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2010年11月

2010年11月30日 (火)

ウィキリークス

最近はユーモアを探そうと思ったら、小説や映画より政治の世界をながめたほうが早そうだ。
ウィキリークスで暴露されちゃった米国の外交文書。
フランス大統領は 「怒りっぽく、独裁的」、イタリア首相は 「うぬぼれが強く無能」、ロシアの首相と大統領はバットマンとロビンだなんて。
あはは。
まあ、このていどで怒る首脳はおらんだろうし、これが原因で戦争になることもないだろうから、オバマ君もそんなに心配することはないんじゃないの。
外国首脳だってかげじゃオバマ君のことを、「あの黒ん坊の青二才めが」 とでもいってるんだろうから。

サルコジ君にしてもベルルスコーニさんにしても、つぎにオバマ君に会ったら、「いやあ、怒りっぽい独裁主義者のサルコジです」 とか、「無能のベルルスコーニです」 と挨拶するんだね。
こりゃそうとうきつい皮肉になること請け合いだ。
ロシアのプーチン首相なんかバットマンの扮装で首脳会談にのぞんだらどうだ。
日本の女の子から発生したコスプレというブームが、いまじゃヨーロッパ、ロシアにまで波及してるそうだから、また首相の人気が上がること間違いなし。

インターネットをはじめて体験したとき、これはすごい、これからは個人で写真や文章を世界に発信できる時代になるって予感したもんだけど、ウィキリークスを見ていると、そうした発信文化がますます不動のものになってきたなって確信してしまう。
たったひとりの人間が政治に影響を与え、個人が国境をとびこえて地球規模で結びつきを強める時代がますます近づいているぞ。
尖閣諸島のビデオ流出問題だって、このネット時代にそういうことがおこることは必然だったってことを、日本の政治家も認識しとくべきだったねえ。
名前を使われたって怒り狂っているばかりが能じゃないよ、え、仙谷クン。

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2010年11月28日 (日)

パソコンを買い代える

とうとうパソコンを買い代えることにした。
ワープロ代わりのミニノートを含めれば、わたしの部屋には現在3台のパソコンがある。
このうち本来のパソコンとして使っているデスクトップとノートの2台は、現在いずれも調子がわるい。
デスクトップのほうはしょっちゅうフリーズするし、ノートのほうはキーが1コ飛んでしまって満身創痍というところ。
修理やリカバリという声もあることはよくわかっちゃいるけどねえ。
そんな手間のかかることをするんだったら、新しいものを買っちまったほうがいいという声もある。
どちらのパソコンもそろそろ3年経過というところだから、ちょっともったいないけど、デスクトップはXP、ノートはVISTAだもんね。
XPのほうの使い勝手はわるくないけど、すでにだいぶ古くなって、マイクロソフトももう面倒みませんということらしいし、VISTAのほうはひじょうに使い勝手がわるくて、いいかげんイヤ気がさしているところ。

いろいろ考える。
パソコンが3年でおかしくなるというのは、もちろんわたしの使い方が荒っぽいということもあるけど、ひょっとするとマイクロソフトのほうにも原因があるのかも。
ウインドウズは、95年に発売とすれば、もう15年にわたって進化してきた。
進化というと聞こえはいいけど、パソコンのOSの宿命として、どうしても抜本的な大改革をすることができない。
なぜかというと、そんなことをして、いきなり使用中のソフトや古いデータが使えなくなったら利用者が怒るに決まっているし、そんなOSが売れるはずもない。
だからOSはつねに足かせをはめられたまま進化してきたようなものだ。つまり建て増しに建て増しを重ねた古いホテルのようなものじゃないのか。
建て増しもそろそろ限界だと、マイクロソフトにもそんなことはわかっているんじゃないか。

というわけで、パソコンの将来に不安を感じているわたしは、また3年で壊れてもいいように、通販の安い製品にしておいた。

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2010年11月27日 (土)

大沢村の季節ふたつ

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大沢村の季節ふたつ。
上は5月、下は11月だから、まるっきり正反対の季節。

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2010年11月26日 (金)

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わたしの学生時代の日記の欄外に書いてあった詩の断片。
  シモーン 木の葉の散った森へ行かう
  落葉は苔と石と小径を被うてゐる
   シモーン お前は好きか 落葉ふむ足音を?
  落葉の色はやさしく 姿はさびしい
  落葉は儚く捨てられて 土の上にゐる!
   シモーン お前は好きか 落葉ふむ足音を?
誰の作品かと調べてみたら、堀口大学が訳したルミ・ド・グールモンというフランスの詩人の詩だった。
原詩はもうすこし長いけど、ぜんぶ引用はしない。
興味のある人は 「シモーン」 と 「木の葉」 で検索するだけでもみつかる。
なにかで読んで印象に残ったものだから、忘れないように日記に書きとめておいたらしい。
若いときに読んですてきだと思い、いま読んでやはりすてきだと思う。

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2010年11月25日 (木)

国防

先日、自虐史観はケシカランを旨とする宗教団体にとりこまれちゃった娘2人と話したことは、まだこのブログに書いたばかりだけど、彼女らの話では将来中国がまちがいなく日本を侵略してくるってことだった。
未来のことは誰にもわからないし、歴史ははげしく蠕動しているのだから、そういうこともあるかもしれない。
それはそれとして、気になったのは彼女たちが現在・過去の中国について、ほとんど何も知らないことだった。
鄧小平のことさえ知らないんじゃないか。

こういう娘たちに将来だの政治だのについて講釈をたれてもらっても困るんだけど、ここんところの国際情勢をながめると、日本だってもうすこし国防を考えてほしい、ぐらいのことはわたしでも思う。

たまたま右翼雑誌のSAPIOを読んでみたら、じつは日本の自衛隊もけっこうやっているらしい。
日本は航空母艦なんて持ってないと思っていたら、将来の航空母艦の布石となるかなり大きなヘリ空母を、いま建造中だそうである。
いろいろ先端技術を満載した日本の潜水艦は、通常の、つまり原子力を使わない潜水艦としては世界一の性能らしいし、米国のステルスをしのぐような見えない戦闘機の開発も進んでいるらしい。
おお、これじゃあどこの国が攻めてきたってダイジョウブと、じっさいの戦争でそんなものがうまく役に立つかどうか不明だけど、なんとなく安心してしまう。

いまみたいに政治や政党がころころ変わっているようじゃ、シビリアン・コントロールなんて意味がない。
だらしない政治家をほっぽらかしておいて、自衛隊のほうがちゃんと考えているんだねえ。
うん、日本の未来は明るいぞ。

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佐野洋子サン

友人が、この本おもしろいよといって佐野洋子という人のエッセイ集を貸してくれた。
佐野洋子って誰だっけ。
たしか佐野洋って作家がいたけど、その人の奥さんだったかなとわたし。
読書家のつもりだけど、興味のないものには徹底的に興味をもたないのが、どうもわたしの欠点である。

調べてみたら「百万回生きたねこ」という童話の原作者だということがわかった。
この童話について聞いたことがあるけど、べつに読みたいとも思わなかったから、やはり作家についてぜんぜん知識がなかった。
詩人の谷川俊太郎さんが前夫だったそうだけど、わたしはこの人の詩にも興味がないので、そっち方面から彼女の名前を知ることもなかった。
興味のないことは常識以前といういびつな性格なのである、ワタシゃ。

原作だけではなく、「百万回生きたねこ」ではその挿絵を描いた人でもあるというから、洋子さんはかなり多芸の人であるようだ。
当然、どんな容貌の人かということに興味がわいたので、これも調べてみたら、本人のいうとおりあまり色恋沙汰に縁のありそうな顔ではなかった。
そして2010年の11月5日に肺ガンで亡くなっている、ということはまだつい最近のことじゃないか。
本を貸してくれた友人もあわてて興味を持ったらしい。道理で本がまだまっさらだ。

さて彼女のエッセイのことだけど。
この中で、佐野洋子さんははたが心配になるほど辛辣なことをたくさん書いている。
友人のいうのには、アンタも辛辣だからきっとこの本おもしろいよということである。
なるほど。おもしろい。
ふつう日本の作家というのは、同業他者の本をけなすということをしないものだけど、彼女は、たとえば渡辺淳一サンの本をけちょんけちょんにしている。
わたしも「失楽園」なんか読みたいと思わないから、このあたりは胸がスカッとしないでもないけど、ブスは性格がわるということを立証するような本である。

これは常識的生き方、世間に対して気配りしながら生きている人が読んだら、目からウロコという本かもしれない。
しかしわたしは自分もかなり辛辣なものの見方をするほうなので、そういう人間の精神構造もわりあいよくわかるほうだし、内容もそれほど意表をつかれるわけではない。
おもしろいことはおもしろいけど、似たようにひねくれた中野翠やナンシー関、林真理子なんかも読んだことがあるので、美貌をもって生まれなかった女性は、自虐を売リモノにする場合が多いということを証明する本のひとつなんだろうと思う。
文庫本ならいざ知らず、ハードカバーで買って読みたいほどの本じゃないのである。

このエッセイ集にかぎっていえば、おもしろいのは前半まで。
後半になると辛辣という毒気がぬけて、夫婦してタイの高級ホテルに泊まったとか、和服を見ると買わなくちゃいられないなんて、アンタは中村うさぎかといいたくなってしまう。
これは玉石混淆のエッセイをかき集め、おもしろそうなものを前半に、クズは後ろのほうにという出版社の編集方針によるのだろう。
やっぱりわたしもそうとうに辛辣だよな。

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2010年11月24日 (水)

カルト対決第2弾

カーン!
カルト宗教との対決第2弾。
若い娘から電話がかかってきて、お話がアリマスという。
9月28日のこのブログにも書いたことのある、某宗教団体に取りこまれちゃった娘からだけど、こういう迷える子羊を救済するのはわたしの責務ということで、正義の名のもとに出動することにした。
相手がやせこけたおばあさんや太ったそのへんのおばさんだったら、もちろんぜったいに出動しなかったハズ。
顔見知りの娘以外に、今回は民主党の蓮舫さんみたいな美人がくっついてきた。

彼女らの信ずる宗教団体の会長さんは右翼系のヒトらしく、読まされた団体の冊子では、自虐史観はケシカランなんてことに多くのページを費やしていた。
右翼左翼で論争中の意見の、一方の肩をもつこと自体が宗教にふさわしくないけど、もろに信じこまされちゃっている彼女たちに、そんなことをいってもムダ。
カルトの常として、彼女らも日本および世界の前途を徹底的に悲観視する。
彼女らのご本尊さまの予言によると、このままほうっておけば日本や世界には大いなる厄災がふりかかるそうである。
しかし彼女らの宗教を信じさえすれば、世界は平和で幸せなものになるのだそうだ。
なるほど。それじゃ民主党や自民党に国政をゆだねるより、おたくらに政治をやらせたほうがかんたんなわけですねと、わたしもヒトがわるいからねちねち。
自虐史観はケシカランなんていってるくせに、彼女らの言い分もなかなか自虐的である。

いろいろお話を伺ったけど、蓮舫さんみたいな娘も、まったく疑うことなしにこの宗教を信じているらしい。
わたしは彼女をじっと見つめて、こんなきれいな娘でも、たとえば教祖サマから今夜の夜とぎを命ずるなんていわれたら、すなおにパンツを脱いじゃうのかしらと余計な心配をしてしまう。
オウム真理教じゃそういうこともあったようだから、やっぱり心配である。
こんなヒヒ親父と、清純無垢の聖天使みたいな信者じゃ話がかみ合うわけがない。

あまりバカバカしいのでこのあとの話は省略するけど、最後にわたしはショック療法のつもりで、おたくの教祖サマはアホだと言い切ってやった。
とうぜんわたしには天罰が下り、どこからともなくあらわれた電光によって感電死させられても仕方ないところだけど、この晩は駅前の中華料理店でモヤシソバを食べ、路線バスで無事に帰ってきたから、いまのところそうこともないようである。

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2010年11月23日 (火)

天才と凡才

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わたしはネット上で、これと思うような写真や絵画をみつけると、専用のフォルダに保存しておくことにしている。
芸術 (アダルトっぽいものもある) を鑑賞するのはわたしのひそかな趣味なのである。
前項でマンガ家、映像作家の近藤聡乃さんについてふれたけど、彼女の絵もじゅうぶんに保存に値する。
というわけでネットにちらばっている彼女の絵を40点以上集めてウケに入っているところだ。
彼女はその世界ではすでにかなり有名な人らしいので、知るのが遅すぎたきらいはあるけれど。

この聡乃さんという人は、ただの絵ではなくストーリーのあるマンガも描くところをみると、努力の人ではなく天才なんだろうなと思う。
なぜなら、絵とストーリーを両立させるのは絵だけを描くよりむずかしいからである。
絵を描くだけなら、あるいは努力でなんとかなるかもしれないし、わたしだってどうにかなっていたかもしれない。
こうみえても若いころはせっせとマンガを描いていたのである、ワタシゃ。

経歴を調べてみたら、聡乃さんも若いころつげ義春のマンガに衝撃をうけ、「ねじ式」 のパロディなんかを描いたこともあるらしい。
わたしもつげ義春のマンガに衝撃をうけたひとりである。
同じように衝撃をうけたということは、わたしだってまがりなりにも傑作の傑作たるゆえんを見抜いていたことにならないだろうか。
「ねじ式」 みたいな作品が描けないものかと、わたしはせっせとマンガを描いた。
しかし傑作を理解するのと、自分もそんな作品が描けるかどうかということはぜんぜん別の問題である。
他人の作品のすばらしさはよくわかる。しかし、同じようなものがどうしても自分には描けない。
これは絵描き、マンガ家、その他もろもろの創作活動に従事する人間にはとてもつらいことである。
つらさが嵩じてノイローゼになりかけたり、いっそ首でも吊っちまおうかと考えたこともある。
わたしが屈折していて、他人に対してひじょうに辛辣なのは、このころの体験によるものじゃあるまいか。

そんなことはどうでもいい。
同じように「ねじ式」に衝撃をうけ、同じようにせっせとマンガを描いたにもかかわらず、一方はマンガ家として大成し、一方は挫折して相応の人生にあまんじているというのは、やっぱり天才と凡才の違いなのである。

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2010年11月22日 (月)

近藤聡乃さん

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今朝の新聞に YouTube 上で映像コンテストのようなものが開かれて、という記事があり、そこで近藤聡乃 (コンドウアキノ) さんというマンガ家のアニメーションが紹介されていた。
新聞にその作品のひとコマもちらりと載っていて、なかなかイロっぽい絵のようである。
イロっぽいという言葉にぜんぜん抵抗を感じないわたしは、さっそく YouTube をのぞいて、「てんとう虫のおとむらい」 という彼女の作品を拝見した。
http://www.youtube.com/watch?v=tFqAc9kRP8g

わずか1分半ほどのアニメだけど、単純な線と最低限の色彩だけの、ひじょうに不思議な、ひじょうにエロチックなものを感じさせる作品である。
わたしの知り合いにネット上のアダルト画像・映像をコレクションしている者がいるけど、彼にもぜひコレクションにこういう作品も含めるよう進言しよう。
そのものズバリばかりがアダルトじゃないんだぞって。

いろいろ調べてみたら、近藤聡乃さんという人はマンガ家としていくつかの作品を発表しているらしい。
さらに調べてみると、グイド・クレパックスの作品のような、マンガというより画集といいたくなるような本ばかりで、いま部屋の本を整理中のわたしなのに、また彼女の本が欲しくなってしまった。
これでは部屋がかたむく一方ではないか。

※添付画像はネットで採集したものだけど、彼女のエロチックの本質は以下のアドレスから。
http://akinokondoh.com/index.html

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2010年11月19日 (金)

街道をゆく/先島

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テレビを観ていたら 「街道をゆく」 が再放送、いや再再再再放送されていた。
この番組は原作者の司馬遼太郎が亡くなってから制作された番組だけど、原作の愛読者であるわたしにとって、文章だけでは想像しにくい場面や風景を映像で見せてくれたので、なかなか有益な番組だった。

たとえばこのシリーズの中に韓国をとりあげたものがあり、そこに豊臣秀吉の朝鮮侵略のさいに、朝鮮に帰化した日本の武将のことが出てくる。
作家はその子孫が生活しているとされる村を訪問し、あたりの地形が朝鮮いっぱんの風景ではなく、日本のどこかの農村に似ていることに感動している。
しかし文章でいろいろ説明されても、どんな風景だったのかということを具体的に想像するのはむずかしい。
テレビの「街道をゆく」では、この村を映像で観せてくれるので、日本とよく似ている風景というのがどんなものかよくわかる。
ナルホドである。

昨日放映されたのはシリーズの中の沖縄紀行。
ただし原作の 「街道をゆく」 で描かれているのは1974年の沖縄だから、いまから36年前のことで、沖縄が米国から返還されてまだ2年しかたってない。
この本は政治について書かれた本ではないから、作家は本島にちょいと寄っただけで、たちまち先島 (八重山諸島) まで行ってしまっている。

先島紀行の主要な目的地になっている竹富島は、いまでも高層ビルや近代建築を認めないという島の人たちの取り決めのおかげで、古い沖縄の風景がよく残っているところである。
この紀行記にも、島のまわりをギンネムの茂みがおおっていて、中心部に小さな部落があるという記述がある。
そして人々の暮らしについても、祝女 (のろ) や御岳 (うたき) という古い信仰や、太古のままの素朴な漁業、農業生活が残っているように書かれており、いや、もうホントにすてきな島なのである。

作家が旅のとちゅうで出会った人の中には、テレビ番組制作時にすでに故人になっていた人も多いと思うけど、竹富島の高那旅館のおかみさんや、波照間島で知り合った病院長夫人など、まだ生存していた人たちを番組で見られたのはうれしかった。
本に熱中すると、それがノンフィクションの場合、ささいな登場人物にもつい興味をもってしまうからである。

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話が変わるけど、わたしがはじめて先島を訪ねたのは1983年で、この紀行記より10年ぐらいあとだった。
当時のわたしはすでにこの紀行記を読んでいたから、竹富島へ渡ったとき、あ、ほんとうだ、ギンネムばっかりだなんて感心したものである。
10年たっても竹富島は、作家が旅したころとそれほど変わっていなかったようだ。

しかるに、さらに20年ほどたったあと、わたしはまた竹富島を訪れた。
あにはからんや、島の周囲にりっぱな舗装道路ができていて、やぶをかきわけてようやく集落に到達した細道も、二車線の広い自動車道路に変わっていた。
沖縄は地域振興のための予算がわりあい豊富なところだから、その気になれば舗装道路ぐらいなんでもないだろうし、村民が便利になったとよろこんでいるなら、わたしなんぞが口を出すのはおかどちがいだけど・・・・・・
うーん、わからない。わからないのである。
あのギンネムにおおわれた原始的な風景を、この世から消滅させることが村民の一致した民意だったんだろうか。
なんか取り返しのつかないことをしてしまったんではないかという気持ちが、どうしてもわたしのこころから消えないのである。

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2010年11月18日 (木)

柳田法相

いやあ、ひさしぶりに政治家の豪快な発言を聞いたねえ。
国会の答弁なんて、ふたつセリフを知ってればいいんですよということで
「個別の事案についてはお答を差し控えます」
「法と正義に基づいて適切にやってます」
なるほどねえ。 このふたつのセリフを知ってれば、どんな無知な人間でも法務大臣が務まっちゃう。
人間、正直なほうがいいけど、柳田クンの場合はちとそれがすぎたようだ。
にこやかに発言しているところをみると、彼にしてみればユーモアのつもりらしい。
ユーモアを愛するわたしとしては、あまり本気で怒る気になれないけど、世間はそう思わないだろうから、不真面目だって追求されて、問責決議が出されて彼がクビになってもべつに異論ありません。

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2010年11月17日 (水)

本の整理

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本がたまって床がかたむいてきたようなので、すこし整理にかかっている。
どうするかっていうと分別ゴミとして出してしまうのである。
もったいない。古本屋かオークションにでも出せばいいのにという人がいるかもしれない。
しかしわたしは読めればいいというタイプなので、同じ本が文庫になっていれば、まず文庫本のほうを買う。
そういうわけで売れるほど高価な本はあまりないし、古本屋で二束三文で売ったって仕方ない。
オークションだって、かりに売れた場合、いちいち包装して相手に送るのがメンドウだ。
本は読むものであって、売り買いして儲けるものじゃないという考えだから、本に対する愛情の感じられないブックオフなんて存在に疑問を感じているくらいである。

それでも書斎を見まわすと、オークションに出したら値のつきそうな本がいくつか。
その筆頭は沢渡朔カメラマンの 「少女アリス」 という写真集。
なんでも世のロリコン男たちにとって垂涎の写真集だそうだけど、わたしにはそういう変態みたいな趣味は少ししかないから、買った当初に何度かながめて感心して、そのままほったらかしにしてあった。
これだって売って儲けようなんて考えは希薄だから、そのうち分別ゴミに出すかもしれない。
するとゴミの収集業者がよろこぶだろう。
自分が儲けようという気はないけど、それをひろって他人が儲けるのは腹がたつから、分別ゴミの日がくるたびにうじうじと悩んでしまう。

文庫本だけど、司馬遼太郎の 「街道をゆく」 も全巻揃っている。
そんなもの売れるはずがなさそうだけど、わたしが持っている巻16 (叡山の諸道) までは、本のカバーが厚手の和紙にエンボス加工をしたオリジナルものである。
「街道をゆく」 を愛するわたしとしては、このカバーにも愛着を持っており、今ではぜったいに手に入らないものだから、いくらでも買える中味より価値があるんじゃないかと思っている。
そう思ってオークションをのぞいてみたら、このカバーつきの 「街道をゆく」 が10巻まとめて1500円なんて値段で出品されていた。
くそ、本の価値のわからん不届き者め。

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2010年11月16日 (火)

枯葉

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ちょっと前だけど、ラジオを聴いていたら、どっかで聴いた曲が流れていた。
なんていう曲だっけかなと考えたけど、のどまで出かかってなかなか思い出せない。
終わったあとのアナウンスを聴いて、これがシャンソン、というか、いまやスタンダードナンバーにもなっている名曲 「枯葉」 であることがわかった。
「枯葉」 をうたっている歌手は、ジャズ、ポピュラーのみならずクラシック界にもいる。
このときの歌手は誰かと思ったら、エリック・クラプトンだった。 かってギンギンのハードロックでならしたギタリストである。
ちょっと意外。
しかしじつにシブくていい感じ。

もともと誰がうたってもいい感じになる曲だけど、クラプトンと 「枯葉」 の取り合わせがユニークで、先日街に出かけたさいに、ひさしぶりにCDを買ってしまった。
このCDには、10月27日のこのブログに書いた 「ロッキング・チェア」 という曲も入っている。これもシブい。
クラプトンも大人になったものだ (老人になったものだ)。
それは同時に、かってロックに狂っていたわたしにもいえることかも。

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2010年11月15日 (月)

一竹美術館

河口湖のほとりにある 「久保田一竹美術館」 に行ってきた。

久保田イッチクってどんな人だっけと訊いたのは、わたしである。
いっしょに出かけた知り合いの説明によると、「辻が花」 という和服の染めもので知られる染色家の美術館だそうだ。
そういわれて思い出した。
だいぶむかしだけど、なんとかいう染色家が、いまではその方法もわからない辻が花という古式ゆかしい染色方法を復元させたなんて記事を、週刊誌で読んだことがある。
その美術館がこんなところにあったのかと、とりあえず入ってみた。

じつは河口湖へ出かけた目的は、湖畔で紅葉祭りが開かれていて、知り合いがそれを観たいと言い出したからである。
紅葉なんか奥多摩でも観られるぞ、うちの近所の天文台だってなかなかのモンだと、混雑のキライなわたしはそんなもの行きたくなかったけど、いつもワガママばかりいってるからたまには相手の言うことも聞かなければならないのである。

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紅葉祭りは大混雑だった。
勝手にしろと、会場のずうっと手前の駐車場に車を放り込み、あとはぶらぶら歩くことにした。
紅葉は、まあべつに文句をいうほどのもんでもないけど、見物人がひとりもいない状態だったらなと、わがままな独裁者みたいなことを考える。
会場の奥のほうに 「久保田一竹美術館」 があった。

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なんというか、和洋折衷みたいな前衛的な美術館である。
山の起伏や植生をうまく利用した環境は日本の茶室みたいなところもあるし、建物そのものは壁や内部がくねくねで、ガウディの教会を思わせるようなところもある。
石の門をくぐっていくと、池があって、水面にモミジや松葉が浮いていて、それが和服の紋様のように見えた。
さすがは染色家の美術館だなと変なところに感心する。

展示されている作品は、正直いって好きになれなかった。
浴衣やふつうの和服の染色かと思ったら、浮き彫り処理をした豪華な内掛みたいな着物ばかりで、いくら繊細なグラデーションなんていわれても、そのキンキラキンぶりはわたしにはなんの役にも立たないものだ。

美術館の奥に 「一竹庵」 という茶室があったので、ガラスごしに深山幽谷 (のミニチュア) みたいな庭園をながめながら、抹茶とぜんざいのセットを注文した。
これはなかなか美味しかったけど、家にいるときは相撲取りの茶碗みたいないれものでお茶をがぶがぶ飲むわたしには、量が少なすぎてもの足りない。
でもまあ、いくらかはワビ・サビみたいな雰囲気を感じて、無事に帰路についた。
帰りの中央高速は大渋滞で、だから言わんこっちゃない、もう行かんぞと思う。

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2010年11月14日 (日)

アジア大会開会式

土曜日の夜は、録画してあった広州のアジア競技大会開会式を観た。
わずか30年ぐらい前まで、旧態依然とした権力闘争や内乱に明け暮れていた国が、よくぞここまでといいたくなるくらい派手なものだった。
こんな派手なモンが必要なのかといいたくなるくらい。

最近元気のない欧米諸国をながめると、開会式を観ているかぎり、いよいよ世界はアジアの時代になったなと思わざるを得ない。
日本人は欧米に追従してへっこんでいるほうだから、あまりよろこべんけど。
余計なことはさておいて、たくさんの国が和気あいあいというのはいいことだ。
しかしようく見るといろんな問題も見えてる。

香港とマカオは 「中国香港」、「中国マカオ」 という名称で、本家の中国から独立して参加。
んなら、チベットやウイグル自治区も 「中国チベット」、「中国トルキスタン」 なんて名前で参加させればいいのに。
そんなこといって、世界最大の多民族国家である中国で、全部の少数民族がみんな 「中国なんとか」 で参加させろと言い出したら収まりがつかなくなってしまうけど。
モンゴルも、いや、モンゴルはちゃんと参加していたからいいとして、中国国内には本家のモンゴル以上の数のモンゴル人が住んでいるのである。彼らはどっちに帰属したのかしら。

カザフやキルギスの選手を観ていると、日本人みたいな顔をした選手や金髪のロシア人みたいな顔が混在していて、人間を民族なんてもので分類しようというのがいかにいいかげんなものかよくわかる。
人間よ、もうよせ、民族間で争うなんてと、どこかの詩人みたいなぼやきを入れたくなってしまう。

アジア大会であるから中東のイスラム国家からの参加も多い。
じっとながめていたら、ヘジャブという髪をかくすスカーフ着用の国と、そうでない国との違いがありあり。
そうでない国のほうが多くて、イラク、シリア、ヨルダン、カタール、パレスチナ、さらにパキスタンなんかは髪を露出した女性が多い。
ヨルダンやレバノンなんかヘジャブを着用した女性がほとんどいなかった。
これが厳格なイスラム国家のイランやアラブ首長国連邦になると、女性はみんなヘジャブ着用である。

髪を隠していても、たとえばいまや中東の大国となったイランの、おそろいのロングコートのようなユニフォームを着た女性選手たちの美しさはどうだろう。
厳格さでさらに上手をゆくサウジアラビアなんか、女性は国際大会に参加ならんとひとりも女を参加させてないけど、イスラムの女性の美しさは今大会のピカ一だ。
美貌でメダルをもらえるなら、サウジの女性だって日本や中国以上に金銀の可能性があるのにねえ。
けしからんよ。

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2010年11月12日 (金)

紅葉と黄葉

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猛暑から一転して冬到来っていう今年は、秋の紅葉の色づきもいいらしいけど、わが家の近所でそんな木の葉の写真を2枚。
赤いのはツタで黄色いのはユリノキ。

写真だけじゃつまらないから、なにかこじつけないとヤバイだろうというこじつけ名人のわたしは、たとえばO・ヘンリーの短編 「最後の一葉」 を持ち出してしまう。
話の内容は学校の教科書かなんかに載っていたから、いちおう常識として知っているけど、わたしは有名な作家というだけで無条件に賛美するほど素直じゃない。
彼の短編集を買ったおぼえがあるけど、つまらないってんですぐにゴミ箱に捨てたおぼえもある。

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2010年11月11日 (木)

2010

2010

あ、また2001だ。
「2001年宇宙の旅」 については、わたしは市販されているDVDも持っているし、アナログ時代にテレビ放映されたものを録画して、DVDに焼いたものも持っている。
なんてことは1カ月ぐらいまえに書いたばかりだけど、それがまたまたテレビで放映された。
1カ月まえに、デジタル時代になってはじめての放送だってんで、録画してDVDに焼いたわたしだけど、さすがにもういくらなんでもうんざりだ。
で、今回はべつの話題。

「2001年」 の続編に 「2010」 という映画がある。
「2001年」 はそれだけで完結した大傑作と信じているわたしは、どこのどいつだ、続編なんか作ったアホはと思って調べてみた。
監督はピーター・ハイアムズというアホだったけど、ぬけぬけと続編なんか書いた原作者のアーサー・C・クラークにも責任がありそうだ。

「2001年」 では宇宙船やその船内、宇宙服のデザインが秀逸で、それだけでもわたしは感動したというのに、続編のほうが先輩よりも退化してるってのはどういうことなのだ。
リアルにこだわるとそうなるというんかい。
どうせリアルにこだわるなら、最後までリアルでいってほしいやね。
「2010」 の飛行士のまえにボーマン船長があらわれるなんて、オカルト映画じゃあるまいし。
わたしならこんなストーリーを考えるぞってわけで、自称SF作家のわたしのアイディアを紹介してしまう。

行方不明になったボーマン船長の消息を求めて木星までやってきた 「2010」 の乗組員たちは、そこで無人のディスカバリー号を発見する。
無人の、ああ、あのなつかしき精子型宇宙船に乗りこんだ飛行士たちは、そこでボーマンの残した手紙 (USBメモリでもいい) を発見して、彼がたったひとりで木星探査に乗り出したことを知るのである。
ま、ここまでは続編として、べつにおかしなところはない。

ボーマンの足取りをたどろうという 「2010」 の飛行士たちは、2人ばかり代表 (もちろん男と女だ) を選んで、木星探査に出発させるのである。
米国では大統領をやったとか、女を20人猟奇的に殺したなんて異常な体験をしたヒトは、手記を書いてすごいお金持ちになれるのだ。
であるから、このさい、誰が選ばれるかって飛行士たちが殺しあう人間くさい描写があってもいいし、女がイロ仕掛けで代表に選ばれる設定にすると観客がよろこぶだろう。

選ばれた2人はやがてボーマンと同じようにスペースゲートに迷いこみ、その先で見たものは豪華なホテルの1室ならぬ、荒涼とした原始の地球の姿だった。
「2001年」 のボーマン船長はスペースチャイルドに変身して、つまり人類の1歩先をゆく存在にレベルアップしたのだけど、こちらの2人の場合は、はっと気がつくとヒト猿に退化していて、映画はまた骨を武器に同類をぶちのめすというスタート場面にもどるのである。

これじゃ喜劇だという人がいるかもしれない。
喜劇だってキューブリックの 「博士の異常な愛情」 みたいな傑作もある。
わたしの原作のほうがクラークよりずっとマシじゃないか。
そう思わないか。

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2010年11月10日 (水)

バレーボール

すげえなあ。
モデル顔負けの6尺ゆたかな大女たちが、太もももあらわに、歯をくいしばったり、あられもない姿勢で転がったり。
いまバレーボールの女子世界選手権を観てるんだけど、こういう視線で健全なスポーツを観るってのもどうかと思いますが、男のバレーボールにあまり人気がないってことは、やっぱり世間の男はみんなわたしと同じだと思う。

前回、今回とブログ記事がロクなもんじゃないけど、仕方ありません。
ワタシ、まだまだ元気。
さっき血圧計ってみたけど、ぺつに異常ないし。

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2010年11月 9日 (火)

はまる

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映像流出をうけて、このブログでもなにか書かなくちゃいけないかなと考え、昨夜は YouTube で尖閣諸島の中国漁船の映像をあっちこっち閲覧しているうち、どこでまちがえたのか、「ヤッターマン」 の映像にはまってしまった。
「ヤッターマン」 てのはアニメらしいけど、わたしはそんなもの見たこともないし、興味もない。
正確にいうと、はまったのは実写版の 「ヤッターマン」 に登場するドロンジョというキャラで、これを演じる深田恭子の映像なんだけど、いや、もうカッコいいこと。 イロっぽいこと。

えっ、尖閣諸島?
都知事の慎太郎クンもずけずけいってるし、世間の意見も出つくしたみたいで、いまさらワタシがなんかいうことありません。

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2010年11月 8日 (月)

電気ブラン

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昨日の日曜日は 「神谷バー」 へ行ってみた。
正確には店のまえまで行ってみた。
神谷バーってのは浅草の一丁目一番地の1号にある日本最古の洋風バーである (お店の紹介文にそう書いてある)。
創業は明治13年というからこれは古い。

じつは品行方正なわたしはこの店のことをぜんぜん知らなかったんだけど、昭和前期の青少年で、呑ン兵衛の悪友たちのあいだではむかしから有名な店だったそうだ。
これもそういう連中から教わったのだけど、この店の売りモノが 「電気ブラン」 という酒だそうである。
電気ブラシかいと間違えるくらい、酒の名前としては奇妙きてれつな名前だ。

店の紹介文によると、もともとは電気ブランデーといい、じつは純粋のブランデーじゃないもんだから、やがて電気ブランに落ち着いたとある。
電気という言葉はいまじゃかなりダサイ言葉になりさがってるけど、明治時代にはハイカラなものを象徴する晴れがましい言葉というのでつけられたらしい。

とくに呑ン兵衛じゃないものの、好奇心の旺盛なわたしは、いちどこの店に行ってこの奇妙な名前の酒を味わってみたかった。
で、足の運動をかねてのこのこと出かけてみたのだけれど・・・・・・

いや、日曜日の浅草はすごい混雑だった。
銀座や青山、原宿とはどこか異なるタイプの人々が、雷門から仲見世通りにかけて押し合いへしあいしていた。
混雑のキライなわたしがさっさと神谷バーへ行ってみると、わたし同様に電気ブランを飲んでみようという好奇心いっぱいの人々が、空席待ちで行列をつくっていた。
わたしは混雑もキライだけど、義務でないかぎり行列に並ぶのもまっぴらという人間だから、ついに店内で飲むことをあきらめて、店頭で売っていた360ml のボトルを買っただけで引き上げてきた。
アルコール度数は30度、40度の2種類があるそうで、わたしが買ってきたのは40度のほうだからかなり強い酒だ。
帰宅して飲んでみたら、なかなか口あたりがよろしく、女の子でもついはかどってしまいそう。

説明書によると、神谷バーは明治、大正時代に多くの文豪に愛され、萩原朔太郎もよく通って、詩までつくっているそうである。
なるほど。
わたしの部屋でレトロな雰囲気を想像しようっていうにはそうとうの努力が必要だけど、電気ブランをちびちびやりながら、窓の外に枯葉の落ちるのをながめ、人生の秋についてしみじみともの思いにふけるのもわるくない。
秋の日の、ヴィオロンのためいきの、身にしみて、ひたぶるにうら悲し、なんちゃって。

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2010年11月 7日 (日)

京マチ子

Kyo

不景気だし、わざわざ外出して金を使うのももったいないというわけで、昨夜はまた部屋に閉じこもりってテレビから録画した映画を観る。
なにを観てるかというと、古い映画。
古いも古い、昭和28年の映画。
溝口健二監督の 「雨月物語」。
外国でいくつかの映画賞を受賞した傑作のほまれたかい映画だけど、現代人のわたしの目からは、そんなに素晴らしいとも思えない。
たぶん、まだ日本という国が欧米人からは神秘の国と思われていた時代の映画で、そういう国からやってきた映画が、審査員にはとてつもなく斬新にみえたにちがいない。

映画は上田秋成の 「雨月物語」 の中から、『蛇性の淫』 と 『浅茅ケ宿』 の二つを組み合わせて、映画用にひとつの物語として脚色してある。
現代の間尺にあわない映画と書いたけど、女優さんは素敵である。
原作も官能的だけど、ヘビの化身に扮する京マチ子がすばらしい。
いい女優だったなと思ったあとで、念のため調べてみたら、京マチ子って女優さんはまだ健在だった。
オイオイ。

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酒のつまみ

夜中に起きだして酒を呑む。
さいわい部屋にはバーボンとワインが置いてあった。
わたしはけっして呑ン兵衛ではないのだけど、やはりお酒を呑むときはつまみがほしい。
で、冷蔵庫をのぞきこむ。
前日にものぐさをしてスーパーに買いだしに行かなかったもんだから、冷蔵庫の中には野菜類しか残ってない。
そんな悲惨な状態の中に、2、3日まえに買ったぬか漬けのキュウリが2本ばかり。
ウイスキーやワインにぬか漬けがマッチするかどうか。
しかし以前聞いた落語にこんなシーンがある。
呑んだくれの宿六が女房に向かって、ナニかつまみはねえかとくだをまく。
なんにもありませんよと女房がこたえると、亭主は、ぬかみそ樽をひっかきまわせばナスの古漬けぐらい出てくるだろうという。
ぬか漬けが酒のつまみとして、けっして絶望的でないことはこの落語が証明している。

わたしの部屋では、さいわい戸棚の奥からサンマの味噌煮の缶詰も出てきた。
これ以上なにをいうことがあろうか。
贅沢な酒のつまみで、わたしはいくぶんほろ酔い気分だ。ブログの文章が踊っていてもご容赦あれ。

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2010年11月 5日 (金)

ネコ

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仕事に出かけようとすると、玄関のドアの外側に大きなネコがごろりと横になっている。
帰宅すると同じ場所にまだごろり。
やっこさん、わが家が気にいっちゃったようだけど、ハナハダ迷惑。
子ネコならともかく、見た感じがもうすぐ養老院がふさわしいような老人ネコだもんね。
お腹のあたりがげっそりしていて、可哀そうなので何回かエサをやったのがまずかったらしい。

むかし見たはらたいらさんのマンガにこんなものがあった。
団地の部屋にある日見ず知らずの老人が押しかけてきて、どこのどなたか存じませんが、身寄りのない年寄りを不憫とお思いなすって、どうかここで死なせてくださいという。
オイオイオイである。
そういうことはあらかじめ連絡しといてくれなきゃ困るよな。
うちのネコの場合も、身寄りのないネコがわが家を勝手に死に場所に選んじゃったのかもしれないけど、そんなの面倒みきれんよ。
部屋の中には入れないからな、オイ。

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2010年11月 4日 (木)

ダブルスタンダード

「ダブルスタンダード」という言葉の意味を確認するために、ヤフーの知恵袋で調べてみた。
ヤフーの知恵袋というのは、なにかわからないことがあったらここに質問すると、それについて詳しいよその誰かが教えてくれるというもので、お手軽になにか調べようという人にはまあまあ便利なものである。
たまたまこの言葉の意味を質問している人がいて、どこかの誰かさんが答えていた。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q146019289

ダブルスタンダードというのは二重基準のことですと、回答者はいくらか知識のある人らしいけど、たとえとして社民党をひきあいに出し、この政党が中国の味方をするのはダブルスタンダードですと説明していた。
戦争はイカンとする政党が、戦争ばかりしていいる中国の味方をするのはダブルスタンダードだというんだけど、この説明そのものがダブルスタンダードだということには気がつかないらしい。
戦争ばかりしている国といえばまっ先に思いうかぶのは米国である。
それを無視して中国を取り上げるのは、もちろんダブルスタンダードなんだけどねえ。

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栄光のル・マン

Gp

わたしは肝心なことはすぐ忘れるくせに、つまらないことはよくおぼえている。
人の名前や電話番号なんて、いちど聞いただけではかならず忘れる。
そのくせ相手が美人のオンナの子だったりすると、そういうものを忘れることはゼッタイにないから、これは記憶力ともちがうどこかの器官が異常をきたしているようである。

火曜日の夜、BSで放映されたスティーヴ・マックィーンの「栄光のル・マン」を観た。
1971年の映画だから、もう40年ちかくまえの映画だ。
とうぜんながらまだコンピューター・グラフィックも使われてないし、スピード感はイマイチ。
映画はロクなもんではないけれど、レース・シーンは手作りみたいな素朴な味わいがあって、のどかなクラシックカー・レースを観ているみたいでわるくない。

駄作だけど、観ていていろいろ思うことがある。
この年の耐久レースではガルフチームのポルシェが圧倒的に優勢で、ル・マンでもこのチームが優勝する可能性がひじょうに高かった。
そういうわけでマックィーンが映画の中で乗るのも、ブルーとオレンジの塗装のガルフ・ポルシェということになっている。
こうしておけば優勝してゴールするシーンに実写映像も使えると考えたんだろうけど、皮肉なことに、この年のル・マンでは優勝したのは他のチームのポルシェだった。
車体のカラーがちがうのでこれでは実写映像を使うわけにはいかない。
映画のラストがなんとなくしまらないのはこれが原因かもしれない。

この映画ではポルシェとフェラーリが、まるでスプリントレースのように、ゴール直前まで抜きつ抜かれつの大接戦。
24時間レースでは、ゴールしたとき1位と2位の差が、5分、10分以上となることがめずらしくないから、そんなのありかよと思ってしまうけど、じつは過去にじっさいにそういうことがあったから、いちがいにウソと言い切ることもできない。
1969年のル・マンでは、フォードGT40(ガルフチームの車だった)とポルシェ908が後々までの語り草になる死闘を演じた。
なにしろゴールしたときの差が、この映画のように数百メートル、ということは数秒しかなかったのだ。
このことはこのブログの07年10月1日の記事でふれたことがある。
ガルフGT40のドライバーはジャッキー・イクスだった・・・・・・・・

こんなことをおぼえていて何か役に立つのか。
立たない。ぜんぜんなんにも。
だからわたしはつまらないことをおぼえていると最初にことわったのである、ホント。

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2010年11月 3日 (水)

認めません

メドべージェフさんが北方領土を視察したってんで大騒ぎ。
ケシカラン。
ロシアが実効支配してるったって、あそこは日本の領土なのだ。
認めません。 ええ、ゼッタイ認めませんとも。

尖閣諸島を中国の漁民が侵したってんで大騒ぎ。
ケシカラン。
中国が領土だっつうたって、あそこは日本が実効支配しとるのだ。 認めません。 ええ、認めませんよ、ゼッタイに。

こうなったら日本の首相も北方四島の視察に行くんだな。
なに、日本の領土を日本の首相が視察してどこがわるい。
たちまち逮捕されてシベリア送りになるかもしれないから、下着はたくさん用意してってね。

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2010年11月 2日 (火)

カワセミとサワガニ

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散歩にいく。
たちまちカワセミに出くわした。
それっとカメラ (コンパクト・デジカメ) を構え、やっこさんが飛び去る瞬間をとらえたのが上の写真。
散歩道ではあっちこっちでバズーカ砲みたいなカメラを構えたカメラマンに出会うけど、わたしのちんこいカメラでもこのていどには撮れるのである。

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ワサビ田のあたりにはサワガニがいることがわかっているけど、ただぶらぶら歩いているだけじゃめったに見られない。
ところが今日は田んぼのあぜ道でバッタリやっこさんと出会ってしまった。
はさみが片方しかないのは、近所の悪ガキにでも取られたのか。
おいおい、こんなところをうろうろしてると、カラスやサギに食べられちまうぜと、そんなこと言ったって日本語はわからないだろうけど、とりあえずこちらも一枚。

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トチノキ

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だいぶむかしの話だけど、「宇都宮市でマロニエ祭り」 という新聞記事を見つけたことがある。
マロニエといえばフランスである。 パリである。 シャンソンである。
「枯葉」 なんてよく知られたシャンソンがあるけど、あの葉っぱはマロニエにちがいない。
この歌はあまりに有名なので、シャンソン歌手だけではなく、ポピュラーやジャズ畑のいろんな歌手がうたっており、最近ではロック・ギタリストのエリック・クラプトンまでうたっていて、これがまたなんともシブくていいんだけど、とりあえずその話は棚に上げて・・・・・・・・

宇都宮とかけてマロニエととく。
そのこころは?
はてね。宇都宮とシャンソンが何か関係あったかねと、わたしは新聞を読んだあとしばらく考えこんでしまった。
栃木県の人に笑われてしまいそうだけど、わたしが博物学に興味がなく、動植物の名前にぜんぜん関心がなかったら、このなぞかけの答えは永久にわからなかったと思われる。
マロニエというのはトチの木、つまり栃の木で、ほれ、もうわかってきたでしょう。
栃木県の県庁所在地でマロニエ祭りというのは、けっしてヘタなこじつけじゃなかったのである。

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でもちょっとカッコつけすぎだよな。
マロニエ祭りでなくて、トチノキ祭りというほうが、なんとなく縄文の響きみたいなもんが感じられ、素朴な民芸品の手ざわりがあって、日本人のこころに訴えそうじゃないの。
先だって日光のほうへ行ったとき、名物のトチモチを食べて、これがすてきに美味しかったけど、トチモチがマロニエモチじゃ、クリームパンみたいなもんしか連想できないぞ。

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2010年11月 1日 (月)

蕎麦

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添付した画像はこの季節のハナミズキ。
ハナミズキというと、4月から5月にかけての白やピンクの花がよく知られているけど、晩秋の赤い実もなかなかきれいだ。
で、今回はハナミズキをネタにブログ記事をでっちあげようと思ったものの、何もアイディアが浮かばなかった。
で、ぜんぜん関係ないことを書く。

武蔵境の駅ちかくに、そのへんのいわゆるソバ屋とは一線を画す高級蕎麦屋がある。
店の造りもデラックスだし、値段までそのへんのソバ屋とは一線を画すのはツライけど、なかなか美味しい店なので、蕎麦好きのわたしがときどき出かける店である。
昨日の日曜日もひさしぶりにのれん、いや、そんなものはない、いかにも高級そうな木の扉をくぐってみた。

蕎麦が好きだけど、わたしはかなりいいかげんなほうだから、蕎麦とビールをいっしょに注文して、あとでシマッタと思った。
これが同時に出てきたら困ってしまう。
ところがさすがは高級店。
ビールはすぐに出てきたものの、蕎麦は、わたしよりあとから入ってきた客にはさっさと出たのに、わたしのほうはなかなか出てこない。
ビールを飲み終えるころ、絶妙のタイミングで蕎麦が出てきた。
ありゃきっとどこかに、お客のテーブルの進ちょく状況を監視する隠しカメラがあるにちがいない。

わたしは蕎麦好きだけど、通じゃない。
通ならば、ざるやもりでなくて蕎麦の味がわかるけえとでもほざき、かたっ苦しい作法のひとつも述べるんだろうけど、わたしが食べるのはいつもトロロソバか山かけそばである。
池波正太郎さんあたりに怒られそうだけど、これが好きなんだから仕方がない。
油っこいものはニガ手なので、テンプラやタヌキはまず頼まない。
肉もわざわざ蕎麦に入れる理由がわからないから、鴨南蛮なんてのはダメである。
せっかく高級なお店に入って、なんだ、そりゃといわれても気にしない。
板わさをおつまみに、ひとりでビールを飲み、好きな蕎麦を食べる。
また至福の時間をすごした日曜日でありました。

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