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2011年6月 9日 (木)

被災地への旅/旅の終わり

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旅先でおいしいものを食べたり温泉に入るばかりが旅じゃない。
彼女にふられて死ぬつもりで最果ての地を訪ねるのも旅なら、亡くなった肉親をしのんで辺境をさまようのも旅である。
っていうわけで、わたしのぜんぜん楽しくない旅の終わり。

悲惨な写真ばかりをずらずらならべてきたけれど、最後だけは (へそまがりの) わたしも、明日への希望でもって終わらせてしまう。

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陸前高田で見た光景だけど、海岸に山と積まれた廃材の置き場があって、自衛隊の車も含めたダンプカーが忙しく往復していた。
あまりに広範囲な津波の被害や大量の廃棄物をみると、廃材をかたづけるダンプの動きはとても非力に見えてしまうけど、わたしは子供のころにイタズラをして、蟻の巣を壊したときのことを思い出す。
地面にあるそれを、けちらかし、ひっかきまわし、平らにならし、そうやって徹底的に壊したつもりでも、翌日に行ってみると、いつのまにか巣はもと通りに復旧してしまっている。
蟻といっしょにするのはナンだけど、こうした絶え間のない地道な活動こそが、けっきょくは復興のいちばんの近道じゃなかろうか。

今回の震災では日本人の冷静な態度が世界をおどろかせた。
男性は女性を助け、若者は老人を優先させ、略奪や暴行もほとんど発生しなかった。
現地ではさまざまな人たちがボランティアとして無償の支援活動をしていた。
ここはやっぱり宮沢賢治のふるさとなんだなとわたしは思う。
岩手県生まれの詩人・宮沢賢治はボランティアの先駆者みたいな人だったけど、彼は最愛の妹を病で失ったあと、樺太・北海道に旅行して 「青森挽歌」 という詩を書いた。
それは死んだ者への狂えるような思慕を、だらだらと果てしなくつづった長い詩で、その最後はこんな一節で終わっている。
 ああ わたしはけっしてそうしませんでした
 あいつが亡くなってからあとのよるひる 
 わたくしはただの一度たりと
 あいつだけがいいとこに行けばいいと
 そう祈りはしなかったと思います
この言葉はわたしには、自律の精神と他人への思いやりの象徴のように聞こえてしまうのである。

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最後にひとこと。
せっかく持参した猫缶だけど、わたしに同情されるようなネコは発見できなかったので、それはむなしく東京まで持ち帰ってしまった。
かりにまた震災に襲われることがあったら、わたし自身の非常食になるかもしれないから、とりあえず台所の流しの下に積んである。

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コメント

貴重なお話と映像
ちゃんと拝見してました。
ありがとうございました。

投稿: タマ | 2011年6月 9日 (木) 13時19分

どこのどなたか存じませんが、ありがとうございます。
ボランティアには参加できませんでしたけど、わたしのブログが被災地の実情をほんのすこしでも広報できたのなら、これにすぐる幸せはありません。

投稿: 酔いどれ李白 | 2011年6月 9日 (木) 19時28分

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