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2009年6月

2009年6月30日 (火)

幸せな体験

つい先日、MP3も聴けるCDプレーヤーを買ったばかりだけど、MP3というのは圧縮された音源なので、たとえば1枚のCDにビートルズのLPアルバムが12枚以上入ってしまう。
これはビートルズのオリジナル・アルバムのほぼすべてで、ということは、仕事をしながらこのCDをランダム設定でかけっぱなしにしておくと、日がないちにちビートルズにどっぷりつかっていられるということである。
ささやかながら、またひとつ幸せな体験ができた。
生きていてエカッタ・・・・・・・

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2009年6月29日 (月)

ジョニ・ミッチェル

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わたしをパニクらせた新しいブルーレイ・プレーヤーで、試しにBSで放映された番組を録画してみた。
番組はBSで放映されたジョニ・ミッチェルのライブ。

この歌手は団塊の世代におなじみで、もちろんわたしはレコードを持っていたけど、正直に告白するとあまり彼女のいいファンとはいえない。
彼女が素晴らしい音楽家 (ついでに画家) であることは認めるけど、とくべつに強力にひかれる曲があったわけではないし、どっちかというとわたしは同時代のミュージシャン、ローラ・ニーロのファンだった。
また70年代にはほかにも聴くべき音楽が多すぎた。

ジョニの歌でいちばんヒットしたのは 「青春の光と影」 だと思うけど、これは最初、他の歌手=ジュディ・コリンズがうたってヒットしたという記憶がある。

その後いろいろ情報通になるにつれ、彼女の存在を無視できなくなって、「光と影」 を含むアルバムと、もっと後になって 「逃避行」 というアルバムを買ってみた。
「逃避行」 はジャケット写真がすばらしくて買ったようなものだけど、ロックやジャズの名演奏を聴くのに忙しかったわたしは、あまり熱心に聴いたおぼえがない。
ただ、そのころ彼女の書いた歌詞を読む機会があれば、もうすこし彼女に対する評価はちがっていたんではないかと思うことがある。

録画したライブは1979年のもので、ということは彼女がジャズの巨人チャーリー・ミンガスと共演するというのが話題になっていた直後のもの。
ミンガスはわたしのもっとも好きなジャズ・アーチストなので、この噂を聞いたときは、ちょっと異質の取り合わせにびっくりした。

異質すぎたのか、それともミンガスが死んでしまったせいなのか、この共演は最終的には流れてしまったようだけど、あのミンガスが彼女のバックでベースやピアノというのがどうも想像しにくくて、どっちみちわたしはあまり期待していなかった。

ライブの中に彼女がバレエ 「白鳥の湖」 の中の黒鳥みたいな格好でスケートをする映像が出てきた。
これは彼女のアルバム 「逃避行」 のジャケ写真に使われていたものだなとすぐ気がついた。
で、もういちど古いレコードを引っ張り出してみようとしたんだけど、考えてみたら、わたしのアナログ・レコードは全部人にやってしまったあとだった。
こういうふうに、ときどき発作的に聴いたり読んだりしたくなるから、わたしはレコードや本のコレクションをなかなか捨てられないのである。

ジョニは映画 「ラスト・ワルツ」 なんかにも顔を出していたけど、若いころは骨ばっていて、あまり魅力的なオンナと思えなかった。
録画したライブのとき彼女は36歳。
金髪のカーリーヘアで、体つきもなんとなくふっくらして、おおっと感じるようないい女になっていた。
だが光陰矢のごとし、このライブで共演していた演奏者のうち、少なくとも3人がもう鬼籍入り。
ジョニ・ミッチェルもわたしより年上だからねえ。
いまでもアルバムは発表しているようだけど、過ぎ去りし青春の光と影をかみしめることがあるんだろうか。

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2009年6月28日 (日)

デジタル生活

優秀なはずのわたしの頭をパニクらせているのは、じつは最新のAV機器だった。

最近ケーブルテレビから、契約をデジタルに変えろとやいのやいの言ってくる。
録画した番組をDVDに焼けなくちゃダメと断り続けていたけど、ダビング10という規格の録画機ならOKだそうだ。
そんなこと知らんかった。
なんだ、新しい録画機を買ってくればいいんじゃねえかと、さっそく電気屋に行く。

なんだかよくわからないけど、これからの時代はブルーレイだろう。
というわけで、ブルーレイの録画機を買ってしまった。
よくわからなくってもそのくらいの金はあるのだ。

マニュアルを見てぶったまげた。
A4サイズのぶ厚い本になっていて、全部で260ページもある。
わたしゃわりあい本を読むほうだけど、だからこそ、興味のない本に時間をとられたくない。
むむむである。
想像を絶するイヤミな (ややこしい) 機械のようだ。

録画してダビングするだけじゃなく、写真をとりこんでいろいろ遊んだり、ウォークマンやケータイに映像を転送したり、そのままインターネットにもつながっちまうらしい。
こういうのを便利というのだろうか。
ケータイといっしょで、ぜんぜん使わない機能がいっぱいなんじゃないか。
お目当ての番組を録画してディスクに焼ければ充分なんだけど、目下わたしの好奇心がむずむずとうずき出したところ。

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2009年6月26日 (金)

パニック

マイケル・ジャクソンが亡くなったそうだ。
そんなことはどうでもエエ (あのテの音楽には興味がないもんで)。
ただいまほかの件で頭がパニック中。

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2009年6月25日 (木)

太宰治の入水現場

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19日のこのブログで、わたしは太宰治に興味がないと書いたばかりだけど、テレビを観ていたら、たまたまなんか太宰治についての番組をやっていた。
彼の自殺現場である玉川上水の当時の映像がちらりと出てきた。

わたしは三鷹に住んでいるので、玉川上水の現在のすがたについてはよく知っている。
小学生だって入水できないような細々とした流れである。
当時は大人でも死ねるような川だったのかいとつねづね疑問に思っていたので、この番組ではじめて戦後すぐのころの玉川上水を見ることになった。

Do

なるほど。ちょうど梅雨のころということもあったのかもしれないけど、たっぷりと水をたたえて、酔っぱらいやそのつもりの志願者ならじゅうぶんに溺れそうな川だった。
録画しておきゃよかったと思ったが、そうかそうか、YouTube があるなと思い当った。
図星! 
「太宰治」 で検索すると、上記の映像 (当時のニュース映像) も見つかる。
つまらないものに興味があると思われそうだけど、人間の最後の場面、およびその背景はわたしにとって大きな関心事なのだ。

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2009年6月24日 (水)

素敵な女性

先日は友人の写真展を観に行ってきたんだけど、来訪者のに中に顔見知りの女性がいた。
なかなか素敵な人なのでお近づきになるのもわるくないと思ったら、ちょっと挨拶しただけでけんもほろろ。
なんだどうしたと考えこんじゃったけど、原因はどうも彼女がチベット独立運動の支持者で、わたしはその対極にいる者と思われているかららしい。

わたしは中国に何度も出かけているけど、べつにチベットを悪くいったおぼえはないし、いうつもりもない。
ただ日本にいるチベット独立支持者の中には、新興宗教の信者のような人がいて、とかくこういう問題になると必要以上に熱くなっちゃう人がいるのが困りものとは考えている。
ネット上にも少数民族の独立を擁護する人の意見がよく見られるけど、議論しようという気にもなれない感情的な意見が多い。

わたしはチベット問題に関してあくまで中立でいたいと考えているけど、それだけで独立支持者から一方的に、アイツは中国の味方だと思われてしまう。
そのこと自体が彼らの論拠のムチャぶりを証明してるんだけど、おかげで素敵な女性にきらわれるとしたら残念だ。
わたしのブログがそういう人たちの目にふれるかどうかはわからないけど、冷静でまっとうな意見なら、わたしのほうはいつでも相手の意見に耳をかたむけるつもりである。

この顔見知りの女性の頑固さはわたしといい勝負かもしれない。
横ならび常識ばかりが氾濫するこの世の中で、自分の信念にこだわるのはいい根性だ。
ただあまりかたくなだと、いわゆる世間的な幸せというものにいつになっても縁がないぞ (ちょうどわたしみたいに) と、彼女のために余計な心配をしてしまう。

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揶揄

今朝の新聞に日本の首相を揶揄する記事。
政治家というのは揶揄されるのも仕事のうちだから、皮肉やエスプリのきいた揶揄ならわるくはないと考えているけど、今朝のそれは、また首相の言葉のまちがいや事実誤認について。

いったいいつから日本の政治家は言語学者や歴史学者になったのか。
相手がそのすじの専門家ならともかく、そうではない他人の言葉のまちがいを指摘してよろこぶというのはあまり上品な行為といえない。
もちろん政治家なら、外国に対して恥をかかない程度の常識は必要だろうけど、今朝の新聞が指摘したのは、沖縄戦の指揮官、参謀長の階級がまちがっていたとのこと。
もうひとつは、沖縄戦の激烈さの代名詞となった 「鉄の暴風」 という言葉を 「鉄の嵐」 と言い違えたこと。

沖縄で自決した長という参謀長は、中国での南京虐殺にも加担したヒトというので、わたしはいくらか知っていたけど、正式の階級までは知らなかった。
誰かに訊かれたら忘れましたとしか言いようがない。
「鉄の暴風」 も、どこかで聞いたことはあるけど、似たような言葉に言い換えることはわたしもしょっちゅうやっている。

この調子だからわたしが政治家になったら、毎日がからかいの対象だ。
わたしでなくったって、ほかに自分は絶対にまちがいをしませんと断言できる人がいるか。
だいたい新聞が取り上げなければ、発言を聞いた人の大半がぜんぜん気がつかないようなことを、いちいち取り上げてよろこぶ精神がわたしには理解できない。
麻生首相に同情なんかしているわけじゃないけど、新聞はもうすこし高尚な記事を書いてほしい。
え、朝日新聞。おまえだよ。

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2009年6月23日 (火)

またぞろ

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またヘビだぁーい!
散歩道で、たまたま川面をのぞくために身を乗り出したら、足もとにヘビがいるのに気がついた。
あやうく踏んづけるところだった。
色の黒さといい、場所といい、6月14日のこのブログで紹介したのと同じヘビだったかもしれない。
前回はわたしに水をかけられて、気持ちよく寝ていたところを起こされたせいか、なんか怒り狂っているようすである。
それ以上近づいたら咬みつくぞという剣幕です。
クワバラクワバラ。

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2009年6月22日 (月)

一句でけた!

セブンイレブンで弁当の値引きをしないのはナゼか。
セブンイレブンにすれば、古くなった弁当を売られて、万が一食中毒でも出されたら、いまの世の中風評被害とかなんとかで、すべてのセブンイレブンに影響がおよぶということだろう。
衛生管理にはお金がかかるので、それを加盟店が負担するのはやむをえないと。

しかしまだ食べられる弁当を捨てるのはモッタイナイ。
という人は、食中毒が出たら、まあ、古い弁当だから仕方がないと、おとなしくあきらめなければならない。
しかしなかなか世間はそういかないものだ。
古い弁当なんか売るからだと、モッタイナイと言っていた人もきっとセブンイレブンを責めるだろう。
世の中そういうものだ。

政治家の世襲がケシカランという人もいる。
そんなら投票しなければいいだけのハナシなんだが、やっぱり有名政治家の子供や孫は当選してしまう場合が多い。
世襲がケシカランのではなく、そういう人に投票するほうがいけないのだと、じつに簡単な理屈なんだけど、世の中そのていどのこともわからない人が多い。
  といいつつ半井小絵の梅雨予報

※半井小絵(なからいさえ)はNHKの気象予報士。
けっして彼女と仲良くなりたくてこんな句をつくったわけではない。

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気になる発言

朝日新聞の月曜版にはGROBEというおまけ (?) の誌面がついてくる。
今日のそれはファッション産業の特集だそうで、土屋アンナちゃんがなにか発言していた。
わたしは彼女のファンなんで、なにかそれについて書きたかったけど、同じGROBE面に米ダートマス大准教授のリンドさんという人が書いている文章が気になる。

リンドさんの発言は 「学ぶべきは 『アデナウワーモデル』」 というもので、要旨をかいつまむと以下の通り。

日本は過去の歴史について周辺国からごちゃごちゃ言われているけど、ドイツのアデナウワー首相のやり方が参考になるのではないか。
ドイツは過去の罪を認め、戦時中の被害者に賠償金を払ったが、おもてだった謝罪はしなかった (そうである)。
日本が歴史問題を緩和したいなら、この方法にならったらどうかというもので、あくまで日本のためを思い、日本のメンツを立てたまま問題の解決をという点で、新味のある意見といえなくもない。

ただ、気になったのはリンドさんの発言が、あいかわらず日本とドイツを同等に置いていることだ。
たしかに日独は、イタリアとならぶ枢軸国のメンバーで、戦争を引き起こした張本人である。
しかしドイツが戦時中にやったことは、ひとつの民族を意識して抹殺しようとしたことで、弁解の余地はぜんぜんない。
ひるがえって日本は・・・・ 大東亜共栄圏なんてものを肯定する気はさらさらないし、本質が侵略国家であったことも否定しないけど・・・・ 当時の欧米列強があたりまえのようにやっていたことをマネしただけではないか。
英国人もフランス人も米国人も (ついでにいえば中国だって) そういう点では同罪なのに、なんで彼らはまわりといっしょになって日本を非難するのか。

他国を侵略することが正当化できるとは思ってないけど、日本とドイツをいっしょくたにしないでほしいと、わたしが時おり目にする欧米人の発言で気になるのはそのことである。

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CDプレーヤー

CDでも聴くかと思い、はったと困惑した。
知り合いにアナログ・レコードをそっくりくれてやったとき、アンプやスピーカーもいっしょにやってしまったので、CDを聴くにはDVDプレーヤーを使うしか方法がない。
しかしDVDプレーヤーはテレビと直結してあって、CDを聴くのにもテレビのスピーカーを使うことになってしまう。

これではテレビのスピーカーにばかり仕事が集中してしまうので、新しくCDプレーヤーを買うことにした。
アナログ・レコードの時代ならともかく、CD時代になって音質にこだわる必要も(執念も)昔ほどにはないから、スピーカーもいっしょになった安いセットを購入してきた。
いちおうケンウッド製で、このあたりにまだわずかながらこだわりがある。

嬉しいことにこのプレーヤーではMP3も聴くことができる。
つまりパソコンの中にコレクションした音楽も、CDに焼きさえすれば聴けるというわけだ。
いまじっさいにCDに焼いたMP3を聴いているんだけど、音質はともかく、これでわたしは失ったアナログ・レコードに匹敵する量の音楽をいっきょに手に入れたことになるのである。

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2009年6月20日 (土)

セミの抜けガラ

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洗濯機のわきでセミのぬけがらを見つけた。
時期的にはそういうことがあっても不思議じゃないけど、おやおやと意外に思ったのは、わたしの住んでいるのはアパートの2階で、洗濯機も2階のベランダに置いてあるからだ。

セミは誰でも知っているとおり、その生活史の大部分は地面の下にある。
ということは、まだ中身があったときのこのぬけがらは、地面からはい出たあと、庭から柱をつたってせっせと2階までよじ登ってきたことになる。
地面からちょくせつ生えている樹木なら、セミはそうとう高い梢にまで登っていくけど、人間の住むアパートの2階なんて、彼をつき動かしたのはいったいどんな衝動なのか。
ヘミングウェイの小説には、キリマンジャロの山頂近くで、ヒョウのひからびた死骸を発見したというくだりがある。
こんな高いところまで、いったいヒョウをつき動かしたのはなんだっただろうと作家は考える。

キリマンジャロとアパートの2階のベランダではだいぶスケールが違うけど、パンツを干しながら、ついわたしも哲学的に考えてしまうのである。

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2009年6月19日 (金)

太宰治

今日 (19日) は太宰治の生誕 100年だそうだ。
といわれたって困る。
わたしは太宰治にほとんど関心がない。
彼の本は読んだけど、あまり記憶に残ってない。
わたしは旅行好きだから、一種の紀行記である 「津軽」 がいくらかおもしろかった程度。
知り合いから太宰の本がどうのこうのと言われたときも、あんな女の腐ったような作家の本なんか読まなくってもかまわないと答えてしまった。
太宰のファンには申し訳ないけど、そんなところだ。
三鷹の禅林寺には行ったことがあるけど、太宰の墓よりは森鴎外の墓のほうに興味があった。
井伏鱒二の説によると、彼の自殺はタチのわるい女に水の中へ引きずり込まれたんだそうだ。
イヤならイヤとはっきり言わないからそうなるのである。

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2009年6月18日 (木)

モグラ

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散歩道でモグラの死骸を発見。
でもわたしは芥川龍之介じゃないから、それで不安を感じることはない。
唐突に芥川龍之介が出てきた理由は、彼の 「歯車」 という小説を読めばわかる。

この小説は35歳で自殺したこの作家の遺稿ともいえるものであり、病んだ精神を克明に描写したものとして有名である。
みんながオレを狙っているという脅迫観念におそわれて、包丁をふりまわしたりする異常者がよくいるけど、その精神状態はこんなものかなと思わせる小説だ。
読んでみたいけど本を買う金を払いたくないという人は、ネット上の青空文庫という手がある。
http://www.aozora.gr.jp/

芥川龍之介もとっくに著作権が切れているし、彼の息子はそれなり社会的に地位のある人だったから、いまさら親父の印税なんかアテにしてはいないだろう。

散歩道でカルガモの親子はどうなったかなと注意してみたが、前日に7羽いたヒナがもう6羽になっていた。
ネコ? ヘビ? カラス? もしかするとウシガエルか、ナマズかもしれない。
ヒナを狙う捕食者はこのあたりだって多いのだ。
この親子の未来のほうがよっぽど不安を感じてしまう。

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2009年6月17日 (水)

豪雨のあと

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今日の散歩の続きだ。
前夜に集中豪雨があったみたいで、岸辺の草がなぎたおされている。
そんな風景の中でカルガモの親子を発見。
集中豪雨のまえに孵化したばかりのようだ。
卵のまま雨に遭ったら、ちゃんと孵化できたかどうか。

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アジサイとアカザ

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紫陽花 (アジサイ) の季節だ。
こかげにひっそりと咲いているとなかなか素敵だけど、有名な名所でてんこ盛りに咲かれると、どうでもよくなっちゃう花である (個人的主観)。

おっ、こんなところにも小さな花が、と思ったら、こちらは花ではなかった。
アカザという、ホウレンソウの親戚だそうで、もちろんおひたしにして食べることもできるそう。
ちょっと食べるには可哀そうなくらい可憐だけどね。

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2009年6月16日 (火)

跡目争い

今朝のネット・ニュースを見ていたら、ホントかウソか、北朝鮮で跡継ぎに決まった三男坊が長男を暗殺しようとして、中国に阻止されたとか。
へえ、いまどき跡目をめぐって粛清なんかありうるのか、まるで始皇帝の時代そのまんまだなと感心してしまった。

跡目争いのたびに勝者が敗者を粛清することは、中国の歴史の中にたくさんの実例がある。
中でも有名なのは、秦の始皇帝が死んだとき、皇帝の座をめぐって末っ子の胡亥が、陰謀のすえに兄弟姉妹をひとり残らず誅殺したことだろう。
このことは史記の中にも記述があって、かなり有名な挿話なんだけど、なにしろ2千年以上前のことなので真偽のほどを確かめるすべがなかった。
ところがどっこい、その後始皇帝の陵墓を発掘してみたら、じっさいにかなり高位の人間の惨殺されたと思える骨がたくさん出てきて、これが跡目争いの果てに殺された始皇帝の息子や娘のものと断定されたとか。

まあ、昔はそういうこともあったんだろう、コワイなくらいに思っていたけど、21世紀の現代にまだそんな古式ゆかしい権力闘争があるなんて、信ジラレナイ。
ま、あの国はまともじゃないし、親分が交代するとそのとりまきもいっぺんに権力を失うので、現代の宦官・趙高や大臣・李斯が暗躍しているのかも。
迷惑なのは、人がよさそうで、権力なんかに興味のなさそうな長男の正男クンだ。
中国当局に保護されているらしいけど、ゴタゴタにまきこまれて国へ帰ることもできないらしい。

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2009年6月15日 (月)

ダーウィンが来た!

昨夜はNHKの 「ダーウィンが来た!」 という番組を観た。
わたしは自然科学や博物学に興味があるし、ときどきおどろくような映像があるので、この番組を観逃さないようにしているんだけど、どうもNHKの姿勢が気にくわない。

この番組は、内容はわるくないのに、全体の作りが子供っぽすぎる。
自然ドキュメンタリーというものはもっとハードな大人向けであっていいはずだ。
子供向けの番組だからというのだろうけど、子供を相手にするような口ぶりで、やたらに過剰な説明を加えるのが親切といえるかどうか。
たとえば英国BBCの自然ドキュメンタリーなど、子供には理解できないとでも思っているのだろうか。

わたしはBBCのデヴィッド・アッテンボローのファンで、彼の番組を残さず録画しているくらいだが、これは大人が観ても十分に楽しめるし、それ以上にハードな制作姿勢が、そのまま自然のきびしさを教えてくれているようで、いつも感心している。

アッテンボローの番組でいまでも記憶に残るのは、あるシリーズの中の 「旅をする種子」 という一巻で、砂漠の上を転がっていく植物の種子をカメラが黙々と追い続ける映像である。
番組の主題を説明なしにこれほど的確に表現したものはなかった。

こうした映像は子供たちの想像力をやしない、自分の頭で考えさせるという重要な役割をになっている。
子供を甘やかすのが昨今の世間の風潮だけど、これはNHKの姿勢もおおいに影響してるんじゃなかろうか。
いつだったか、NHKとBBCの共作した自然ドキュメンタリーを観たら、NHKはそのころ開発した新技術による映像をやたらに多用して、どうだ、すげえだろといった感じで、じつにイヤな気分だった。
ちっとは反省せよと、NHKには苦言を呈しておく。

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2009年6月14日 (日)

ヘビとカエル

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散歩道でとぐろをまいているヘビを見つけた。
シマヘビにしては色が黒すぎるけど、黒い変種はめずらしくないそうだから、シマヘビに間違いないだろう。
念のため申し添えると、この写真に写っているのは 1匹だけである。
水をかけるまで動かなかったから寝ていたものと思う。
よく見るとけっこう知的な表情をしているなとへんなところに感心してしまう。

アシの根もとでは、どんと居座っちゃってる大きなカエルを見た。
泥まみれで模様なんかよくわからないけど、こちらはウシガエルと思われる。
ときどき鳴き声を聴くけど、こんなにじっくり眺められたのはめずらしい。
この姿勢のままで大きさは20センチくらいあったから、ウシガエルとしたら最大クラスで、これだけ大きいとヘビもたじたじではないか。
こちらもなんか哲学的に瞑想しているみたいだ。

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ホタルとカエル

昨夜は夜になってちょいとひとっ走り、ホタルを見物に行ってきた。
ホタルが飛ぶのは、つい最近田植えが終わった田んぼの奥にある、カラーの花やワサビ田の上である。

三鷹市のホタル養殖事業もいよいよ快調で、今夜は闇の中に、同時に点滅するわけではないから正確な数はわからないけど、10~20ぐらいのホタルが点滅していたようだ。
7月になるとホタル祭りなんてものが開かれるけど、そちらは大混雑で、ほんとうのホタルの見ものは今なのである。

ホタル以上に郷愁をさそわれるのは、かたわらの田んぼでぎょっぎょっと鳴くカエルのコーラスだ。
田んぼもホタルの棲息地もきわめてせまい範囲だけど、子供のころ、わたしはまわりすべてがこんな環境というところに育ったのである。

歌人で医者 (都立梅ヶ丘病院に足跡が残っている) の斎藤茂吉さんもそういう日本の田舎で育ったようで
 死に近き母に添寢のしんしんと 遠田のかはづ天に聞ゆ
という有名な歌がある。
カエルの鳴き声は団塊世代以前の日本人にとって、なつかしい夏の子守唄だったんだよ。
え、お若いの。

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2009年6月13日 (土)

長吉さん

土曜日の新聞に車谷長吉という作家が人生相談のコラムを持っている。
まともな人生相談なんか読む気になれないんだけど、この人の回答ははちゃめちゃでおもしろい。

今日の相談はある高校教師からのもので、いちおう家庭も持っているまともな教師ですが、ときどき教え子の女子高生に恋をしてしまうので悩んでいますとのこと。
長吉さんはたんたんと答える。
かまいません、その女子高生と出来てしまいなさい。
人生というのは破たんしてはじめて始まるものなんです。
あなたの人生はまだ始まっていないのですと。

長吉さん自身もかなり破天荒な人生を送ってきた人らしく、ぶっきらぼうな回答でもなかなか説得力がある (かどうか知らないけど)。
わたしは常識という仮面をかぶった偽善者が大キライだから、もっともらしい回答なんか信用する気になれない。思わずわははと笑ってしまう。
こういう作家の書いた本はきっとおもしろいと思う。
とはいうものの、わたしはまだ長吉さんの本を読んだことはない。
ちなみに長吉はチョウキツと読むそうである。

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2009年6月11日 (木)

コイとナマズ

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雨上がりの散歩道・・・・・・・なんか歌謡曲の一節みたいだけど、メタボ対策は天気に左右されるものではないので、無理やり散歩に出る。

ある場所でコイとナマズがたわむれているのを見た。
ちょっとめずらしい光景だった。
散歩道のかたわらを流れる野川 (固有名詞だよ) では、せまいよどみにコイとナマズがいっしょに棲んでいるので、たまたまこの2者が異常接近することはよくある。
しかし今日見たのはどうみてもたわむれているとしか思えない親密さだった。
わたしはたちまち海にいるホンソメワケベラという魚を思い出した。

ダイビングや海の動物に興味のある人にはよく知られているけど、ホンソメワケベラはほかの魚の体表についた寄生虫を食べるので、海の掃除屋さんといわれている魚である (じっさいにはナマズよりずっと小さい)。
わたしは伊豆の海で、巨大で獰猛な魚までが、ホンソメワケベラに掃除をしてもらうために順番待ちをしているのを何度か見たことがある。
ホンソメワケベラのいる場所は海の中の診療所みたいなものなのだ。

そんなバカな、という人がいるかもしれないけど、ご不審の向きはネットでホンソメワケベラについて調べてみればよい。
海の中には常識では信じられない不思議な現象がたくさんあるけど、ホンソメワケベラの習性もそのひとつ。
今日、散歩道で見たコイにたわむれるナマズは、なんとなくほかの魚にまとわりつくホンソメワケベラのようだった。
この両者の関係はいったいなんだろう。

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2009年6月10日 (水)

また鳩山クン

まだ鳩山クンが郵政省にいちゃもんをつけているけど、わたしはどうもこの人が好きになれない。
野心を秘めたスタンドプレーじゃないかという気がして仕方がないのである。

彼のいっている 「かんぽの宿」 の売値が安すぎるという問題について、朝日新聞も書いていたけど、この売却は破たん処理の意味合いのつよいもので、金融危機以前の政策としてはまっとうなものであり、いまごろゴタゴタ言うのはおかしいと。
つまり、これ以上持っていると赤字が累積するいっぽうだから、民間企業に買い取ってもらおうということで、政府の側から値段を決められるものではなかったということである。
なにがなんでもいちゃもんをつけたい鳩山クンは、この取引になにか不正があったのだろうと疑って、自らの指示で調べさせたらしいけど、けっきょくあきらかな不正は発見できなかったそうだ。

アノ朝日とわたしに揶揄される反自民党の朝日新聞でさえ、彼のいちゃもんはおかしいと書いているのである。
今回の社長の続投ケシカランにしたって、是正すべき問題はあるけど、所轄大臣 (の鳩山クン) が権限を行使して、トップの首をすげかえるほどの必要があるだろうか、と書いている。

あまりいちゃもんがつぎつぎと出てくるもんだから、やっぱりこの人は郵政民営化に反対で、小泉改革をもとの木阿弥にしたがっているだけ、そうやって自分を目立たせているだけ、そして将来は総理大臣になりたいという、だいそれた夢を抱いているんじゃないかと、どんどん先まで考えちゃうのは邪推というものか。
わたしが鳩山クンをキライなのは、この人が思いきった改革のできない守旧派で、変人 (小泉クンのことだ) を認めない、古いタイプの政治家のひとりのように見えることもある。

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2009年6月 8日 (月)

田植え

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昨日は近所の田んぼで田植えの日だった。
毎年の恒例事業だけど、たまたまドロンコ遊びに好適な天気になったし、都議さんまで挨拶にやってきてなかなかにぎやかだった。
わたしは田植えを横目にみながら、街まで10キロぐらい歩いて、これでメタボ対策はバッチリと、安心して部屋にもどってまたメシを食って寝てしまう。

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2009年6月 7日 (日)

ヤマカガシ

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散歩道で 1メートル以上あるヤマカガシと出くわした。
このあたりで見るヘビはほとんどシマヘビで、生きたヤマカガシを見るのはめずらしい。
ただ、去年、やはり散歩道で打ち殺された大きなヤマカガシを見たことがあるから、そいつがいることは知っていた。
写真を撮ろうとしたけど、すばやく物かげに姿を消してしまった。

帰宅して調べてみたら、カエルや魚を食べるヘビだそうで、生息域の重なるシマヘビには食べられてしまう関係だそうである。
しかし今日見たものくらい大きければ、そうやすやすと食べられることはないだろう。
子供のころ田舎でよく見たことがあり、毒なんかないと思っていたけど、いちおう毒ヘビだそうだ。
写真がないから、その餌になるウシガエルの写真を載せておく。

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体重計

体重計を買った。
なんと、値段が1500円足らず。
体重を計るのに中国製でもロシア製でも問題があるわけじゃないから、安いにこしたことはないのである。
いくらメタボがブームだといったって、そろそろ色恋沙汰とは無縁になりつつあるわたしが、なんで今ごろその対策をと疑問をもつ向きがいるかもしれないけど、どうもここんところの足腰の痛みは体重増加に原因があるかもしれないと思って。

帰宅してさっそく乗ってみた。
メタボの傾向ありありだけど、そのときは、まあここ2、3年の平均値くらい。
なんとか減らさなくちゃいけないなと、わりあい冷静に思った。
ところが3日目くらいにまた計ってみたら、信じられない数値になっていた。
さしさわりがあるからその数値は教えないけど、たった3日で体重が3キロも増えるなんてことがあり得んのか。
これでは骨が悲鳴をあげるはずだ。

体重を減らすには運動がいいことはよく承知している。
承知はしてるけど実行するのはむずかしい。
そもそも、規則正しく運動ができるくらいなら体重計なんぞ買わないのである。
運動のきらいなわたしのゆいいつの健康法はメシを食わないことだ。
食わないほうが太るという学説もあるそうだけど、わたしの場合それが徹底していて、なにかに熱中すると 12時間ぐらい食事抜きでも平気だから、まあ、いくらか効果があるんではないか。

その後、どうも体重計にも問題アリだなということに気がついた。
ある日体重を計ったら、なんとか平均値。
よろこんでもういちど乗ってみたら、とたんに3キロ増えていた。
この間せいぜい数秒だ。なんだなんだ、これは。

どうも安物買いのゼニ失いだったようだ。
しかしメタボに悩む人には、この体重計はショック療法の効果がある。
じっさいより過大な数値を示す体重計があれば、ビックラこいて、誰だってなんとかしようと真剣に考えるだろうから。

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2009年6月 6日 (土)

写真

わたしは写真が下手である。
というと、ふだん言ってることと違うんでないのと反発する人がいるかも。
ふだんのわたしは写真がうまいことを鼻にかけている、と思っている人が多いらしいのである。

そんなことはない。わたしは写真が下手だ。
写真は下手だけど、若いころいろいろ写真についても勉強して、写真の上手い下手ぐらいはわかるつもりでいる。
それだけじゃない。わたしのようなすぼらな人間が撮った写真が、プロの作品に太刀打ちできないこともよくわかってしまった。
がっかりしてプロになる夢は挫折して、現在はコンパクトカメラでブログに載せる写真をささやかに撮るぐらい、一眼レフは押入れにしまいこまれ、ほこりをかぶっている始末である。

ただ、写真のよしあしはいくらかわかるつもりなので、少しでもおかしな写真があるとつい欠点を指摘してしまう。
写真がうまいことを鼻にかけていると思われるのはそういう理由らしい。

指摘して欠点が是正されれば、もっといい写真になるだろうし、指摘しなければその人はいつまでも欠点のある写真を撮り続けるだろう。
このへんがむずかしいところだ。
わたしは写真を芸術のひとつと考えて、つい最高のものを期待してしまうのである。
このへんもむずかしいところだ。

実例をあげよう。わたしは写真が好きなので、よくネットをうろついて、素晴らしい写真の載っているホームページを発見すると 「お気に入り」 に登録しておく。
そんなHPのひとつが以下のアドレスだけど
http://www.tabisora.com/index.html

わたしも発展途上国などを旅するのが好きなので、たまたまこのHPに出会ったのだが、写真の素晴らしさに一驚した。
このHPを運営する若いカメラマンは、商業写真も撮るような本格的なプロではないようだし、彼が持っているカメラはわたしの持っている一眼レフとそれほどちがわないものだと思うけど、わたしにはとてもこんな写真は撮れないことを正直に自白してしまう。

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2009年6月 5日 (金)

天安門事件の2

天安門事件から20年である。
新聞やテレビでもこの事件が大きく取り上げられている。

この機をねらって、天安門事件で学生リーダーだったウアルカイシが、帰国すると駄々をこねたけど、中国は入国を拒絶したそうである。
彼が帰国したがるのは、台湾も米国もかってほど反中国ではなく、そこにいたのでは何を言っても無視されるということと、もうひとつは帰国しても処刑されないという自信があるからだろう。
世間は中国が民主化されてないことを問題視するけど、むかしなら反体制活動家など、問答無用で処刑だったこともあるのだから、そういう点ではすこしは民主化されたといえるかもしれない。

同じく事件のリーダーだった王丹は、権力批判をやめないので国外退去。
女だてらにの柴玲は企業家に転身したとある。
彼らがまだ生きていて、本国以外の場所でけっこう活発に活動しているということだけでも、中国の民主化について考えるヒントになりそうだ。

わたしが気にしていたのは、事件のとき戦車の前にたちふさがった青年がいたけど、彼はどうなったかということだった。
マスコミも彼のことは気になるらしく、今朝のネット・ニュースにその消息を問う記事が掲載されていた。
生きていれば天安門事件における最大のヒーローになったであろうこの青年は、処刑されたのか、収容所に送られたのか、あるいは社会的に抹殺されたままどこかで生きているのか、それもまた中国の民主化を考えるヒントになるのだが。

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2009年6月 4日 (木)

後継者

北朝鮮の跡目問題が、ホントかウソか現総書記の三男に決定したとのこと。
長男の正男 (ジョンナム) クンならわたしは知っているが、38歳でディズニーランドが好きで、日本に何度もやってきている親日派だ。
とっちゃん坊やみたいな風貌に似合わず、けっこう頭もいいらしい。
おやじから、どうだ、あとを継ぐかと訊かれ、こんな国を引き継いだ日には、革命でもおこった場合、まっ先に首をくくられるんだろ、父ちゃん、オレ遠慮するよと答えた (らしい) ことがなによりの証拠だ。
ディズニーランドを視察すれば、豊かな日本と、明日の糧食にもこと欠く自分の国の違いもよくわかるだろうから、国際感覚もなかなかのものらしい。

二男の正哲 (ジョンチョル) クンのことは知らないが、やはり後継を遠慮したらしいところをみると、兄貴に似ているのかも。

三男の正雲 (ジョンウン) クンについてもよく知らないが、だいたい末っ子というものは親にあまやかされて世間知らずというのが通り相場だ。
ウン、オレがやってもいいよと、安請け合いする25歳のぼんぼんに将来を託さなければならないのだから、あの国はこれからどうなっちゃうのか。

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モリアオガエル

今朝の新聞のむさしの版に、小さな記事で、八王子のほうでモリアオガエルが産卵という記事が載っていた。
なるほどねとつぶやきつつ、村野四郎というあまり有名ではない詩人の一句を思い出した。
 梢 (うれ) に啼く蛙も多磨のかたほとり

ウグイスじゃあるまいし、木のこずえでカエルが鳴くかと疑問に思っていたけど、これはモリアオガエルのことではないか。
モリアオガエルは木のこずえにアワのような卵を産みつける。
かえった卵はオタマジャクシになって、下にある池や田んぼへ落っこちる。
池や田んぼではイモリが待ち構えていて、棚からぼたもちのオタマジャクジをばくばく食べる、と、これはむかし観た記録映画の 1シーンだけど、モリアオガエルならこずえで鳴いてもおかしくない。

そこまで合理的に考える必要があるかどうかわからないが、村野四郎は府中の出身だから、むかしはわが家の近くにもモリアオガエルがたくさんいたのではないか。

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2009年6月 3日 (水)

ポール・ムニ

Pm009

BSで放映された 「ゾラの生涯」 という映画に、ポール・ムニ (Paul Muni) という米国の俳優が出演していた。
わたしはこの役者さんのことをほとんど知らないけど、ま、それも当然。なにしろわたしが生まれる前に活躍していた人なのだ。
ただ、彼が主演したハワード・ホークス監督の 「暗黒街の顔役」 という映画が、ギャング映画の歴史に残る傑作だというので、ビデオで観たことがある。
この映画は戦前の映画だけど、ムニのギャングぶりがあまりにド迫力で、2番手にすぎなかったジョージ・ラフトという役者まで伝説にしてしまったほどだそうな。
でもわたしの観た感じでは、暴力があふれる現代では、語り草になるほど派手な映画とは思えなかった。
暴力描写ではずっとあとの 「ボニーとクライド (俺たちに明日はない)」 なんかのほうがすさまじい。

添付した写真はこの映画の中のポール・ムニだけど、こんな格好を見せつけられると、私生活でも名うてのプレイボーイだったのではないかと思ってしまう。
しかしこの映画のあと、上記の 「ゾラの生涯」 や、ちょっとエキゾチックな顔立ちを買われて、中国人に扮し、「大地」 なんていう文芸作品に出演しているところをみると、きわめてまじめな演技派の役者さんだったようである。
ギャングから文豪というのもめずらしい役まわりだけど、録画しただけでまだちらりとしか観てないから、「ゾラの生涯」 についての論評はなし。

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2009年6月 2日 (火)

ぞろぞろ

211a 211b 211c

先週は体調がわるくてほとんど家にこもっていたけど、今日はひさしぶりに散歩に出た。

散歩みちのとちゅうでよく熟したグミの実を見かけた。
つまんで食べるとシブみのあるなつかしい味がする。
子供のころよく遊びにいった田舎の親戚には、裏庭に井戸があり、そのまわりにグミの木があった。
グミの味とともに、井戸水で炊いた忘れられないご飯の味まで思い出してしまう。

月曜日になると、土・日の人の往来に閉口してとじこもっていた動物たちがぞろぞろ出てくるみたいだ。
ヘビも見たし、スープにされたんではないかと心配していたスッポン大王も、以前とおなじ場所で甲羅干しをしていた。
そして、去年の7月に何度か見かけてそれっきりになって、どこかの家庭の水槽にでもおさまったのではないかと思っていたトゲスッポン=背中に水玉模様のあるきれいな米国産のスッポン、らしきものも見た。
甲羅にコケでも生えちゃったのか、あまりきれいでもなかったけど、彼が無事でいたのならそれも楽しいことである。

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2009年6月 1日 (月)

天安門事件

3月に香港旅行からもどって以来、こつこつとそのビデオを編集していたんだけど、ようやくめどがついた。
これからはまた真面目にブログの更新でもするかと考えていたら、新聞にさっそく天安門事件から20年なんて記事が載っていた。
わたしはもうひとつのブログで中国の紀行記を書いているし、リアルタイムで体験したこの事件にも大きな関心をもっているんだけど、ただわたしが何か書くと、中国の味方ばかりしてとすぐ文句をいう人がいるので困る。
冷静客観的に事件の本質を注視しているだけのつもりなのに遺憾なことである。

あれから20年たったけど、中国はまあまあ順調に発展を続け、むしろ周囲の国際情勢のほうが中国を頼りにするような按配になって、わたしがいますぐ発言しなくちゃいけないような事態にはなっていないようだ。
今日のニュースのうちでは、北朝鮮の跡目問題やGMが破産申請って報道のほうがおもちろい。

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