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2009年8月10日 (月)

シネマ歌舞伎

シネマ歌舞伎というものを観てきた。
これは歌舞伎の舞台を映画カメラで撮影して、歌舞伎を映画館で観られるようにしたものである。

バカいうなよ。 生で観ないで歌舞伎のよさがわかってたまるけえ。
わたしもそう思っていた、この映画を観る前までは。
ところがじっさいに東劇で上映中のシネマ歌舞伎 「怪談・牡丹燈籠」 を観て、認識が一大転換をした。
だいたい貧乏人のわたしが歌舞伎を観るとしたら、いちばん安い末席あたりがせいぜいで、オペラグラスでもなければ役者のこまかい表情なんかわからないにちがいない。
ところがシネマ歌舞伎なら、クローズアップや視点の移動など自由自在。
撮影したカメラはソニーのハイビジョンカメラだそうで、すみずみまでシャープにピントが合っており、構図や照明なども計算されつくしていて、耳の遠いわたしにもセリフがきちんと聞き取れる。
臨場感はおそらくヘタな席に座るよりずっとマシであると思え、帰宅したいまでも、生で観たのか映画で観たのか頭が混乱しているくらいだ。

この映画で感心した場面はたくさんあったけど、落語家の円朝 (牡丹燈籠の原作者である) を歌舞伎役者が演じて、本職はだしの高座演技を見せたのがおもしろかった。
このまま寄席に出演してもつとまるんじゃないかと思わせるほどだった。

これ以上に感心したのは、というより吃驚したのは、坂東玉三郎の演技である。
わたしは玉三郎という役者を新聞や雑誌を通してしか知らなかったので、動く演技を、しかもクローズアップで観たのは初めてだった。
劇の中に玉三郎演じるお峰という女房が、馬子から亭主の浮気の事実を聞き出す場面があるのだが、このさいの、なだめたりすかしたり詰問したりする玉三郎の演技が絶妙で、わたしはあっけにとられて口をあんぐり。

生で観る歌舞伎にもそれなりの長所はあるだろうけど、シネマ歌舞伎をけなす理由はぜんぜんない。
歌舞伎に興味のなかったわたしだけど、このシネマのおかげで新たな好奇心を喚起されてしまったくらいなのである。

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