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2010年1月

2010年1月25日 (月)

トルコへ

わたしがトルコに行くといったら、知り合いが、危険な国じゃないのかと訊いてきた。
わたしは旅行好きで、しょっちゅう机上でバーチャル旅行を楽しんでいるくらいだから、たいていの国の事情についてはこころえているつもりである。
自分の知っていることは他人も知っているだろうとつい思ってしまうので、知り合いの無知ぶりについては意外な感じがした。

トルコはEUに加盟したがっているくらいだから、イスラム圏の国の中ではもっとも西欧に近いイデオロギーの国である。
そんなに日本やアメリカの旅行者が危険を感じるところではない。
もちろん東部ではイランやイラクに接しているので、そのへんをうろうろしているとテロの標的にされちゃう可能性はあるけど、イスタンブールやカッパドキアなんてあたりを見物している分には問題ないはずだ。

トルコでは力のある軍部が世俗的政策を国是としていて、政権内にすこしでも極端なイスラム化の動きがあると、それを妨害するという、イランのようなイスラム国とは逆の動きをみせる。
おかげさまで、スカーフにぞろりとした典型的イスラム・ファッションの女性もいるにはいるが、Tシャツにミニスカートなんて米国なみの女の子も多いようである。

最近テレビで、きれいな女優さんがトルコまでベリーダンス (おへそを出して踊る官能的なダンス) を習いにいく番組を観たけど、これでおわかりのように、肌を露出しても気にしないというのがウレシイではないか。
あ、ことわっておくけど、それだけが目当てで行くわけじゃないからね、ワタシゃ。

トルコについては、ほかのことについてもいろんなことを知っているのだ。
わたしはけっして未知の国に行くわけではないのである。
とにかく、このあと10日間ばかりブログの更新はなしだ。
再開と帰国報告をお楽しみに。

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2010年1月24日 (日)

幸福で、忙しい日

昨日は忙しかった。
愛車を車検に出さなければならない。
で、車をどーんとトヨタに乗りつけたら、自動車税の納税証明書が必要ですといわれてしまった。
もう何回も車検をやっているくせに、自分に興味のないことはぜんぜんおぼえないわたしの性格も困ったものである。

家まで取りに行ってきますんで、送迎してもらえませんかと担当にお願いする。
わたしの車はもう工場に運ばれてしまっていたのである。
ええ、いいですよと答えたのは、わたしの担当のS嬢だ。
彼女は、いかにも大企業のトヨタがその名声をフル活用して募集採用したような、ぽっちゃり型の可愛らしい営業ウーマンである。

彼女の車でわたしの家まで、10分もかからないくらいだけど、往復してもらう。
若い娘としょっちゅうドライブしているわたしだけど、そのほとんどは仕事なのでべつに楽しくも嬉しくもない。
こうした公私を忘れたドライブはひさしぶりである (もっともS嬢は公私を忘れたとはゼッタイ思ってないだろうけど)。

車を車検に出したあとは、また家に帰ってトルコ旅行の準備である。
なにか忘れ物がないように、持ち物をきちんとメモしておく。
こうやって万端の準備しても、当日の朝になるとまた不安を感じて、ぜんぶひっくり返してチェックし直すのがいつものことだ。
そんならチェックは当日の朝にやればいいのにといわれそうだけど、のんきなわたしはそれでは間に合わないものが出てくるに決まっているのである。

今回は団体旅行なので勝手な行動は許されていない。
添乗員さんから事前確認の電話がかかってきたのでいろいろ訊いてみたところ、なんかひどい強行軍のようである。
それでオプションはすべて参加せず、そんな時間があったらホテルで寝ていることにした。
そのほうがいいですねと添乗員さんも言っていたくらいだから、カゼぎみのわたしは生きて帰ってこれるのかどうか不安になってきた。
旅行のてんまつはこのブログに書くつもりだから、それがわたしの無事生還の証しである。

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2010年1月22日 (金)

アバター(観るまえ)

A001

知り合いが 「アバター」 を観たいという。
いま問題になっている (かどうかは知らないけど) 3D映画である。 立体映画である。
わたしがあまりいい返事をしないので、彼女はなんとかその気にさせようと、ジェームズ・キャメロン監督の映画よ、「タイタニック」 の監督だよと言いだした。
あいにくわたしは 「タイタニック」 なんてぜんぜんすばらしい映画だと思ってないのである。
あれはたしか 「ターミネーター」 の監督だろう。
つまらねえと返事をする。

じつは3D映画に興味がないわけじゃない。
わたしぐらい映画の革新的技術に興味のある人間はいないのである。
オーソン・ウェルズが映画の中にパン・フォーカスを持ち込んだり、キューブリックがフロントプロジェクションやSFXを持ち込んだり、映画の歴史の中にはさまざまな新しい技術の存在があるけど、肝心なのは作品そのものがすばらしいかどうかだ。
それにわたしは3D映画については、もうはるかな昔にディズニーランドで上映されていた、3Dのデモ映画みたいなのを観たことがある。
また新宿の、いま高島屋の立っているあたりにあったアイマックス・シアターで観たこともある。
後者の場合、映画の内容が地下の迷路をジェットコースターで走りまわるようなものだったので、観ているうちに気分がわるくなってしまった。

ジェームズ・キャメロンというと、どうせテレビゲームみたいな映画だろう。
また目まぐるしくせせこましい映画なんじゃないかと不安になってしまう。
ひとりで映画館に行く場合は、気にいらなかったら途中で出てしまえばいいけど、経済観念の発達したオンナなんかといっしょじゃ、何がなんでも最後まで見せつけられるに決まっている。
なんでこのトシになってそんな苦行に耐えなきゃならんのだ。

添付した画像は、主役がCGによっていかように変身するかの見本。

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2010年1月21日 (木)

鼻カゼ

ここんところNHKのハイビョン放送が、美人タレントに案内させてインドやベトナムの紀行番組をたて続けに放映している。
自分で出かけるのもいいが、そんなに時間もお金もないというときにこういう番組はわるくない。
録画してかの国の風物 (と美人) をじっくり鑑賞している。

ところでわたしのトルコ旅行だけど。
好事魔多し。
もうすぐ出発だというのに鼻カゼをひいてしまった。
ちょっと油断すると、びろう (尾籠というおくゆかしい漢字だ) な話だけど、鼻水がずるずる。
いくら007をきどっても、これじゃあねえ。
ティッシュぐらいじゃ間にあわんから、トイレットペーパーの3つぐらいかかえていくか。
ベリーダンスの踊り子がわたしのまえでおへそを出してくねくねしても、鼻がぐずぐずしてクシャミしてしまいそう。
あ、また、ぐずぐず、むずむず。

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2010年1月20日 (水)

ひとり旅

わたしのまわりには、旅に出ても酒さえあれば満足といった手合いが多い。
そういう人間にはひとり旅の良さなんてなかなかわかってもらえないものだ。
近いうちにトルコへ行くといったら、誰といっしょに行くのとみんな疑惑のまなざしである。
彼らにはひとりぼっちの旅というものがぜんぜん理解できないのだ。
そういう連中を納得させるには、とりあえずカノジョと一緒さといっておくにかぎる。
なるほど。で、相手はどこの人なのと、またかまびすしい。

わたしはひとり旅が好きである。
大勢で行く旅もきらいじゃないけど、どっちかというとひとりのほうが多い。
日本とは異なる生活風俗の外国の街を、ひとりでぼんやりぶらついているときなど、こころの底から喜びを感じてしまう。
手におえない変人だなというのはわたしのまわりだけで、もっと広い世界を基準にすれば、ひとり旅を愛する人間はきっと少なくないはずである。
女房の束縛からのがれたいという倦怠期の熟年でなくても、だ。

そういうわけで、まもなくのトルコ旅行にわたしはたったひとりで出かけるのだ。
旅先のホテルのバーでひとり酒を呑み、ひとりで枕をかかえて眠るのだ。
まわりの連中がこれをカノジョの存在をごまかすための詭弁ととるか、それとも・・・・・・いや、やっぱりあいつは女と一緒に行くにちがいないと思うに決まっている。
ひとり旅がどれほど優雅なものであるか、彼らにはぜったいにわからないのだ。
カノジョなんかにまとわりつかれては、せっかくのイスラム美人もおちおち鑑賞できないではないか。

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2010年1月19日 (火)

トルコ旅行

あーれま、あっという間だな。
というのは、いよいよ1週間後にせまったトルコ旅行のこと。
安いツアーはないかとあちこち物色して、シーズンオフの格安旅行を見つけ、他人に取られないよう早めに予約したのが2カ月も前のこと。
まだまだ先だと思っていたら、あれよあれよというその時がきてしまった。

わたしの友人たちの中には裏切られたと思っている者がいるかもしれない。
日ごろのわたしは、飛行機に10時間も乗ってられっかとわめいて、中国や東南アジアばかりをテリトリーにすると宣言していたからだ。
しかし旅好きにとっては、たとえエコノミー席に長時間という苦行に耐えても行ってみたい国があるものである。
わたしにとってアイルランドや南欧、そして南米の国々はそれだけの価値のある国だし、今回のトルコもそのひとつである。
貧乏なわたしはそれらのすべてに行けるわけじゃないけど、今回は清水から飛び降りるつもりで。

イスラムはいま世界でいろいろ問題をおこしているけど、もちろんそんな人間はひとにぎりに決まっている。
中国のシルクロードを旅したことのあるわたしは、イスラムの文化にひじょうなあこがれと興味を持っていて、それはたとえテロリストとともに自爆したってかまわんというくらいなのだ。
トルコ旅行を目前にしたわたしの心境は、「ロシアより愛をこめて」でイスタンブールに乗り込む007のそれである。

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2010年1月18日 (月)

HIGH TIDE AND GREEN GRASS

街へ出たついでにレコード屋に寄って、発作的にストーンズ (最近の若者にはローリング・ストーンズと書かないとわからないかも) のCDを買ってしまった。
「HIGH TIDE AND GREEN GRASS」 というやつで、彼らの初期のベストアルバムであり、アナログ・レコードの時代にわたしが買ったレコードとしては、もっとも最初のころのものの1枚。
「サティスファクション」 や 「ハート・オブ・ストーン」、「19回目の神経衰弱」 などの名曲がいまでもわたしをしびれさせる。

B001b

このレコード (CD) ジャケットには、ロンドン乞食と揶揄されていころのメンバーの写真があしらわれているんだけど、やがてプールで事故死するブライアン・ジョーンズがいちばん目立つ位置にいる。
彼が死んだことについて、グループのリーダーをめぐる確執から暗殺されたなんてうわさもあったみたいだけど、たかがロック・グループのトップの地位が欲しいばかりに殺しをやる人間はいないだろうから、これは有名人につきもののたんなるウワサであると思われる。

わたしはブライアンに特別な親近感を感じているわけじゃないけど、このジャケット写真のブライアンの、強烈にふてぶてしい顔が好きである。
彼に比べると、その後悪党づらになるキース・リチャードも、まだまだおとなしい好青年に見えるくらいだ。

わたしの青春に重ねあわせられる貴重なアルバムなので、自宅へ帰ってさっそく聴いてみて、アレッと思った。
曲の配列が違うし、アナログレコードにはあったのに、このCDには入ってない曲がいくつかある。
おいおいおいと、レコード会社にぼやきを入れたくなってしまう。
勝手に中味を変えるなよ。
こちとら、せっかく青春の思い出に陶酔してるっつうのに。
それともこのCD、香港あたりのコピーCDだったのかしら。

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2010年1月14日 (木)

分身

つたない文章に期待してくださっている皆さま。
ワタシ、あさってまでにホームページを、少なくとも議論のたたき台程度まではもっていかなちゃならないんで、とっても忙しく、ブログの更新できません。
仕事もしなくちゃいけないし、ああ、もうひとりわたしが欲しいくらい。
本命のわたしは家でのんびりブログの更新をし、もうひとりのほうにせっせと稼いできてもらいたいわあ。

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2010年1月13日 (水)

EV

CAR GRAPHIC (しにせの車雑誌) を読む機会があった。
電気自動車 (EV) がノンストップで570キロ走ったそうだ。
それも実験用に特殊化した車ではなく、ボディはそのへんを走っているふつうの軽自動車である。

EVは最近話題になっているけど、走行距離の短いのが欠点だと思っていた。
ところがこの記事の中では、伴走したガソリン車のほうが先にガス欠になってしまったそうである。
おやおやと思ってしまう。
トヨタの繁栄も風前のともし火か。
いや、トヨタやホンダだってもちろんEVの研究はしてるんだろうけど、こうした電気自動車の進化は、現在の業界の勢力図をあっという間に塗り替える可能性がある。
ということは新聞やテレビのニュースをよく見ていれば誰にでもわかることである。
だからここでわたしが経済評論家みたいなゴタクを述べなくてもいいんだけど、つい想像をふくらませたくなってしまう。

これからは家電製品メーカーの作る車が一世を風靡するかもしれない。
ソニーGTRとかパナソニック・クーペとか。
騒音を出さないゴースト・カーばかりだから、EVによるレースというのはどんな風景になるのだろう。
F1レースなんかでは給油の速さが勝敗を分けるけど、それがコンセントの抜き差しの勝負になるわけか。
いや、電気なら走行したまま人工衛星からエネルギー補給なんてこともできるかもしれない。
それが太陽エネルギーを電気に変換したものなら、これエコの本命。
将来のレースカーはアンテナとソーラー・パネルのかたまりだな。

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2010年1月12日 (火)

忍者犬

冷たい雨の1日で、散歩にも出ないで部屋にぐずぐずしているから、ブログの更新には絶好の日なんだけど、いまのわたしは新しいホームページ作りに没頭していて、それをなんとか今週中に目安をつけようと頑張っているところである。
そういうわけで、お手軽な、できれば10分ぐらいで書けそうなブログ・ネタはないかと、新聞を読んだりテレビを観たり。
魁皇が新記録だそうだけど、わたしゃ大相撲にあまり興味がない。

新聞に忍者犬の話題が出ていた。
京都の観光名所に出没する忍者のかっこうをしたペキニーズ犬のことで、なにが楽しいのか忍者の装束に刀まで背負って、たれ目ののほほんとした写真が掲載されていた。
観光客の女の子たちに大人気だそうだ。

このワンちゃんのことはブログにもなっているそうであるから、さぞかしアクセス回数が増えていることだろう。
気になって彼のブログをのぞいてみた。
飼い主はわたしと同じように東南アジアあたりをまたにかけた旅行者らしいけど、自分のブログの宣伝マンとしてペキニーズを使うなんて、なんて頭のいい人か。
ブログのアクセス数なんざ鼻もひっかけないわたしでも、やはりそれが少ないより多いほうがいい。
とくに若い女の子にはたくさんアクセスしてもらいたい。
ひとつプードルでも飼って衣装でも着せるか。
でもわたしはイヌに服を着せてよろこぶ文化というものに批判的だからなあ。

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2010年1月11日 (月)

網タイツ

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昨日はわたしが所属する団体の新年会。
都議さんや市長さんまであいさつに来て、いつもどおりホントつまらない集まりだったけど、彼らが帰ったあとのアトラクションが浅草サンバのきれいどころによる歌と踊りで、なんせ網タイツのお姉さんをま近に見る機会なんてそうそうあるもんじゃないから、こちらは人文科学的にもなかなか興味のあるものだった。
わたしのブログの欠点はイロ気に乏しいことだから、このさい網タイツの写真を紹介して、読者諸君にも眼福のおすそわけだ。

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2010年1月 9日 (土)

ロゼット葉

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今日は1月9日である。
世間も不景気だけど、花を見るのにもいちばん不景気な時期じゃなかろうか。
野川公園内の自然観察園も不景気なこと。
咲いていたのはロウバイ (蝋梅) とスイセン (水仙) ぐらい。
この2つの花は、ともにカタカナで表記するにはためらいを感じることと、甘い香りが強烈なことが共通点だ。
べつにそんな気はなかったのに、たまたま窓から着替えをしている女の子が見えてしまった場合、眼福なんて言い方をする。
だとすれば、甘い香りに感じ入った今日のわたしは鼻福とでもいうか。

ロウバイの写真でも載せようかと思ったけど、去年も同じ時期に載せているから止めにして、この季節にしか見られないヘンテコな植物を紹介しよう。
いや、べつに期待されるほど珍しい植物じゃない。

冬の野山をぶらついていると、ヒトデみたいに地面にぺったりとはりついた植物の葉をよく見かける。
これはロゼット葉といって、ある種の植物が冬のあいだだけ越冬のためにみせる形態だそうだ。
タンポポなんか1年中ロゼット葉だけど、ロゼット葉の中には冬と夏ではぜんぜん異なる形になってしまうものもあるそうである。

世間が不景気なので、わたしもロゼット葉みたいに、地面にぺったりはりついて生きている状態。
いったいいつまでこんな雌伏状態が続くのかしらね。

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2010年1月 8日 (金)

天地英雄

観る時間はないくせに録画してしまった映画がDVDプレーヤーの中にいくつか。
その中の 「天地英雄」 という映画をちらりと観てみた。
タイトルからしてなんだかよくわからないけど、遣唐使役の中井貴一が活躍するから中国の唐の時代の物語らしい。
登場する鎧武者たちは、これいったいどこの国のいつの時代の服装なのってなモン。
中井貴一がお尋ね者を切ったあと、すらりと刀をサヤに収めるところなんか、もろに日本のサムライ映画である。
調べてみたら、日本の遣唐使がシルクロードの砂漠の国へ派遣されて、お尋ね者を追いかける話だというから、荒唐無稽の代表みたいな映画だった。
これを観てふと考えた。

わたしは中国のシルクロードを列車で旅したことがあり、車窓から天山山脈の険しい斜面を、モンゴルやカザフ人たちが馬に乗って駆けまわるのを見たことがある。
おっ、こりゃ西部劇になるな。 マカロニ・ウエスタンならぬラーメン・ウエスタンかと、そのとき思った。
冷静にみれば西部劇の名作 「荒野の決闘」 だって荒唐無稽な映画といえなくもない。
米国のこの手の映画では、登場するのは白人とインディアン、あとから黒人ぐらいのものである。
しかし中国は太古のむかしから多民族国家で、漢族を始めとして、匈奴とよばれたモンゴル族、ぜんぜん顔立ちの異なるイスラム圏の人々、チベットや南方の少数民族など、さまざまな民族が抗争を繰り返してきた、冒険活劇の歴史をたっぷりともつ国である。
荒唐無稽でいいならこれほどキャラクターの豊富な国もないんじゃないか。
しかも背景はグランドキャニオンに匹敵するような岩だらけの荒野から、アラビアみたいな砂漠、雲南省あたりには亜熱帯性の密林もあり、各地にロマンを感じさせる広大な草原もある。
昨今の映画ファンは、まじめな映画よりも荒唐無稽を好むようだから、中国が映画大国になるにつれ、「天地英雄」 みたいな映画がますます増えるのではなかろうか。

ところでこの映画のタイトルについて、ずいぶん気宇壮大なものと思っていたけど、じつはそうじゃないんじゃないか。
この映画の舞台になっている針葉樹の森や湖のある場所は、かってわたしがじっさいに見てきた、新疆ウイグル自治区にある天という湖のあたりによく似ている。
天地英雄は、じつは天の英雄という意味だったんじゃん。このほうがよっぽど映画の内容にふさわしいド。

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2010年1月 6日 (水)

農業

正月に帰省して農家をしている親戚に年始に行ったけど、そのおり後継者問題が話題に出た。
うちの親戚もご多分にもれず、後継者がいなくて悩んでいるのである。
そのことはだいぶ以前から聞いていたので、知り合いの若夫婦、こちらは不景気に直撃されて仕事がかんばしくないという夫婦に、冗談で農業でもやったらどうだと話したことがある。
うーんと、背に腹は代えられないのか、まんざらでもない顔つきだったけど、わたしだってそんなに簡単にしろうとに農業ができるはずがないことぐらい知っている。

農業というのも技術ですからねと、これは年始に行ったさいの会話。
家庭菜園や副業・趣味・道楽で農業をしている人は多いけど、農業だけで食っていくのは大変だ。

今日の夕刊に、荒川の河川敷でニワトリを飼い、菜園を作っているホームレスのことが出ていた。
もちろんこれは土地の不法占拠になるので、国交省はなんとか追い出そうと、鶏フンであたりが汚れ、鳥インフルのおそれもあるなんていちゃもんをつけているらしいけど、どうもこじつけみたいな言い分である。
このホームレスの男性は、ニワトリを10羽ぐらい飼っていて、鶏フンでトマトやナス、ネギなどを育てているという。
なかなか農業のうではいいらしい。
鉢植えの植物さえすぐに枯らしてしまうわたしなんか、つい尊敬したくなってしまう。

いっぽうには後継者不足で悩む人がおり、他方には農業従事者としていいうでを持っていながら、耕す土地のない男性がいる。
こういう人には日雇いの仕事なんか斡旋するより、農地を斡旋したほうが、よっぽど日本のためになると思うんだけど。

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2010年1月 5日 (火)

川の光の2

001 002

前項で 「川の光」 というアニメ映画がわが家の近所を舞台にしていると書いたけど、論より証拠。
動かぬ証拠をお目にかけよう。

上は映画のポスターに使われていた絵、下はわたしが撮った同じ場所の写真である。
ポスターにも水車が描かれているけど、写真では左はしに見えるのが水車小屋。

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2010年1月 4日 (月)

川の光

いつどんな名作映画が放映されるかわからないから、わたしはつねに新聞のテレビ欄に注意をしている。
今日は 「川の光」 という、映画好きのわたしが聞いたことのないタイトルの映画が放映された。
どうもアニメらしいけど、マンガ映画だって 「つみきのいえ」 みたいな傑作の場合がある。
わたしは宮崎駿のアニメは、その絵からして好きになれないほうだけど、注意をしていると、国内国外を含めて、ときどき風変りな絵がらのアニメに出会うことがある。
古くは 「ビートルズのイエローサブマリン」、そして 「キリクと魔女」、「アズールとアスマール」、「マリといた夏」、「鉄コン筋クリート」 などがそうだ。
わたしは映画の内容以前に、まず絵の独創性を重要視してしまうのである。

そこで 「川の光」 も、ネットでどんな絵がらなのか調べてみた。
映画のポスター画像がすぐに見つかり、それを見てびっくりした。
どこかで見たような景色だと思ったら、ポスターに描かれていたのは、わたしがいつもそのわきを散歩している野川の水車小屋ではないか。
この映画はわたしのアパートのすぐ近所が舞台だったのだ。
といっても興味をひかれたのはそこまで。

録画してあとで観てみたら、絵がらはどっちかというと、最近の日本のアニメにありふれた、マスプロ的な、芸術性なんぞこれっぽっちも感じないものだった。
となると内容もロクなもんじゃあるまいと、最後まで観る気にもなれず、消去。
なにかを訴えようというなら、まず絵そのものも思い切ったものにしてくれなくちゃあね。

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2010年1月 3日 (日)

HAL

Hal9

正月に田舎に帰省してきたけど、わたしは年に数回しか帰らないから、あまり居心地がよくない。
東京の自分の部屋にいるときは、パソコンから本棚、積もったホコリまで含めて、すべてわたし用の環境だけど、実家は兄貴のものであるし、読みたい本もないのでヒマつぶしに困ってしまう。

それで帰省しているあいだに本屋へひとっ走りしてきた。
本屋で見つけた本のひとつは、アーサー・C・クラークの 「失われた宇宙の旅2001」 である。
これは映画 「2001年宇宙の旅」 の原案や、映画には採用されなかった短編を集めたもので、監督のキューブリックにふれた部分もある。
わたしに興味があったのは監督にふれた部分だけで、あとは想像どおりつまらない本だった。

映画は、なんだかよくわからない意味深長な終わり方をしていて、これが哲学的といっていい余韻を残す。
あとは個人が勝手に解釈しなさいという終わり方は、わたしのような空想好きにはわるくない結末だ。
誰かに答えを教えてもらわなければわからないというのは、その人の思考能力の不足である。
ところが偉大な科学者かつ作家であるクラークは、なにがなんでもきちんとした結論を出さなきゃおさまらない人のようだ。
スターゲイトの先で宇宙人に出会うようなお話では、そこまでやったらスピルバーグの映画かいといいたくなってしまうではないか。
あとは自分で想像するから、余計なことはしないでチョーダイな、である。
そんな結末が本編に採用されなくてよかった。

本の中に、映画がまだ制作中のころ、キューブリックがコンピューターHALの声を女性にやらせようかと思案するくだりがある。
これと同じことをわたしも考えたことがある。
ボーマン船長が狂ったコンピューターの思考回路を切断しようとすると、しだいに意識を失ってゆくHALはひとり言のようにいう。
「デイブ、やめてください」、「わかるんです」、「ぼんやりしてきた」、「感じる」
このセリフを女性の、それも広瀬久美子 (NHKのもとアナ) のようなセクシーな声で言ったらどうだろう。
ひわいととられるか寓意がいっぱいととられるか、むずかしいところだけど、キューブリックなら、官能的でありながら哲学的という傑作に出来たんじゃなかろうか。

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2010年1月 2日 (土)

ホウレンソウ

北関東のふるさとまでトンボ返りで帰省してきた。
1日に農家をしている親戚に年賀に行ったんだけど、田舎の人は素朴で親切だから、帰りにその前日に摘んだばかりというホウレンソウをどっさりみやげに持たせてくれた。
量がハンパじゃない。
ふだんわたしがスーパーで買う束の10倍くらい。
そんなに食べきれないといったんだけど、なに、茹でて冷蔵庫に入れておけばいいんだよとのこと。

帰京して階下に住んでいる金髪クンにいくらかおすそ分けをしたけど、それでもまだまだたっぷりある。
放置しておいたのではしおれてしまうから、大鍋で3回にわけて茹でてみた。
わたしはホウレンソウのおしたしが大好きだけど、茹であがったそれを見るとさすがにうんざり。
当分ウンコが緑色になりそうだ。 デンデンムシみたく。

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