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2010年11月19日 (金)

街道をゆく/先島

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テレビを観ていたら 「街道をゆく」 が再放送、いや再再再再放送されていた。
この番組は原作者の司馬遼太郎が亡くなってから制作された番組だけど、原作の愛読者であるわたしにとって、文章だけでは想像しにくい場面や風景を映像で見せてくれたので、なかなか有益な番組だった。

たとえばこのシリーズの中に韓国をとりあげたものがあり、そこに豊臣秀吉の朝鮮侵略のさいに、朝鮮に帰化した日本の武将のことが出てくる。
作家はその子孫が生活しているとされる村を訪問し、あたりの地形が朝鮮いっぱんの風景ではなく、日本のどこかの農村に似ていることに感動している。
しかし文章でいろいろ説明されても、どんな風景だったのかということを具体的に想像するのはむずかしい。
テレビの「街道をゆく」では、この村を映像で観せてくれるので、日本とよく似ている風景というのがどんなものかよくわかる。
ナルホドである。

昨日放映されたのはシリーズの中の沖縄紀行。
ただし原作の 「街道をゆく」 で描かれているのは1974年の沖縄だから、いまから36年前のことで、沖縄が米国から返還されてまだ2年しかたってない。
この本は政治について書かれた本ではないから、作家は本島にちょいと寄っただけで、たちまち先島 (八重山諸島) まで行ってしまっている。

先島紀行の主要な目的地になっている竹富島は、いまでも高層ビルや近代建築を認めないという島の人たちの取り決めのおかげで、古い沖縄の風景がよく残っているところである。
この紀行記にも、島のまわりをギンネムの茂みがおおっていて、中心部に小さな部落があるという記述がある。
そして人々の暮らしについても、祝女 (のろ) や御岳 (うたき) という古い信仰や、太古のままの素朴な漁業、農業生活が残っているように書かれており、いや、もうホントにすてきな島なのである。

作家が旅のとちゅうで出会った人の中には、テレビ番組制作時にすでに故人になっていた人も多いと思うけど、竹富島の高那旅館のおかみさんや、波照間島で知り合った病院長夫人など、まだ生存していた人たちを番組で見られたのはうれしかった。
本に熱中すると、それがノンフィクションの場合、ささいな登場人物にもつい興味をもってしまうからである。

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話が変わるけど、わたしがはじめて先島を訪ねたのは1983年で、この紀行記より10年ぐらいあとだった。
当時のわたしはすでにこの紀行記を読んでいたから、竹富島へ渡ったとき、あ、ほんとうだ、ギンネムばっかりだなんて感心したものである。
10年たっても竹富島は、作家が旅したころとそれほど変わっていなかったようだ。

しかるに、さらに20年ほどたったあと、わたしはまた竹富島を訪れた。
あにはからんや、島の周囲にりっぱな舗装道路ができていて、やぶをかきわけてようやく集落に到達した細道も、二車線の広い自動車道路に変わっていた。
沖縄は地域振興のための予算がわりあい豊富なところだから、その気になれば舗装道路ぐらいなんでもないだろうし、村民が便利になったとよろこんでいるなら、わたしなんぞが口を出すのはおかどちがいだけど・・・・・・
うーん、わからない。わからないのである。
あのギンネムにおおわれた原始的な風景を、この世から消滅させることが村民の一致した民意だったんだろうか。
なんか取り返しのつかないことをしてしまったんではないかという気持ちが、どうしてもわたしのこころから消えないのである。

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