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2011年5月25日 (水)

被災地への旅/遠野物語

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この旅ではあちらこちらで多くの素人カメラマンや家族連れに出会った。
中には廃墟のまえで記念写真を撮っている者もいた。
これじゃ物見遊山じゃないかと、わたしが出発するまえに、無関係な人間がのこのこ出かけることを非難したわたしの知り合いは、こういう不謹慎な態度を言ったのだろう。
さすがにディズニーランドへ行くつもりで被災地を訪問した家族連れはなかっただろうと思うけど、わたしはそんな家族のために弁護を買って出ようと思う。

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柳田國男の 「遠野物語」 は三陸海岸をふくめた、岩手県全域にまたがる民話や伝承を集めた本で、その中に津波の話も出てくる。
出てくるばかりか、それは数あるエピソードの中でも、もっともわたしの印象に残るものであるということは、このブログの07年8月31日に書いたことがある。
大津波で妻を失った男が、霧の晩に海岸で死んだ女房と出会う話で、まるで 1幕ものの舞台劇のように、簡潔に、男女の哀しい運命を語っているというものである。

「遠野物語」 は明治の書物だから、そこに描かれた津波は 1896年の明治三陸震災のものと思われるけど、これでわかるとおり三陸海岸は過去に何度も津波に襲われてきた。
にもかかわらず、人々はそんな過去からぜんぜん学んでこなかった。
いや、学んだからこそ、巨大な防波堤・防潮堤を築き、最新の予知システムを備え、過去にはありえなかった最強の防御態勢をしいていたんじゃなかろうか。
そうやって満を持して?待つ人々のところへ、津波は想定をはるかに超える巨大さで押し寄せた。

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これはどういうことか。
人々のこころの中に、どこか驕りのようなものがあったということじゃなかろうか。
今回の震災では、自然をあなどることのおろかさ、文明の驕慢さをつくづく知らされたんじゃなかろうか。
家族連れで被災地を訪れた人たちは、人間の文明なんて自然のまえではじつにはかないものなんだということを、今度こそ小さな子供たちにしっかりと見せつけて、後世への教訓としてもらいたいものである。
物見遊山といわれようとなんといわれようと、これなら被災地への旅も意義があったといえるんじゃあるまいか。
ちと苦しいかな。

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コメント

意義あり。

投稿: タマ | 2011年5月25日 (水) 21時53分

意義でよかった。アリガトウゴザイマス。
最初は“異議”かと思ってどっきりしちまいました。

投稿: | 2011年5月26日 (木) 06時02分

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