みをのんで死んでいった兵士たちにとりかこまれて、戦争指導者たちは針のムシロにちがいない。
リンチにあったからといって、あの世では首をつるわけにもいくまいから、これこそ無限地獄というものだ。

中国、韓国に対して、A級戦犯を同じ場所に祀っているのは、一般戦没者に復讐の機会を与えるためなんですよと説明すればいい。
中国なんか死者に対しても徹底的にきびしいところだから、ナルホド、日本は狡猾でアルと感心するのではないか。
靖国神社も靖国神社だ。
地獄のような毎日から解放してくれ、国へ帰してくれという、戦犯たちの悲痛な叫びが聞こえないのだろうか。
わるいことは言わない。
さっさと分祀して、A級戦犯たちはその故郷の神社にでも帰してやるのがよい。

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2008年8月14日 (木)

キツネノカミソリ

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近所のワサビ田のすぐ後ろの崖線は、樹木がうっそうと茂って、詩人の瞑想にふさわしい場所になっている。
ただし今日は暑かったから、詩人も熱中症をふせぐために、最近はやりの水のペットボトルが必要だ。
昼なお暗い不気味な場所でもあるので、若い女性のひとり歩きはおすすめできないところである。

派手な色彩のとぼしい木立の中にひっそりと赤い花が咲いていた。
なんとなく記憶の中に 「キツネノカミソリ」 という変わった名前が浮かんだので、ネットで調べてみる。 図星。
ヒガンバナと同じ仲間で、お盆のころに咲くのがキツネノカミソリ、お彼岸のころに咲くのがヒガンバナだそうだ。
わたしが見たのはほんの2株、3株だったけど、埼玉県のほうにはこの大群落もあるそうである。

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2008年8月13日 (水)

顕微鏡の拡大率

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まだ顕微鏡づいている。
わたしの顕微鏡には、接眼レンズが2つ、対物レンズが3つついていて、この組み合わせで倍率が変わる。
じっさいにどんな具合に見えるものか、3種類の画像で見てみよう。
ほとんどの光学機器の例にもれず、大きく拡大すればするほど画像が不鮮明になるので、なんでもかんでも大きくすればいいわけではない。
どこかで見たような画像だけど、そう、これは百円玉の表面である。

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2008年8月11日 (月)

顕微鏡写真

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顕微鏡が直ってきたので、ミジンコでも採集してこようと田んぼに出かけてみたら、もう水が干上がっていた。
仕方がないから、まだ枯れていなかったウキクサをとってきて、顕微鏡でのぞいてみた。

のぞいて自分だけで喜んでいても仕方がない。
なんとか写真におさめてブログで発表したい。
しかしわたしの家には顕微鏡写真を撮るために必要な装置がない。
なんとかならないかと、顕微鏡の接眼部にコンパクトデジカメのレンズを押し付けて、強引にシャッターを切ってみたら、なんとなんと、ちゃんと写っていた。
このていどに写るなら高価な撮影装置なんかいらないではないかというぐらいだ。
これなら時々このブログでおもしろい写真を発表できそうである。

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阿波踊り

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地元の阿波踊りを見物に行ってきた。
わたしはにぎやかなところがきらいなので、こういうお祭りにわざわざ出かけるのはめずらしいんだけど、なにかブログに載せるいい写真でも撮れないかと期待して。

もうだいぶ昔になるけど、どこかの阿波踊りの写真コンクールに、素人カメラマンが撮った1枚の写真がトップ入選した。
鳥追いの衣装をつけた女性たちがステップを踏んでいる写真で、白足袋に下駄で蹴出しをぽんとはねあげた足もとがとてもイロっぽかった。
それから阿波踊りの写真というと、足もとだけをねらった写真が大流行だ。
鳥追い衣裳の足もとが艶っぽいことはわたしも同感なので、二番煎じ、三番煎じ、あるいは五番、六番煎じということは百も承知で、わたしも彼女たちの足もとを狙ってみた。
満足できるものは撮れなかったけど、ま、コンパクトデジカメじゃこんなもんか。

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2008年8月10日 (日)

ハグロトンボ

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わたしは昆虫写真の専門家ではないので、虫の顔をクローズアップってわけにはいかないけど、ぶらぶら散歩をしながら見てまわっているかぎりでは、今年は近所の野川にハグロトンボが多いような気がする。
原因はわからないけど、その年によってある種の昆虫の数が増減するのはよくあることだ。
たとえばセミは、今年とくに多いわけでもないけど、大発生する年もある。

ハグロトンボというのは、オスは尻尾の部分が青緑の金属光沢をもったきれいなトンボで、けっこう動きが機敏だから捕まえるのはむずかしい。
羽が黒いからハグロトンボだろうと思っていたら、もともとはお歯黒からきた名前なんだそうだ。
そういえば子どものころ確かに、こいつをオハグロトンボと呼んでいたよなあ。

もっと大きな写真で見たい人は、ハグロトンボもしくはアオハダトンボで検索すれば、ネット上に素晴らしい写真がいくつも見つかります。

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2008年8月 8日 (金)

テレビのない生活

8月8日は、中国ではおめでたい数字とされる8のゾロ目なので、たしか今日から北京のオリンピックだったよなあと思う。
それがどうもピンとこないのは、家にテレビがないからである。
なんでないのかというと、修理に出したからである。
もう2週間以上たつのにそれがまだ直ってこないというのは、テレビメーカーの謀略に違いない。

人は誰でもオリンピックの開会式をテレビで観たい。
テレビが直らなければ、いてもたってもいられず、やむをえず新しいテレビを買おうとするだろう。
これがメーカーの謀略である。

ところがどっこい。
わたしはテレビやケータイがなければ生きていけない昨今の若者とは一線を画す若者なのだ。
なんの、テレビぐらい。
今日も暑いが、テレビのないわたしは、こうるさい姑から解放され、お盆でひさしぶりに実家に帰ってきて、部屋で下着だけになってだらしなくくつろいでいる若奥さんみたいな心境である。

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2008年8月 7日 (木)

キャンプ

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作家の椎名誠さんは屋外キャンプが大好きだそうだけど、わたしも山登り仲間たちと避暑をかねて(もしくは呑む口実のために)、山梨県の白州というところにあるキャンプ場まで出かけてきた。
ちなみにわたしは椎名誠さんに似ていると言われる。
でたらめだろうと思っていたら、以前立山に登ったとき、見知らぬ人から、作家の椎名誠さんですかと声をかけられたことがあるから、ホントに似ているらしい。
※いちばん下の写真はわたしではありません。

そんなことはどうでもいいけど、今回わたしたちが泊まったのは、ご覧のとおりの二階建てバンガローで、キャンプにしてはなかなか豪華。
けっして上等な仲間たちではないので、何はともあれ、まず呑み始め。
暗くなるとバンガローの周辺はヘタなスナック顔負けの妖しいムード満点で、さらに調子を上げて呑み続け。
夜になると電灯もつかない正統派のキャンプ場なので、ローソクをともして、さらにさらに呑み続け。
翌日は2日酔いでゲロゲロして、いやもう徹底的に不健全なキャンプなのでありました。

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北京オリンピック

北京オリンピックが目前にせまった。
中国の公安関係者は、すでに今回のオリンピックでテロの発生をくいとめるのは不可能という結論を出したようだ。
つまり規模や場所はともかくとして、テロはまちがいなく起きるということらしい。

考えてみると、現在の中国ぐらい世界中から憎まれている国はないかもしれない。
社会主義に対する嫌悪感、一党独裁への非難、軍事大国化への警戒感、繁栄へのやっかみ、中華思想についての誤解から、独立をこころざす者、それを支援する者、共産党幹部に対する反目、汚職公務員への反感、抑圧されている宗教団体、商売上手な中国人がなにがなんでもキライという人など、とにかくこの世には中国はけしからんという輩がやたらに多いのである。
そういう反中国的ヒトが多いところへもってきて、中国は世界最大の多民族国家なので、いろんな顔をした人が入り混じって生活しており、オリンピック開催中は多数の外国人も入り込む。
活動家やテロリストを顔や服装で見分けるのはむずかしく、警戒を厳重にする一方で、外国に対して愛想よくふるまうことも要求される。

こんな国でテロを阻止するのはほとんど不可能ということを、公安当局も認めたかたちだ。
こうなると、ナチス・ドイツやソ連のオリンピック時代よりさらに活発、過激化しているテロリストも、晴れがましい桧舞台をおおっぴらに与えられたようなもんじゃなかろうか。
オリンピックが中国にとって国威発揚の場なら、反体制側にとっても自分たちの意見を主張する最高の機会なのである。

さて、この混沌の中のオリンピックはどうなることやら。
わたしはわざわざ混雑しているところまで出かけて、運動競技を見物しようって気にはなれない人間だから、テレビ観戦で十分だけど、別の意味で、いま世界はかたづを呑んでオリンピックを見守っているんだろうなあ。

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2008年8月 6日 (水)

イモチ病

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イネの花が咲いた。
うちの近所の田んぼでは、毎年子供たちのための田植えや稲刈り体験のためにイネが植えられる。
しょっちゅうそのあたりを散歩しているわたしにとって、イネの成長がコマ落とし映画のようにはっきり実感できるところである。
ところが今年はその田んぼの一部にイモチ病が発生した。
イモチ病は農薬の散布で一掃できるらしいけど、なにしろ子供たちが関わる田んぼなので、そういう方法は使わないらしい。
それはそれでいいことだ。
今年は、イモチ病というのはこういうものですという体験学習をするいい機会である。
修理に出してあった顕微鏡が直ってきたので、わたしもひとつ、イモチ菌でものぞいてみるか。

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ソルジェニーツィン

新聞にロシアの文豪ソルジェニーツィンの訃報。
ロシアの作家というと、トルストイやドフトエフスキーのように、読むほうにもそれなりの覚悟がいるようなイメージがあるので、わたしが読んだ彼の作品は 「イワン・デニーソヴィチの1日」 と 「収容所群島」 ぐらいである。

「イワン」 はなかなかおもしろかった。
スターリン時代の強制収容所の体験と聞けば、つい悲惨な小説を連想してしまうけど、この小説はこれ以上ないような過酷な日常を、どこかひょうひょうとした、ユーモアをまじえた筆調でつづっている。
なまじありのままを伝えるよりも、皮肉や諧謔で表現したほうが効果的ということは、映画でも文学の世界でもよくあることだ。
ソルジェニーツィンはそうやってわたしを彼の世界に引き込んだのである。

続いて読んだ 「収容所群島」 は、“読むほうにもそれなりの覚悟がいる本” の系列に属するもので、著者自身が体験したスターリン時代の強制収容所について、文庫本6冊に活字をびっしり並べてようやく収まる大作である。
この文庫本は全部がいっせいに発売されたわけではなく、たしか2巻づつ時をおいて発売された。
詳しい事情はよく知らないが、最初のほうはロシア時代から書き始められ、あとのほうは西側に追放されてから、西側マスコミに庇護された状態で書かれたような気配が (ほんの少しだけ) 感じられ、ということは、当時のソヴィエト攻撃の急先鋒としての役割を担わされているとかんぐられる部分もあって、たんなる文学愛好者であり、思想的にはノンポリであるわたしにとって、調子が強すぎてけんのんという部分もあった。
いずれにしても読んだのはそうとう昔であるし、SFでもミステリーでもないから、おもしろおかしいストーリーがあるわけでもなく、いま本の内容を説明しろといわれてもほとんど忘れてしまっている。
「収容所群島」 が文庫本として発売されたのは、もう30年も前のことなのである。

上記の2冊以外に、彼の本を読もうという意欲は飛んで消え失せたが、ソルジェニーツィンのその後について共感できる部分は多い。
あれほど全体主義を攻撃した彼が、その後は自由主義圏、わけてもその旗頭である米国の経済万能主義に疑問を呈していること、強圧的とはいえ新生ロシアのプーチン大統領を擁護する発言をしていることなどだ。
わたしも現在のアメリカの行き方はけしからんと思うし、プーチンはなかなかいい男だと思っているのである。

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2008年8月 4日 (月)

暑さまけ

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こう暑くちゃ、猫だって皮をぬいで行水でもつかりたいといったのは漱石さんちの猫ですが、わが家の近所のネコさんも暑さでぐったり。
いいのか、そんなにだらけちゃってといいたくなってしまいます。
このていたらくじゃあ 「近所の野生たち」 のカテゴリーに入れていいのかどうか迷ってしまいますが。

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2008年8月 3日 (日)

盆踊り

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祭り囃子にさそわれて、ついふらふらと出かけてみたら、コミュニティセンターの庭で盆踊りのまっ最中。
囃し手がいっしょうけんめい煽っても、昨今の若者はなかなか踊りの輪に入らないのが欠点だけど、まあ、お祭りの雰囲気だけはなかなかのもの。

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2008年8月 1日 (金)

ツリフネソウ

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ツリフネソウです。
黄色いのはキツリフネというそうだけど、花びらを虫に食われています。

さて、いよいよ8月。
青春まっただ中のわたしとしては、今年もどこか海に行きたい、どこかのリゾートで、ホテルのプールわきにひっくり返って、トロビカルドリンクなんぞをかたむけつつ、ダーウィンの進化論でも読みふけってみたいと、まあ、じっさいにそういう計画を立てているんだけど、不景気はいよいよ深刻だし、貧乏ヒマなしだからねえ。
うまい具合にことが運んで、寝ぼけた夢が実現するかどうか。

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