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2011年6月

2011年6月30日 (木)

幸福の赤いバス

Vosta

タイトルを見たときはボリウッド製のお気楽ミュージカルかと思った。
なんだかよくわからないけど、すごい美女やヒゲづらの男たちが右往左往するから、やっぱりインドの映画かと思った。
しかし、どこかちがう。なんかちがう。
で、調べてみたらレバノンの映画だという。
昨日BSで放映された 『ボスタ! 踊る幸福の赤いバス』 という映画のことである。

観始めてすぐは、なにがなんだかよくわからなかった。
ダブケというレバノンに伝わる民族舞踊を、現代的にアレンジしたショー団体が、おんぼろバスに乗ってあちこち巡業してまわるという物語なんだけど、踊りをおどる役者たちがみんなあきれるくらいヘタクソである。
アメリカにはストリートダンサーにさえ、超人的な技巧を見せる踊り手がごろごろしているっていうのに。
しかも踊り手たちが、ただひとりの美女をのぞいて、人妻だとかおデブちゃんだとか、ふつうの家庭のオヤジや医学士崩れだとか、どいつもこいつもロクなもんじゃない。
こんなダンサーたちがコンテストに出場して、もちろん落選する。
ヤケになった彼らはおんぼろバスで地方巡業に出るのである。
地方の舞台というのが、結婚式場だったり、小学校の庭に仮設のステージだったりと、これじゃあ昔の日本にもあった田舎芝居を見せられているようなものだ。

しかしこの映画はわるくない。
劇的な場面も刺激的なシーンもないし、ただひとりの美女だけが主役ってわけでもないけど、ダンサーたちのもめごとや心情が、ユーモアをまじえ淡々と描かれていて、観終わったあとほのぼのとさせられる映画である。
わたしは外国に興味があるので、背景にも注目していたけど、戦乱に明け暮れている国という印象のレバノンに、まだこんな素朴な人々が生存しているということを知るのも楽しい。

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2011年6月29日 (水)

困ッテマス

新しいパソコンがまだ来ない。
追跡調査をしてみたら、こんどの土曜日が配送予定日だとか。
作業用パソコンがないことには、ブログに画像をはることもできないので困ッテマス。
こないだ散歩に行って、めずらしいヘビの写真撮ってきたのに。

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2011年6月28日 (火)

アムチトカとフクシマ

このさいである。
そりゃオーバーなんじゃないのといいたくても、ウチの子供が癌になったらどうするんですかといわれたら返す言葉がない。
こういうときは黙っているか、間接的な表現を使うにかぎる。

椎名誠サンの 「シベリア追跡」 って本は、この作家の紀行作品の中ではいちばんの力作かもしれない。
これを読んでいたら冒頭に、アリューシャン列島にあるアムチトカ島という島が出てきた。
この島では 1971年に、5メガトンという史上最大の地下核実験が行われたそうである。
爆発の衝撃は日本にも地震となって伝わったそうだからハンパじゃない。
当時は米ソ冷戦時代で、アメリカとソ連がしょっちゅう核実験をやっており、週刊誌にも出ていたけど、日本列島にふりそそぐ放射能の量は、フクシマ後の現在なんか問題にならないくらい多かったという。

椎名サンらがそんな島に乗り込んだのは実験から 14年後のことである。
島はもちろん無人島になっていたけど、そんな島で彼らが最初にやったことは放射能反応のない水場を探すこと。
ようやく水場を見つけ、ここにテントを張って、4、5日間も滞在していたとある。
むかしの人は無神経だったのかもしれないけど、その後椎名サンが癌で死んだって話は聞かないから、いまの人のほうが神経質すぎるんじゃないかって気がしてしまう。
ジョン・ウェインが癌で死んだとき、こりゃ核実験場のネヴァダ砂漠で映画を撮ったせいだといわれたことがあるけど、撮影スタッフの中で癌が続出したって話は聞かないから、これはガセネタじゃなかろうか。

いろいろ騒ぐ人は多いけど、なんせアムチトカ島は5メガトンで、こちらは水素爆発で屋根が飛んだだけだぞ。メルトダウンでも地球に穴があいたわけじゃないし。
てなことをいったら怒られるだろうなあ。 いいたいんだけど・・・・・

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2011年6月27日 (月)

今朝の新聞

早起きして朝刊を読んでさっそくブログ記事を書く。
こんなに素早い反応を示すのはわたしのブログだけかもしれない。

そんなことはどうでもいいけど、国際面に日本のスーパークールビズについて各国の評価が載っていて、うらやましいという意見もあれば、品位が足りないという辛口の意見もある中で、最後に「なぜ女性の服の提案がないのか」という意見が。
なるほどねとわたし。
ここまで読んだ人は、どうせわたしが女性用のスーパークールビズとして、水着や網タイツを提案すると思ってんだろう。
そんな月並みな提案をしてたまるか。
わたしはヒトの裏をかくのが好きなのだ。

前項の続きみたいになっちまうけど、今朝の新聞によると、菅クンは震災まえからエネルギー政策に力を入れていたとある。
彼は科学好きで、発送電分離にしてもそうだけど、電力業界と自民党政権の権益構造をブッ壊すことに熱心なんだそうだ。
このためにエネルギー政策の主導権をにぎり続けたい経産省は危機を募らせて、いろいろ対抗策を画策中であるとかなんとか。
ということは、いまの機会になりふりかまわず菅クンをひきづり落とそうとする勢力ってのは、この権益構造をなにがなんでも守ろうという自民党、ならびに官僚たちのことじゃないのか。
何もわからず菅クンはダメだ、辞めろという人は、そのお先棒をかついでいることになるんじゃないのか。
だいぶむかし、民主党がいっていた官僚支配の打破という言葉に喝采をした人も多かったようだけど、それは役人の前でいたずらに肩をいからせるのではなく、こういう先見性のある政策にこそ発揮せられるべきじゃないのか。

じつをいうと菅クンのことよりも、今の時期に首相を辞めさせようというのが、わたしにゃどうしても納得いかないのである。
とりあえず首をすげ変えればなにか変わるだろうという神経がわからないのである。

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2011年6月26日 (日)

新聞の投書

読むものに飢えているわたしは、新聞の投書欄もよく見る。
あいかわらずステレオタイプの考えをしている人が多い。
今日の新聞に菅首相の顔も見たくないという人の投書があった。

この投書氏のいっていることは、まず菅クンの大震災と原発事故の対応のまずさ、危機管理能力のなさと、どこかで聞いたようなことである。
それじゃあ訊くけど、菅クン以外の誰が首相をしていたら、適切な対応がとれて、管理能力の高さを発揮できたというんだろうか。
もしもそんな人間がいたら・・・・・・そりゃ政治家にしておくのはモッタイナイぞ。

つぎに鳩山政権が発足してから、だんまりを決め込んで、政権の足をひっぱったのがケシカランという。
これだって深読みすれば、虚言癖のある鳩山クンに失望して、そんな政権に手を貸すより早く辞めてほしいと願った結論といえなくもない。
鳩山クンのあのていたらくをみれば、菅クンが足をひっぱったのがわるいとは、いちがいにいえない。

政権についたらいきなり消費税増税やTPPへの参加方針を示したのもケシカランときた。
しかしこの二つは賛否両論で、政治家がどちらかに決断したからいけないといわれる筋合いのものではない。
この投書氏は自分の意見というものを持たず、ただ世間に流布されていることを丸のみしている人らしい。

先日の内閣不信任騒動でも、すぐ退陣するかのような印象を与えておいて、それを覆したのがケシカランという。
しかしすぐに辞めろと迫ったのは、野党、民主党内の反菅勢力、そしてマスコミだけで、菅クン自身は辞めるなんてひとことも言ってない。
そもそも、こんなときに内閣不信任を提出するほうがどうかしているんじゃないか。

自分の意見を新聞に発表するのはけっこうなことだ。
しかしわたしのようなへそ曲がりに冷笑されないよう、よくよく注意をして書いてもらいたいものである。
いえいえ、けっして菅クンが好きってわけじゃないんだけどねえ。

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コンサート

朝っぱらからテレビをつけておいたら、チョン・ミョンフンのコンサートを放映していた。
べつになんとも思わず、クラシックのコンサートだろうと思って観ていたら、とちゅうからエレキ・ギターが入ってロック・コンサートになってしまった。
録画しておけばよかった。
ふざけやがって。
そんなこと新聞のテレビ欄にはひとことも書いてないじゃないか。
こんなコンサートならわたしも生で観たい。
さかんな拍手があったところをみると、あちらのクラシック・ファンにはこだわらない人が多いらしいぞ。

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2011年6月25日 (土)

大バカ者である

日本でゆいいつの青い眼の土建屋社長さんだった山口スティーブさんのことは、どこかで書いたことがあるような気がするけど、今朝の朝日新聞のおまけ誌面にまた彼の記事が出ていた。
この人はもともとはアメリカ人だけど、日本人女性と結婚して日本国籍を取り、彼女の父親の建設会社をひきついだ人である。
ところが小泉首相の改革の影響で会社が倒産してしまった。

彼は外国人であっただけに、政治についても外から冷静に見つめることができたようで、そのおりにこんな発言をしている。
『悲しいことだけど、だからといってコイズミを恨むことはできない』
『(談合や公共事業に依存するような)日本の建設会社の経営方法は、いつか行き詰まり破たんするに決まっていた』

本心でこう思っている人は、日本人のなかにもけっこうたくさんいたと思うけど、あいにく新聞やメディアに登場するのはもっと単純な人たちばかりだ。
小泉がわるい。あいつが改革なんかやったから日本は不幸になった。
政治家や有名な評論家のなかにもそういうことをいう人がいる。
現状のままではいつか行き詰る。
だから、とにかく何かを変えてみようというのはまっとうな政治感覚で、日本にはそんな政策にすら踏み切れない保守的な政治家が多いのだ。
新しい政策が吉と出るか凶と出るかは誰にもわからないのだから、結果だけ見て政治家を責めるのは大バカ者であると、わたしは断言してしまう。

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2011年6月23日 (木)

買う

パソコンがないと人生の楽しみが半分くらいスポイルされそうな “パソコンおたく” のわたしであるから、新しいパソコンを注文してしまった。
今回は徹底的に安い製品ということで、なんと5万円足らずのデスクトップ。 CPUなんかAMDである。 インテルじゃないのだ。
インテルばかりがCPUじゃない。 わたしは過去にもAMDを使ったことがあるけど、なにも問題はなかった。
スピードがどうのこうのという人もいるけど、これは相対的なもので、高性能のCPUと比較するから遅いということになる。
こんなもんだろうと割り切れば、遅くて使えないCPUなんて (少なくとも現在発売されているものにかぎれば) あるわけがない。

わたしはネット専用マシンと作業用パソコンを分けて考えているので、新しいパソコンが来ないことには画像をブログ用に加工することもできないのである。
こうなると待ち遠しい。
ただ、注文したのがDELLだからな。
また東南アジアのどこかの離島で組立てて、イカダで運んでくるんじゃないか。

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2011年6月22日 (水)

いかれる

家に帰ったらパソコンがいかれていた。
わたしの使っている2台のパソコンのうち、XPのほうである。
買ってから3年半だけど、3年という時間はこの世界でははるかな昔って気がする。
日々の日記や書類作りだけじゃなく、ホームページやブログ、画像処理、動画や映画制作など、これでもかっていうくらいいろんな作業に酷使したから、惜しいとは思わないし修理して使おうって気にもなれない。
だから新しいパソコンを買おうと思うけど、なにせここんとこ常時金欠状態のわたしのこと、高価な製品を買うわけにはいかない。買えるはずがない。

わたしの友人にしょっちゅう新しい高価なパソコンを買っている人間がいる。
あいつの家の押入れには、きっと歴代の不要になったパソコンがぎゅうぎゅう詰めになっているに違いない。
XPでもいいんだけど、不要のパソコン、わたしが安く買うから、このブログを読んでいたら電話してくれる?
えっ、アンタのことだよ。アンタの。

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2011年6月21日 (火)

iPad

iPad をいじってみた。
わたしが買ったわけじゃない。買ったのは友人である。
テレビゲームやソフトでもそうだけど、新しいものにすぐに飛びつくヒトの気がしれないわたしは、うむむと疑惑のまなざし。

わたしはアップル社のスティーブ・ジョブスさんが好きである。
公けの場にも黒い丸首シャツで登場するその非常識ぶりが好きである。
商売や企業経営よりも、iPad のような、夢をかたっぱしから実現させちまうために生きているようなその姿勢が好きである。
好きではあるけど、だからといって無条件で飛びつくほど軽薄でもないのだ、わたしゃ。

まあ、ちょいといじっただけではロクなもんじゃないという印象。
わたしにいちばん関心があったのは本を読むための機能だけど、じっさいほかに興味をひかれるものはほとんどなかった。

読書機能については、指先ひとつでページをめくったり拡大したりできるのはおもしろいけど、そう、おもしろいというだけで、これは本の内容にはなんら影響を与えるものではない。
iPad で本を読むと、これは筋金入りの読書家であるわたしにそなわってしまった習性がそうさせるのか、どうもショーウインドウのガラスごしに品物をながめているみたいで、ぜんぜん読んでいるという実感がわかない。
iPad を買う人の中に、読書家 (マンガは別にして) がいたという話を聞かないのはこれが原因かもしれない。

先日街で見かけた女の子は、美味しいレストランを探すのに iPad を活用していたけど、そんなもの、ケータイだってできるじゃん。
ケータイなら電話だってできるんだぞ。

それじゃあ iPad はぜんぜん役に立たないのかっていうと・・・・・
今日の夕刊に、電子書籍だけで100万部を売った作家の記事が出ていた。
わたしもひとつ、小説でも書いて儲けるか。
なんせ電子書籍ってのは、出版する経費も手間もみんなはぶいてくれて、本屋で売られている本のページを、勝手にやぶいてコピーして、そんな不埒な人間にも出版できるくらい簡単だそうだから。

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2011年6月20日 (月)

映画を作る

前項で約束しておいた小さな映画を YouTube にアップした。
なんてことのない詩の断片みたいな映画である。
こういうものをたくさん作って、全体で 「大沢村」 のイメージをひとつ完成させたい。

興味のある人は以下のアドレスから。
http://www.youtube.com/watch?v=RHLWHl5uP0I

映像も撮れるコンパクト・デジカメと、ウインドウズに付属の映画編集ソフト 「ムービーメーカー」 だけで、このていどの映画なら作れるのである。

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2011年6月17日 (金)

映画の困惑

映画を作っている。
パソコンで映画を作るには専用ソフトが必要で、中でも有名なのはプロも使っているアドビ社の 「プレミア」 というソフトだろう。
わたしは縁あってこれを使ったことがあるけど、これは素晴らしいソフトである。
映画制作を趣味とする人間にとって、ほぼ完ぺきといっていい機能を持っている。
わたしはこんな至れり尽くせりのソフトを作ったアドビ社に畏敬の念さえ抱いてしまうけど、問題はこのソフトがひじょうに高価であるという点だ。
完ぺきなソフトなんだからやむを得ないけど、趣味で旅行や家族の映画、あるいはちょいと YouTube に載せる映画を作ろうという人には、おいそれと手が出せるものではない。

金をかけずに映画を作りたい。
そんな方法はないかと考えたあげく、ウインドウズ・パソコンなら必ずついている 「ムービーメーカー」 というソフトを使ってみることにした。
カメラにも金をかけたくないけど、さいわい最近のデジカメには、たとえコンパクト・デジカメでも動画撮影機能がついているものが多い。
そんな安いデジカメと、無料の 「ムービーメーカー」 でどの程度の映画が作れるだろう。

その結果はそのうちに披露することになると思うけど、また問題がひとつ。
映画人がすべからく作曲家であるとはかぎらないから、BGMだけはどこかで拝借してこなければならない。
フリー音源という手もあるけど、そういうものにこちらのイメージに合うものがなかなかないのである。
ないどころか、わたしは既存の音楽に合わせた映像を作りたいと、逆のアプローチを考えているほうだから、どうしてもロックやジャズの名曲をBGMに使うことが多く、これではもろに著作権侵害になってしまう。
ま、個人の趣味だし、お金なんか1円も儲かるわけじゃないし、既存の音楽はちゃんとお金を出してDVDを買ったもんだしと、いろいろ理屈をならべて勘弁してもらうか。

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2011年6月16日 (木)

アノネ

日本の福島で重大な原発事故がおきた直後に世論調査をすれば、結果はおのずとあきらかだ。
わたしの知り合いにもイタリアで原発反対派が勝利したなんて大喜びしている人がいるけど、そのイタリアでフクシマの事故がおきるまえまでは、国民の大多数は、あのヒヒ親父のベルルスコーニさんの原発推進政策を支持していたってことは忘れているらしい。
国民の意思なんてものはこんな具合に、いともかんたんに雰囲気に左右される場合が多いということを、きちんと理解してなければ全体を判断することはできっこないのである。

わたしはカルト宗教の人と話をしたことがあるけど、彼らがこの世の中の森羅万象、あらゆる社会現象の中から、自分たちにとって都合のいいことだけしか取り上げてないことに気がついた。
そんな姿勢で何がわかるだろう。
目先のことだけで一喜一憂しているような人たちこそが、風評被害の増幅原因にもなっているんだということをわかっているんだろうか。

今朝の朝日新聞には、全国の知事さんにアンケートしたみたら、はっきり脱原発と答えたのは47人中の2人だけだったという記事。
削減を含めても11人しかいなかったそうである。
なぜこんな結果になるかは、日ごろから全体を把握するよう努めていれば簡単にわかることだけど、こりゃ自分たちに都合がわるいってんで、無視する人もいるんだろうなあ。

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ヘビ

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今年はヘビをあまり見ないとぼやいたばかりだけど、今日もぶらぶら散歩をしながら目をひからせる。
その甲斐あって、ある場所でぞろりとなった長いやつを見つけた。
それっとカメラを構えたものの、やっこさんもこちらを発見したらしく、逃げるの三十六計、足がないくせに速いこと速いこと。
今年はヘビの写真が少ないなと失望のアナタのために、せめて尻尾だけでも載せておこう。

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2011年6月15日 (水)

放射性廃棄物

前項で原発は存続させるべきと書いたけど、これは原子力発電所を存続させるというより、原子力の研究は続けるべきという意味だからね。
原発そのものも原子力の研究の一翼を担っているようなので、原発は存続といったまで。

こんなことを書くと、また反対派の人たちから、研究はいいさ。
しかし原発からは廃棄物が出る。
この廃棄物は依然として放射能を出し続ける。それも半端じゃない。
中には半減期が数千年、数万年なんてものがある。
そんな危険なものがどんどん貯まったら、どう処理するつもりだといわれそう。

そこで考えた。
そういうものはみんな宇宙へ持っていけばいい。
バカいってんじゃないよ。
国際宇宙条約 (そんなものがあるかどうか知らないけど) で、宇宙に地球のゴミをばらまくのは禁止されている。
いやいや、宇宙にばらまこうってわけじゃない。
放射性廃棄物は火星に持っていく。
火星はそのままでは人間が住むには適さないくらい寒冷の惑星だそうだ。
まだ熱を持っている放射性廃棄物を、火星の浅い地表下にびっしりしきつめると、これは長期間無料の発熱材になるのではないか。
火星の地下には水が凍ったまま保存されているなんて説もある。
発熱材のおかげでそれがとけて地表に流れ出せば、いまは荒涼とした砂漠の火星も、やがて緑あふれる肥沃な大地に生まれ変わるかもしれない。
どうせ空想ならこのくらい気宇壮大な空想をしなくちゃ。

たまに隕石が落下して地下にしきつめておいた放射性廃棄物が散乱するかもしれないけど、もともと宇宙なんてところは太陽の放射線が容赦なくふりそそいでいるところだから、そのくらいのリスクはなんでもない。
ボーマン船長じゃないけど、スペースヘルメットだけはお忘れなく。

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2011年6月14日 (火)

10万馬力の鉄腕アトム

イタリアで原発反対派が勝利を得たというニュース。
日本じゃ与謝野クンあたりが必死に弁解しているけど、国民というのはどこの国でも雰囲気に流されやすいもので、国の繁栄を第一に考えなくちゃいけない政治家とはおのずと方向がちがう。
原発については都知事の石原クンも、それしかないとずけずけいってるけど、わたしも考えてしまう。

テレビ番組になった鉄腕アトムのアニメの主題歌に、10万馬力だ、鉄腕アトムというフレーズがあった。
人間の子供とたいして変わらない大きさのロボットが10万馬力というなら、そのエネルギー源は原子力でしかありえない。
核分裂か、その先にある核融合かわからないけど、まさかソーラーパネルや風車じゃあるまい。

ロボットだけじゃない。
宇宙船が飛び交い、人類が火星や金星、外惑星にまで自由に行き来する時代が、ほんとうに来るなら、それをささえるのはやっぱり原子力しかないと思う。
いくらがんばっても、自然のエネルギーだけでは、せいぜい補助的役割しか果たせないだろう。
つまり、今回の事故は人為的なもので、それさえ防げれば、やはり科学の発展の必然的な帰結として原子力は存在するのだと思うのである。

世間の大勢にさからうのは気がひけるけど、企業の論理や政治家の利権などを排除し、安全を徹底させたうえで、わたしは原発は存続させるべきだと考える。

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2011年6月13日 (月)

ジョセフ・クーデルカ

世界報道写真展の続き。
報道写真展2011と併せて、べつの二つの写真展がべつのフロアで催されていた。
このうち「子供の情景」という写真展は、出品者こそそうそうたるものだけど、じっさいには他のメディアで見たことのある写真が多くて、ちょっと新鮮味にかけるという印象。

もうひとつはチェコの写真家ジョセフ・クーデルカのもので、彼は1968年の 「プラハの春」 とそれを弾圧するためにワルシャワ条約軍が侵攻してきたとき、プラハの現場でそれを目撃したカメラマンである。
いい写真をとるひけつの中に、たしか偶然や幸運という要素もあったみたいだから、わたしは彼のことを幸運なカメラマンという。
自らすすんで戦場におもむくカメラマンでも、歴史の転換期や節目に遭遇する機会はなかなかないものなのである。

このクーデルカの写真はものすごい迫力だった。
すべてモノクロ写真だけど、そこには侵攻してきたソ連の戦車をとりかこみ、抗議や抵抗をする名もない市民たちがとらえられている。
フロアを埋め尽くしたおびただしい写真をながめていると、静止画ではなく、まるで戦後一時期のイタリア映画のような、ドキュメンタリー・タッチの映画のように思えてしまうのである。

わたしがこの現場にいあわせたらどうだろう。
ヘタするとロシア兵のカラシニコフでぶっ飛ばされるかもしれない危険をおかして、戦車の前で抗議なんかできるだろうか。
抗議はできないけど、カメラを持っていれば写真を撮ろうって気にはなったかもしれない。
どういうわけか、わたしはカメラを持つと我を忘れる傾向があるのである。
他人の葬式にいって、わんわん泣いている家族の肩越しに死者の写真を撮っちゃって、あとで仲間からひんしゅくを買ったことがある。
困ったモンだけど、カメラマン精神というのはそういうものであるらしい。

また写真を転用しようかと思ったけど、あまり続けてそういうことをすると言い訳を考えるのが大変だ。
ジョセフ・クーデルカ、もしくは Josef Koudelka で検索すれば、彼の写真はいくらでも見つかるから、そっちを参照してもらいたい。
ただしネットに上げられているのはほんの一部なので、“迫力” ってモノを感じようと思ったら、やっぱり会場に行くしかないゾ。

惜しむらくは、この写真の全容を知るのがおそすぎたという点だ。
現在のチェコは冷戦の悲劇なんぞこれっぽっちも感じさせない平和な観光立国で、わたしも機会 (とお金) があったら行ってみたいと考えている国なのである。

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2011年6月12日 (日)

世界報道写真展2011

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このブログの今年2月12日の記事で、世界報道写真コンテストで大賞を受賞した写真について書いたことがある。
こういう写真については、もちろん著作権がうるさいし、正式に公開されるまであまり公けにしないという暗黙の了解があるようなので (ニュースは別にして)、わたしも写真を転載するのを控えていた。
しかし現在では、正式公開されたせいかどうかしらんけど、すでにネット上にこの写真があふれている。
どんな写真なのか、口で説明しただけではわかりにくいから、興味のある人は World Press Photo 2011というキーワードで検索してみればよい。

わたしがここに転載したのは、ネット上に氾濫している写真のひとつを拝借したものだけど、全部見せなければいいだろうっていうわけでは、もちろんない。
むしろ、他人の作品を勝手に改造しているわけで、これはさらにいけない行為であるという見本を示し、違法行為に警告し、そうすればお目こぼしがあるんじゃないかと勝手に解釈したものであります。

今日はその写真を見に、恵比寿にある東京都写真美術館まで行ってきた。
もう何度も見ているからいまさらおどろかないけど、なんでも亭主の暴力にたえかねて実家にもどった若奥さんが、イスラムの法にのっとって耳と鼻をそぎおとされちゃったというひどい写真である。
当の女性は保護施設に収容され、その後アメリカに渡って再生手術を受けたそうだけど、写真ではまだ鼻がないまま、きりりとしたまなざしでカメラを凝視している。
ほかに動的に訴える残酷な写真はたくさんあったけど、この写真は静的なだけに、かえってインパクトが大きいように感じた。

だいたい、実家に帰っただけで鼻をそがれたんでは、日本の奥さんなんか鼻がいくつあっても足りやしない。
ぜんぜん関係ないけど、(劇作家の) 三谷幸喜クンの奥さんが、女々しい旦那を放り出して家を出ちゃったそうだけど、彼女の鼻はまだついているようだ。

日本は平和だよなあって思う反面、考えてみればまだほんの何年かまえの中国の農村では、女の子が生まれるとすぐに殺してしまうことが多かったというし、インドでは持参金が少ないってんで焼き殺される奥さんもいるそうだから、こういう例はまだ現在でも世界の各地にあるのかもしれない。
古い因習やしきたり、生き方を大切にしようって叫ぶ人も多いけど、こうなるとグローバル化もいちがいに悪と決めつけることもできない。
うーん、ようするに取捨選択かなあって、いろいろ考えさせる写真展だった。

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2011年6月11日 (土)

CAR GRAPHIC

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ああ、また買ってしまった。
すこしづつ部屋にたまった本を整理しようとしているところなのに、またCAR GRAPHICを買ってしまった。

たかが雑誌というなかれ。
わたしは昔この本を購読していたことがあって、これが1年分の12冊もたまるとバカにならないスペースと重さになることを知っているのだ。
そんなに迷惑ならかたっぱしから捨てちまえばいいと思うかもしれないけど、この本はわたしにとって一種の美術書みたいなトコがあって、おいそれと捨てられないのである。
捨てられないなら買わなければいいのにと、ああ、ジレンマの堂々めぐりだ。

なんでそんな本を買ってしまったのか。
昔のCARグラフィックは、記事より宣伝のほうが多いと揶揄されるようなあまったれた雑誌だったけど、最近はそんなことはないようだ。
わたしの行きつけの店にこの本のバックナンバーが並んでいるのでタダで読んでいたんだけど、垂涎(というのもおかしいが)の的になりそうな記事が満載だった。

そして写真があいかわらず素晴らしい。
タダで読んでいるだけではもの足りなくなってきて、つい最新号を買ってしまったのである。
全ページに上質紙を使ったA4版の大きな本だから、値段は高い。
それでもなんだか次号も買ってしまいそうな気がする。
困ったモン。

部屋でじっくり読んでいる。
そんなに車に関心があるなら、さぞかしわたしは車にうるさいんじゃないかと思う人がいるかもしれない。
謙遜するわけじゃないけど、わたしは車のメカにはぜんぜん詳しくない。
整備や修理はぜんぶディーラーやJAFにおまかせで、だいたい運転するのも大キライという人間なのである。

そんなわたしがCAR GRAPHICを愛読するというのは、やはりこの本が車の専門誌という以上の何かを持っているからにちがいない。
文句なしに素晴らしいのが写真である。
以前は流し撮りなんて写真は、プロでもなかなか傑作を撮るのがむずかしかったのに、最近ではどの記事にも当たり前のように素晴らしい流し撮り写真がついている。
こりゃコンピューター処理をしているんだろうと、疑い深いわたしは疑念をもっているものの、そしてそのハイブロウぶりが鼻につくこともあるものの、わたしにとってへたな小説を読むよりずっとおもしろい本なのだ。
困ったモン。

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2011年6月10日 (金)

重箱ヘビ

今年はヘビをあまり見ない。
2年前なんか、ほとんど散歩に出かけるたびに出会うので、わが家の近所の「ホタルの里」にちなんで、これじゃ「ヘビの里」だななんて思ったこともあるくらいだったのに、今年は4月3日に石垣の水抜き穴にひそんでいるのを見ただけである。

野生動物の数は、自然のバランスが働いて、長い期間でみればおおむね適正な数が保たれるそうである。
たとえば原因不明でとつぜん大増殖するレミングという動物が有名だけど、これが増えるとキツネだとかフクロウだとかの天敵もたっぷり生肉にありつけることになって、こちらもじゃんじゃん子孫を増やし、せっせとレミングを食べることになる。
それ以上にレミング自身もかぎられた餌を奪い合うことになり、空腹に耐えかねた彼らは、けっきょくワカメやコンブでも食べようかってことで、集団で海に入ってオダブツになるのである。
というのは、おしまいのほうはウソだけど、とにかくこんな単純明快な理由で、増えた種はまた自然に減少していくのである。

わが家の近所のヘビについても増えすぎて餌が不足して減少したのかもしれない。
そういえば以前はよく聴いたウシガエルの鳴き声を最近はあまり聴かない。
餌が不足して共食いでも始めれば数はいっきに減るだろう。
なんせ畜生のうちでもとくに残忍といわれる爬虫類さんのことだからとはいわないけど、なんせわたしは自然界というのは誰も彼も必死で生きているんだってことをよく理解しているほうだから、けっしてそうは思わないんだけど、いったいどうして今年はヘビを見かけないんだろう。

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そう悩みつつ、例によって石垣の水抜き穴をのぞきながら歩いていたら、いました。
せまい穴の中で3段に重ねちゃった重箱ヘビ。

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2011年6月 9日 (木)

被災地への旅/旅の終わり

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旅先でおいしいものを食べたり温泉に入るばかりが旅じゃない。
彼女にふられて死ぬつもりで最果ての地を訪ねるのも旅なら、亡くなった肉親をしのんで辺境をさまようのも旅である。
っていうわけで、わたしのぜんぜん楽しくない旅の終わり。

悲惨な写真ばかりをずらずらならべてきたけれど、最後だけは (へそまがりの) わたしも、明日への希望でもって終わらせてしまう。

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陸前高田で見た光景だけど、海岸に山と積まれた廃材の置き場があって、自衛隊の車も含めたダンプカーが忙しく往復していた。
あまりに広範囲な津波の被害や大量の廃棄物をみると、廃材をかたづけるダンプの動きはとても非力に見えてしまうけど、わたしは子供のころにイタズラをして、蟻の巣を壊したときのことを思い出す。
地面にあるそれを、けちらかし、ひっかきまわし、平らにならし、そうやって徹底的に壊したつもりでも、翌日に行ってみると、いつのまにか巣はもと通りに復旧してしまっている。
蟻といっしょにするのはナンだけど、こうした絶え間のない地道な活動こそが、けっきょくは復興のいちばんの近道じゃなかろうか。

今回の震災では日本人の冷静な態度が世界をおどろかせた。
男性は女性を助け、若者は老人を優先させ、略奪や暴行もほとんど発生しなかった。
現地ではさまざまな人たちがボランティアとして無償の支援活動をしていた。
ここはやっぱり宮沢賢治のふるさとなんだなとわたしは思う。
岩手県生まれの詩人・宮沢賢治はボランティアの先駆者みたいな人だったけど、彼は最愛の妹を病で失ったあと、樺太・北海道に旅行して 「青森挽歌」 という詩を書いた。
それは死んだ者への狂えるような思慕を、だらだらと果てしなくつづった長い詩で、その最後はこんな一節で終わっている。
 ああ わたしはけっしてそうしませんでした
 あいつが亡くなってからあとのよるひる 
 わたくしはただの一度たりと
 あいつだけがいいとこに行けばいいと
 そう祈りはしなかったと思います
この言葉はわたしには、自律の精神と他人への思いやりの象徴のように聞こえてしまうのである。

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最後にひとこと。
せっかく持参した猫缶だけど、わたしに同情されるようなネコは発見できなかったので、それはむなしく東京まで持ち帰ってしまった。
かりにまた震災に襲われることがあったら、わたし自身の非常食になるかもしれないから、とりあえず台所の流しの下に積んである。

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2011年6月 7日 (火)

被災地への旅/名取川の河口

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釜石から気仙沼まで順調にたどりつき、そのまま仙台まで海岸にそって南下するつもりだったけど、ここで道路情報などを調べると、仙台あたりは渋滞が始まっているという。
東京からたったひとりでずっと運転してきたので、さすがにうんざり。
わたしにはそんなに日にちをついやしていられるほど時間があるわけじゃないし、津波の被害についてはこれまで見たきたものだけで十分だ。
そう考えて気仙沼から一関インターへ向かい、東北道に上がって、往路と同じコースで帰京することにした。
ただ、最後にどうしても見ておきたいところがあった。

仙台市の南部に名取川という川があるけど、この川の名前は古今集にもうたわれていて、まだ高速道路も新幹線もなく、京都と陸奥では人々の往来もほとんどなかった平安時代から有名だったそうである。
  陸奥(みちのく)にありといふなる名取川
            なき名とりては苦しかりけり
いい歌なのかどうかさっぱりわからないけど、この川の名前だけは当時の、平安時代の歌人たちの常識であったらしい。

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今回の震災では、そのもっとも初期に、仙台平野を襲った津波の映像をごらんになった人も多いんじゃなかろうか。
リアス式海岸の連なる三陸海岸に比べると、こちらは広々とした田園地帯で、それがまっ黒い津波にゆっくりと飲み込まれていく映像はかなりショックだった。
この田園地帯というのが名取川の河口あたりである。

わたしはこのあたりの惨状をぜひこの目で見たかった。
地図でみると、東北道から仙台南部有料道路に入れば、10数キロ走るだけで名取川の河口に行ける。
このていどなら帰りにちょいと寄り道をしてもたいして時間がかかるわけじゃないだろう。

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というわけで、わたしの最後の写真報告は名取川河口あたりの被災地について。
三陸とちがって、このあたりが広々とした平野であることがおわかりいただけると思う。

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2011年6月 6日 (月)

被災地への旅/落し物

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今回の津波の報道写真の中でも、とくに印象に残っているものに、瓦礫の山の中で若い女の子が地面にぺったり座りこんで泣きじゃくっているものがある。
彼女は長靴をはいていたようだから、たぶん被災の数日後に自分の家のあった場所を訪ねてきて、そこにあったはずの自宅が消滅していることに、そして家族がひとりも見当たらないことにショックを受け、その場にへたりこんじゃったらしい。
気のドクともなんともいいようのない写真である。
会社から帰ってみたら、当然あるはずのわが家や家族が消滅していたら、男のわたしだって途方にくれてしまうだろう。

津波の跡地では洗濯機、冷蔵庫、自転車、車椅子、醤油のペットボトルからスプーンまで、いろんなガラクタを見たけど、そのほとんどが、震災の当日まで確かにそこに存在した人間の生活を物語っていた。
この紀行記もそろそろ終わりに近いけど、ここでは一瞬のうちに消えてしまったそうした生活の痕跡を紹介しよう。

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2011年6月 4日 (土)

被災地への旅/トラウマ

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帰り道、とちゅうで車を停めて海をながめてみた。
海からはなれた高台で、ここから見る三陸の海は津波の影響をぜんぜん感じさせない。
よく見ると、海面に牡蠣の養殖イカダがばらばらになって浮かんでいたけど、それ以外は遠方に見える小さな入り江も平和そのものである。
このおだやかな海の中に、無数の遺体がただよっているかもしれないとは、とても思えなかった。
また考えてしまう。 悩んでしまう。

いったい人間の生死を分けるものはなんだろう。
まじめに生きたとか、信仰にあついとか、先祖を大切に祀ってきたとか、家族を養ってきた、子供を育ててきた、義理人情を大事にしてきた、不倫も浮気もしなかった、そういうことはぜんぜん配慮されないのだろうか。
なにしろわたしは、そういう点ではつねづね忸怩たる思いをいだいてきた人間だから、運命の不条理さによけい感じ入ってしまう。

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この旅ではあちらこちらで、平然と無事なままのお寺や神社、あるいはキリスト教の教会を目にした。
いったいこの神様たちはなにをしていたのか。 これもまた人間に対する試練や警鐘であるとでもいうんだろうか。
どこかの知事さんが天罰だなんていって物議をかもしたけど、震災で亡くなった人たちはまったく無作為に選ばれたとしか思えないではないか。
このブログを読んでもおわかりと思うけど、わたしは筋金入りの無神論者である。
本来ならわたしみたいな人間がまっ先にオダブツになるべきじゃないか。
それがそうならない。
信仰に厚い人もバチ当りも、まったくランダムに亡くなっているようにみえる。
わたしのまわりでさえ、わたしよりまっとうで、人間としての責務をきちんと果たしていたと思われる人が、何人もわたしより先に死んでいる。
わたしのようなごくつぶしが、なぜ? どうして?

いくら考えても悩んでも、とてもここでは結論を出せそうにない。
わたしの信念や哲学にも関わることなので、この問題はこのブログでまた将来取り上げることになると思う。

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2011年6月 3日 (金)

被災地への旅/墓地

帰りに陸前高田のあたりを走っていたら、山側の、すこし高くなったところにお墓が見えた。
はたしてご先祖さまたちは今回の震災をどう思っているのだろうかと、ちょっと寄ってみることにした。

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お墓のまわりも瓦礫の山である。
お寺らしい建物がかろうじて残っていたけど、その門の前に生えていた松の木もぶっ倒れて、枝の先にゴミがひっかかっていた。 門のわきに立っていた大きな仏像もひっくり返っていた。
手のつけられない惨状だ。
ゴミのあいだをぬって墓地に近づいてみた。
墓地は山の斜面に造成されてるんだけど、下部の土がざっくりえぐられて、火葬でなければ昔の人の頭蓋骨が転がり出していてもおかしくない状況だった。

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お墓のあいだに立ってまわりの被災地をながめる。
いやはや、きれいさっぱり。
自分の子孫たちがこんな残酷な災害に遭遇して、ご先祖さまたちはなにかいうことはないのだろうか。
ご先祖さまたちが連判で神さま (仏様でもいいけど) に嘆願書を出して、もうちっと手加減をとお願いすることはできなかったのだろうか。
震災にあった人の中には、なにをさておいてもご先祖さまの位牌を持ち出したという人も多いけど、そうした敬虔な気持ちにどうして応えなかったのかと、わたしは仏さまたちを責めたくなってしまう。
いやいや、死んだ人たちにはこっちが思っているほどの政治力はないのかもしれないなと、無神論者でバチ当りのわたしは、墓地でいろいろ考えてしまったのである。

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2011年6月 2日 (木)

民主主義国

日本は民主主義国である。
であるからして、気にくわない政権政党がいたら、つぎの選挙で、国民の民意で交代させることができる。
というのはウソである。
交代させられるといったって、現在はそれに代わるべき政党がひとつもないのだから、そもそも選択肢がない。
頼りない、ふざけた政党ばかりじゃ、何をどうしろっていうんだ!
ああ、あの北朝鮮でさえちゃんと跡継ぎはいるってのに。
トホホ。

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被災地への旅/パチンコ

唐突にパチンコの話題だ。
というのは、今回の津波で破壊された釜石湾の防波堤、防潮堤をながめて、巨大な津波にまっ正面から立ち向かうのはぜったいに不可能だと思ってしまったからだ。
釜石湾の防波堤は、ネットで調べてみると、全長約2キロで、海上に高さ約8メートル、厚さ約20メートルでそびえていたとある。
海上の万里の長城みたいなもんだけど、これさえあれば大丈夫という人間の信頼をあっけなく裏切って、津波の渾身の体当たりになすすべなく崩壊してしまった。

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ここから、津波のパワーは人智を超える強烈なものなので、波のくる方向と直角に築いた防波堤は、どんな頑丈なものであっても役にたたないという結論が導かれそうである。
そう考えて対策を練っておいたほうがまちがいないように思える。
そこで妄想をたくましゅうするけど。

パチンコ屋で玉をはじくと、あっちにぶつかり、こっちで変化させられて、最終的に玉がどこへいくのかさっぱりわからない。
玉を客の思うところへ運ばれちゃパチンコ屋だって損するに決まっているから、釘を巧妙に加減して、あっちだこっちだと玉を狡猾に誘導するのである。
これと同じように、津波をふせぐという発想から、導くという発想に転換してしまったらどうか。

まず第 1防御線として、海に向かってラッパ型 (チューリップか) に開いた防波堤で、津波をまん中に集める。
集まった波は第2次防御線で左右に分断される。
分断された波はゆるやかに湾曲した第3次防御線により、進路をふたたび海側へ向けられる。
こういうふうに相手をやわらかく受け止め、そのパワーをべつの方向へそらしてしまうほうが、津波に対しては効果的ではないか。
柔よく剛を制すと、これは柔道の極意でもある。 ん、わたしもたまにはいいことをいうではないか。
なるほど、一理あるなと、いや、せめて2分の一理か、3分の一理くらいはあるんでないか。

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2011年6月 1日 (水)

深慮遠謀

こんな時期に菅おろしだなんて、いったい何をやってんだ。
というのは素人のあさはかなはまやらわ、ん!
これはじつは民主党と自民党、公明党らががっちりスクラムを組んだ深慮遠謀なのだ。

考えてもみよ。
この時期に与野党が一致団結して災害対策に当たったら、国際社会は、日本の原発事故は国を挙げて取り組まなければいけないほど深刻なものかと心配してしまう。
しかし、あいもかわらず権力闘争に明け暮れていれば、なんだ、そんなことしていられるほど気楽なものなのか。なにしろ日本じゃ国会のごたごたは毎度のことだし。
というわけで、みんな安心する。日本への観光客も以前のように増えるだろう。
と言い切れるほど、日本の政治家がアタマがいいかどうか知りません。

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被災地への旅/釜石の2

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車を停めて廃墟の中をぶらぶら歩いてみた。
川があって、その中にもいくつかの車が転がっていた。
工場が多いだけに釜石では重油の流出もあったようで、川の中の車や、橋のガードレールなどはみんな油でまっ黒になっていた。
そんな車のかたわらで、カモがのんびり泳いでいた。

帰京してからこのブログを書くために、グーグルの地図と航空写真を参照してみたら、目いっぱい拡大してもこの川が見つからない。
たしか魚市場のある浜町か東前町あたりだと思ったけど、写真を見て川の名をご存知の方は一報を。

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瓦礫の中に3階建ての民家が残っていた。 コンクリートの頑丈そうな家で、たまたま家人らしい男性があとかたづけをしていた。
家の 1階のひさしあたりまでまっ黒に汚れて津波の痕跡がありありと残っている。
ここまで津波が来たんですねというと、男性は、いや、これは第2波のあと、第 1波は3階の床まできたよという。
たまたま外出していたおかげで助かったけどねえともいう。
家族はどうなりましたかと、とても訊けなかった。

交通規制のかかった港の周辺をうろうろする。
建物が崩壊したせいか、やけに見通しがいい。
岸壁に近いところでは大きな水たまりができていて、これはどうも雨水がたまったわけじゃなく、地面が陥没しちゃったからのようだ。

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廃墟のあちこちに黄色いタンポポが咲いていた。
タンポポ (とくにセイヨウタンポポ) という花の強靭さはよく承知しているけど、塩水なんぞ屁でもないという感じで、被災地のあちらこちらで目にした。
あつかましい花であるけど、こういう際にはやっぱりこころがなごんでしまう。

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