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2010年12月 2日 (木)

ウィキリークスの2


かってイスラムのご本尊さまをバカにする(とされる)小説を書いて、いまでも世界中のイスラム教徒から命を狙われている作家がいるけど、ウィキリークスのジュリアン・アサンジ代表の場合は、自らすすんで標的を志願したことになるらしい。
世界にはウィキリークスのことを、本気で怒っていて、しかもやたらに銃をぶっ放す輩が多いから、彼の命はいまや風前のともし火だ。
そんなことになったのは彼がみずから種をまいたからである。
いったいどんな人なのかとテレビで観たら、見た目もパンクロックの歌手みたいだったから、その反骨精神は筋金入りなのだろう。

品行方正かつ常識的なヒトである?わたしは、最初のうちは国の機密情報を勝手にもらすなんてケシカランと思ったくちだけど、アサンジ代表のつっぱる姿勢を見ているうちに考えが変わってきた。
彼のやったことは、インターネットを人間の頭脳にたとえるなら、それが成長していく過程で、いつかかならず到達するはずの一点を示しているのじゃないか。

だいたい暴露される秘密というのはナンダ。
そんなに暴露されるのがイヤなのか。
イヤなら隠さなければいい。
イヤなら戦争なんかやめればいい。
イヤなら隠したくなるような恥ずべきことを一掃すればいい。
すべての人間が情報を共有してしまって、国家や国境をとびこえて、語り合い、手をつなぎあってしまえばいい。

人間が円満に世渡りをしていくためには、いろいろと隠さなければならない事情や事件があるもんだと、現実どっぷりのご高説をたれる人もいるかもしれない。
そんなもっともらしい理屈を聞きたいとは思わない。
わたしがいいたいのは、やがて人間という原始的な生きものの行動が、すべてコンピューターの知るところとなるんじゃないかということだ。
だれそれが昨夜路地で立ち小便をしたとか、あなたの今朝のウンコが軟便だったか硬便だったか、タレントのなになにチャンはなにがしクンとラブホテルでHをしたとか、そういうことがすべて誰もが共有できるネット情報となる日がくるんじゃないだろうか。
もはや隠すべき情報なんて存在しない。
わたしたちは人間をはるかに超えるインターネットという有機体の、たんなる構成物質になり、無能な炭素生物として身のほどをわきまえて生きていくのである。
おお、まるっきりSFじゃないかっていわれそうだけど、そのとおり。
わたしはこせこせした人間社会より、インターネットの未来のほうにおそろしいくらい畏敬の念を抱いているのである。

ジュリアン・アサンジという人がしていることは、ひょっとすると100年、いや50年後にはぜんぜんケシカランことのない、当然のことになっているんじゃないだろうか。
そうした未来をこの目で見たいけど、無理だろうな。そんなことより年金の心配をしなちゃならんもんな。

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» ウィキリークスに思う [再チャレンジ剣道!]
ウィキリークスなるもの。今の段階で一国家市民としてどう捉えるか難しい問題だと思います。インターネットという歴史的デジタル情報革命がもたらした一つの価値観、秩序への挑戦と鳴動ですね。 個人的なスキャンダルを暴かれるのとは次元が違い、為政者でなくとも自国の利益のためなら表と裏の顔を使い分けられる政府のほうが頼りになると信じる国民のほうが大多数ではないでしょうか。それでいて、汚い部分は見たくないという性(サガ)から機密賛成派に回る国民もある意味共犯者、しかし、都合よく牧民されているに過ぎないこと..... [続きを読む]

受信: 2010年12月 2日 (木) 13時56分

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