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2009年12月19日 (土)

楽園の日々

アーサー・C・クラークの 「楽園の日々」 という文庫本を買ってみた。
たぶん 「スリランカから世界を眺めて」 みたいなエッセイ集だろうと思ったんだけど、一読してみたらそうではなかった。
引っかけやがったな、早川書房。

この本はクラークが子供のころに読んだアスタウンディングというSF雑誌についての回顧で、ま、エッセイであることは間違いないけど、内容のほとんどがこの雑誌にかかわることに限定されていてちと物足りない。
しかしSFファンというものはSFに関するものならなんにでも興味を持つものだし、わたしもそうだから、まあ文句もいわずに読んでみた。

読み始めてすぐに気になったのは
クラークが取り上げるアスタウンディングは、創刊が1930年だというから、SFといってもその初期の内容は荒唐無稽といっていいものが大半だ。
それを現代の (なんでも知っている) 科学者、作家が、皮肉や揶揄を多用して論評するのはフェアじゃないんじゃないか。
ところがクラークって人の文章は、小説や通信衛星の理論ではどうか知らないけど、エッセイではまさにこの皮肉や揶揄が売りモノだからたまらない。

たとえば古いSFには、よく巨大昆虫が登場する。
ティラノザウルスなみのクモだのカマキリだのが人間を殺しまくったりするのである。
現在では昆虫が地上でそのままの形で巨大化できないことは、ちょっと科学に詳しい人なら誰でも知っている。
これは想像力の貧困ではなく、物理的にである。

そんな古いSFを、素人ならいざ知らず、科学者といってもいい作家がコケにするのはどんなものだろう。
もうちっと古い作家に敬意、でなければせめて温情のある書き方をすべきではなかろうか。
わたしも当のクラークもそうだけど、いまとなってはバカバカしいそんなSFから、科学への興味を発展させ、ゆたかな感受性をはぐくんだ無数の少年がいたはずなのだ。
といいつつ、そういう部分をわたしは特におもしろがって読んだんだけど。

だいたいアーサー・C・クラークって人の脳みそはフロイト流の分析を必要とするゾ。
以前にも書いたけど、この人は映画 「2001年宇宙の旅」 の原作者である、とされる。
2001年については、わたしは監督のスタンリー・キューブリックのものであるべきだと思っているけど、クラークはまるで自分のもののような顔をして、つぎつぎと続編を書いた。
2001年はそれ自体で完結した単独作品だと信じているわたしは、続編なんか書いてほしくなかった。
案の定、映画化された続編はロクなもんじゃなかった。
映画史に残る金字塔を汚して、クラークは何も感じなかったのだろうか。
続編が書かれ、それが他人によって映画化されることについて、キューブリックはどう考えていたのか知りたいけど、あいにく彼はすでに・・・・・・・
スペースチャイルドにでもなっちまったんだろうか。

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