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2010年10月29日 (金)

忘れえぬ人々

国木田独歩に「忘れえぬ人々」という短い小説があって、人生のとちゅうで見かけた、言葉を交わしたわけでもない他人の思い出について書いていた。
わたしは自然主義文学や独歩についてあまり関心がないので、内容はほとんど忘れてしまったけど、いくつか気になる個所があったと記憶している。
たとえば瀬戸内海をゆく船の上から、たまたま見かけた島の海岸で漁採りをする男のことを書いている。
このあたりは三好達治の「春の岬旅のおはりの鴎どり」のうたとの共通点が感じられて、なかなかすてきなところだ。

わたしが若いころ海上自衛隊にいたことは、このブログでも何度か書いているけど、そのころの思い出にこんなものがある。

当時、横須賀に勤務していたわたしは、日曜日になるとひとりでよく横浜あたりへ遊びに出かけた。
あるとき、帰りは京浜急行のバスに乗って国道16号をのんびり走っていたんだけど、たまたまバスが信号待ちで停まった。
手持ちぶさたで外をながめると、道路のすぐわきの庭木の多い民家の2階で、ガラス戸の内側に白いブラウスの少女が立っているのに気がついた。
中学生か高校生ぐらいの女の子で、ブラウスの下に肩ひものついた黒いスカートをはいていた。
バスの中から声をかけられるわけもないし、そもそも相手がわたしに気がついたかどうかも定かじゃない。
ただ少女の表情が、魔法使いによってお城に幽閉されたお姫様のように見えたので、つい見とれてしまったのである。
じっさいには彼女は、前日に食べた石焼きイモのことでも考えていたのかもしれない。
バスが発車したのでわたしたちはそれっきりになった。
その後何度か同じ路線のバスに乗ったけど、とうとう彼女を見かけることはなかった。
白いブラウスがまぶしかったあの少女も、いまでは孫がいてもおかしくない歳になっているはずだ。

わたしの思い出の中にはこんな少女、女性がたくさんいる。
彼女らが忘れえぬ人々である証拠に、ときどき、なにかのきっかけでふと思い出すのである。

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