アイヌ神謡集
その昔この広い北海道は、私たちの先祖の自由の天地でありました。天真爛漫な稚児の様に、美しい大自然に抱擁されてのんびりと楽しく生活していた彼等は、真に自然の寵児、なんという幸福な人だちであったでしょう。
短命だったアイヌの少女、知里幸恵が残した 「アイヌ神謡集」 の序の一節である。
この貴重なアイヌ文献が、ネット上の無料データベース (著作権の切れた文章をタダで読める) 「青空文庫」 に載っていた。
ローマ字表記したユーカラまで載っていたけど、それはまあ、飛ばして本文だけを読んでみると、ずっとむかし読んだ北欧の神話や、宮沢賢治の童話を思わせる素朴な物語である。
わたしはアイヌ研究に立ち入るつもりがぜんぜんないから、これがもともとアイヌのあいだに伝わっていた口承の叙事詩である、なんてムズカシイ理屈には関わらないけど、同じフレーズを繰り返すような独特の語り口を読んでいると、遠野の語り部おばあさんが囲炉裏のほとりで、「むかしむかし・・・・・・・あったんだと、暮らしてたんだと」 と語る民話みたいなものだったのかしらと思ってしまう。
これが書かれたのはアイヌ研究学者の金田一京助さんが存命のころで(といっても彼は明治、大正、昭和とずいぶん長生きの人だったから)、正確には大正年間である。
にもかかわらず、ここには現代のわたしたちにも通じる問題、新しい文明によって滅びてゆく伝統的生活や風習などへの、かぎりない愛着、悲哀が語られているのにおどろく。
愛するわたしたちの先祖が、日ごろたがいに意を通ずるために用いた多くの言語、言いまわし、残し伝えた多くの美しい言葉、それらのものもみんな亡びゆく弱きものとともに消え失せてしまうのでしょうか。
残された写真でみると、知里幸恵は目のくりっとしたかわいらしい顔をしているけど、きりりっとした眉のあたりに意志の強さがありあり。
いずれにしても、晩年は東京に住んだり、アイヌ神謡集の執筆に忙しかったようだから、19歳で死んだことと考えあわせると、恋をするヒマもなく死んだのではないかと推測する。
亡くなったのは神謡集が完成したその晩だったというから、その人生はこの貴重な文献を世に残すためだけにあったようなものだ。
ひょっとすると彼女は、北海道の動物や植物、山や川などさまざまな森羅万象にやどるカムイが、自分たちの物語を残すために、人のかたちを借りてわたしたちの前に姿をあらわしたものかもしれない。
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