ICレコーダー
野坂昭如さんの小説 「エロ事師たち」 は、市井の底辺にうごめく男たちのたくましさを、ユーモアとペーソスをまじえてえがいた傑作だけど、この冒頭に、アパートの新婚さんのむつ言を録音して、エロテープをつくろうと四苦八苦する男が登場する。
ひそかにセットしたマイクの置き場所がわるくて、ひろったのはトイレの排せつや放屁の音ばかり。 えらい気色わるいでーとぼやく男たちが抱腹絶倒。
そんなケシカランことをする気はないけど、今度わたしはICレコーダーを買ってきた。
ICレコーダーというのは、電子版の、つまり録音機である。
テープを使うわけではないから、ひじょうに小さく軽く収まっている。
盗聴にはもってこい・・・・・・・ とっとっと。
盗聴しないんならいったい何に使うんだと訊く人がいるかもしれない。
たとえば、友人たちと呑んでいると、ふだんはあまり知性を感じない連中の会話のなかに、ギリシヤの哲学者も顔負けの警句が、天啓のようにひらめく場合がある。
というのはお世辞の部分もあるけど、酔いがさめるとわたしは、こういう言葉をさっぱりおぼえていないのである。
重要な言葉をおぼえていられないというのは最近のわたしの欠陥のひとつで、おかげで、おぼえていれば社会的地位を高めるのにどれだけ貢献したかわからない言葉が、奔流のように音をたてて忘却の彼方に失われているのである。
それを防ぐというきわめて高尚な役割があるのだよ、ICレコーダーには。
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