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2008年9月28日 (日)

ゴーギャン

ビデオの編集がヤマを越えたので、風呂場やトイレの中でのんびり本を読む。
ここ2、3日読みふけっているのは、手垢がついてうす汚れた 「月と六ペンス」 の新潮文庫版。

よく知られているように、これはサマセット・モームが画家ゴーギャンをモデルに書いたひじょうにおもしろい小説である。
あんまりおもしろすぎて、これは通俗小説であるといわれる。
本は通俗でも、書かれているのは通俗と正反対の生き方をした男の生涯である。
主人公は40にもなってから、地位や安穏な生活、俗世界のしがらみをさらりと投げ捨てて、流浪の果てにタヒチまでおし渡ってしまう画家である。
自慢じゃないが、わたしも他人との協調性ゼロ、世間から白い目で見られる偏屈な人間なので、この小説を初めて読んだときにはわが意を得たような気がした。
世間の俗物どもがなにを言おうと気にしてたまっか。

そういうわけで、わたしは結婚もせずに、自由きままに生きることに人生の目標を置いた、というのは言いすぎだけど、「月と六ペンス」 を読んでいくらか安心したことは事実。

ただ現実のゴーギャンと小説の主人公とは異なる部分も多い。
小説の主人公は、最後にたどりついた理想郷というべきタヒチで、彼のめざした芸術の最高点に到達して死ぬのだが、ゴーギャンのほうは晩年の大作 「私たちはどこから来たのか、私たちは何者か、そしてどこへ行くのか」 で、たしかに哲学的な高みにまで到達していたようだけど、それだけではなかった。
ゴーギャンがタヒチで描いた絶筆とされる絵は、フランス・ブルターニュの雪景色で、それは彼がけっして故郷を忘れたわけではないことの証明である。
そうした人間的弱さが、べつの意味でまたわたしを安堵させるのである。

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