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2008年10月

2008年10月30日 (木)

測量船

自然の豊富なわが家の周辺もだいぶさま変わりしてきた。
木の葉のおちる季節になると、あれほどにぎやかだった動物、植物ともがたっと寂しくなる。
花もほとんど見られないし、スッポンもナマズも小さな魚たちもみんなどこかへ消えてしまった。
つられてこちらの気持ちまでしずんでしまう始末。
街がいくらクリスマスや師走の電飾で飾りたてられようと、こちとらもともと街へ出るのが好きなほうじゃないから、みんなむなしく感じられるばかりである。

三好達治という詩人がいる。
この人の最初の詩集 「測量船」 は、まず詩集のタイトルがいい。
測量船というと、広々とした大海原のおなじところを、いつまでもいったりきたりしている小さな船の影が目にうかぶ。
孤独や彷徨というものをこれだけ的確に表現した物体、そしてタイトルはめったにない。
この人の詩集は 「測量船」 だけがダントツですばらしく、それ以降の詩集は急速に輝きを失ってしまった。
三好達治は最初の詩集で燃え尽きたような人だ。

 春の岬 旅のをはりの鴎どり 浮きつつ遠くなりにけるかも
わたしは人と積極的にまじわりたいとは思わないけど、旅に出たいという気持ちだけはつねに持っている。
この詩はひとり旅でなければ絶対に感じない旅情をうたっている。
わたしの大事な宝石のような詩である。

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2008年10月28日 (火)

鉄腕アトム

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テレビを観ていたら、米国で 「鉄腕アトム」 をコンピューターを使ってアニメ化するという。
いやしくも団塊の世代で鉄腕アトムを知らない人はいないだろう。
これが3Dアニメでわたしたちの前に姿をあらわすらしい。

念のため説明しておくと、3Dアニメというのは最近米国で隆盛をほこっている立体映像のアニメーションのことである。
生前の手塚治虫先生 (わたしもマンガ青年のはしくれだったので、あえて先生という) はずっとアニメーション制作の夢をもっていたし、先端技術にも誰にもまけない関心をもっていただろうから、生存していれば当然3Dを使ったアニメを作っただろう。
このへんは、いまだに紙に描いた2Dアニメにこだわる宮崎駿と異なるところだ。
わたしも映画やアニメに関心があるので、ビデオで自主制作の映画を作ったり、3Dソフトで絵を描いてみることがある。
※添付した画像は、わたしが所属している組織のホームページのために描いた3D画。

そういうことに関心のある若者にとって現代はまことに幸せな時代になった。
アイディアと努力 (そしてコンピューター) さえあれば、誰でも、3Dアニメでさえ作れる時代になったのである。

手塚先生はそれなり偉業をなしとげたけど、亡くなるのが早すぎた。
それはわたしにとっても同じことで、ときどきもっと若ければ、老眼になるのがもうすこし遅ければ、わたしだってもっともっと3Dアニメの研究をしてみたいと思ってしまう。

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2008年10月27日 (月)

無気力

わたしの家には本がたくさんある。
買って読んでみて、おもしろくない本はかたっぱしから捨ててしまうけど、印象に残る本はそのまま手もとに残しておく。
そういう具合で本がどんどん増えてきて、現在では台所を含めて3つの部屋に本がいっぱいだ。
残っている本はいつかまた読んでやろうという気持ちがあるから残しているんだけど、すでに読んだことのある本だから、アタマから全部再読しようという気にはなかなかなれない。
そういうわけで、ヒマなおりに、つまみ食いのようにちょこっちょこっと読む。

昨日は街に出かけたものの、足もとがフラフラして、ふだんならかならず寄るはずの本屋にも寄る気がおこらず、すぐに帰ってきてしまった。
どうも土曜日の夜に痛飲したのが糸をひいてるらしく、ベッドの上だけではなく、食事のとき、風呂に入っているとき、トイレに入っているときなど、つぎつぎにいろんな本を読んでみるのだが、没入できずにすぐ放り出してしまう。
夜中にめざめて、そのまま寝られず、さりとて本を読む気にもなれず、ぼんやりパソコンに向かっている。
ストレスなら文章を書いてウサを晴らすのはわたしの得意とするところだけど、今回は夢遊病患者のようにぼんやりした思考停止状態。
心配だな。
アルツハイマーじゃないかしら。
まだ青春まっただ中のつもりのわたしなんだけど。

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2008年10月23日 (木)

山男の死

ブログのネタでもないかと新聞の訃報欄をのぞいてみたが、著名なお方ではリーガル秀才さんぐらい。
残念だけどこの人について書くだけの知識がない。
パソコンの中にずっと昔に書いたメモがいくつか残っていたので、なんかネタになるものはないかと調べてみたら、こんなものがあった。
1993年9月1日の新聞記事と、その感想である。

『あれ、この人はまだ生きていたのかと、本人の死亡で初めてそのことを知って驚くことがよくある。
先日亡くなった作家の井伏鱒二氏がそうだし、今朝の新聞を読んでいたら訃報欄に載っていた、穂高山荘の創立者・今田重太郎氏もそうである』

以下、黄色部分は新聞記事のまる写し。
北アルプス・奥穂高岳に穂高山荘を建て、登山者の安全を守り続けた今田重太郎さんが老衰のため、岐阜県吉城郡神岡町の病院で亡くなった。
91歳だった。
17歳からガイドとして活躍。
1924年 (大正13年)、奥穂高に同山荘 (当時は穂高小屋) を建てた。
3年後に 「山の殿下」 といわれた故秩父宮殿下を山荘に迎え、奥穂高岳と槍ケ岳、笠ケ岳を案内した。
戦時中も山を守った。
終戦の年は8月1カ月間でたった2人の登山者しかなかった。
「終戦」 も下旬に山を下りて初めて知った。
戦後、登山ブームを迎え、山荘を拡張し、登山道の整備に努めた。
上高地から岳沢、前穂高岳を経て奥穂高岳へ登る新ルートは 「重太郎新道」 として地図にも残っている

『わたしには 「重太郎新道」 より、その途上にある、早逝した娘の名を冠した 「紀美子平」 のほうがロマンチックで印象に残っている。
あの世で重太郎さんはようやく娘と再会したことだろう。 瞑目』

登山にはいい季節になったけど、ここんところ書斎の人だからな、いや、ベッドの上でごろ寝の人だから、ワタシゃ。

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2008年10月20日 (月)

飛行場祭り

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昨日は午後になって散歩に出たら、なにやら飛行場のほうがにぎわしい。
そうか、飛行場祭りかと思う。
10月のこの時期は調布飛行場でお祭りをするのである。
家族もいないし、べつに飛行機に興味もないわたしにとってぜんぜんおもしろくない祭りである。

それでも散歩ついでだし、どうせヒマなんだからと、いちおう屋台をのぞき、飛行機の写真を撮っていくことにした。
屋台には大島のアンコのかっこうをした女性もいたが、どうでもいいやと無視。
ダンボールの中には生きたイセエビが入っていた。
このあいだ行ってきた沖縄のエビに比べると、大きさが親と孫くらい違うなと思う。
そんなもの料理する気はないから値段も聞かなかった。

人混みの中に知った顔もいないし、ぶらぶら歩いて飛行場のカウンターをのぞいてみる。
そういえば伊豆七島の旅行もわるくないなと思う。
伊豆の島まで飛行機はいくらするんだろうか。

料金表を見てみたら、大島まで片道9,500円、往復はいくらか割引があって17,800円。
新島が13,700円の25,000円、神津島が14,900円の27,000円だった。
安くはない。
船ならずっと安いはずだけど、港まで行くのがメンドくさい。
飛行場ならサンダルばきでぶらぶら出かけられるのである。
昔のことを思い出す。
ハイシーズンに船で八丈島へ出かけて、甲板の適当なところへ寝かされたことである。

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2008年10月19日 (日)

著作権

せっせと編集作業を続けていた沖縄旅行のビデオ映画が完成した。
タイトルは 「こころのふるさと・ヤンバルへの旅」。
自称大傑作なので、ネット販売でもして儲けたいところだけど、なかなかそうもいかない。

最近のパソコンソフトの中には、まるでわたしのために作ってくれたんじゃないかと思うような、いたれりつくせりの機能をもったすばらしい映画編集ソフトがある。
8ミリフィルムを切ったりつないだり、ダビングのたびに画質がガタ落ちになるビデオデッキで、苦心惨憺して編集をしていたころと比べると隔世の感だ。

そんなわたしだけど、さすがに背景の音楽 (BGM) を自分でつくる能力はない。
まわりに作曲を依頼できるような知り合いもない。
そういうわけでBGMだけは既成の音楽を使うことになる。
フリーの音源を捜すテもあるけど、もともとタダの音楽にはろくなものがないのである。
どうしても所有しているレコードやCDの中から、映像にピッタリの音楽をみつけて使用することになる。
すると著作権というものに抵触してしまう。

わたしは著作権というものに厳格な人間である (と友人たちからいわれている)。
だからそれを侵害するのは気がひけるし、ましてそれを販売して大儲けするわけにはいかないのである。
だけど、どうなんだろ。
わたしの作る映画はまったく個人的なもので、DVDの原価ぐらいは払えよといって、いっしょに旅行をした友人に配る程度である。
その程度だからだまっていればわかりっこない。
そういうことで、ま、そんなおカタイことは言いなさんなと、まだまだ映画作りを続けるのである。
BGMも既成の音楽を使い続けるのである。
スイマセン。

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2008年10月17日 (金)

吉井勇

前項で金融危機についてふれた。
こういう話題ばかり考えていると、怒りで精神的不安定になりかねないので、そういうときは詩でも読んでこころを洗うにかぎる。

 かにかくに祇園は恋し寝るときも枕の下を水のながるる
京都の祇園で放蕩をくりかえし、ついに身代をかたむけた歌人・吉井勇の歌である。
祇園ではいまでも 「かにかくに祭」 というのが続いているそうだ。
それがこの歌の作者を追悼するものなのか、それとも祇園につぎこんで破産する人がもっともっと輩出してほしいという、祇園のおもわくによるものかわからないけど、まあ、わたしの好きな歌である。

吉井勇が放蕩できたのは彼がお金持ちのぼんぼんだったせいらしいので、それだけだったら尊敬どころか軽蔑に値してしまう人なんだけど、遊びすぎて零落したり、奥さんに不倫されてショックで山奥に隠遁したりと、いろいろ流転の人生を送った人らしい。
そこまで徹底すると、ようやくわたしのこころの中で、彼を詩人として認めてあげようというやさしい配慮が働いてくる。

彼は祇園だけではなく伊豆を背景にした歌もたくさんうたっているから、湯ヶ島の近代文学博物館に行ったとき、なにか筆跡でも残っていないかと期待したが、あそこには何もなかった。

 伊豆も見ゆ伊豆の山火も稀に見ゆ伊豆はも恋し吾妹子のごと
こんな歌で伊豆を恋慕った歌人に対してつめたいんではないか。

BSで放映された溝口健二の 「雨月物語」 を観ていたら、スタッフ名の中に吉井勇の名前を発見したことがある。
おや、こんなところにと、旧知に出会ったような気分がした。

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2008年10月16日 (木)

金融危機

新聞のインタビュー記事で、スウォッチグループの会長であるN・ハイエクさんという人が質問に答えていた。
この人は日本企業の攻勢で危機にあったスイスの時計業界を再興した人で、記事を読んだかぎりではきわめて健全で真摯な経営者のようである。

彼はここのところの金融危機についていう。
自分の会社 (時計メーカー、スウォッチ) の売り上げは好調なのに株価が落ちる。
米国のリーマン・ブラザースの破たんのせいだという。
うちはリーマンとは何の関係もないし、一銭も預けていないのにだ。
スウォッチの株にはスイスの高齢者年金が投資している。
それが米国のギャンブラーのような投資家のおかげで、理由もなしに下がるのだ。
これは豊かさの破壊であると。

ハイエクさんは資本主義の理念やしくみについては理解をしめしているが、一方で米国流の金融関係者の多くをギャンブラーと名指ししている。
ギャンブラーであるから長期的な展望で会社を経営しようなどとは考えない。
とにかく今すぐ配当を上げろと迫って、まっとうな経営者たちを困惑させる。
考えてみれば当然だ。
明日まで待っていたら、ツキは他人の手に渡っているかもしれないから。
それがギャンブラーというものだ。

巨額資金を投入して金融機関を救済しようという考えには、ハイエクさんのような人でも反対はしていない。
ギャンブラーたちにはそれも計算のうちだったのだろう。
腹立たしいのは、そういうシステムこそ発展のためのベストな方法だと主張していた経済評論家がたくさんいることだ。
破たんした金融機関を救済しないことには状況はもっと悪くなるだろうから、わたしも表だって反対はしない。
しかし評論家を救済しなくても大不況がくるとは思えないから、かわりに奴らをやっつけてウサを晴らすか。
てめえら、みんな、イヌにでも食われろ!

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キクイモ

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ちょっと時期的には遅いけど、キクイモの花が今年はちょっと少ないと思う。
わが家の近所の野川のほとりには、例年おびただしいキクイモが咲くのだが、今年はなんかしおれかかったような、うすよごれた花ばかりである。
数も少ない。
何か原因があるのか、それとも 「クモたち」 の項でもふれたけど、たんなるめぐりあわせなのか。

自然界である種の動物、植物が異常に繁殖することはよくある。
何年か前にはアレチウリという雑草がおそろしくはびこったことがある。
アレチウリはツルをのばして増えていくんだけど、それが川岸をびっしりと埋め尽くしたさまは、宇宙からきた吸血植物が触手をのばして増殖しているみたいで、そうとうに不気味だった。
そんなふうにたまたま増える植物があるなら、たまたま減る植物があっても不思議じゃない。
ただし、キクイモは絶滅危惧種とされるほどヤワな植物ではないはずだから、また来年はたくさん見られるのではないか (と期待している)。

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2008年10月14日 (火)

チャペックの「スペイン旅行記」

古本屋でチャペックの 「スペイン旅行記」 という本をみつけた。

カレル・チャペックは 「山椒魚戦争」 や 「園芸家12カ月」 で知られるチェコの作家で、鉄腕アトムや鉄人28号でおなじみの (わたしも古いねえ) “ロボット” という言葉を創作した作家ということで知られている。
ロボットというのはチェコ語だったのである。
そういうことでチャペックという人は、SF大好き少年だったわたしにとって神さまみたいな人なのだ。
さらにわたしは旅行も好きである。
チャペックが旅行記を書いていることも知っていたので、ぜひ読んでみたいと思っていた。
その旅行記をたまたま入った古本屋でみつけてしまったのだ。

中身に目も通さずに購入して、帰宅してからさっそく読んでみた。
うーん、である。
「山椒魚戦争」 をはじめて読んだときはおもしろいと思った。
「園芸家12カ月」 を読んだときも楽しい本だと思った。
「スペイン旅行記」 については期待が大きすぎたのだろうか。
けっしてわるい本ではないし、ためになる記事もたくさんあるけれど、なんかイマイチなのである。
原因は、記述がひとりよがりでテンポが早すぎることらしい。
作者にはすべてがわかっていてちゃんと感動もあるのだろうが、個人的な主観が多く、具体的な描写は少ないから、じっさいの風景などを想像することができない。
そのくせ話はどんどん進行してしまうので、読者がゆったりと情景にひたっているヒマがないのである。
「園芸家12カ月」 のような機智にとんだ楽しい文章を期待したわたしには不満である。
古本屋で正規の値段の半分で買ったのがいけなかったのかしら。

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2008年10月13日 (月)

画家ハンマースホイ

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秋日和の連休なので、たまには高尚な雰囲気にあやかろうと、上野の西洋美術館へ行ってみることにした。
上野では東京都美術館でフェルメール展もやっていたけど、そっちは連休で混雑しているだろうと、ヴィルヘルム・ハンマースホイという画家の絵を観にいくことにしたのである。

ところでわたしはこの画家の名前をぜんぜん聞いたことがなかった。
この画家の作品は、雑誌で個展のお知らせが報道されていて、そこではじめて観たけど、後ろむきの女性が室内にたたずむ不思議なくらい静謐な絵だった。
個展のタイトルが 「静かなる詩情」 というから、静けさがこの画家の個性らしい。

西洋美術館の会場では、作品の制作年代順なのか、まず人物画が並んでいた。
うまいのかヘタなのかわからないが、どこかアンバランスな絵だと思った。
デッサンが狂ってるんじゃないか。
問題の静謐な絵についてもそうだった。
ひと気のない建物の絵が多く、その大半がタイトルにふさわしい静けさに満ちていた。

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静かな建物画を描いた画家ならほかにも、たとえばユトリロなどがいるけど、ハンマースホイほど奇妙な、不気味さを感じさせる絵はなかった。
足のないピアノ、ノブの省略されたドア、床におちる窓の影の不安定さ、そして視点がふたつあるような奇妙な構図など、どこか病的なものを感じさせる絵ばかりだった。
「旧アジア商会」 という作品などは、キリコのようなシュールリアリスムさえ感じさせた。
こうした絵とは別に、ハンマースホイはひとつの建物の内部を、憑かれたように何度も描いた画家なので、会場内のテレビで、CGを使って画家の視線を3Dで再現してみせるユニークな映像が公開されていた。
先端技術に興味のあるわたしには、これはなかなかおもしろかった。

美術館の庭ではどこかの大学の美術科学生らしい女の子たちが写生をしていた。
みんななかなか上手だし、なにより健康的で可愛い子ばかりだったので、わたし個人的にはハンマースホイよりこっちのほうが好みである。

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2008年10月11日 (土)

クモたち

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散歩コースやわが家の周辺に、今年はジョロウグモがやたら多い。
これも三鷹市の里山計画の順調な結果なのか、それとも今年だけの特異な現象で、来年はまたがっくりと数が減るのか。
ひとつの生物が増えるとそれをエサとする天敵も増えるから、無制限な増加がいつまでも続くということはあまりないはずだけど、ベランダにまでところかまわず巣を張ってしまう彼らを見ていると、来年はもうちっと遠慮してくれとぼやきたくなる。

ところでジョロウグモの天敵っていったいなんだろう。
わが家の軒下にはオニグモもときどき巣をつくっているが、こちらの天敵は狩人バチの一種のベッコウバチである。
狩人バチの巧妙な狩りのようすは「ファーブルの昆虫記」でも有名だけど、わが家の近所ではあまり見かけない。
このハチの減少がクモたちの世界をひろげているのかなと気にもなる。

ベッコウバチがクモを襲う光景は、子供のころよく観察したことがある。
軒下で巣のまん中に鎮座しているオニグモは、ベッコウバチの羽音を聞くとパニックを起こして、たいてい逃げようとして巣の下に飛び降りてしまう。
これはハチにとっては、ねばりつく巣にいすわったままいられるよりは好都合で、クモは地上でたちまち追いつかれ、いわゆるハチのひと刺しで動けなくなってしまうのである。
神経中枢を破壊されたクモには、このあと生きたままハチの幼虫の餌になるという残酷な運命が待っているのだが、わたしに衝撃を与えたのは、パニックを起こして地面に飛び降りるさいのあわてふためくクモの姿である。
こんな小さな動物でも恐怖を知っている、感情というものを持っていると、子供ごころによく思ったし、それはわたしの生物に対する考えに大きな影響を与えたものだ。

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2008年10月10日 (金)

香港便り

すばらしい秋晴れだというのにけったいな話でもうしわけないんだけど、SAPIOという雑誌を読んでいたら香港の映画俳優のスキャンダルにふれた文章があった。
なんかよく知らないけど、この俳優クンが交際していた女優さんたちのあられもない写真が、ちょっとしたドジでネットにばらまかれてしまったのだそうだ。
わたしも男だ。そりゃ見てみたい。
で、ネットで検索してみた。
いや、あるわあるわ。
俳優クンには(その交際相手にはもっと)気のドクだけど、ネットの伝播力のおそろしさをまざまざと見せつける事件だったようだ。
でも人の知らないところで、こんな美人とこんなにイイ思いしてと、あまり同情する気にもなれないってほうが本音かもね。

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2008年10月 8日 (水)

ノーベル賞

日本の物理学者がノーベル賞を受賞した。 しかも3人いっぺんに。
わたしは (へそまがりだけど) 科学を信ずる合理主義者だし、平和賞や文学賞のように時代のおもわくに左右されない分野の賞だと思うので、すなおにお祝いしたい。

ノーベル賞は権威のあるものだが、SF作家のアイザック・アシモフが、ずっとむかしあったノーベル賞の汚点ともいえるエピソードについて書いていて、それがなかなかの名文だったので、いまでもわたしはよくおぼえている。

1916年にノーベル物理学賞を受賞すると思われていながら受賞しなかったヘンリー・モーズリーという英国の科学者がいる。
彼は元素の基本的な性質について研究し、周期律表という、科学の分野で不動ともいえるような重要な発見をした。
その発見の重要性からすれば、誰がみたってモーズリーがノーベル賞を受賞するのは当然だと思えたのに、彼は第一次世界大戦で戦没してしまい(27歳だった)、戦争中だということで、この年のノーベル賞授与はなかったのである。
ノーベル賞というのは人類に対する貢献度よりも、本人が授賞式に参加できるかどうかのほうが重要らしい。
アシモフは、今からでも遅くない、1916年のノーベル賞をモーズリーに与えるべきだと主張している。
ただしこの文章は書かれてからかなり経っているので、念のためネットで調べてみたら、やはりまだその年のノーベル賞は該当者なしになっていた。

わたしはノーベル賞なんてものにぜんぜん縁がない人間なので、もちろんこれで今回の日本人の受賞に水をさすつもりは毛頭ないんだけど、こんなエピソードもあるよという雑談のつもりで書いてみた。

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2008年10月 7日 (火)

超々高層ビル

新聞を読んでいたら中東の成金国ドバイで、高さ1キロのビルが建設予定だとか。
わたしが2年前に登ってきた台湾のタイペイ101は500メートルくらいだったけど、そんなカワユイ建物を眼下に見下ろして、超高層ビルはついに高さをキロで表現する時代になったらしい。

ちょっとにわかに信じられない話だけど、現在ではやはりドバイに800メートル・クラスのビルが建設中だそうだから、まんざらウソでもなさそう。
こうなるとアーサー・C・クラークが未来の夢として提案していた宇宙へのエレベーターも実現が近いかもしれない。
これは静止軌道上の人工衛星から地上までを、エレベーターで結んじまえという気宇壮大な計画である。
宇宙エレベーターがもたもたしているあいだに、地上からのびたビルのほうが頭を人工衛星の領域に侵入させてきたわけだ。
でもまだ心配だな。
聖書に出てくるバベルの塔は、そもそもドバイを含めたあのあたりの寓話じゃなかったっけ。

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2008年10月 6日 (月)

ある回顧録

帰省したおりにたまたま読売新聞を目にして、その土曜版に連載されている辻井喬(敬称略)の回顧録を読んだ。

ご存じのとおりこの人は本名を堤清二といって、かっては西武デパートの経営者としての肩書をもっていた人である。
彼の父親は西武鉄道の創業者だった堤康次郎だけど、戦前の企業の経営者には経済感覚よりも、政治家と結託してやらずぼったくりの山賊のような性格をもった人物が多かった。
西武鉄道もその裏面史はひじょうに興味のある部分が多い。
堤清二はそうしたいかがわしい人物の犠牲になった女性を母にもち、いかがわしい人物本人を父親にもつという複雑な家庭に育った。
それが作家・辻井喬の作風に大きな影響を与えていることはいなめない。

わたしのような皮肉屋からみると、正直いってこの人の文章はまじめすぎる。
新刊が出てもちょいと買おうって気になれないものだ。
しかし上記のような複雑な家庭環境で育った人であるから、辛口で言わせてもらえば、回顧録こそがこの人の読むに値するゆいいつの作品かもしれない。

事実この回顧録はひじょうにおもしろかった。
わたしは連載の1回分を読んだだけだが、ここでは名前こそ挙げていないものの、清二の異母兄弟にあたり、彼をさしおいて西武鉄道の総師となった体育会系の弟とその経営哲学に対する反感が読み取れる。

辻井喬氏のとりまきの中には著名な芸術家や音楽家が多かった。
そうした友人のおもしろいエピソードも挿入されているが、回顧録がまるで彼の交友録みたいにみえるのは、わたしのような市井の野人にはあまり歓迎できることではない。
それでもこの回顧録が一冊の本になったら、買ってみようか、いや図書館に行ってみようかと思い悩んでしまう。
わたしが買ってあげなくてもこの作家の生活がなりたたなくなることはないと思うので。

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2008年10月 2日 (木)

ガルシア・マルケス

やっと天気がよくなったから、また暑さがぶり返すかと思ったら、ぜんぜん、空気のさわやかさを実感するような秋晴れである。
読書の秋なんて不健全な標語を考えたのはダレだ。

新聞でガルシア・マルケスの名前をちらりと目にした。
1982年にノーベル文学賞をもらったラテン・アメリカの作家である。
地球の裏側の国の人なので、ふだんあまり縁がないけれど、彼がノーベル賞をもらったとき、「エレンディラ」 や 「百年の孤独」 などの作品を読んだことがある。

「エレンディラ」 は文庫本で読んだ。
この文庫本には表題を含めて、彼の短編が7つ収められていた。
冒頭の 「大きな翼のある、ひどく年取った男」 を読んで、めんくらったというか・・・・・・
これは童話なのか、寓話なのか、それとも悪ふざけなのかってなモン。
それでも、たとえば 「この世でいちばん美しい水死人」 なんか読むと、くどくどしいものの、どこか詩のような不思議な魅力を感じてしまう。
それを文章でうまく説明するのはむずかしい。
一文にもならないブログで作品の批評に頭をしぼっても時間のムダなので、これ以上論評はしないことにする。

「エレンディラ」 は映画化されてわたしも観たことがあるけど、ヒロインが可愛いってんで日本ではほんのちょっと評判になっただけで、残念ながら作家の名声に寄っかかったような凡作だった。
可愛いオンナの子に目のないわたしがそういうんだから間違いない。
マルケスの作品を映画化できる監督がいるとしたらフェデリコ・フェリーニぐらいだろう。
そういえば現実にありえない異様な世界は、フェリーニの 「サテリコン」 に通うものがある。

「百年の孤独」 は長編小説で、小笠原への旅行に持参して、旅のあい間にひろい読みしたおぼえがあるけど、中味はぜんぜん記憶に残ってない。
マルケスの作品は短編で読むのがふさわしいくらいのおもしろさだった、すくなくともわたしには。
ただし、このおもしろさは捨てがたく、わたしの本棚には彼の文庫本がもう20年以上も置いたままになっている。

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