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2010年3月12日 (金)

阿片王

昨夜は、以前録画しそこなった 「ラスト・エンペラー」 が放映された。
映画の出来についてはすでにブログに書いたので、べつの話題。

「エンペラー」 の中で坂本龍一サンが演じていたのは甘粕正彦という実在の人物だけど、この人は無政府主義者の大杉栄を殺したり、満州で国策映画会社の理事長をつとめたりと、大戦前夜の暗い世相を象徴するような人物である。
彼は人生を一過性の蜃気楼のようなもんだと皮肉でながめられる人間だったらしく、終戦と同時に自殺してすべてをチャラにしてしまったから、ま、わたしはそれなりの人物だったんだろうと評価している。

彼の自殺は青酸カリによるもので、拳銃自殺の坂本龍一サンとはちとちがうなんてことはどうでもいい。
映画を観ていてわたしは、佐野眞一著の 「阿片王」 という本を思い出した。
この本には 「満州の夜と霧」 という副題がついている。
わたしは中国という国について、殷の時代から改革開放の現代まで、ほとんどすべてに関心があるので、これまでいろんな本を読んできたけど、戦前戦後あたりの上海や満州に関して、里見甫(はじめ)という名前をよく目にした。
「阿片王」は、上海で阿片王とよばれたこの男のドキュメントである。

里見甫は日中戦争のおりに、日本の軍部にかわって中国の阿片取り引きを一手に仕切った男として有名らしいけど、あまり正業といえない商売なので、まともな歴史の表面には出てこない。
ただ当時の中国では阿片の吸引所は郵便ポストと同じくらいあって、一般のあいだでの吸引生活もめずらしいことではなかったそうだから、本人はそれほど悪いことをしていた認識はなかったようだ。

この本では阿片王と称される時代の彼の人脈について、ひじょうにたんねんに書かれている (もっとも人脈の中の2人の女性について、たんねんすぎるきらいがないでもないけど)。
人脈の顔ぶれを見ると日本側だけでも、岸伸介や愛知揆一、児玉誉士夫、笹川良一や大川周明、石原莞爾、長勇など、政界、官界、軍人、実業界などのいかにもそれらしき黒幕的人物がずらりとならぶ。
とうぜんながら甘粕正彦の名前も出てくるのである。

わたしは日本軍が熱河省 (現在は中国の区画整理でこの省はなくなった) に進攻したことを知っていたけれど、これはじつは熱河産の阿片を独占しようという関東軍の謀略でもあったそうだ。
この本を読むと日中戦争が、一面では日本の軍部と中国の国民党政府による阿片戦争であったことがよくわかる。

甘粕正彦はいさぎよく自殺したけど、里見甫は戦後、戦犯として訴追されることもなく、天寿を全うした。
その葬式に集まった人々の顔触れをみると、彼らが生きた時代は悪党たちの時代だったなとしみじみ。
わたし自身は軟弱なヒトなので、そういう人たちの仲間に加わる資格はぜんぜんないけれど、こういう悪党のはびこった時代は、人間が矮小化し、生き方が固定化してしまっている現代より、ずっと生きがいのある時代だったんじゃないかと、ふと思ってしまうことがある。

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