ジョセフ・クーデルカ
世界報道写真展の続き。
報道写真展2011と併せて、べつの二つの写真展がべつのフロアで催されていた。
このうち「子供の情景」という写真展は、出品者こそそうそうたるものだけど、じっさいには他のメディアで見たことのある写真が多くて、ちょっと新鮮味にかけるという印象。
もうひとつはチェコの写真家ジョセフ・クーデルカのもので、彼は1968年の 「プラハの春」 とそれを弾圧するためにワルシャワ条約軍が侵攻してきたとき、プラハの現場でそれを目撃したカメラマンである。
いい写真をとるひけつの中に、たしか偶然や幸運という要素もあったみたいだから、わたしは彼のことを幸運なカメラマンという。
自らすすんで戦場におもむくカメラマンでも、歴史の転換期や節目に遭遇する機会はなかなかないものなのである。
このクーデルカの写真はものすごい迫力だった。
すべてモノクロ写真だけど、そこには侵攻してきたソ連の戦車をとりかこみ、抗議や抵抗をする名もない市民たちがとらえられている。
フロアを埋め尽くしたおびただしい写真をながめていると、静止画ではなく、まるで戦後一時期のイタリア映画のような、ドキュメンタリー・タッチの映画のように思えてしまうのである。
わたしがこの現場にいあわせたらどうだろう。
ヘタするとロシア兵のカラシニコフでぶっ飛ばされるかもしれない危険をおかして、戦車の前で抗議なんかできるだろうか。
抗議はできないけど、カメラを持っていれば写真を撮ろうって気にはなったかもしれない。
どういうわけか、わたしはカメラを持つと我を忘れる傾向があるのである。
他人の葬式にいって、わんわん泣いている家族の肩越しに死者の写真を撮っちゃって、あとで仲間からひんしゅくを買ったことがある。
困ったモンだけど、カメラマン精神というのはそういうものであるらしい。
また写真を転用しようかと思ったけど、あまり続けてそういうことをすると言い訳を考えるのが大変だ。
ジョセフ・クーデルカ、もしくは Josef Koudelka で検索すれば、彼の写真はいくらでも見つかるから、そっちを参照してもらいたい。
ただしネットに上げられているのはほんの一部なので、“迫力” ってモノを感じようと思ったら、やっぱり会場に行くしかないゾ。
惜しむらくは、この写真の全容を知るのがおそすぎたという点だ。
現在のチェコは冷戦の悲劇なんぞこれっぽっちも感じさせない平和な観光立国で、わたしも機会 (とお金) があったら行ってみたいと考えている国なのである。
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