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2009年4月

2009年4月30日 (木)

貴重な映像

YouTubeで、めずらしい映像を見つけるのにハマっている。

「セントルイス・ブルース St. Louis Blues」 で検索したら、ルイ・アームストロングがどこかのホールで演奏している映像が見つかった。
かなり古そうなモノクロ映像で、太ったおばさんが出てきてサッチモとデュオで歌ったりする。
サッチモの 「セントルイス・ブルース (Plays W. C. Handy)」 は名盤として知られているけど、どうやらこの太ったおばさんが、レコードの中でサッチモと共演しているベルマ・ミドルトンらしい。
わたしはこんな映像が現存していることを知らなかった。
わたしはミドルトンがすごい美人ではないかと想像していたので、その点ちと残念。
ほかにもベッシー・スミスやビリー・ホリディなど、音も映像もベストとはいえないけど、ほんとうに YouTubeは貴重な映像の宝庫である。

「マック・ザ・ナイフ Mack the Knife」で検索したときは、ロッテ・レーニャの歌う 「アラバマ・ソング」 を見つけた。
これもそうとうに古い映像で、出典がどこなのかわからないが、戦前の映画 「三文オペラ」 の中のワンシーンではないか。
これだけ古いと著作権なんかとっくに切れているのかも。

この歌はドアーズも歌っており、ロック・グループとこの歌の接点がいささか不明だったところ、こうやって聴いてみて、あらためて同じ歌だということがわかった。
ちなみにロッテ・レーニャは映画ファンなら誰でも知っている、あの007 「ロシアより愛をこめて」 に登場した、靴先にあいくちをしのばせたコワいおばあさんである。

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2009年4月26日 (日)

さわやかな日

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皐月にはほんのすこし早いけど、今日は5月のようなさわやかな風の吹く日だった。
風に吹かれる新緑のこずえを、どこかそのへんに寝っころがってぼんやりながめていたいと思う。
近所のレンゲ畑にはコイノボリも上がったことだし。

いつもの散歩道で今年初めてヘビを見た。 ナマズも見た。
花ばかりじゃなく、いよいよ動物たちの饗宴 (競演でも共演でも可) も始まったようである。

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理解に苦しむ

子供が親に殺されるという事件は、もうこの国ではめずらしいことではなくなったような気がする。
わたしには子供がいないし、自分が特別にこころやさしい人間だとは思わないけど、どうも理解に苦しむことだ。
最近の事件では、死んだ女児の生前の映像が何度もテレビで放映された。
可愛らしい女の子ではないか。

子供は人から愛されるような形で生まれてくる。
動物の子供でもみんな愛らしい形をしているのは、それが他者から自然に大切にされるようにとの天の配慮なのだろう。
こういう子供をないがしろにする大人の心理がわからない。

さいわい国民みな参加の裁判員制度がまもなく始まるそうだ。
わたしにもそんな役割がまわってこないか。
かたっぱしから、問答無用で死刑だ。
こういうバカ親につける薬はない。

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2009年4月23日 (木)

些細な一件

タレントさん (男) が酒飲んでまっ裸になったと、政治家まで発言して大騒ぎだ。
だけど、明治の政治家なら 「若いモンは元気じゃのう」 で終りの事件だぞ。
もうちっと太っ腹になれんものかねえ。
こういうチマチマしたことで騒いでいるから、日本は奈落の底へ転落していくんだよな。

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2009年4月20日 (月)

ドライブ

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東京のサクラはとっくに終わったけど、信州の佐久市あたりではきのうの日曜日(19日)が満開のピークだった。
なんでそんなことを知っているかというと、論より証拠、じっさいにわたしがこの目で見てきたからである。

車の運転が大キライなわたしは、とうぜん渋滞にまきこまれるのもイヤである。
今年のゴールデンウィークは高速道路の値下げとかなんとかで、史上最大の渋滞予想だそうだ。
そんなとき出かけるのは愚の骨頂だから、きのう早々と、軽井沢、小海線沿線、八ヶ岳方面へドライブに出かけてきたというわけだ。
おかげで好天の日曜日の行楽地というのに、道路はガラガラ。
早めに出かけて早めに帰ってきたおかげで、渋滞とまったく無縁のドライブだった。
早すぎて、ドライブの前半は食堂も土産物屋も開店していなかったのは遺憾であるけど。

NHKでもサクラ前線はとっくに東北に去ったといい、もはや花見は話題にもならないけど、そんな予報を信じるのはどうかと思う。
東京でサクラが散ってしまったあとでも、関東周辺でまだまだサクラが見られる場所はいくらでもあるのである。
わたしは奥秩父にある笠取山の山頂ふきんで、6月にヤマザクラが咲いているのを見たこともある。
世間の常識というものを疑ったことのない凡人には、サクラの鑑賞期間もきわめて短いのだ。
わたしのようなヘソ曲がりは、人さまが忘れたころ、のんびりと花見を楽しむのである。

写真は碓氷峠に残る、かってアブト式列車が走っていたレンガの橋梁。

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2009年4月18日 (土)

サクラソウ

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極楽トンボみたいにまたお散歩。
もう春たけなわってことで、花の好きな人にはこたえられない季節だ。
散歩する人の数も多く、迷惑こうむっているのはカメラマンに追われるカワセミぐらいなもん。
そういうカワセミだって、川の中に小魚の影も多くみられるようになってきて、たっぷりオマンマにありつける季節だ。

あまりつきなみなので紹介しないけど、タンポポの花も盛りである。
都心の車道の分離帯なんかは、ほとんど繁殖力のつよいセイヨウタンポポばかりになってしまったけど、自然にやさしいわが家の近所では、国産のカントウタンポポもまだまだ多い。
セイヨウタンポポの見分け方はあまりに人口に膾炙しているのでいちいち説明しないぞ。
野川公園にはサクラソウの群落もある。
野性というには抵抗があるけど、今回はこの写真を紹介しておこう。

夜になってテレビをつけたら、NHKのなんとかいう番組でメキシコの鉱山の奥底にある巨大結晶の洞窟が紹介されていた。
おどろくべき光景といいたいが、この洞窟についてはナショナル・ジオグラフィック誌が、とっくの昔に美しい写真つきで紹介していた。
ふだんからこういう雑誌に目を通しておくと、こういうときに驚かずにすむのだ。
と力説して、読み終わったNG誌を人目につく場所に保存しているにもかかわらず、わたしのまわりにこの本を読む人はあまりいないようだ。
日本人のレベルはどんどん下がっちゃうんだよな、このテイタラクじゃ。

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2009年4月17日 (金)

野坂昭如

最近とんと噂を聞かない作家の野坂昭如さん。
いったいどうしているのかと思っていたら、今朝の朝刊に消息が載っていた。
脳梗塞で倒れたあと、奥さんの献身的な看護のもと、自宅でリハビリ中だそうだ。

野坂昭如は、このごろの若者がどれだけ名前を知っているかわからないけど、団塊の世代にとって忘れられない作家のひとりだ。
わたしは川端康成も谷崎潤一郎も三島由紀夫も読んでいるけど、つい不覚のなみだを落とした小説というのはあまり多くない。
たとえば、例を挙げると、彼の作品のうちでは 「火垂るの墓」 と同じ焼け跡文学の範疇にはいるものに 「焼土層」 という作品がある。
わたしはもちろん焼け跡派ではないけど (もっとずっと若いのだ)、子どものころ赤貧のような家庭に育ち、母親の苦労をま近に見て育ったため、この作品には身につまされるものを感じた。

野坂昭如の小説を純文学といったら語弊があるかもしれないが、そういうこむずかしい小説と比較すると、ストレートに感情に訴えてくるところは、クラシックとロックの関係に似ている。
わたしはクラシックにもロックにも同等の愛情を感じる人間だし、多感な青春時代に、こころの中に小さな哀しみを刻み込んだ作家をけっして忘れないのである。

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2009年4月14日 (火)

北のミサイル

新聞に 「検証・北朝鮮ミサイル発射」 という記事が載っていた。
忙しい最中だったけど、もちろんわたしはしっかりとこのニュースを追っていた。
日本は誤報道で世界に赤っ恥をさらしたということもあったそうだけど、これを聞いてわたしは日本もなかなかやるなと思った。

だいたいこういう問題で、平時に手のうちを明かすバカはいない。
たかが北朝鮮のポンコツ・ミサイルていどで、自国の防衛能力をさらけだす国はないだろう。
こちらが完璧な迎撃システムを誇示したりすると、相手も本気になって、さらに精密なミサイルを開発しようなんて考えないともかぎらない。
平和なときには、うちの防衛能力はこのていどなんですよと、お粗末なところを見せておいて、いざ本番というときにきっちり相手のミサイルを撃ち落とすのが高等戦術というものだ。
日本の防衛省もそのくらい心得ていて、誤報を出したり、いやあ、全部アメリカ頼みなんですよと、奥ゆかしい深慮遠謀を働かせたにちがいない。

えっ、ちがう?
全部ホントにまじめにやったの?
最近の日本の政治家、役人のあいだにまん延する弛緩と習い性を思えば、誤報もホンモノだった可能性は小さくないな。
ひょっとすると、あれが現在の日本のいつわらざる防衛能力なのかしら。

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2009年4月11日 (土)

女性ドライバー

ひとり暮らしをしていると、思いきり笑うということがなかなかないものだけど、世界中から集まった YouTubeの映像の中には、ナミダが出るくらい愉快な映像がある。
女性ドライバーというのは西も東も同じようなものらしい。
下記の映像をご覧あれ。
http://www.youtube.com/watch?v=2vpaOrLRaPY

ブログの更新ができないくらい忙しいので、こういうもんでお茶をにごしておこう。

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2009年4月 7日 (火)

いいわけ

香港のビデオを編集中にべつのプロジェクトが入ってきて、てんてこまいである。
まだしばらくブログの更新はできそうにない。

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2009年4月 4日 (土)

オオタカ

199 198

野川公園でオオタカを見た。
双眼鏡を持っていなかったので、オオタカかどうかはっきりしないけど、大きさはカラスくらい。
カラスくらいの大きさの猛禽類はほかにもいるので、確認のしようがないから、とりあえずオオタカにしておく。
こんなま近で見たのは初めてである。

やっこさんは20~30メートルほどはなれた池のほとりで、なまいきに水を飲んでいた。
そりゃタカだって水くらい飲むだろうけど、金網の内側にいるせいか、うれしがってカメラで撮影している人間をおそれるようすがない。
飛んでくれればその形から、いくらか種類の識別に役立つのに、ぜんぜん飛ぶようすもない。
しまいにこっちが根負けしてその場をはなれた。

じつはこの日のわたしは、国立のライブハウスで行われるラトルスネーク・アニーさんのコンサートの打ち合わせに行く途中。
アニーさんは米国のカントリー歌手で、はからずもわたしがちょいとした用件で彼女のお役に立てることになったもんで。
その顛末もこのブログで発表しよう。

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2009年4月 1日 (水)

十戒

M012

昨夜のBS映画劇場はセシル・B・デミルの 「十戒 (じっかい)」。
ハリウッド全盛期の、聖書に材をとった超娯楽大作のひとつで、頭をノーテンキにすればそれなり楽しめる映画。

わたしは聖書を読んだことがあるけど、娯楽小説として読んだので、そのへんの新興宗教かぶれのように、多感な青少年時代をヘンテコリンな考えに毒されずにすんだ。
もっとも読んだといっても、おおまかなあらすじだけをクローズアップした解説本を読んだのであって、ややこしい人名やくどくどしい言いまわしばかりの原典なんか (日本語に翻訳されてあったとしても) 読む気はしない。

あるいは、わたしの聖書における知識は映画によるものが大きいかもしれない。
上記の 「十戒」 だけではなく、「天地創造」 だとか 「ソロモンとシバの女王」、「サムソンとデリラ」 といったスペクタクル映画を観ていれば、ひとりでに聖書の知識が身についてしまう。
新約聖書でも 「偉大な生涯の物語」、「奇跡の丘」、「ベン・ハー」、「ジーザス・クライスト・スーパースター (!?)」 など映画化されたものが目白押し。

娯楽小説として、あるいはもうすこしまじめに、おごりや堕落に対して自省を促す教訓的な本として読むと、聖書はそれなり役にたつ本だと思うけど、最近この本に書かれたことを、一字一句そのまま、本当にあった話と解釈している人たちがいることに驚いた。
いわゆるキリスト教から派生した新興宗教にこのテの人が多いようだ。
聖書の原作者たちも地下で苦笑しているんじゃあるまいか。

そんなこととは別に、わたしが学生のころ読んだ阿部知二訳の 「白鯨」 の中に、(正確にはおぼえてないんだけど) こんな詩が引用されていて、その韻律の美しさに意味もわからないまま口ずさんでいたことがある。
 あら海のうずまくかなた いろも濃きみどりのいろに
 うるわしの野は広がれり
 ヨルダンの谷はさわげど なつかしのカナーンは見ゆれ

これは聖書の 「出エジプト記」 からの引用であるらしいと、「十戒」 を観て思い出した。

添付[したのは、紅海がまっぷたつに割れる直前のヘストン扮するモーゼで、いよっ、千両役者って声がとぶところ。

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