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2010年10月

2010年10月31日 (日)

迷走

中国が迷走している。
温家宝首相が右往左往している。
先日、首脳会談をドタキャンした温首相が、一転、むこうのほうから懇談に応じたそうだ。
これはいったいどういう風のふきまわしか。

共産主義では一枚岩の中国も、その内部ではさまざまな勢力が拮抗し、せめぎあっている。
温首相が日本にあまい顔をすると、ケシカランという声がおこる。
あわてた彼が今度は日本にきつい言い方をすると、そりゃマズイぞ。アジア全体を敵にまわしてしまうんでねえかといわれる。
それをとりつくろうために、今回の懇談は、温首相がせいいっぱい曖昧に、日本との対話に踏み切ったようにみえる。
ここんところ最高指導者の胡錦濤サンの影がうすいのも、百家争鳴の中国で、立場やスタンスをあきらかにできないからじゃないか。

集団指導体制というと聞こえがいいけど、現在の中国では、ああいえばこういう・こういえばああいう理屈ばっかりにぎやかで、そのじつ肝心なことは何も決まらないという民主主義の弊害があらわれ始めたようにもみえる。
毛沢東や鄧小平サンのような強力なカリスマがいなくなり、しかも唐突な発展、国内の統制がつかず、政治家は収拾策を知らず、未来はバラ色どころかむしろ暗澹たるもので、内憂外患のこの国ではまた新たな混乱期が始まっているのかもしれない。
ちと危険な臭いもするけど、巨龍よ、おまえはいったいどこへ行くのかってとこだな。

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フェアトレード

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わたしは買物をするとき値段なんかあまり気にしたことがない。
それはわたしがお金持ちだからってわけじゃなく、ようするに経済観念ゼロの極端なずぼらだからなんで、スーパーに行くと品物の値札も見ずにかごに入れてしまうし、パソコンや音響製品を買うときも量販店のいいなり。
日本ではあらゆる店が値下げ競争をしていて、1円でも安くするために奮闘しているんだから、わたしみたいなおとなしい人間がごちゃごちゃいっても仕方ないだろうというスタンスである。
おかげで今年の野菜の暴騰なんか、知り合いのオンナの人にこぼされるまでぜんぜん気がつかなかった。

そういう人間だから 「フェアトレード」 という仕組みにもっと早く気がつけばよかった。
NHKのテレビなんかでときどき紹介されているから、この仕組みのことをまるっきり知らないわけでもなかったんだけど、昨日の夕刊にそれが取り上げられているのを見て、あらためて認識した。
※フェアトレードについて詳しい説明はしない。 ウィキペディアにも解説が載っている。

フェアトレードによる商品はいくらか値段が高くなるそうだけど、上に書いたとおり、わたしは値段にいとめをつけないずぼらな消費者だから、そういうことは気にしないのである。
もっと早くからこのマークつきの商品を買ってやればよかった。
というわけで、今回はどうどうとフェアトレード・マークを紹介してしまう。
こういうマークは大勢の人たちに認知されるのが重要だから、よもや著作権侵害だなんて文句はいわれないだろう。

ところでウィキペディアを読んでみたら、この仕組みの公平性をうたがう人もいるそうだ。
その根拠がどんなものかよくわからないけど、たしかに生き馬の目をぬく現代では、フェアトレード商品を扱っていますということを売りモノにする企業が現れても不思議じゃないし、そういう企業が自腹をけずって生産者のメンドウをみるかどうかも保証のかぎりじゃない。
ほんとうに途上国の生産者が裕福になっているのかと疑問をもつ人がいてもおかしくない。
だからといって、ウィキペディアに対し、この仕組みが善であるか悪であるか、両者の言い分を公平に載せろというのはどうかしら。
百科事典というのはそのものの本来の役割を解説すればこと足りるものであって、いちいち内容について議論をするところじゃない。
どうしてもというなら、末尾に
『この件については公平性に異論もあります』 という文言をつけ加えりゃいいだけの話に思えるけど。

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2010年10月30日 (土)

忘れえぬ人々の2

「忘れえぬ人々」の第2弾。
自衛隊にいたころ、艦(ふね)が房総の館山湾に仮泊したことがある。
そんな日の昼さがり、たまたま艦が休養日課だったので、わたしはヒマつぶしに艦橋にある望遠鏡であっちこっちのぞいていた。
自衛艦の望遠鏡というのは、よく観光地に100円入れると3分間観られる望遠鏡があるけど、あれとほぼ同じようなもので、海軍が必要にせまられて使うものだから拡大率はかなり大きい。もちろんお金はとらない。
拡大率が大きいというものの、艦の上から市内の銭湯がのぞけるほどじゃない。
それでも岬の突端でいちゃいちゃしているアベックなんかは見えるから、沖に自衛艦が停泊しているようなところでいちゃつく恋人同士は要注意だ。

時期は冬のころだったけど、館山という地域がら、たぶんそれほど寒くはなかったのだろう。
わたしは白いセーターとタイトスカートの(たぶん)若い娘が、幼児の手をひいて海岸をぶらついているのを見つけた。
それだけである。
さすがの艦の望遠鏡でもそれ以上のことはわからない。
顔もわからないし、この2人が親子なのか姉弟なのか、それとも近所の子供を遊ばせている女子高生なのかどうかもわからない。
それでもわたしは自分で勝手に、この娘がとっても美人で清純で魅力的な子であると決めつけてしまった。
想像力がひとり歩きしてしまうという性癖は、どうもそのころからわたしの欠点だったようだ。
とうぜんながら艦の上から、呼べど叫べど海岸まで声がとどくわけもない。
SFの中には、顕微鏡の中に発見したもうひとつの世界に住む女性に恋する男の物語があるそうだけど、それといっしょで、わたしとこの娘はぜったいに手のとどかない別々の世界に住んでいたようなものだ。
なぜかこの娘のこともたまに思い出すから、彼女も「忘れえぬ人々」のひとりである。

そんな縁もゆかりもない娘のことをよくおぼえているものだと言われそうだけど、なにしろわたしの青春時代は、いまほど男女がかんたんにくっつく時代じゃなかっし、おまけにわたしはそうとう晩生のほうだったから、すぐにくっついた娘の思い出というものはあまりないのである。
もっとも、すぐにくっついていたら、この記事も「忘れえぬ人々」ではなく「早く忘れたい人」になっていたかも。

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2010年10月29日 (金)

忘れえぬ人々

国木田独歩に「忘れえぬ人々」という短い小説があって、人生のとちゅうで見かけた、言葉を交わしたわけでもない他人の思い出について書いていた。
わたしは自然主義文学や独歩についてあまり関心がないので、内容はほとんど忘れてしまったけど、いくつか気になる個所があったと記憶している。
たとえば瀬戸内海をゆく船の上から、たまたま見かけた島の海岸で漁採りをする男のことを書いている。
このあたりは三好達治の「春の岬旅のおはりの鴎どり」のうたとの共通点が感じられて、なかなかすてきなところだ。

わたしが若いころ海上自衛隊にいたことは、このブログでも何度か書いているけど、そのころの思い出にこんなものがある。

当時、横須賀に勤務していたわたしは、日曜日になるとひとりでよく横浜あたりへ遊びに出かけた。
あるとき、帰りは京浜急行のバスに乗って国道16号をのんびり走っていたんだけど、たまたまバスが信号待ちで停まった。
手持ちぶさたで外をながめると、道路のすぐわきの庭木の多い民家の2階で、ガラス戸の内側に白いブラウスの少女が立っているのに気がついた。
中学生か高校生ぐらいの女の子で、ブラウスの下に肩ひものついた黒いスカートをはいていた。
バスの中から声をかけられるわけもないし、そもそも相手がわたしに気がついたかどうかも定かじゃない。
ただ少女の表情が、魔法使いによってお城に幽閉されたお姫様のように見えたので、つい見とれてしまったのである。
じっさいには彼女は、前日に食べた石焼きイモのことでも考えていたのかもしれない。
バスが発車したのでわたしたちはそれっきりになった。
その後何度か同じ路線のバスに乗ったけど、とうとう彼女を見かけることはなかった。
白いブラウスがまぶしかったあの少女も、いまでは孫がいてもおかしくない歳になっているはずだ。

わたしの思い出の中にはこんな少女、女性がたくさんいる。
彼女らが忘れえぬ人々である証拠に、ときどき、なにかのきっかけでふと思い出すのである。

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2010年10月28日 (木)

大雨

民主党が仕分けに熱心。
こんなもの必要なんですか、どうして作らなくちゃいけないんですかと、美人(とされる) レンボウ (蓮舫) さんの口舌はいよいよ鋭いけれど、おりあしく水害と台風のダブルパンチ。
仕分けと水害がなんの関係があるのか。
おおありのコンコンチキ。
先日の水害ニュースをラジオで聞いていたら、ホントかうそか、奄美大島では100年に一度という雨量予測の倍、つまり200年に一度?の大雨が降ったそうだ。
それみたことか。やっぱり河川工事やダム、スーパー堤防事業は必要なんだと、国土交通省に反論されてしまいそう。
最近の異常気象のことを考えると、防災にもっとじゃんじゃんお金を使うべきだという主張にはかなり説得力があるもんねえ。
国民はともかく、天は民主党に味方してないみたい。

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要注意

わたしのブログもだいぶ世間に認知されてきたのか、最近はコメントやトラックバックがちらほら。
しかし建設的な意見やお知らせはあまりなくて、イヤラシ系や商品販売用のサイトの宣伝が多いのがケシカラン。
昨日のコメントはブランド時計の宣伝だったけど、本物のオメガやロレックスならうれしいが、これがなんとコピー商品ばっかり。
おおかた香港あたりから仕入れたインチキ商品を通販しようってんだろうけど、あらかじめコピーとことわっておけば免罪符になるってわけじゃないことを、このサイトの経営者はわかってないようだ。
だいたい他人のブログでそんなもん宣伝しやがって、えっ、売れたらいくらかくれんのか。

眼にあまるイヤラシ系以外は、こちとら、むやみに削除しない主義だけど、わたしのブログに宣伝が載っているから、わたしも品質保証に一枚噛んでいるなんて、賢明なみなさまはぜったいに思わないでチョーダイ。

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2010年10月27日 (水)

ロッキング・チェア

おだやかな陽のあたる秋の日になると、ついロッキング・チェアを想像してしまう。
よく西部劇なんかで家のまえのテラスに椅子を出して、そこに座ったまま日がな1日通りをながめている老人が出てくるけど、あの前後にゆらゆらゆれる椅子のことだ。

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このゆり椅子をタイトルにした有名な歌がある。
ルイ・アームストロングがうたっている 「ロッキング・チェア」 である。
さいわいなことにわたしの家にはDVDの 「真夏の夜のジャズ」 があるので、歌だけじゃなく、映像でこの歌を観ることができる。
この映画の中で黒人のルイ・アームストロングは白人のジャック・ティーガーデンとデュエットでうたう。
歌も感動的だけど、時代を考えればこうした背景にも感動してしまう。

歌の内容は年老いて棺桶に片足をつっこんだ親父とせがれの対話である。
親父はゆり椅子に横たわりながら、オレが死んだらきれいな馬車で送ってくれとせがれに頼む。
まかせとけよとせがれ。
ただし、これが幸福な老人の晩年じゃないことは歌詞からわかる。
現代なら、さしずめホームレス老人がいまわのきわに見た、なつかしい家族の夢といったとこだろうか。
秋になるとつい秋めいたことを考えてしまうものである。

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2010年10月26日 (火)

また鳩山クン

鳩山クンがやっぱり政治家をやめないと言い出して、マスコミに叩かれている。
わたしは彼の資質を認める人間なので、そういう軽薄な風潮にのって彼を叩こうって気にはならない。
冷静に彼に提言するんだけど、彼は政治家よりも吉本興業にリクルートすべきである。
もってうまれた天賦の才というやつを、いたずらに地中の玉にするなかれ。
彼にはコメディアンの才がある。
もと相撲取りとか体操選手のコメディアンはいても、もと総理という経歴の芸人はいない。
売れっ子になることはまちがいない。
さいわい奥さんにもそっちのほうの資質が認められるので、夫婦で漫才コンビを組んで、時事ネタでもやったらどうか。
お金ががばがば儲かって、もうお母さんに生活費を援助してもらう必要もなくなるし、国家天下のためにも、ああ、どれだけ役に立つことか。

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朝の歌

仕事がら、おきるのが午後になってしまう場合がある。やれやれである。
今日の心境を詩に託せば、中原中也の「朝の歌」ってとこだな。

  天井に 朱〈あか〉きいろいで
    戸の隙を 洩れ入る光、
  鄙(ひな)びたる 軍楽の憶ひ
    手にてなす なにごともなし。

  小鳥らの うたはきこえず
    空は今日 はなだ色らし、
  倦(う)んじてし 人のこころを
    諫(いさ)めする なにものもなし。

  樹脂〈じゅし〉の香に 朝は悩まし
    うしなひし さまざまのゆめ、
  森並は 風に鳴るかな

  ひろごりて たひらかの空、
    土手づたひ きえてゆくかな
  うつくしき さまざまの夢。

この詩を理解する人だけがわたしの今日の心境を理解してくれんじゃないか。とほほ。

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2010年10月25日 (月)

日月山

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この夏はあっちこっちのチャンネルで、マッターホルンだとかギアナ高地、ボルネオのキナバルなんて登山番組が放映された。
わたしは山登りが好きなので、こりゃいいと、さっそくかたっぱしから録画させていただいた。
トシのせいか、旅行でも登山でも、こうやってテレビを観て行ったつもりってのが目立つよな、最近は。

マッターホルンは登山家のあこがれの山らしいけど、テレビを観ていても登山者や観光客が多いのがちょっと気にいらない。
わたしの理想はそういう余計な人間がいない静かな山をひとりでぶらぶらすることである。
孤独な登山の素晴らしさは、それを愛する人や体験した人にしかわからない。
そういう点では、ギアナ高地もキナバルも似たようなもん。
世界の中の、およそしろうとが登れる山という山のすべてが、初もの好きのトレッカーたちによって静寂をやぶられているようだ。
どこかにひとり静かに登れる山はないものか。

そんなわがままなわたしにとって、あこがれの山は中国にある。
広大な中国大陸には、いまだ登山家や観光客の足あとがまれな山がいくつもある。
2005年にわたしは中国の青海湖あたりをぶらぶらして、日月山という秀麗な山を見た。
この山に登ったという記録をみたことがないから、ひょっとするといまだかって(公けには)征服されたことのない処女峰かもしれない。
現地のチベット族やモンゴル族が登っていたとしても、それはせいぜい沈黙を旨とする猟師や薬草取りぐらいのものだろう。
中国にはそんな未登峰がたくさんあるのである。

ただ、わたしは無謀な登山をつつしむ意気地なしの登山家だから、とてもロッククライミングまがいのことをしてまで山に登りたいとは思わない。
わたしの登山は思索であって、スポーツではないといったらカッコつけすぎだけど、日月山はそういう点でも、なだらかな草原がそのまま山に続いていて、マッターホルンよりずっと楽に登れそうに見えた。
ひとつ出かけるかと思ったけど、うーん、人生をもういちど、30歳ぐらいからやり直さないと無理だろうな。
体重増加だし、登山靴もカビが生えちゃってるし。
だいたい名前からするとそのへんのハイキング・コースみたいな山だけど、土台が高いから、この山は富士山より高いかも。

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2010年10月24日 (日)

戦場のピアニスト

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「戦場のピアニスト」 という映画を観た。
テレビで放映されたものだからタダである。
ひと目観て傑作だと思った。
ふた目観たときにはもう冷静になっていたので、そうは思わなくなっていた。

これはなんとかいう実在のピアニスト、彼はユダヤ人なので第二次世界大戦でドイツによる迫害をうけるのだけど、その体験を描いた実話だという。
映画の前半はワルシャワにおける悲惨なユダヤ人の生活ぶりと、ドイツ軍の残虐ぶりが際立っていて、たいていの人が感動してしまう出来だ。
後半は隠れ家にひそむピアニストの隠遁生活が描かれる。
彼のひそんだ建物のベランダから、ドイツ軍と抵抗組織の闘いが見下ろせる。
戦争はひとりぼっちのピアニストと無縁のところで、どんどん推移していくのである。
無力な芸術家が戦争にかかわることもできずに、高みからそれをながめているという描写はわるくない。

やがて抵抗運動が鎮圧され、ピアニストはこんどは廃墟となったゲットーの建物の中にひそむことになる。
ヒゲもじゃでホームレスのようになった彼は、ここでついにドイツ兵に発見されてしまうのである。

で、どうなるかというと、ピアニストを発見したドイツ軍の将校は、彼のピアノを聴いてたちまち尊敬の念をいだき、彼が生き延びるために尽力する・・・・・・・・
ということなので、この映画はピアニストとドイツ軍将校の友情のようなものがテーマだろうと思っていた。
ところが肝心のその人間心理が、この映画ではふかく追求されているとはいいがたい。
将校はいちどピアノを聴いただけで、たちまちピアニストに同情し、2度ほど食料を運んでやるのだけど、それだけでこんどはロシア軍の侵攻のために撤退していってしまう。
このあたり、予想していたほど2人の関係が克明に描かれているわけではない。
あっさりしていてもの足りないのである。

別れしなに将校は、神のご加護をといって去る。
なかなか剛毅で人間味のある軍人のようなので、わたしはてっきりこれが彼らの今生の別れになるものと思った。
ところがこの将校は映画の最後になってもういちど登場する。
ロシア軍の捕虜収容所で、たまたま通りかかったポーランドの音楽家に、わたしはなんとかいうピアニストを救ったことがある、彼に伝えてくれと哀願するのである。
なんだか女々しい。みっともない。

ロシアの映画で 「僕の村は戦場だった」 という作品があり、ここではドイツ軍との戦いに志願した少年が、敵地に潜入して行方不明になってしまう。
戦後、少年を知るロシア軍の兵士が、ドイツの捕虜収容所で少年が処刑された痕跡を発見するのである。
悲しみが骨身にしみいるような映画だった。
「ピアニスト」 でも、戦後になって手紙や写真などで、かっての友情を思い出すというような展開のほうが、悲劇がきわだったような気がしてならない。
最近の映画の中ではなかなかマシなほうだと思うけど、そういうわけでわたしは傑作という評価をひっこめてしまうのである。

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2010年10月22日 (金)

タマゾン

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なんかブログネタはないかと新聞を開いたら、「外来魚の川タマゾン」 だって。 あははは。
と笑っている場合じゃないよな。
タマゾンてのは東京の多摩川にアマゾンだのアフリカだのの外来魚が増えているってことのひっかけだけど、いま国連地球生きもの会議で、世界各地の生態系が乱れていることがいろいろ問題になっているらしい。
このブログでも、08年の7月5日に近所の野川で、トゲスッポンという外来種のスッポンを見かけたことを書いたことがある。
またゲンコツくらいあるモクズガニ (上海蟹もこの仲間) を見たこともあり、そのことを08年4月7日の記事にしたこともある。
トゲスッポンは写真があるから確かだけど、モクズガニについてはその後いちども見ないから、証拠がない。
そう思っていたら、わたし以外にも近所でそれを見たという人のブログが見つかった。
http://www.saitosatoshi.com/archives/2007/11/c_et071111.html
時期的にみて、ひょっとするとわたしが見たものと同じカニだったかもしれない。

スッポンもカニも見たのはいちどだけで、それっきり見かけないから繁殖せずに終わったらしいけど、わたしの近所でもそういうものが不法に投棄されているってのは、うん、動物園みたいでオモチロイ。
なかなか深刻になれなくて困るよな。 生態系についちゃ。

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2010年10月21日 (木)

幾何級数の威力

またひとつ。アイザック・アシモフの話題。
SF作家だからとうぜんSF作品が多いけど、彼の作品のもういっぽうの柱は、むずかしい科学をやさしく解説した科学エッセイ・シリーズである。
アシモフの科学エッセイは早川書房や社会思想社から、文庫本で少なくても14冊出ている (現在でも刊行されているかどうかはしらない)。
14冊というのは、わたしの持っているのがそれだけということだ。
どのエッセイもたいていはユーモアのある前置きから始まるので、この部分を読むのが楽しみというファンも多い。

そんな彼が 「幾何級数の威力」 という科学エッセイを書いたのは1969年だから、いまから40年ほどまえのことだ。
幾何級数というのは1の倍が2、2の倍が4、4の倍が8、8の倍が16というネズミ算のことであるらしい (わたしは数学者ではないのでくわしいことは知らない)。
この文章のなかでアシモフは幾何級数の威力を最大限に活用して、人口増加とその先にある破滅的な未来について警鐘を鳴らしている。
1969年当時は、これは人類にとって核戦争よりもおそろしい、確実に迫りくる脅威だったのである。

アシモフの警鐘とはどんなものか。
当時 (1969年) のスピードで人口が増えていった場合、地球が人間でいっぱいになるまでに、あと何年かかるかという計算がそれである。
この場合の “地球が人間でいっぱい” というのは、日曜日の歩行者天国ぐらいの密度で、海の上まで板をはりめぐらせて、地球表面のどこもかしこも人間が立った場合ということになる。
地球の表面積にその人口密度をかけて、ここまで人間が増えた場合、アシモフは地球の人口は20兆人になっているだろうと計算する。
それはいったい何年後のことなのか。
ここで登場するのが幾何級数である。
それは600年後だという。
ええっ、そんなに近いの!と驚いた地球人のひとりがわたしである。
アシモフの計算はさらに極端にまで進んでいって、この宇宙全体のあらゆる惑星、恒星の表面が人間でいっぱいになる日を計算してみせる。
それもけっしておどろくほど遠い未来ではないのである。

まあ、そんな極端まで到いくまえに人間は核戦争かなんかで絶滅しているだろうから、これは杞憂というものだけど、このエッセイそのものは読んでなかなかおもしろかった。

アシモフの計算から40年ばかりすぎた。
今では、なんと人口減少が問題なんだそうだ。
人口増加を抑えさえすれば地球の未来はバラ色のはずだったのに、少子化が騒がれている現在では、民族問題、資源争奪戦、環境汚染などで世界はますます混迷の度を深めているようにみえる。
中国やインドのような人口大国を含む世界中の国が、アメリカや日本のような消費大国をめざしているのだから、はたして地球のエネルギーはいつまでもつのかいと心配になってしまう。

アシモフが生きていたら、幾何級数を使って、今度は地球のエネルギーが枯渇するまでの時間を計算してみせるだろう。
そのころには代替エネルギーがあるはずだって?
アシモフのことだから、たぶん全宇宙のありとあらゆるエネルギー源が枯渇するまでを計算してみせるんじゃないか。
それはわたしたちが愕然とするほど近い未来かもしれないぜ。

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2010年10月20日 (水)

スキューイーズ数

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だいぶ以前だけど、NHKの 「クローズアップ現代」 で、「なぜおとろえた、考える力」というテーマを取り上げたことがあった。
最近の子供たちは自分の頭で組み立てる抽象的な問題によわいんだそうである。
番組の中に、1000000000000 (1兆) なんて数字が出てくるともうわからないなんて話が出てきた。
わたしもこれだけゼロが多いと、まちがえないよう何度も数えて、目がちらちらしてきたくらいだから、あんまりエラそうなことを言えないけど、この番組からべつの話を連想した。

SF作家アイザック・アシモフのエッセイにスキューイーズ数というものが出てくる。
これはこれまで人類がなんらかの計算のためにあつかった数字のうち、もっとも大きいものだそうだ。
大きい数字というと、たとえば地球から月までの距離、太陽から冥王星までの距離、それらを全部ひっくるめた太陽系のはじからはじまでの距離、そういう太陽系を全部ひっくるめた宇宙の果てから果てまでの距離、目線を変えて、そういう宇宙の果てから果てまでに含まれる水素原子の数なんて数字が思い浮かぶけど、スキューイーズ数はそんな小さな、かわいらしい数字ではないんだそうだ。
こんな大きな数字になると、もうソロバンやコンピューターによる計算でさえ現実的ではなくなり、抽象的、観念的なものの考え方をしないことには、その大きさを把握するのはむずかしい (らしい)。

このスキューイーズ数を数式であらわすのはむずかしくない。
それは10の10乗の10乗の34乗である。
なんだ、それっきりかという人がいるかもしれないけど、これを乗べきを使わないゼロを並べた数字にしようと思うと、とたんに現実的ではなくなってしまう。
たとえば10の5乗は、乗べきを使わずにゼロを並べると10×10×10×10×10で100000になる。
同じようにスキューイーズ数をゼロを並べて書こうとすると・・・・・・

ここでアシモフはそれを試みる。
しかし計算の途中でこれがとんでもない無謀な行為であることがわかってくる。
このゼロを水素原子 1個分の大きさで書いていっても、書き切るためには地球の表面積に等しい広さが必要になり、しかも、ゼロひとつを一兆分の 1秒で書いていっても、全部書き終えるには 1000兆年もかかるというのである。
しかもこれは終わりではない。
スキューイーズ数はこのまだはるか彼方にそびえているのである。
想像力の豊富さが問われるような数字なのだ。
そんな数字を何に使うのかといわれても、専門家でも塾の先生でもないわたしには返事のしようがない。
世間にはこんな計算をしてよろこんでいる人もいるってことなんだろう。

わたしは疑りぶかい人間といわれているけど、さすがにホントかどうか確認してみようって気にはならなかった。
しかしこういう話を本で読むのは好きである。
たまにはこんな役に立たないことを考えると、脳みそ内の拡張になるんでないか。

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2010年10月19日 (火)

今年のハナシュクシャ

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07年の8月26日のこのブログで、ハナシュクシャ (花縮砂) という花にふれたことがある。
散歩道の川べりにこの植物が、くきが横倒しになって半分水につかっている状態で花をつけていたので、タフな花だなあなんて感心したもんだけど、その後もやっこさんはますますタフ。
枯れるどころか、逆に葉をのばして、また今年も華麗に自己を主張している。
近所ではあまり見かけない花だし、まして野性化したものなんてめずらしいというわけで、3年ぶりにまた紹介してしまう。
背景に写っているのは大沢村の水車小屋だ。

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2010年10月18日 (月)

美しく青きドナウ

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「美しく青きドナウ」 は、なんせ年にいちどのウイーン・フィルの新春コンサートで、トリに演奏されるくらいだから、ウインナ・ワルツの名曲であることはまちがいない。
ワルツは円舞曲と訳されるので、これを聴くと王宮での優雅な舞踏会のようすを連想する人が多いんじゃないだろうか。
じっさい新春コンサートでも、演奏の背景に着飾ったウィーンのダンサーたちの踊りが流されることが多い。
そんなイメージの 「青きドナウ」 だけど、現代のファンにとっては、ぜんぜん場違いなものが連想されることになってしまった。
映画 「2001年宇宙の旅」 で、この曲がBGMとして使われたからである。

先日、デジタルになってまた録画したのを機会に、この映画について書かれた 「メイキング2001」 という本を読み返してみたら、公開当時このミスマッチを非難する声が多かったことがわかった。
なんで未来を描いたSFに、19世紀の円舞曲が使われなくちゃいけないのか。SFだったらSFらしく、現代音楽でも使うべきじゃないかということである。

この映画では人工衛星とスペースシャトルがドッキングする場面で 「青きドナウ」 が使われている。
この場面が衛星とシャトルがワルツを踊っているようにみえるから、わざとワルツを使ったという意見もあるけど、それはたぶん、たまたまの偶然だろう。
「2001年」 をつくった映画監督のスタンリー・キューブリックは、既成の音楽を効果的に使うのがじつにうまい監督だった。
「博士の異常な愛情」 や 「シャイニング」 では古いポピュラーが使われ、「バリー・リンドン」 でもクラシックが使われてしみじみとした情感をただよわせている。
「2001年」 ではやはりキューブリックの感性がこの曲を選ばせたというしかない。
キューブリックの影響のせいだと思うけど、その後日本の黒澤明も自分の映画で既成のクラシックを使ったことがある。
こちらはあまり感心しなかったから、やっぱり誰でもできることじゃないのである。

キューブリックは 「2001年」 のBGMを、当初は作曲家のアレックス・ノースに依頼するつもりだったという。
経歴を調べると、ノースという人はエリザベス・テイラーの 「クレオパトラ」 や、キューブリックの 「スバルタカス」 なんて映画の音楽を担当しているから、それなりハリウッドでは有名な人だったらしいけど、最終的にキューブリックは彼の書いた下書きやスコアをボツにしてしまった。
ノースにとっておもしろはずはないから、彼も腹いせに?ミスマッチを非難している。
しかしいまでは少なからぬ人たちが、少なくともわたしにかぎれば、どこで 「美しく青きドナウ」 を聴いても、とたんに宇宙空間とそこを飛び交う人工衛星やスペースシャトルを連想してしまう。
「2001年」 はその圧倒的な重量で、ローラーのように非難や中傷を押しつぶし、平らにならして、クラシックな円舞曲を未来を描いたSFと同化させてしまったのである。
キューブリックの勝ちだ。

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2010年10月15日 (金)

アケビ

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あらわれた得体のしれないもの、どこかサルのふぐりにも似たこの物体。
正体は果物のアケビである。散歩していて見つけた。
熟すとパックリ割れるんだけど、ひと目につきやすいところにあるから、そのころは誰かに食べられてしまっているだろう。
だいたい、つぎの散歩まで残っているかどうかもわからない。

アケビというと宮沢賢治の 「春と修羅」 という詩が連想される。
というとウソである。
詩のほうは詩人が頭をしぼって構築した堅固な言語の羅列だけど、天然のアケビはただのんべんだらりんとぶら下がっているばかりである。
だからただのこじつけだけど、いちおう詩のほうもすこしだけ紹介しておこう。
長い詩だけど、全文はネット上の青空文庫でタダで読める。 むずかしくって読めない漢字には、原文ではちゃんとルビがふってあります。

  心象のはいいろはがねから
  あけびのつるはくもにからまり
  のばらのやぶや腐植の濕地
  いちめんのいちめんの諂曲模様
  (正午の管楽よりもしげく
   琥珀のかけらがそそぐとき)
  いかりのにがさまた青さ
  四月の気層のひかりの底を
  唾し はぎしりゆききする
  おれはひとりの修羅なのだ

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2010年10月14日 (木)

ミドウィッチ村のカッコー

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ここんところNHKのBSはSF映画の特集で、おとといが 「2001年宇宙の旅」 なら、昨夜は 「アンドロメダ」 という、今となっては古典の範疇に入りそうな作品が放映された。

「アンドロメダ」 は、ある日とつぜん、特定の地域の住民が原因不明のまま死滅してしまうというミステリー仕立てのSFである。
初公開時に観たおぼえがあるけど、出だしはなかなかおもしろいのに、最後がちともの足りなかったという記憶がある。
ただ、新型細菌や核物質に汚染された場合、いかように対処するかという方法が、微にいり細をうがって描かれているので、そういうものに興味がある人にはおもしろいかも。
わたしもむかし海上自衛隊にいたころ、核戦争で艦が死の灰まみれになった場合はどうするかという訓練をやらされたことがある。

この映画を観ているうち、もうひとつの映画を思い出した。
英国の小さな田舎の村で、ある日とつぜん村民がみんな昏睡状態になってしまう。
救助隊が派遣されても一定の距離まで近づくとみんなバッタリ。
原因がわからずに右往左往するうち自然に昏睡状態は解消するのだけど、その後の村民に異常な事態が発生する。それも女性ばかりに。
これだけいえばおわかりの人もいるいるだろうけど、「光る眼」 という1960年の古いSF映画である。
なにしろモノクロで、宇宙人も恐竜も、とうぜんパソコンも出てこない地味な映画なので、日本じゃあまり話題にならなかったようだけど、これはSF映画の傑作である。
と、わたしは信じている。
ただし、その後リメイクされて、アホらしいホラー映画にもなっているから間違えないこと。

「光る眼」 の原作は英国のSF作家ジョン・ウィンダムの 「ミドウィッチ村のカッコー」 で、カッコーは托卵という習性でしられる鳥である。
このタイトルが映画の内容を暗示しているのに、英語版でもタイトルにこの言葉は使われてないようだ。
原作通りのタイトルじゃ自然科学のドキュメンタリーになっちまうと思われたのか。
ちょっと残念なので、せめてこのブログでは原作のタイトルを使うことにした。

ミステリー仕立てだから結末を話すのはつつしむとして、べつの視点から感じたことを書くと、映画のなかに金髪、いや、モノクロだから銀髪ってことになるけど、そんな少年少女のグループが登場する。
このうちの銀髪のクールな少女が、どこかエロチックで不思議な雰囲気をただよわせていた。
「ぼくのエリ」 の項でもふれたけど、どういうわけかわたしは幼少のみぎりから、そういうものにひじょうに敏感だったようである。

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2010年10月13日 (水)

2001:A SPACE ODYSSEY

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「2001年宇宙の旅」については、わたしは市販されているDVDも持っているし、アナログ時代にテレビ放映されたものを録画して、DVDに焼いたものも持っている。
監督のスタンリー・キューブリックは、完成したあとの映画にはあまり興味がなかったようで、これだけの名作にもかかわらず、VHSビデオになったのもDVDになったのも、それらが販売されたもっとも初期の段階だった。
VHSビデオなんか、アダルトとこの映画のおかげで普及が早まったと、わたしは確信しているくらいだ。
いまこの映画は廉価版になって、ひと山いくらで売られている。
うれしいようなバカバカしいような複雑な気分である。

昨夜はデジタルになって最初の放映だった。
どうするかっていうと、また録画したから、またDVDに焼くんじゃないか。
そんなに同じ映画を集めてどうするかっていわれるとウーンだけど、とにかくわたしにとって、「2001」は、かけ値なしに生涯最高の映画なのである。
メカに凝ったCG多用のSF映画が氾濫する現代においては、べつにどうってことのない映画じゃないかと思う人がいるかもしれない。
しかし初公開時にシネラマで観たわたしの衝撃は、とてつもなく大きかった。

熱が入りすぎて、友人に観るよう、いくらか脅迫的に迫ったことがある。
友人はずるいやつで、奥さんを代わりに観に行かせ、自分はそのあいだパチンコをしていたらしい。
あとで彼女にどんな映画だったいと聞いたら、ぜんぜん意味がわからなかったと答えたそうだ。
まあ、監督のキューブリック自身が、意味はこれを観た人が勝手に解釈すればいいといってるから、わたしも(もちろん自分なりの解釈はあるけれど)意味なんぞにはふれない。
わたしがこの映画を好きなのは、映像の美しさ、テンポのゆるやかさ、マンガ少年だったわたしが、子供のころに空想した宇宙旅行が、そっくりそのまま目の前に現れたことによる。
このうちのゆるやかさというのが重要で、だいたいわたしらの世代は、最近のやたらめったら目まぐるしいCG映画にはついていけないのである。

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公開当時さまざまなメディアが、賛否両論のさまざまな意見を述べたことは、その後にジェローム・アジェルっていう人がまとめた「メイキング2001」に詳しく書かれているけど、この映画をまっ先に評価したのは、当時のヒッピー文化を代表する音楽家や画家(たとえばジョン・レノン)などだった。
この手の連中は、こむずかしい理屈よりも、直感的に目や耳からの刺激に反応するようで、逆にいえば「2001」の素晴らしさは、あまり意味や理屈にこだわる人には理解できないものかもしれない。
美しい映像と魅惑的な音楽が、わたしをしばし陶酔の世界にいざなうこの映画は、どこかの誰かさんが言ったように、ドラッグ体験ツアーとして観たって価値があるのに、である。

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2010年10月12日 (火)

山歩き

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山に行ってきました。むかしの山仲間の納会に誘われたもんで。
出発当日は、各地で大雨予報が出るようなうれしくない天気。
トホホな気分であることは、このブログにも書きました。
でもその日の昼にはすでに天気は回復の気配で、歩き始めたころには雲に切れ間も。

今回の目的地は、東京からみて、日光の裏のほうにある、八丁の湯、加仁湯、手白沢、日光沢という秘湯群。
秘湯とはいうものの、山好きな人なら誰でも知っている、奥鬼怒四湯とよばれる山あいの温泉地です。
この四湯のまわりの紅葉はまだちと早い感じだったけど、都会からそういうものを求めてやってきた善男善女でかなりにぎやか。
わたしたちの宿は日光沢温泉で、四湯の中ではほかの温泉がみんな近代化されてしまったのに、ここだけがまだ山小屋の雰囲気を色こく残している。つまり、みすぼらしいってコト。
それが貴重という山岳人のために現状維持も価値がありまする。

ま、ほどほどに歩いて、てきとうに呑んで、腹いっぱい食って、ぐっすり寝てきましたって感じ。
うっ屈した精神と、停滞した脳みそ内の血液の活性化には役に立ったみたい。
翌日は最高の登山日和で、それこそ鼻歌をうたいながら下山しました。

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2010年10月 9日 (土)

キンモクセイ

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雨に降りこめられて、せっかくの土曜日を家でカンヅメ。
行きたくないけど、明日から山登りに行くのだ。
温泉宿を予約しちゃったので中止するわけにもいかない。
トホホなのだ。

最近写真が少ないのが気になるので、たまには写真を載せておこう。
キンモクセイの花言葉は、「謙遜」、「真実」、「陶酔」、「初恋」 だそうだ。
べつに脈絡のない言葉を並べただけみたい。
欲張らずにこのうちのひとつを選ぶとしたら、どれがふさわしいだろう。
甘酸っぱい香りから 「初恋」 を選ぶ人が多いかもしれないけど、初恋にしちゃちょっと濃厚すぎる香りだよなあ。

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トゥルー・ヌーン

世間にはBSを観られないという気のドクな人もいるらしいので、先日録画したアジア・フィルム・フェスティバルの出品作 「トゥルー・ヌーン」 という映画について書く。

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舞台はソ連崩壊当時のタジキスタンの山村である。
この村にはソ連の気象観測所があり、ソ連人の老技師がひとり放置された状態で勤務している。
そんな彼と、ゆったりしたペースで生活していた村人のところへ、いきなり軍隊がやってきて、村のまん中に鉄条網で柵を作ってしまう。
指揮官がいうのには、国が独立して今日からここが新しい国境に設定された。
村民は30分以内にどっち側の村に帰属するか決めろと、ムチャな話。

この映画はてんやわんやの騒動になる村人たちの悲喜劇を描いている。
といいたいけど、喜劇の要素はちと希薄。
これを強調すればもっとおもしろい映画になりそうだったけど、このあたりがNHK出資映画の限界か。

映画の終りのほうに、老技師の努力でようやくいっしょになれた、引き裂かれた恋人同士の結婚式がある。
これもNHK出資映画のお約束事項。
つまり結婚式やお祭りや伝統行事などを映画に取り入れて、その民族の文化やめずらしい風習を紹介することが望ましいということなのだろう。
しかし、けっして出来のわるい映画ではない。
最近のご都合主義のアメリカ映画なんぞに比べれば、なかなかの感動作といっていい。
映画について、きわめてキビシイわたしが絶賛したくなる要素もある。

村の男たちはつばのない帽子をかぶり、女性たちは頭にスカーフをまいて、独特のパターンのワンピースを着たり、スカートの下にズボンをはくといったイスラム・ファッション。
これはわたしが行ったことのある中国の新疆ウイグル自治区とよく似ている。
そう思って調べてみたら、タジキスタンという国はウイグル自治区のすぐとなりの国だった。
物語の背景は雪をいただいた険しい山脈で、これがパミール高原の山とすれば、わたしはそれを裏側、つまり中国側から見たことがある。
村の中には土壁の素朴な民家が建ちならび、ウシやロバが飼われ、ポプラの木が高々とそびえている。
背景を見ているだけでなつかしい感慨におそわれる、わたしにとってこれはそういう映画なのである。

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ノーベル賞

おお、ノーベル賞問題で今度は中国がいびられているな。
日本にいると、中国はケシカランの大合唱しか聞こえてこない。
今回はタイミングがわるかった。
尖閣諸島でその暴威をおおいにふりまわした直後だから、誰も中国の味方をしてくれない。
だからふだんからまわりの国と仲良くしておけっていったんだよ。
でも、こうなるとまたわたしのヘソ曲がりがもぞもぞと頭をもたげてくるぞ。
かわいそうな中国のために忠告しておくけど、なんでノーベル賞なんぞをそんなに気にするんだ。

ノーベル賞のうち科学に関するものは別として、平和賞や文学賞は政治のおもわくに翻弄され、つねに西側の価値観で授与される傾向がある。
たとえばソ連を崩壊させてロシアを迷走させたゴルバチョフさんが受賞したこともある。
ロシアの災難は西側の幸運というわけだ。

中東和平の立役者だったベギンとサダトにしたって、紛争当事国の指導者の苦労はよくわかるけど、その後の彼らの行状をみていると、はたして平和賞がふさわしかったかどうか。
歴史はどんどん動いており、和平もまた振り出しにもどっちゃったし。
日本の佐藤栄作サンも受賞しているけど、その理由が非核三原則をとなえたなんていわれてもよくわからない。
アレって骨抜き原則論の見本みたいなもんでしょ。
去年のオバマさんなんて、まだ何もしてないうちにもらっちゃったぞ。

ノーベル賞ってのはかくも権威のないものなんだから、中国は反体制活動家がもらったからって大騒ぎなんかする必要はない。
ここで騒いで、対抗手段をとったりするとますます評判がわるくなるって。
日本のように何をいわれてもおとなしく、粛々とことを運んでいればいいのである。
反体制活動家も売春婦も最近は即死刑にはならないようだし、いちおうインターネットも解禁されているし、強制退去に対して国民は政府に対価を要求するようになったし、日本に観光に来れるようになったし、パンダもちゃんと保護しているし、スターバックコーヒーもあるし、WTOにも加盟したし、わたしは中国の民主化は、ゆっくりだけど確実に進んでいると解釈しているのだ。

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2010年10月 8日 (金)

アジア・フィルム・フェスティバル

NHKのBSで、アジア・フィルム・フェスティバルの出品作品を放映している。
このフェスティバルの主旨は
『アジア諸国の新進気鋭の映画監督との共同作業で、製作を通じて互いの文化を理解しあい、アジアの映像文化の振興や発展に寄与することを』とある。
過去にもこのフェスティバルの数本を録画したことがあるけど、だいたい全部をじっくり観ていられるほどわたしゃヒマじゃない。
過去の出品作品をながめると、ベトナム映画の「ニャム」やインドの「ナヴァラサ」なんて傑作や佳作がたくさんあるので、じっくり観る時間がほしいとこなんだけど。

このフェスティバルに出品されている映画の製作費の一部(もしくは全部)は、たぶんNHKが負担しているらしくって、そのせいか、あるていどの制約はあるみたいである。
極端な暴力シーンやレイプなんて場面はだめ、できればその民族の固有の文化や現状を紹介するものであることが望ましい、なんて審査が事前にあるんじゃなかろうか。
アジアには自前で映画をつくる金の調達もむずかしい国が多いから、それはそれでいいことだけど、どこかお行儀のよさが気になる映画ばかりだ。

6日、7日に録画したのは「ロバと少年」、「トゥルー・ヌーン」という映画で、前者はインドのカシミール地方、後者はタジキスタンの映画である。
いずれも複雑な民族問題にかかわる映画であり、内容はともかく、それぞれの民族の素朴な生活ぶりが見られて、わたしにはなかなかおもしろかった。
タジキスタンの女優さんは日本人好みの美人で、このへんにもNHKのご威光が効いたのかも。

いっぽうには映画の製作費もままならない国があり、もういっぽうには世界を見たいと考えて、じっさいに出かけるだけの金がないわたしみたいな人間がいる。
アジア・フィルム・フェスティバルは、こんな両者の不満を一挙両得で解消させるものであるらしい。

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2010年10月 7日 (木)

イクラ丼

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知り合いからイクラをもらった。
そこで、あったかいご飯の上にどさどさとそれを載せて、豪華なイクラ丼だ。
孤独な自炊男がときたまみせるやけっぱちの山賊メシだ。

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2010年10月 6日 (水)

ヤブ蚊

庭の竹がかたむくほどよく伸びて、日照をさえぎる。
夏のあいだは日かげもいいけど、秋めいてくるとどうにも目ざわり。
で、階下の金髪クンをさそって、とくに目ざわりな何本かをノコギリで切り倒すことにした。
竹を切るのは簡単で、腕力も知力もまったく不必要。
たちまち4、5本を切り倒したまではいいが、なにやら短パンのむこうずねに黒いものが点々と。
ヤブ蚊である。
蚊はO型の血が好きなんだそうだ。
そういわれてみると、わたしはO型で、蚊はわたしにばかりたかりたがる。
おんどりゃ。
いちどはしまいこんだブタの蚊やり器をひっぱり出して、いま部屋をいぶしているところだ。

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2010年10月 4日 (月)

アエロとエアロ

他人のことを笑えないけど、いまでもロシアの航空会社「アエロフロート」のことを「エアロフロート」と間違える人は多いようだ。
日本語で表記する場合は“アエロ”が公式名称だから間違いは明白だけど、航空会社だからつい空気=airという連想が働いてしまうのだろう。
発音がまぎらわしいことも原因かもしれない。
むかし(今でもあるらしいけど)、ロックバンドで「エアロスミス」というのがあって、たまたまエアロの英語表記がロシアの航空会社と同じ。
にもかかわらず、航空会社はアエロ、ロックバンドはエアロである。
このバンドのコンサートに行った評論家が、紹介のアナウンスを聞いて、アエロっていうふうにも聞こえるなんて記事を書いていた。
これじゃ間違いを責める気にもなれないね。すくなともロシアの航空会社と利害関係のないわたしとしちゃ。

わたしはアエロフロートに一度しか乗ってないから、ホントかウソか知らないけど、ネット上にはこの会社をけちょんけちょんにけなす記事もある。
まるで共産党時代のサービスそのままということらしいけど、この1月にトルコへ行ったときの感触は、機内で映画も観られたし、音楽も聴けたし、スッチーもまあまあだったし、食事にはなんと寿司までついていた。
そんなにひどいものでもなかったけどな。

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夏よ、おまえは

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近所を流れる野川(固有名詞)は、子供でも歩いて渡れるていどの細流だけど、ここに石が積まれて堰ができている。
子供たちが遊びのつもりで積んだにしてはデカすぎる石だし、あたりに堰の必要性も感じられないところである。
いったいなんのために堰なんか作ったのかと考えたあげく、これも日本人の知恵かと思い当った。
堰ができたおかげでせせらぎが生じて、猛暑のさなかでも水の流れる涼やかな音があたりに響きわたっているのである。
なるほどねえ。

というものの、猛暑の夏はまたひとつの思い出となって通り過ぎた。
先週は雨にたたられてろくに散歩もしなかったけど、いつのまにか川のほとりにヒガンバナが咲いていて、それも花期はそろそろ終了というあんばい。
わたしらの世代には、夏よ、おまえはという歌のフレーズが自然にわいて出る季節。
感傷というのは、脳のいったいどんな反応なのかしらねえ。

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2010年10月 3日 (日)

また尖閣諸島の2

今週の週刊新潮を読むと、ここはもともと中国ギライで知られている雑誌だから、尖閣諸島について、自民党の石原クンや女だてらの櫻井よしこサンを動員して、漁船の船長を釈放したのが弱腰だとか、官房長官の説明はウソだなんて政府の対応を非難すること。

でもまあ、わたし流に分析してみると、今回の件では結果的に日本がかろうじてポイントを稼いだといえそうである。
中国としては、このさいいっきに尖閣諸島を領有権問題にしてしまおうと考えて、ありとあらゆる対抗手段を持ち出したものの、日本が早々と船長を釈放してしまったおかげで、ボールは中国のほうに返ってきた。
それでもあちらの政治家たちはまだ強引にかまえて、オレたちを怒らせるとコワイんだぞということを見せつけようとしたものの、さすがにこりゃちとマズいと思い当ったんじゃないか。

中国の強引な手法は、領有権問題をかかえるほかの国にも大きな警戒心をもたらしたし、なにより中国が北朝鮮と同じような、民主主義のルールが通用しない横暴国家であることを世間に周知させることになってしまった。
笑い話に聞こえるかもしれないけど、中国の悲願は国際的に (民主的な国であるということを) 認知してもらうことなので、他国から横暴国家であると思われることは死ぬほどツライことなのである。
おまけにレアアースの中国以外からの輸入方法や、その日にそなえたいろいろな対抗策を検討された日には、中国にとって手持ちのカードをみすみす失わせるようなものだ。
最新の状況をうかがってみると、中国はメンツをつぶさないかたちで軟着陸の方法を探り始めたようにみえる。

今回の問題では日本はルールの通用する冷静な国であることを証明した。
こんなときに民主党の幹事長代理である枝野クンが、『中国を 「あしき隣人」 と呼び、激しく批判した』というニュース。
彼も本音は中国ギライのひとりだったらしいけど、相手がホコを収めようとしているときは、こちらもホコを収めるべきじゃないか。
弱腰が野党から非難されているので、それを挽回するつもりだろうけど、調子にのって言いたい放題のことをいってると、また話がこじれてしまう。
このあたりは言葉をつつしんで、厳正で粛々とした態度を示しておくだけでいい。
今の民主党には、そんなことより日中間のパイプを太くしておくほうが重要だ。

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2010年10月 2日 (土)

タバコ

ぜんぜんタバコをやらないわたしには関係ない話だけど、今月からタバコが値上げだそうだ。
いいことじゃないか。
これで禁煙する人が増えて、健康な人も増えて、国民健康保険の負担がへるかもしれないし、そうでなければ税収が増える。
どっちにころんでもわるくないと、傍観者は無責任である。

しばらくまえの新聞の投書欄にどこかの奥さんが投書していた。
この奥さんは高層マンションに住んでいるそうだけど、すぐ下の部屋の住人がベランダでタバコを吸う。
これが耐えられない。 くさい。 洗濯ものに臭いがつく。 赤ん坊の健康によくない。
それでわざわざ出かけていって抗議したらしいけど、階下の住人はとりあってくれない。
なんとかならないものかという投書だった。
わたしもタバコの臭いは好きじゃないけど、ここまで文句をいうのもどうかしらと思う。
階下の住人も奥さんに文句をいわれて、やむを得ずベランダで吸っているのだろう。
わざわざベランダに出ているのに、今度は上の階から苦情では立つ瀬がない。

だいたい喫煙がこれほどきびしくなったのは、せいぜいここ10年ぐらいである。
それ以前は、イヤと思ってはいても、喫煙者、禁煙者がほとんど同席しているのが普通だった。
だからわたしは禁煙が制度として普及してきても、多少のことぐらい我慢することを知っている。 たぶんわたしの世代はみんなそうだろう。
ベランダで吸うタバコの煙の拡散率がどのくらいか知らないけど、とてもとても健康被害をうんぬんするほどのものとは思えない。
あまり神経質になると、そっちのほうが健康的にもよくないんじゃないか。
わたしたちはあるていど摩擦のある社会で、あるていどは不自由をしのばなけりゃいけない世の中に住んでいるんだから、もうちっとおおらかに生きるほうが長生きしそうだけどねえ。

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