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2010年8月

2010年8月31日 (火)

行ったつもり

「食ったつもり」 になってやせガマンする江戸っ子という落語があったと思うけど、最近のわたしは 「行ったつもり」 のやせガマン。

わたしはテレビ番組を録画するためにDVDプレーヤーを持っているけど、この夏はそのハードディスクに旅の番組ばかりが貯まってしまった。
ざっとながめてみただけでも 「南米大陸一周の旅」 シリーズ、「アフリカ縦断の旅」 シリーズ、「世界・夢列車に乗って」 が2本、「世界の船旅」 が3本、「世界街歩き」 がひとつ、「シェフが巡る地中海豊かなる食の旅」 2本、「小さな旅・苗場山」、そしてこれは旅の番組とはいえないけど 「OCEANS」 という世界の海をめぐる科学番組が5本などである。
このうちの南米大陸やアフリカは、特別な装備をそなえた取材チームによる秘境や辺境の旅ではなく、ふつうの観光客たちが観光地を観てまわる旅で、テレビの前にあぐらをかきながら、じっさいに旅をしている気分が味わえる。
夢列車や船旅にしても、お金さえあれば (そのへんが大きな問題ではあるけれど) 誰でも体験できる観光の旅である。
世界中を観てまわりたいけど、ちと貯金が足りないというわたしにとって、ウサを晴らすのにいい番組ばかりだ。

「南米大陸一周の旅」 には観光客たちがギアナ高地に登るシーンが出てきた。
ギアナ高地といえば、下界から隔絶したテーブルマウンテン上にある平たんな場所が、ここでしか見られない珍しい動植物が独自の生態系を築いているということを、わたしはむかしテレビの科学番組で観て知っていた。
下界から隔絶しているくらいだから、とても観光目的で行ける場所ではないと思っていたら、それがいまではトレッキングの名所になっていて、大勢の観光客が押し掛けているそうである。
そのうち車いす用のスロープやエスカレーターまで出来るんじゃあるまいか。
そうだよな。いまどき地球上に秘境なんてモノがあるなんて信じているほうがおかしいんだよなと、複雑な気持ちである。
地球はいよいよテレビのまえに座りこんだ座敷翁にふさわしい星になってきた。

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2010年8月30日 (月)

設問

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今年のセミにとっては早くも人生の秋といったところ。
ベランダや玄関わきに半死半生のセミがぽとりと落ちているのがめだつ季節だ。
アパートの通路に大きなクモが巣を張っていて、そこにも一匹のセミがひっかかっていた。
セミはばたばた暴れる。クモは大きな獲物を逃がしてたまるかと追いすがる。
自然界ではめずらしくない光景である。
それを人間であるわたしが見た場合どうするか。

セミなんてどうせもう長く生きられないのだし、クモの栄養になるのが自然の摂理だ。 かまわん、放っておけと無視すべきか。
いやいや、こころやさしい人間には見過ごせない悲劇的な事件だ。 小さなセミにも命がある。気のドクだから助けてやるべきか。
ハーバード大学のマイケル・サンデル先生の設問みたいである。
JUSTICE=正義、公正ということに照らして、さてどうオチをつけるか。

で、どうしたかというと、こころやさしきわたしは、さすがに見かねてセミを助けちゃったっていうのが結論。
クモだってお腹を減らしてんだぞ、どうするつもりだって声が聞こえてくるけど、クモに栄養をつけて子供でも産ませちゃって、アパートがこれ以上クモだらけになるのも御免こうむりたいもんで。

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そんなのありか

邪悪であります。 陋であります。 曲であります。 ああ、むしろ残虐であります。
怒ったです。 わたしは怒ったのです。 怒らずにいられないのです。
鳩山由紀夫、何者であります。 由紀夫の政治、何ほどであります。
というのは昔の文豪の口ぶりをまねたんだけど、日曜日の新聞の投書欄に
「鳩山氏が小沢氏擁立の音頭を取るなど、何でもありの政界とはいえ、ここまで落ちたかと思う」 という発言が載っていた。
かって小沢クンを道連れに政界を引退すると公言したはずの鳩山クンが、またぞろ政界復帰にイロ気を見せ始めたのか、いくらなんでもそりゃないよなというのはわたしもいっしょ。

このあたりを深読みすると、友愛ボケした鳩山クンが菅クンに、みんなで仲良くやろうよといってみたところ、頑固者の菅クンが、いや、オレにはオレの考えがある。
首相はオレひとりで十分だと拒絶。
これを聞いて、こんなやつに政治をまかせたら、オレの実績 (あったかどうかは知らないけど) なんかまるで無視されてしまう。
ここは小沢クンのほうが、ここで恩を売っておけば、もういちどオレに陽があたる局面も生じるんじゃないかと、そんな期待をして、鳩山クンは小沢クン擁立に傾いたのではなかろうか。
さすがは百戦錬磨の小沢クンだ。
鳩ポッポを取り込むぐらいはお手のもの、というところか。

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2010年8月27日 (金)

初公開のなんとか

今朝の新聞の1面に 「死刑場を初公開」 って記事。
そんなもん見せてどうしようってのか。
死刑制度反対論者の千葉景子法相の胆いりで公開されたらしいから、死刑場を公開することによって、読者の心胆を寒からしめ、死刑の残酷さ、非人間的な行為ナンダってことを周知させようってのか。
しかし、人間がぶら下がっているならともかく、絞め縄さえ下がっていない状態でそんなもの見せられたって、なにか感じろっていうほうがムリだ。
新聞の写真で見たかぎりじゃ、死刑場ってのはつぶれたデパートのがらんとしたショーウインドみたいじゃないか。
そりゃアンタの想像力の欠如だといわれるかもしれないけど、わたし、死刑囚に殺された被害者の恐怖や苦しみなんかは、人一倍想像できてしまうタイプ。
八王子のスーパーで射殺された女子高生の無念さなんか、いまでも想像するだけで血がたぎるくらいだ。
人間の尊厳を信じるアナタには申し訳ないけど、口蹄疫で処理されたウシやブタの累々たるしかばねを見せるほうが、ナンボか社会的意義があるんじゃないかね。

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2010年8月26日 (木)

ガマンの一手

ひさしぶりに政治ネタ。
参院選挙のまえと後で、菅クンの姿勢が変わったとか、何をやりたいのかわからないなんて意見があるけど、わたしはそう思わない。
新聞によるともと首相の鳩山クンまで乗りだしてきて、党内融和、挙党一致を訴えたらしいけど、彼はそんな友愛ボケした考えを一蹴した。
代表選後も闇の帝王・小沢クンをはずすという決意を固めたようにみえる。
ま、これはわるいことではない。
民主主義に反するかもしれないけど、わたしはみんながまとまってうまくコトを運ぼうなんて考えがきらいである。
そんなことをすれば、アッチの顔を立て、コッチの意見を聞き、けっきょくなにもかも八方美人の妥協の産物しか生まれない。
これはこれまでの日本の政治そのもので、思い切った変革などできるはずがない。
ひとりのリーダーが思い切った政策を推し進めるという政治を、新しい政権党がいちどやってみたらどうか。

たぶん菅クンは代表選まではガマンの一手。
ここは波風を立てず、地位が固まりさえすれば、また思い切った政策を推し進めようと考えているにちがいない。
ビックリ箱を開けるみたいに、ちょっとコワイところもあるけど、何が出てくるか楽しみでもあるという複雑な心境で、わたしは菅クンが代表選後になにをやろうとしているのか注目しているところだ。

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2010年8月24日 (火)

暑い夏

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むかし、そうとうの昔、親戚の農家に遊びにいくと、同じ建物の中でウシを飼っていた。
そのへんは東北地方の曲がり家といっしょだけど、昔は関東地方の農村でもひとつ屋根の下でウシを飼うのはめずらしくなかった。
夏になると牛舎のまえに赤い大きなセッケンみたいなものが置いてあって、ウシがべろべろとそれを舐めている。
あれ、ナーニ? と、好奇心に満ちあふれた幼少のみぎりのわたしが訊いてみると、塩だよという返事だった。
暑いと塩分が不足するからね。 ウシに塩を補給してるんだよとのこと。
なるほどとわたし。

今日も暑かった。それでもへそ曲がりのわたしは散歩に出かける。
熱中症の用心に、梅干をひとつバクリと食べ、麦茶をがぶがぶと飲んでから。
塩分を取りすぎると血圧が上がるなんて心配する人がいるかもしれないけど、こう毎日汗をかくことが多いと、取りすぎくらいでちょうどいいのではないか。
ウシが高血圧で死んだってハナシも聞かないし。

今年は熱中症で亡くなる人が多いので、新聞にそれを注意する記事が載っていた。
年寄りはエアコンをつけたまま寝るのに抵抗のある人が多い。 それは危険です。 エアコンは遠慮なく使いましょう、だそうだ。
おお、そうかい。
じゃんじゃん使おうじゃねえか。
そのかわり年寄りのいる家庭では、夏は電気代を割り引いてもらわなくちゃ。
部屋で熱中症にかかる人なんてのは、だいたい年金暮らしの貧しい高齢者 (わたしのことじゃない) が多いんだ。
1カ月の電気代明細を役所に持っていくと、半分現金で払い戻してくれるとか。

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2010年8月23日 (月)

おめでたいニュース

今日はわたしのブログのカウンタがようやく50000を超えたメデタイ日だけど、チリのほうの落盤事故現場では生存者がいたというニュース。
両方ともおめでたいけど、どっちのニュースが新聞の一面にふさわしいかというと、もちろんあっちのほうがふさわしいわけで、おかげでわたしのカウンタのことなんか都内版にも載りそうもない。
むずかしいんだよな。ニュースの発表時期っていうのは。

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2010年8月22日 (日)

野性たち3景

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散歩にいく。
あいかわらず暑いことは暑いけど、いくらか風があって、家にいるより気持ちがいいくらい。
そのへんで見かけた野性たち3景。

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2010年8月20日 (金)

茨木のり子さん

夕刊に詩人・茨木のり子さんの記事。
わたしはこの人の詩がべつに好きではない。
むかし、「わたしが一番きれいだったとき」 という詩を読んだことがあって、それ以来好きでなくなってしまった。
好きでないから興味もない。
興味がないというのはおそろしいもので、彼女の写真も、晩年のものをどこかで見た記憶があるくらい。

ところが今日の夕刊に、彼女のまだ人妻だったころの写真がどーんと載っていて、ちょっと意表をつかれた。
けっして美貌というわけじゃないけど、わたしの想像していた彼女と大幅にちがっていたもので。
つまり、こんな健康そうな人だとは思わなかったもので。
この場合の健康的というのは、けっして太っているというわけではなく、たとえればオリンピックのバレーボール選手みたいな感じ。
同時に掲載されていた、早逝した御主人を想う 「夢」 という詩を読んで、詩についても認識を新たにした。
これからはもうすこしこの詩人に興味をもつかもしれない。

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山ガール

NHKテレビの 「小さな旅」 で、苗場山をやっていた。
日本百名山にも選ばれている独特の山頂風景をもつ山である。
なんでも山頂に尾瀬ヶ原のような、池塘の点在する美しい湿原があるという。
その個性にひかれて、わたしもかって挑戦したことがある山だけど、そのときは同行した知り合いが体調をくずして挫折してしまい、それっきり登る機会がなかったので、なつかしい気持ちで番組を観た。

やぼ用にまぎれてとちゅうから観たら、大きなお尻が画面のまん中をのっしのっしと歩いていた。
その丸みからして女性だろうとは思ったけど、正体はNHKアナの荒木美和だった。
NHK屈指の美人アナウンサーである。
こんな美人でも山登りをするのかと、つい感心してしまう。
彼女はみかけによらずたくましくて、下半身はほれぼれするくらいがっちりしている。
クマでも出たらがつんとイッパツかまして追い払ってくれそうだ。

最近若い娘で山登りを趣味とする 「山ガール」 というのが増えているそうである。
週刊新潮では美人?マンガ家の西原理恵子が白馬の大雪渓でこけて、ケツを強打した (と自分で言っている)。
サイバラの登山スタイルも見たかったけど、なにはともあれ、山を愛する美人が増えるのはいいことだ。
そのうちにカネや出世とは異なる人生の価値が見えてくると思う・・・・・・ というのは、サイバラのマンガに添えられた佐藤優のコメント。
わたしも同感だけど、わたしは早く生まれすぎた。
青春のピークがもうすこし遅ければ、わたしも山でもっとたくさんの美人に出会ったものをと残念に思う。

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2010年8月19日 (木)

人気とり

ここんところ政局も民主党の代表選までイップクって感じなので、政治についていちゃもんをつけようってスタンスのわたしも出る幕がない。
なんかブログのネタがないかと、重箱のすみ的に新聞を読んでいたら、イタル・タス通信の東京支局長という人が、本邦の政治についてなんだかんだと。
言ってることはそんなに意外性のある意見でもないけど、最後にこっちから、ロシアのプーチン首相はどうして長期間人気があるんですかという質問があり、この回答がおもしろかった。

プーチンは若いし、スポーツマンで非常に積極的、リベラリストでもないし共産主義者でもない。
に続いて、彼は人気とりがうまいからという。
裸でウマに乗ったり戦闘機の操縦をしたりするからねと。

なるほど。
日本の政治家もマネをしたらどうだと思いかけたけど、こりゃムリだな。
菅クンなんかまだかろうじて裸がサマになりそうだけど、ウマに乗れたかしら。
エコカーならともかく、戦闘機なんてとっても運転できないだろうしねえ。
蓮舫さんも裸でウマに乗ったりしないだろうなあなんて、政局がヒマだとつまらないことばかり考えてしまう。

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2010年8月18日 (水)

船旅

だらしない話だけど、暑さにめげて部屋にとじこもりというのはウソじゃない。
それでもさいわい、わたしは部屋にとじこもっても退屈しないタイプなので、本を読んだり、録画して貯まりにたまったテレビ番組を観たり、あい間に洗濯したりメシの支度をしたりで、けっこう忙しいのである。

録画したテレビ番組の中に「世界の船旅」という紀行番組があった。世界のあちこちを豪華な客船で旅してまわる番組である。
こういう旅もいいなと思う。
いいなと思っても、では出かけるかってわけにはいかない。
わたしも代表的貧乏人だもんで。

船の旅というと、ゆったりした客室にくつろいで、豪華な食事をしたり、バーで一杯やったり、船上のプールで泳いだり、甲板で寝そべったり、演奏会やダンスパーティに参加したりするものだと思っている人がいるかもしれないけど、そればっかりが船の旅じゃない。
このブログを読んでいる人は、わたしが若いころ海上自衛隊にいて、3年ばかり艦上生活をしたことを知っているかもしれない。
自衛艦と豪華客船では乗り心地がだいぶちがうけど、両者に共通したよろこびもあるのである。

艦(ふね)に乗り組んでいるとき、わたしは陸上ではぜったいに見られない美しい景色、印象的な風景、神秘的な光景などを無数に見た。
水平線からのぼる、あるいはしずむ太陽、銀河をありありとながめることのできる地球上でもっとも広大な星空、艦と並行してとびはねるイルカの群れ、海面を飛翔するトビウオたち、舷側にくだける波のなかのクラゲや夜光虫の光芒、台風通過直後のまぶしいべた凪ぎの海、海と陸のさかい目あたりにくらくらともえる蜃気楼、冬の湾内にたちこめる水蒸気の雲のなかをゆく僚艦の幻想的な光景などなどである。

ゆったり客室や豪華な食事はどうでもいいけど、わたしはもういちど、陸上では見ることのできないさまざまなものを見たい。
そんなことを考えているうち、比較的かんたんに希望をかなえる方法があることに気がついた。
東京から小笠原にいく船の旅は、25時間かかって、しかも四方すべてが水平線という、まるで太平洋のまん中にいるような気分を味あわせてくれる。
25時間というのは、わたしにとって退屈しないで、しかも船の旅を満喫するのにちょうどいい時間である。

うーむと、わたしはいま小笠原への旅について考えているところだ。
スポンサーを募集したいけど、世間さまに同情してもらうのはキライだし、拘束されて旅をする気にもなれないから、ここはやっぱ自分の財布の中身と相談するしかないみたい。
キビシイ。

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2010年8月16日 (月)

ぼくのエリ

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わたしが部屋でひきこもりしてるんじゃないかと、余計なおせっかいをやく人がいるけど、こんな暑い時期に出かけるやつはアホだ。
それでもお盆休みのあいだ、ずっと家にいるのも味気ない。
それで昨日の日曜日は、うだるような暑さの中、銀座まで出かけて映画を観てきた。
こんなときは涼しくなるホラー映画がいいだろうと、観たのは 「ぼくのエリ」 という吸血鬼の映画。

映画が始まるまえにいくつかの予告編があり、その中にゾンビが出てくるものがあった。
米国映画らしく、やたら派手なCGアクションつき。
さいわい 「ぼくのエリ」 はもうすこし地味で、繊細さや詩情があるかどうかはともかく、最初のうちはCGとも無縁なたんたんとした進行である。
おお、これならガマンできると、最近の派手派手ドンパチ映画にへきえきしているわたしも納得。

この先は、あらかじめネタばれ注意を宣言しておくけど、わたしのこの映画評を読んだら、かえって入場者が増えてしまうかもしれない。

この映画はスウェーデンの映画だけど、主人公の少年は金髪で、アレクサンドル・ネフスキーの時代にロシアに進攻したゲルマン民族の末裔みたいな子である。
これに対して、ヒロインの吸血鬼を演じる少女は黒い髪のアジア系、それもトルコ系らしいエキゾチックな顔立ちだ。
わたしは中国の新疆やトルコを旅したことがあって、このテの顔にはなじみが深いのである。
映画とはまったく関係がないけれど。

前半はほとんどCGが使われていないと書いたけど、後半からはなん個所かCGが目立ってくる。
吸血鬼に咬まれた女性が、病院で日光にあたった瞬間炎上するなんてのはCGに決まっているけど、これは監督のミスである。
吸血鬼なら炎上するよりも、たちまちのうちにしなびて、骸骨やミイラに変身するほうがふさわしい。
ラストのプールの残酷シーンも、それまでのおとなしい吸血鬼にそんな力があったのかという疑問符つき。
こんなかんたんに人を殺せるなら、食べものを他人まかせにする必要がないではないか。

主人公の少年少女がえらく子供っぽいので、男女の交情を期待してもつまらないけど、最初のうちはホラーよりもロリコン映画みたいだなと思い、そのうちロリコンよりも、ホモや男色家がよろこぶ映画じゃないかと思うようになった。
そのあたりは変態的に深読みする必要があるので、健全な凡人には理解できないかもしれないけど。

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2010年8月15日 (日)

「酒について」

知り合いがワインを3本ばかりくれた。
ただちに冷蔵庫に放り込む。
赤も白もいっしょである。
なぜそんなことをするかと訊く人がいるかも知れぬ。
だってワインを本棚にならべておいても仕方ないでしょ。

晩メシのときにこのうちの1本をひっぱり出して飲むことにする。
メシのおかずはマグロの刺身である。
ほかに冷やヤッコと茄子のチン揚げ (電子レンジでチンしたやつ) がある。
ひっぱり出したのは、たまたま赤ワインだった。
世間には赤身の肉には赤ワイン、白身の肉には白ワインという説があるらしい。
この場合の赤身は肉料理、白身は魚料理ということらしいけど、マグロの刺身は魚料理でありながら赤身の肉だ。
つまり、どっちだっていいのではないか。
わたしは世間の風潮に従うようなスノブではないし。

赤ワインは冷やして飲むものではないという説もあるらしい。
しかし冷蔵庫に入れておけば冷えないほうが不思議である。
刺身はすでにテーブルにならんでいるのだから、取りだして温まるのを待つわけにもいかない。
だいたいわたしはワイン飲みの正道をゆく人間で、つまりお茶がわりに飲むというフランス人と同じ飲み方をするほうで、そんなフランス人の労働者階級が、いちいち温度が何度、つぐときはソッとなんて、ややこしい手続きを守っているとは思えないから、たぶんかまわなくてもかまわないだろうと確信しているのである。

こんな、セレブとそれを気取る人たちにあてつけるようなことをいうのは、キングズレー・エイミスという作家が書いた 「酒について」 という本を読んだからである。
じつをいうと、わたしは本物の呑ン兵衛ではないのだが、それでもこんなおもしろい本はなかった。
ワインについてこの本に啓蒙されたことは多い。
ワインばかりではなく、酒全般について、これは世間の足もとをすくうような、痛快な本である。
本の内容はまたべつの機会、アルコールが抜けたときにでも紹介しよう。
買って読みたいという人は、ヤフーのオークションでも当たってみたらいい。
わたしが出版社の宣伝をするような人間でないことは、古本を勧めることからしてもおわかりいただけるだろう。

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2010年8月14日 (土)

キライ

いまBSで放映された 「ハーバード大学の白熱教室」 って番組を録画して観ているんだけどね。
なにしろ、ぜんぶ観たら12時間もかかるんで、しかもいろいろ思うことアリなんで、お気楽にブログに書くのははばかれる。
で、またジミ・ヘンドリックスの話でお茶をにごしておこ。

ジミヘンの演奏した曲にボブ・ディランの All Along the Watchtower という曲がある。
生前のジミヘン最後のコンサートであるワイト島での演奏は、ジミヘンにとっては一世一代というべき名演奏で、まさに神がかり的。
本家のボブ・ディランも、この曲の知名度を高めたのはジミの功績で、権利の半分は彼のものなんて言ってるらしい。

意外に思われるかもしんないけど、わたしはボブ・ディランが好きじゃない。
どっちかというとキライである。
そういうわけで、ディランのレコードなんかほとんど持ってなかったんだけど、ジミヘンの All Along the Watchtower を聴いたあと、あわててこの曲の入ったディランのレコードを買ってみた。

オリジナルは、エレキを導入して以降のディランとしてはかなりシンプルな演奏で、エレキの効果を最大限に発揮するジミヘンの演奏とは、これが同じ曲かと思うほど違った印象である。
オリジナルのほうもけっこうすてきな曲であるけど、ま、ヘタな鉄砲も数撃ちゃなんとかだからなと、わたしはまだディランが好きになれない。
ジャズの大御所チャーリー・ミンガスもディランがきらいだったそうである。
あまり関係ないけど。

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2010年8月13日 (金)

ジミヘン

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わたしはいろんな話題について、まんべんなくブログに書こうと思っているけど、ちょっと確認してみたら、音楽に関する話題が5月31日のジャニス・ジョプリン以来絶えてひさしい。
そこでたまには音楽のことも書いておこうと思う。
まえから書きたいと思っていたジミ・ヘンドリックスのことを書いておこう。
不測の事故にでもあってぽっくりなんてことがあったら、彼のことが未練になって死んでも死にきれないかもしんないし。

ところでジミ・ヘンドリックス (以後ジミヘン) って誰なのさ。
そんな声が聞こえてくるよな、昨今は。
お若いの。ジミヘンて人はのう。
と、わたしもついおじいさんになっちまったことを認識させられるけど、団塊の世代にとっちゃ、この人が好きだというだけで、ロック・ファンから一目置かれるような、特別な存在のロック・ギタリストなんだけどね。
そしてわたしもまさしくジミヘン・フリークなんだけどね。

ふつう、熱心なファンというものは、とかく自分の好きなスターを美化したがるもので、たとえ欠点があっても、なんとか屁理屈をつけて、対象をあがめたてまつってしまうものである。
しかし、わたしはそんなひいきの引き倒しみたいなことはしない。ずけずけ言う。

ジミヘンという人は、どっちかというとそのへんのチンピラみたいな貧相な顔をしていて、同じロック・ギタリストで、ギターの神さまとよばれるエリック・クラプトンが、ときどき哲学者のような横顔を見せるのと大違い。
自らのグループのデビュー・アルバムでは、自分のことをぶっ壊れた顔の男といっているくらいである。

ファッションのセンスもいただけない。
ジミヘンの生前最後のコンサートになったワイト島では、フリルのついた赤い衣装という、まるでゲイのようないでたちで現れた。
彼がゲイだったという話は聞いたことないけど、こんな格好で、歯でギターを弾いたり、ギターに火をつけてぶっ壊すような、三流の芸人がやるようなパフォーマンスをやる。
サービス精神が旺盛で、えらぶったところはぜんぜんなく、初めて英国に渡ったときには、同業のエリック・クラプトンに逢わせてほしいなんてお願いしたらしい。
さらにこの人は著作権なんてものにぜんぜん無頓着だったようで、録音や撮影をしたけりゃ勝手にやんなさいという放任主義。
そういうわけでジミヘンのライブ・レコードは、海賊版を含めてはなはだ数が多い。
日本人が理想とする芸術家像とはだいぶ異なるのである。

こんな彼だが、音楽やテクニックについては他の追従を許さない。
というより、突出しているといったほうが正解かも。
エリック・クラプトンも彼のテクニックを称賛しているし、ジャズの帝王マイルス・デイビスも彼の音楽に影響をうけたひとりだった。

わたし自身は短調も長調も区別のつかない音楽オンチなので、テクニックや音楽性についてああだこうだと言えないけど、彼の音楽を聴いていると、洗練されたフランス料理ではなく、モツ煮込み定食のような人間臭さを感じてしまう。
見かけや耳ざわりではなく、人間のこころが本能的に感じる音楽なのである。
最初はその雑音のようなサウンドに驚くが、いったん聴きなれると麻薬のようにとりこになってしまう (彼の音楽のとりこになったことをわたしは後悔しないけど)。
ジミヘンを愛していることについて、こんな表現をしよう。
わたしが死ぬとき、もしも音楽を聴きながら死ねるなら、ぜひ彼の Red House というブルースをリクエストしたいものだと。

彼が死んだのは1970年だから、あ、もう40年も前だ。
光陰矢のごとし。
彼がお盆にもどってくるよりも、わたしがあっちへ行くほうが早いかも。

※添付した画像はレコードジャケットに使われていた写真。
高貴とか知性とかいうものと無縁のポートレート。

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2010年8月12日 (木)

気になったこと

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ここんところわたしがよく観る番組といったら、民放のBSで 「世界・七つの海の物語」 シリーズがある。
これは自然科学ドキュメンタリーで定評のある英国BBC (イギリスのNHKだ) が制作した科学番組だけど、内容はちょっとBBCらしからぬ。
といってもけっして不満足な出来というほどでもない。
つまりわたしにとってオドロキがちと不足ということだ。
作りが安直すぎるみたいである。

番組は現代の世界の海がかかえる問題をまじめに告発するもので、ダイビングのシーンがたくさん出てくる。
わたしもかってダイビングに凝ったことがあって、海についてはいくらかの知識があるから、この番組で気になったことを少々。

シリーズのひとつにハナミノカサゴという魚が出てきた。
珊瑚礁にすむゆったりした動きの優雅な魚であるけど、こいつが外来種でやたらにまわりの魚を食べてしまうので、珊瑚礁の生態系にわるい影響を与えているのだそうだ。
しかし自然というのはバランスを維持する名人で、餌になる魚がいなくなるとそれを食べる魚も減ってしまう。
ハナミノカサゴに、生態系の責任をおわせるのはちょっと気のドクみたいに思う。
ちなみに、珊瑚礁に棲むのは特定の種かもしれないけど、ミノカサゴ自体は伊豆あたりでもそんなに珍しい魚ではない。

特殊な薬を使ってサメを撃退するというシーンもあった。
でも、なんとなく集まってきたサメを撃退する効果はあるかもしれないけど、いったん餌にかぶりついて狂乱状態になったサメを撃退する方法は、これまでのところ発見されてないというのがわたしの認識。

べつのシリーズのひとつには、南極海の温度が上がり、そのためにウニが増えてジャイアントケルプ(海藻)の森を侵食するので、やっぱり生態系に悪影響を与えているなんて話が出てきた。
だからウニの天敵であるイセエビを放流してケルプの森を守ろうというんだけど、これを組織だってやっているといわれると、なんか信用しにくいところがある。
放流するエビをトラックで運んでくるシーンなんて、組織だってやっているにしては効率がわるそう。

どうもこの番組は、問題を提起するのに極端な方法を使っているように思えてしまう。
人の耳目を集めるにはそのほうがいいのかもしれないけど、わたしのようなヘソ曲がりには納得できないことである。
ここはやっぱりデヴィッド・アッテンボローさんのお出ましを待つしかないか。
※画像はネットで見つけたミノカサゴ。

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2010年8月11日 (水)

お墓

知り合いが、このお盆はお墓の草むしりに行くという。
へえ、感心だね。両親の墓かいと訊いたら、いや、両親はまだ生きているという。
じゃ先祖代々の墓かいと訊くと、ウチは分家だからそんなものはないという。
それじゃあ何んなのだ。
なんでも両親が生前のうちに自分たちの墓を用意したのだそうだ。
へぇぇぇぇぇぇぇえとわたし。

ゴクロウサンなことである。
高い金を出して自分のお墓を用意しておこうという人の気持ちが、わたしには理解できない。
死んだあと、お墓には入りたくないというのがわたしの考えである。
何度かお葬式につきあったことがあるけど、火葬場で焼かれた骨が、墓地で墓石の下に収納されるのを見て、よけいその感をつよくした。
墓石の下の収納場所というのは、たいてい暗くてじめじめしている。
古い骨壷の中に水がたまっていて、新しい骨を収納するとき、ついでにその水を捨てるなんて場合もある。
ああ、いやだ、いやだ、いやだ。
そんな場所に収納されるより、海の中にでも散骨してもらうほうがどれだけ気持ちイイことか。登山の好きなわたしには、どこかの山の中にでも撒いてもらうほうがナンボ素敵なことか。

墓石に執念をもやす人は、たぶん自分の墓が子孫代々に大切に守られると信じているんだろうけど、わたしはむかし、奥多摩の山中で放置された古い墓を見たことがある。
銀杏の木の下で雑草におおわれた苔むした墓は、人間のいとなみのむなしさを如実に物語っていた。
そんなものさ。
墓は死者のためのものではなく、生者のためのものかもしれないけど、独身のわたしにはわたしの思い出を大切にしたいという人間はいそうもない。
だからわたしはそのときに、粉末となって海中に散っていく自分を、しょっちゅう夢見ているのである。

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2010年8月10日 (火)

茄子を食べる

茄子が美味しいというので、こんところしょっちゅう食べている。
皮をむいて電子レンジでチンし、おろしたショウガ醤油につけて食べるだけだから、無精者の酒のつまみにもってこい。
そういえば森鴎外も茄子が好きだったなと、茄子を食えば誰でも小説家になれるわけじゃないことは百も承知ながら、つい文豪に思いをはせてしまう。

茄子には有名なことわざがあって「秋茄子は嫁に食わすな」なんていう。
この意味がよくわからない。
ネットで調べてみると、秋茄子は嫁さんの体によくないとか、姑が嫁をいびることだなんて解釈が載っている。
夏野菜は体を冷やすので、秋になってからも茄子を食べさせると、妊婦の体によくないという説があるらしいけど、生で食うわけじゃあるまいし、焼き茄子や炒め茄子、味噌汁に入れた茄子が体を冷やすだろうか。
体を冷やすならキュウリのほうが、ちゃんと医療効果も認められているようである。

あまり美味しいので嫁に食わせるのはもったいないという説だって、たかが茄子である。
むかしの山村では貴重だった秋刀魚だとか、千疋屋のプリンスメロンなら話もわかるけど、茄子ごときを嫁に食わせないほどケチる気持ちがわからない。
嫁をいびるなら茄子ばかり食わせておくほうがよっぽど効果がありそうだ。

最近このブログの訪問者の数が多い。なぜかと思ったら、どうやらすこしまえに今野雄二さんのことを書いたかららしい。
著名人について書くと訪問者が増えるというのはごもっともだけど、茄子のことなんか書いていたんではまた閑古鳥の鳴くブログにもどってしまわないか心配だ。

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2010年8月 9日 (月)

オモダカの花

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知人が遊びにきたので、うちの近所がいかに野性にあふれたところであるか見せてやろうと、散歩に連れ出した。
ところが、ありゃりゃ。
いつも小魚がいっぱい泳いでいるはずの野川に、この日 (昨日の日曜日だ) はぜんぜん魚のすがたが見えない!
どうも魚たちはキミのことがキライらしいねと知人に冗談をいっておいたけど、これじゃこのブログを読んで、どれどれと出かけてくる人がいたら、わたしのことをウソつきだと思ってしまうだろう。
いったいどういうことなんだ。
時刻は日曜日の午後2時半ごろ。この時間帯にはお魚さんたちも午後の昼寝の時間なんだろうか。
とりあえず、大急ぎでとりつくろっておくけど、うちの近所に魚の観察にくる人は、平日の午前中にしてください。

写真はちょっとまえにこのブログで紹介したオモダカの花。
人ごみのあいだにたたずんでいる女学生のような、白い清楚な花でした。

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2010年8月 8日 (日)

近所の野性

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自然というのはタフなもので、ほうっておくだけでさまざまな動植物がもどってくる。
ぶらぶらと三鷹の里山を歩いていたら、川の中にドジョウとメダカと、ひげしか見えないけどザリガニがそろい踏み。
べつの場所ではウシガエルのオタマジャクシも見た。
もう足が生えかかっている。

カエルといったってあなどるなかれ。
ナショナル・ジオグラフィックが YouTube 上でその映像を公開しているけど、ウシガエルというのはなにしろ貪欲で、毒グモからサソリ、ネズミ、小鳥までなんでも食べてしまう。
http://www.youtube.com/watch?v=89TIZWEwDlY
うちの近所にほかのカエルがいないのは、こいつがみんな食べてしまったからかも。

今年の野川には、去年にもまして魚影が濃い。
こんなに魚の多い川は、田舎に行ったってなかなかあるまいと思うくらい。
サギやカワセミがときどきつまみ食いしてるけど、そのていどじゃ減らんぞ。
野性の動物が多いとこころにやすらぎを感じてしまう世代だからね、わたしゃ。

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2010年8月 7日 (土)

ゴダールの「軽蔑」

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ゴダールの「軽蔑」がテレビで放映された。
うわさには聞いていたけど、じっくり観るのは初めての映画である。
この映画には裏話があって、なんでも当時、女房のアンナ・カリーナといろいろ問題をかかえていたゴダールが、映画の主人公に自らを託して、未練たらしくうじうじくどくどというような映画らしい。
よほどのゴダール・ファンでないと観ちゃいられない、スリルも笑いもないつまらない映画であるけど、ゆいいつの見どころはすっぽんぽんのブリジット・バルドーである。
本来ならここはアンナ・カリーナがすっぽんぽんになるはずだったのだろう。
フランス映画が好きな人にとってはどっちのすっぽんぽんも捨てがたいけど、肉体的魅力ではBBのほうにわずかに分がある。
そのBBがちゃらちゃらした役どころでなく、ゴダール映画にふさわしいまじめな女性を演じているのがおもしろい。

ずいぶんいいかげんな映画評だけど、わたしはじつはゴダールのファンなのである。
人は彼の映画をして観念的でむずかしいという。
それでもいっこうかまわない。
彼の映画はストーリーではなく、全体から受ける雰囲気を味わうものだから。
ちょうど詩のように。
※写真はBBのお尻。

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2010年8月 6日 (金)

イカタコ・ウイルス

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バカなのか利口なのかわからない。
イカタコ・ウイルスを制作して、器物損壊罪で捕まっちゃった男のことである。
コンピューター・ウイルスを作れるほどの頭を持ちながら、やっていることがどこか子供っぽい。
そんなものを作るときには、ついでに損壊したファイルを復元するソフトもいっしょに作っておくことだ。
逮捕されてお白州に引き出されたら、おそれいりましたといってそれを差し出せば、警察もしようがねえなということで、悪質なイタズラということでカンベンしてくれたかもしれない。
これだけ優秀な頭脳をリクルートしない手はないということで、警視庁の電子犯罪課や防衛庁のコンピューター謀略課で雇ってもらえたかもしれない。
うん。やっぱりアホだな。

イカタコについて、これが彼のオリジナル・デザインなら、ほんわかしたユーモアがあってなかなかおもしろい。
なんかの商品キャラに使えば、お金だってどさどさ儲かったかもしれないのに。

※このブログはイカタコ・ウイルス汚染の心配はありません。

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2010年8月 5日 (木)

オモダカ

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先週あたり、ちょっと散歩をひかえていたら、いつのまにか田んぼの稲に穂がついていた。
いかにも夏らしい青空の下で、稲穂が風にそよぐさまを見ていると、また宮沢賢治の 「和風は河谷いっぱいに吹く」 を思い出してしまう。
しかしその詩はもうこのブログでふれたことがあるので、さておいて。

この季節から秋にかけて、水田にかわった形をした葉の植物がすがたをあらわす。
これはオモダカといって、日本では古来より沢瀉紋という紋章になっているくらいだから、なかなかおくゆかしい植物であるようだ。

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2010年8月 4日 (水)

今野雄二さん

昨日の新聞に今野雄二さんの訃報がのっていたな。
ひさしぶりに聞く名前だけど、かっての音楽評論家といったらいいか。最近はなにをしていたのかぜんぜん知らなかった。
自殺だというから、それについてはいくらか尊敬してしまう気持ちがある(わたしの困ったクセだ)。

わたしは若いころロックに凝ったので、そのころ、今野雄二という人のレコード批評もよく読んだ。
当時の彼は鼻下にヒゲをたくわえ、ファッション雑誌から抜け出たようないでたちで、ま、どこかうさんくさいところはあったものの、評論家としてはかなりの売れっ子だったと記憶している。
わたしの持っていたレコードの中には、この人が解説をしているものも何枚かあったはずだ。

ただ困ったことに、この人のレコード批評はあてにならない。
今野雄二が激賞するレコードというので、購入してイタイ目にあったことが何度かある。
批評家の批評など競馬の予想と同じで、そんなものをあてにするほうがわるいといわれればその通りだけど、わたしは他の批評家の批評もたくさん読んでいたから、どうしてもこの人の批評が独特だと思わないわけにいかない。
どういうことかというと、レコード会社が喜びそうな批評というか、わるくいえばタイコ持ちみたいな記事が多いのである。
批評家だってメシを食わなければならないのだから、レコード会社におもねる(そして報酬をもらう)、こういう批評もあるのかとわたしは感心してながめていたものだ。

自殺というかたちで人生の幕をおろしたことについては、ひょっとすると彼は彼なりの美学というものを持っていて、見た目はなやかな人生を演じるにはトシをとりすぎたということもあったかもしれない。
いや、それはわたしのことかも、という苦い感慨を含めて、最後の最後になって彼はわたしも納得できるかたちで人生を終えたようである。

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ブタの蚊やり器

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買ってきました。ブタの蚊やり器。
しみじみと感じるのは、日本の伝統美だなあってこと。
これで今年の蚊対策はバッチリだ。

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2010年8月 2日 (月)

電子書籍

わたしゃ電子書籍なんか読まんというかたい信念である。
だいたい iPad も持ってないのにどうやって読むのだ。
しかし変革の波にはあらがうことができないかも。
現在の紙の本の場合、作家の取り分は5パーセントだけど、電子書籍の場合は70パーセントだなんて新聞記事を読んだことがある。
これじゃあケンカにならない。
作家も商売だから、そのうちなだれをうって電子書籍に殺到するんじゃあるまいか。
わたしみたいな古いタイプの読書好きは、あんぐりと口をあけて傍観するのみ。
いまいましい。

しかし視点を変えればメリットもあるかも。
早い話がこのブログ。
こういう私文書を他人に読んでもらおうと思ったら、むかしなら自費出版するか、ミニコミ誌でも作って路傍で配るくらいしか方法がなかった。
いずれにしたって手間や経費がバカにならないから、モトをとるのさえ容易じゃない。
それがどうだ。
ネットに載せた小説が当たって、こっちの方面から売れっ子作家になっちゃった例もあるそうだ。
ネットに文書を書くのはほとんど無料だし、当たれば金になるのはネットの常識である。
金にこだわるのは本意でないにしても、そのうち個人の文書だってかんたんに電子書籍に変換できるようになるだろうし、そうなればわたしのように書きたがり屋にとっては、これはメリットである (世間にはメイワクかもしれないけど)。

あー、電子書籍の普及をよろこぶべきか悲しむべきか。
未来は混とんだな。

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2010年8月 1日 (日)

肩すかし

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尾崎喜八に 「美ヶ原熔岩台地」 という詩がある。
べつに好きな詩でもないからいちいち紹介しないけど、興味のある人は詩人の名前と詩のタイトルで検索すれば、ネット上で見つかると思う。

現代の美ヶ原には彫刻美術館がある。
わたしは近所にあるっていう縁で、たまに井の頭公園内にある北村西望の彫刻園に行ったりするけど、閉鎖されたせまい空間で見る彫刻と、だだっ広い青空の下の空間で見る彫刻では、受ける感動がまったくちがう。
彫刻なんかに興味がないという人も、美ヶ原のさわやかな高原風景はじゅうぶんに楽しめること請け合いである。
添付した写真は美術館からながめた景色で、彫刻の右奥に見えるするどくとがった山は槍ヶ岳だ。

昨日は新宿のエイサー祭りを見てきたので、それについて書こうかと思ったけど、去年も書いたのでもうネタがない。写真はべつのサイトで公開してしまった (ろくな写真がなかった)。
で、こないだ行ってきた美ヶ原の記事でごまかす。
期待した人はあまりいないと思うけど、たまにこうやって期待した人に肩すかしをくらわすのは気持ちがイイ。

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