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2011年5月20日 (金)

被災地への旅/陸前高田

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陸前高田のあたりで交通規制にひっかかってうろうろ。
よくわからないまま、大きな川にそって走っていると、対岸に竹ヤブがあるのが見えた。
竹はすべてまっ茶色に立ち枯れしていて、頭まですっぽり海水につかったことを物語っていた。
河川敷にも車が仰向けになっていて、さまざまなものの残骸がころがっている。
しかし、まあ、このころになるともうたいていのことでは驚かなくなっていた。

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驚かなくなっていたと書いたすぐあとで驚くのもナンだけど、陸前高田の被害には度胆をぬかれた。
わたしはこの旅で、気仙沼、陸前高田、大船渡、釜石と、4つの都市の被害を見てまわったけど、陸前高田と大船渡の被害には息をのんだ。
この2つの都市は、気仙沼にくらべると、海岸の平たん部がずっと広い。
街の機能はその平たん部に集中していたようで、それがまさに原爆投下直後のヒロシマのように、見わたすかぎりの廃墟になってしまっているのである。
このブログの写真でもわかるけど、気仙沼では木造家屋は倒壊したものの、それ以外の建物は比較的原型をとどめているものが多かった。
しかし陸前高田では、海岸にまともなかたちの建物はほとんど残ってなかった。
震災が現実にあったことはよくわかったけど、それを飛び越えて、今度は震災の巨大さがありえない夢のように思えてきた。

いったいこれだけ大きな津波がくるなんて誰が想像しただろう。
震災のあと行政や電力会社の怠慢を非難する声があふれているけど、わたしは東京電力の傲慢な役人根性こそむしずが走るもの、それ以外については、それみたことかと誰かを責める気にはとてもなれない。

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