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2009年10月21日 (水)

妹よ

  夜、うつくしい魂は涕いて、
    ───かの女こそ正当なのに───
  夜、うつくしい魂は涕いて、
    もう死んだっていいよう・・・・・・といふのであった。

  湿った野原の黒い土、短い草の上を
      夜風は吹いて、
  死んだっていいよう、死んだっていいよう、と、
    うつくしい魂は涕くのであった。

  夜、み空はたかく、吹く風はこまやかに、
    ───祈るよりほか、わたくしに、すべはなかった・・・・・・

これは中原中也の「妹よ」という詩である。
ずっとむかし、ある雨の晩にわたしの友人が、出刃包丁を持ち、血相を変えてわたしのアパートへ押しかけてきたことがある。
なんだ、どうしたと、わたしもいささか狼狽して訊いてみたら、これから女を殺しに行くのだという。
おだやかじゃない。
彼は若い娘と同棲していたのだが、その娘がべつの男と浮気したので、彼女を殺して自分も死ぬのだそうだ。
バカいってんじゃないよ、たかが女にふられたくらいでと、まあ、ふつうの人間ならこれを止めるだろう。
わたしの場合は文学青年だったから、この詩を持ち出して、みろ、中原中也という有名な詩人だって女にふられて悶々と苦しんだことがあるんだと言って聞かせた。
ふられることではわたしのほうが彼よりも1日の長があったし、だいたい本気で血を見る覚悟があったのかどうか、彼はその晩わたしと語り明かし、朝になったらツキモノが落ちたような顔をして帰って行った。

めでたしめでたしというところだけど、この話には後日譚がある。
この事件とはちょくせつの関連はないけど、この友人はその後、福井県の山中で心中自殺をした。
心中の相手は出刃包丁の相手ではなかったから、なにをかいわんやだけど、この男の人生について、わたしはブログに何か書きたくて仕方がない。
しかし書こうとすると胸がふさがって、いつになっても文章がまとまらないのである。

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