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2011年8月

2011年8月30日 (火)

心配

かって、英国のサッチャー首相がその地位を後継のメージャーに引き継いだところ、自分のやり方を踏襲すると思っていた彼が、首相になったとたんに方向転換をしたので、「彼は男になった」 となげいたという話がある。
日本の野田クンの場合も、男に豹変するんじゃないかと期待していたら、現時点では興石クンだとか前原クンだとか、ぜんぜん息の合いそうもないスタッフを起用しようと考えているらしい。
菅クンが独善的だったから今度は反対の行き方をしようってのかもしれないけど、民主党みたいな寄りあい所帯で、挙党一致がうまくいくだろうか。
自らをドジョウにたとえた野田クンが、ドジョウのように体をくねらせて、けんけんがくがくをうまくコントロールできるかどうか、わたしはうんと心配しています。

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2011年8月29日 (月)

討論番組

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NHKのエネルギーに関する討論番組を観ていて、原発にも自然エネルギーにもプラスとマイナスの側面があるし、電力買い取り制度のあるスペインの行き方にも、国民が発電方法による電力を選べるスウェーデンの行き方にも、いろいろと問題があることがわかった。
だからそうした国々の現状をよく研究して、日本は独自に最善の方法を取り入れたらいいと思うんだけど、ここで思うのは、日本の政治家にも官僚にも、本当に国のためを思っている人がいるのかいということ。

政治家は、もちろん選挙で落っこちたらモトも子もないわけで、最善の方法よりもいかに選挙で当選するかってことを優先するし、官僚は最善の方法よりもいかに自分の在職中を無難に過ごすかってことしか考えない。
だから政治家は、復興 (以外にもいろいろあるけど) にお金がかかることがわかっていても、増税にはけっして踏み込まない。
官僚は電力会社に不経済で是正できる部分があったとしても、とりあえず自分の天下り先の温存にしか目がいかない。
政治かも官僚も理屈っぽいことじゃ本家みたいな連中だから、いまのオレたちだって最善の方法をとっているんだとゴタクを並べるだろう。
しかし増税抜きで日本がやっていけるのか。 発送電分離だっていちどは試してみようと思わないのか。
ずっと将来をみすえて、どうしていろいろチャレンジしてみようと思わんのだ。

ひさしぶりの本格的政治ネタであります。
明日、いや、今日は民主党の新総裁が決まりますんですが、さて、政治になんか進展がありそうでしょうか。
写真は上記の番組での三宅民夫アナ。
まじめな番組なんだろうけど、出演者がときどき、ちらりと下を見るのが気にいらない。
まさか台本があるわけじゃないだろうなあ。

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2011年8月28日 (日)

ドラム・ソロ

ここんところ、車の中でいちばんよく聴く音楽はクリームのライブ演奏である。
クリームはこのブログでも何回か取り上げたように思うけど、60年代後半に活躍したハードロック・グループだ。
ハードロックなんていうと眉をしかめる人がいるかもしれない。
しかし彼らのアルバムは、発表されたその年のジャズ・アルバムのベストテンにさえ選ばれているのである。

そんなクリームについて書かれた他人のブログを、たまたま読んでいたら、「クリームの素晴らしき世界」 というアルバムの中の Toad という演奏について、単調でつまらないというものがあった。
この演奏はジンジャー・ベイカーのドラム・ソロが延々と続くもので、じつはわたしも、同じアルバムの中の Crossroads や Spoonful に比べるとちょっと退屈だなと思っていたものである。
ドラム・ソロが延々と続くロック演奏は、と考えているうち、やはりエリック・クラプトンが参加していたデレク・アンド・ドミノスの演奏を思い出した。
ドミノスのライブである 「イン・コンサート」 の中に Let It Rain という曲があり、ここではドラマーのジム・ゴードンが6分ちかいソロ演奏をくりひろげる。
わたしはロックのライブをすべて聴いたわけじゃないし、ジャズのほうではドラム・ソロの名演奏も少なくないんだろうけど、このゴードンのドラムはそうとうの迫力。
若いころ住んでいたアパートで、ヘッドホンをかけてこの演奏を大音量で聴いていたら、じつはスピーカーのほうの音量が絞れてなくて、大家さんから大目玉をくらったことがあるくらい。

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デレク・アンド・ドミノスではその後、ジム・ゴードンとエリック・クラプトンが大喧嘩をして、バンドも空中分解した。
そのていどのことは知っていたけど、さらに後日談を調べてみたら、ゴードンは解散後に精神障害をわずらって自分の母親を殺害する事件を起こしてしまったとか。
早世したり、挫折したロック・ミュージシャンは多いけど、その中でも彼は最悪といえる人生をたどったようである。

添付した画像は左がドラマーとしてのゴードン、右は囚人としてのゴードンで、彼はすでに66歳になっているはずだ。

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2011年8月27日 (土)

NHKの番組

いまNHKのテレビを観ています。
エネルギー問題に関する2時間半の討論番組。
これはおもしろい。
民放の番組を観てないので軽々に発言すると怒られるかもしれないが、同時間帯の世界陸上や土曜ワイド 「救急救命士」 や、「美少女は替え玉!?」 なんて副題のついたドン・キホーテ (どんな番組なのかしら) よりおもしろそうである。
視聴者の意見も画面の下のほうにどんどんテロップで流れるし、こういう番組を観ている人が多ければ日本の将来も明るいぞ。
問題が複雑なので、余計なにがなんだかわからなくなっちゃったワタシは、番組が終わったあとでもういちど録画をじっくり見直すつもりです。

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2011年8月26日 (金)

ジョブズ君

どうも最近ブログに熱が入らないと思っていたら、アップルのスティーヴ・ジョブズ君が辞めるんだと。
わたしのブログとジョブズ君はまったく関係がないけど、なんか残念だ。
わたしはこの人が好きで、いやビル・ゲイツ君もきらいじゃないけれど、なんたってやっぱりジョブズ君だ。
ゲイツ君のほうはたまにネクタイをしめて出てくるけど、ジョブズ君がネクタイをしめているのを見たことがない。
彼のイメージというと、あまり高価そうじゃない黒の丸首シャツにジーンズだ。
そんな恰好で製品発表という公けの席にでも出てきちゃう。
大富豪でありながら、きっとお金がないんだろうと思わせるところがエライ。
保守的な日本の企業じゃぜったいに考えられないスタイルだ。
いや、日本でもライブドアの堀江クンみたいなのがいないわけじゃないけど、たちまち反感をかって刑務所行きだ。
出る杭は打たれちゃうのが日本の風土だ。
それが米国のような極端な所得の格差を阻止してるんだといわれると、それもそうかなと思う部分もあるにはあるけど、それでもジョブズ君は好きなのだ。
ウィキペディアで調べてみたら、けっこう会社の中で蹴落としたり蹴落とされたり、権力闘争まがいを勝ち抜いてきた人らしいけど、それだってきっと自分のやりたいことをやるためのポジションが欲しかったんだろうと好意的にみてしまう。

つまり、彼はわたしみたいなへそまがり派の代表みたいな人なのだ。
古い慣習やシステムにとらわれず、、他人がなんといおうとわが道をゆく一匹狼みたいな人なのだ。
会社の名前のアップルだって、べつに彼がリンゴが好きっていうわけじゃなく、きっとビートルズにインスパイヤされたんだと、わたしは信じてる。
ビートルズが英国の保守的な風土から台頭したように、アップルってのは反体制の象徴なのだ、きっと。
マイクロソフトだって、もともとはアップルの真似してのしあがったんだし、落ち目のカダフィ君なんかに比べても、パソコンで世界を変えたジョブズ君のほうがずっと偉大な人なのだ。

え、ワタシ? 
むかし、iMacを買ったことがあるけど、それ以外はずっとウインドウズ一本やり。
まあそのへんはいろいろ事情がありますもんで。
わたしもまだ修業が足りないからねえ。

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2011年8月25日 (木)

べつのブログ

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あまりブログ更新にが熱が入らないまま、古いブログ記事を読み返している。
わたしはこのブログのほかにもうひとつブログを持っていて、そちらでは1997年から2005年にかけて、わたしがひとり旅をした新疆ウイグル自治区や青海省の旅の紀行記みたいなものをつづっている。
最近はほとんど更新してないけど、そのままネット上に温存してあって、おかげでわたしは維持費を年間4000円以上ヤフーに払っているのである。

それがすこぶるおもしろい。
自分で書いたものだけど、おもしろい。
全部通して読んだらけっこう長いものなので、読み始めるとなかなかとまらず、こっちのブログが手抜きになっちゃうのが難点だけど、そんなブログがあることを知らない人も多いと思うので、ここで宣伝してしまう。
なに、いくら読者が増えたって、わたしの手もとに一円も入るわけじゃないから、気が楽だ。
http://blogs.yahoo.co.jp/libai036/folder/1132098.html?m=lc&p=141

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2011年8月24日 (水)

さえない

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ムーディーズがまた日本の国債の格付けを引き下げた。
いまの日本のていたらくじゃ下げられても仕方ないけど、なんでアメリカの格付けだけはいまだに最高レベルなの。
米国を引き下げると、またどこかの学者さんから、あれはロクなもんじゃないといわれるからかしら。
そういえばS&PじゃCEOが更迭されちゃったみたい。
そんなことを気にしてるようじゃ格付け会社として失格じゃないか。
わたしは断言するぞ。
米国を引き下げないような格付け会社の格付けは、うん、下から2番目ぐらいってトコだな。

どうもここんところブログに熱が入らない。
写真は、2、3日前に近所で見かけた、けっしてめずらしい鳥ってわけでもないゴイサギさんです。
背中を丸めちゃって、あまり楽しく人生を送っているように見えませんが、わたしと似たような心境なのかも。

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2011年8月23日 (火)

エライ!

なぜか領土問題でゴタついている尖閣諸島だとか南沙諸島からは、天然ガスが出たりいろんな資源の埋蔵が予想されているのに、ゴタついてない (目下のところは) 小笠原だとか沖縄だとか硫黄島あたりからそういうものが出るって話は聞かないねえ。
美しい自然を守るためには、出ないほうが幸いだけど、日本みたいに多すぎるくらいたくさんの島をかかえた国でそういうものが出ないってのはやっぱしさびしい。
佐渡島なんか掘れば石油や天然ガスがブシューって吹き出しそうな気がするけど、そんなはしたないことはおくびにも出さないなんて、やっぱり日本人は化石燃料よりも天然自然を大切にしているんだな。 エライ!

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2011年8月22日 (月)

おっぽり出して

ここんところ、このブログに政治ネタがないけど、理由はわかってもらえるよねえ。
だらしない政党の党首を決めるのに、頼りない候補ばっかりが、闇将軍や鳩ポッポ君に媚びを売るなんて、あまりに下らなくてアイディアも出ません。
お盆休みで頭が弛緩しちまって、あくびだけはしょっちゅう出ますけど。

そんな平和で怠慢な日常ともお別れ、今日からまたちっぽけな小舟を繰って不景気の荒波の中に乗り出すのだ。
あー、仕事なんかおっぽり出して南海の孤島にでも行ってしまいたいわー。

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2011年8月20日 (土)

野川の写真

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今朝の朝日新聞のおまけ紙面に野川の写真が出ていた。
なんか普通名詞みたいだけど、「野川」 というのはウチの近所を流れる川の名前で、れっきとした固有名詞である。
そのへんが誤解されやすいのでなんとか名前を変えたいけど、わたしひとりじゃいかんともし難い。

さて、その写真だけど、どうもうちの近所で撮られたものらしい。
それで昼メシを食ったあと、ふらりと確認に出かけてみた。
すぐにわかった。
ウチからいちばん近い橋は八幡橋で、写真はそれよりひとつ上流の榛沢橋から撮られたものだった。
榛沢橋というのは榛沢さんという地主にちなむ名前であると、どこかで読んだような気がするけど、そんなことはさておいて、しょっちゅうそのあたりを散歩しているせいで、朝日新聞もずいぶんお手軽なことをすると思ってしまう。

デスク: おい、今度の記事に合う野川の写真を撮ってこい。
カメラ: わかりました。
ややあって
カメラ: いま現場ですが、ぜんぜんつまらないところですよ。
デスク: なんかあるだろ、ひとつぐらい、絵になる風景が。
カメラ: そんなこといったってなあ。 おっ、カルガモがいらあ。
     あれと、絞りをしぼって夜らしく仕上げりゃなんとかなるか。
ってな調子のやっつけ仕事じゃねえか。 現場を知ってる人が見れば。
ちなみにこの写真は 「愛のままで・・・・」 という歌の紹介記事に添えられていたんだけど、ワタシ、そんな歌聴いたこともないしねえ。
上の写真が新聞に載っていたもの、下はわたしが撮ったものです。

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2011年8月18日 (木)

ウレシイ

待てば海路の日よりあり、ってわけじゃないけど、部屋でぼんやりしていたら、あるスジの団体から電話があって、事故の免責金がもどりましたとのこと。
たかが3万円程度だし、それ以前にこちらが払った金の一部がもどるだけなんだけど、なんか不労所得みたいでウレシイ。
3万円あったらどっか旅行できないかと、わたしもほとんどビョーキだね。

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2011年8月17日 (水)

めずらしい虫

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今年は残飯の管理を厳重にし、なおかつ台所のすみずみに一発で効果ありという毒ブツを置いてあるせいか、ゴキブリをあまり見かけない。
先日、空腹のせいなのか毒ブツが効いたのかわからないけど、大きいのが1匹、床にあおむけになって往生していたのを見たくらいである。
それでもまあ、ゴキブリはまだ絶滅危惧種とはいえない。
知り合いの家では飼いネコが、ときどき小鳥やネズミやヤモリなどをつかまえてくるそうである。
ヤモリがめずらしい動物に入るかどうかわからないけど、環境のゆたかなわが家の周囲にはけっこう棲息しているようだ。

暑いので部屋にひきこもりながら、わが家にはもっとめずらしい動物がいないかときょろきょろしてみた。
いた、いた、いました。

たまに海外旅行に行くと、みやげモノ屋でよく透明のアクリル樹脂に、当地のめずらしい小動物を封じ込んだキーホルダーやネックレスを売っている。
わたしはブランド商品はむろんのこと、民芸品や食べ物にも興味はないくせに、こういうものをみると目が輝いてしまうほうなのである。
そういうわけでわたしの部屋には、日本では見たことがないような虫がいくつか。
気持ちワリイという人がいるかもしれないけど、ここに紹介するのは中国産のクモと黄金虫。ほかにサソリもある。

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2011年8月16日 (火)

チカチーロ

ネットは巨大なデータベースであることをあらためて認識した。
「子供たちは森に消えた」 という本がある。
これはゴルバチョフ改革が始まって混乱していたころのロシアで、チカチーロという男が50人以上の若い男女を殺害したという、じっさいにあった猟奇殺人のてんまつを描いたノンフィクションで、まるで濃いミステリー小説を読んでいるようにおもしろい。
ウィキペディアにもチカチーロについて、かなり詳しい記事があり、それを読むと上記の本と異なる部分もあるから、これは 「冷血」 のようなノンフィクション小説といったほうがいいのかもしれない。

じつはわたしは、この本を読むまでこんな事件があったことはぜんぜん知らなかった。
米国やヨーロッパの先進国のように、情報がおおっぴらに公開されている国ならいざ知らず、当時のロシア (ソ連) では、ペレストロイカやグラスノスチがまだ軌道にのっておらず、こんな刑事事件が外部にもれることは少なかったのである。
たぶんこのブログを読んでいる大半の人たちも、チカチーロなんて名前は初めて聞いたにちがいない。

この本には写真が何枚か添付されていて、そこに裁判所で裁きを受けるチカチーロの写真が出ていた。
なるほどねと、そこまではいいんだけど、最近なにげなしに YouTube をのぞいたら、この裁判のときのチカチーロ本人の映像がアップされていることがわかった。
当時のロシアのことだから、そんなものがあったとしても永遠に日の目をみないだろうと思っていたのにである。
さらにこの事件はきわめてまじめなドキュメンタリーやドラマ化もされていて、それも YouTube で観られるのである。
べつに無理に観たいものじゃないけど、チカチーロなんて項目のある百科事典もめずらしいだろうから、あらためてネット恐るべしという気持ちが強い。

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2011年8月13日 (土)

チリメンモンスター

452_4 チリメンモンスター (以後チリモン) が届いた。
チリメン? モンスター?
なんだ、それっていう人がいるかもしれない。
わたしも新聞記事で知ったんだけど、チリメンというのはふつうのシラス干しのこと、つまり海の小魚の稚魚を煮て干したものであるけれど、これにモンスターがつくと、魚の稚魚だけじゃなく、いっしょに獲れる小動物をみんないっしょくたに煮て干したものになる。

海の中にはこんなにさまざまな動物がいるのかとおどろくくらい、含まれる小動物はバラエティに富んでいて、自然科学に興味のある人にとってはまさに宝の山である。
わたしは自称ナチュラリストだから、そういうものに興味のある人種のひとりで、むき身の貝なんか食べるとき、たまにピンノとよばれる寄生カニなんかを見つけるとよろこぶタチ。

であるから、チリモンのことを知って、さっそく購入の申し込みをした。
わが家の顕微鏡でこいつを観察していれば、これは不景気で家にひきこもりがちの当方にとって、いいヒマつぶしになるではないか。

到着したチリモンのひとつかみを顕微鏡でのぞいてみると、いちばん多いのは魚の稚魚だけど、つぎに多いのが大きさがせいぜい1~3ミリていどのカニの幼生だった。
とくにメガロパが多い。
カニの仲間は卵からふ化すると、ゾエアやメガロパとよばれる奇妙な形の幼生が、2回ほど脱皮変形して親になる (ザリガニのような例外もいるけど)。
添付した写真の左がメガロパだけど、この写真は正式の接写装置を使ったわけではなく、デジカメを顕微鏡のレンズに押しつけるという乱暴な方法で撮ったものなので、はなはだ不鮮明。
右側はチリモンに含まれていたイカ (タコ?) の子供。
大きさは1、2ミリだけど、ちゃんと親と同じ形をしている。

ネットで検索したら、折り紙細工でメガロパを作っている人がいて、こっちのほうがよっぽどかたちがよくわかる。
http://ikomaru.blog.eonet.jp/zufu/2009/08/post-6863.html

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2011年8月12日 (金)

できちゃった

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おまえ、またできちゃったのかいと、これは最近のふしだらな女の子に対する母親のなげきじゃない。
最近の娘っ子たちは性教育の分野でもなかなか発展してるから、そう簡単には子供を作らない方法を知っているようだ。

冒頭のセリフは近所のカルガモに対してのもの。
野生動物のくせして、やたらめったら子供を作ること、作ること。
繁殖期なんて無視して、いつでもどこでもOKらしく、2カ月も前に見たヒナが成鳥になったころ、また新しいヒナが生まれちゃった。
生態系が乱れるよなあ。
すこしカモ鍋にしてもいいってことにしないと。

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2011年8月11日 (木)

格付け

今日の朝日新聞に、米プリンストン大学の教授で、ノーベル経済学賞をもらったという人が一文を寄せているんだけど、もうちょっと早く言ってよねってとこ。
彼は米国の評価を格下げしたS&Pについて、いくつか例を挙げてロクなもんじゃないと断定してるんだけど、日本や欧州の国が格下げされてるときは冷ややかにみていたくせに、自分の国が格下げされたとたんに、あの会社の言ってることはみんなウソだという。
もっと早く、大きな声で、格付け会社の言うことなんかアテにすることはないと発言していれば、日本人もそんなところの情報に一喜一憂することはなかったんじゃないか。
もっともわたしは昔から格付けなんてものに興味はなかったし、あまり内容に信頼を置いてなかった。
というのは、評価をどんどん下げられるのに、あいかわらずノーテンキな政治家ばかりで、とっても深刻になれない日本という国に住んでいたせいだけど。

この教授さんがロクなもんじゃないといってるのは、とりあえずS&Pだけで、ムーディーズについてはひとことも触れてない。
ムーディーズはまだ米国の評価を下げてないからというなら、人を馬鹿にした話だ。
格付け会社の情報なんて全部アテにならないと、はっきり言ったらどうなんだ、はっきり。
そうすればわたしも、そうか、やっぱり米国の評価なんて、日本やポルトガルやギリシヤなんかよりずっと悪いのかと納得するのに。

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2011年8月10日 (水)

点鬼簿

450 わたしたちの楽しみは温泉で酒をかっくらうことだった。
わたしたちというのは、かぎりなく酒と温泉を愛する、年配男性6、7人のグループである。
わたしはその中のいちばん若輩だったので、もっぱら小間使いという役割であった。
親分格はTさんといって、かってはプレイボーイでならした天衣無縫な男性である。
若いころ、同じマンションに住む女のひと、そのすじのコワイ旦那がいる人だったそうだけど、これをくどいちゃってねなどという。
べつに指が欠けているわけじゃないから、問題は起きなかったようだけど。

Tさんにかぎらず、いずれのメンバーも人生や酒や食べものに一家言ある人たちばかりなので、いっしょに呑んでいるのは楽しかった。
出かける温泉は、たいてい関東近縁の俗っぽいところばかりで、ほとんどが安いバス・ツアーを見つけての参加だったけど、観光が目的ではないからなんだっていいのである。
目的は、つまり日がないちにち呑んで暮らすというものだ。
さんざん呑んで、気がむいたらどぼんと温泉につかる。
2泊3日をこうやって、仕事なんぞはクソくらえで過ごすのだ。
同じバスに乗っていた若い娘や、おばさんやお婆さんグループ、たまには旅館のお手伝いさんまで、手当たり次第に部屋にひっぱりこんで愉快に呑み明かすのだ。

安いツアーだから、たまに山の中の、まわりに何もない宿に連れていかれることがある。
そんなときはあらかじめ調べておいて、酒は自分たちで持ち込む。
添付した写真がそんな場合で、これで5人の男の2泊3日分だ。

こんな生活が体にいいわけないけど、節制をして、つまり酒をつつしんで長生きをしても仕方ないという、強固な信念のメンバーばかりだった。
とうとうTさんがくも膜下出血で倒れた。
8年間も寝たきりだったTさんの葬儀が昨日だった。
わたしは自分の点鬼簿にTさんの名前を書きつらねてためいきをつく。
その死に顔は安らかだったけど、わたしたちは未来永劫に、もう二度と、けっして会うことはできないのだ。
楽しかった思い出と、もう絶対に会えないという現実の落差に、人生ってのはなんだろうとまた考え込んでしまう。

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サトイモ

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階下に住むロシア系の金髪クンは、けっこう手先は器用だし、野菜なんか育てるのも好きなようである。
去年の秋には庭にサトイモを植え始めた。
せまいながらもちょいとした菜園ができるぐらいのスペースがあるので、本格的に始めたらおもしろそう。
しかし思いつきで始めたみたいで、サトイモはそのままほっぽらかし。
そのうち葉がしおれてしまったから、てっきり冬の寒さで枯れてしまったのかと思っていた。

ところがどっこい、この夏の暑さで息を吹き返したのか、あるいは冬眠していただけなのか、最近大きな葉が元気よく茂り始めた。
手入れしたり、殺虫剤をまいたりしている様子もないから、サトイモってけっこうしぶとい、手間のかからない植物らしい。
サトイモは子イモ、孫イモと、どんどん増えるそうなので、あと2、3年ほうっておいたら、庭はサトイモだらけになるのではないか。
わたし、サトイモの煮っころがしなんて好きだからねえ。 楽しみだねえ。

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2011年8月 8日 (月)

ユーモア

先日の中国の高速鉄道の事故で、「日本の技術を盗んでないことが証明された」という書き込みが中国のネット上にあったってことは、このブログの7月26日の記事に書いたけど、世間にはユーモアを解する人がいるものである。
今朝の新聞に見つけた記事も、ユーモアっていう点じゃ負けていない。

最近の米国では与党野党が政策そっちのけでつっぱり合って、いつになっても問題が解決しない。
そんなようすがどんどん日本に似てきたってんで、英エコノミスト誌が表紙に和服を着たオバマ大統領をあしらったそうだ。
しかもこれにつけたキャプションが Yes, you Kan だって。
can が Kan になっているのは、もちろん日本の菅クンにひっかけたものだけど、アハハである。
こういうニュースばかりだと世の中はますます楽しいものになるのに。
ってなわけないか。

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2011年8月 7日 (日)

周恩来

NHKのBSが4回に分けて周恩来のドキュメンタリー番組を放映した。
現代の中国は毛沢東や周恩来の時代とぜんぜん異なる国になってしまったから、なんで今ごろといいたくなる番組だけど、ま、かって中国に凝ったわたしとしてはちょいとひと言。

周恩来は毛沢東につかえた共産党幹部として、鄧小平と比較されることがある。
鄧小平が信念を曲げない、おかげで3回も失脚した人として知られるのに比べて、周恩来のほうは、時勢にあわせてころころと立場を変えた風見鶏なんていわれる場合もある。
でもそりゃちょっとひどすぎると思う。
なぜか。
彼の革命家らしからぬおだやかな風貌と紳士的ふるまいが、とてもそんな裏表のある人に見えないから、なんていうと、人間を顔で判断するのかといわれてしまいそう。
外見ではなく、わたしは周恩来という人が、暴走する毛沢東にあるていどブレーキをかけるのに功のあった人なんじゃないかと思っているからである。
またその開明的でグローバルな考え方は現代の中国に通じるものがあり、鄧小平によってなされた改革開放の基礎は、じつは周恩来にその発端があるという見方もできるのである。

番組でも描かれていたけど、毛沢東の意をうけた紅衛兵が 「四旧打破」 なんて叫んで古い文物をかたっぱしから破壊しようとしたとき、彼はそれを可能なかぎり救おうとした。
中国には歴史的遺物が数えきれないほどあるから、彼がいなかったら、多くの寺院仏閣や故宮の美術品でさえ、その運命がどうなっていたかわからない。
紅衛兵の騒動はいまふりかえると民衆の集団ヒステリーみたいなものだったけど、周恩来はそんな大勢にあらがう数少ない政治家だったのである。

暴君をいさめるのは、ヘタすると自分の首が飛ぶこともあるからむずかしい。
むかし、殷の紂という王様の乱暴をいさめた大臣は、お腹を割かれて内臓をひとつひとつチェックされたなんて前例もある。
そんな自らの危機を回避しつつ、右派と左派の中間に位置し、毛沢東の横暴な決断を、可能なかぎりソフトランディングさせるのは、綱渡りみたいにむずかしいことだったにちがいない。
周恩来をみていると、まるで暴走する主人の尻拭いをしながらあとについてゆく、気のドクな中間管理職みたいである。
しかしそんな彼の苦労は報われたのではないか。
彼は毛沢東とほぼ同時期に亡くなったけど、このドキュメンタリーが、現代の中国で、中国人の協力のもとに作られたということは、周恩来がこの国で一定の評価をされているということの証明である。

わたしは文化大革命をリアルタイムで眺めていた世代なので、この番組を観ていて中国が体験した激動の時代を思い出した。
劉少奇、彭徳懐、林彪など、騒乱の中で命を落とした人を思い出し、また地方に下放された多くの中国人の変転した人生を考えてしまう。

わたしが中国で知り合った女医さんは、少女のころ農村に放逐され、ヤオトンという洞窟みたいなところで生活したことがあると、じっさいにその旧居を見せてくれた。
天井から虫が落ちてきたんだよねと彼女はいう。
日本人のわたしは平和でのんきな人生しか体験してないけど、中国のごく最近の歴史は、まるでロマンチックで波乱万丈の大河小説を読んでいるようだ。

そんな中国が、いまや米国をしのぐような世界の大国だ。
格付け会社の評価でも落ち目のアメリカより中国のほうが格が上だという。
コレって中国の格付け会社による評価だけど、なんかわたしもそんな感じがしているのである。

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2011年8月 5日 (金)

火星の水

今日の夕刊の見出しのトップは 「世界で株価急落」 ってものだけど、株に縁のない当方としてはあんまり気にならないニュースだ。
そのとなりに、かなり大きな写真つきニュースがあって、「火星いまも水が流れている?」。
火星の地表に水の流れた跡が残っていることはとっくに知られていたけど、今回は夏だけにあらわれる水の流れの写真だ。
どうやら冬のあいだ凍っている水が、暖かくなると融けて流れ出すらしい。
アーサー・C・クラークに 「火星の砂」 というSF小説があったけど、砂ならぬ水というわけである。

SFや科学に興味のない人にとって、水なんかどこにでもあるじゃんといいたくなるニュースだろうけど、火星に水があるとすればこれは大変なことなのだ。
生命の誕生には液体状の水が不可欠とされているから、そんな水があるということは生命が存在している可能性がある。
そんな短絡的に結びつけちゃっていいものかちと疑問もあるけど、かりに火星に生命が存在していれば、これは人類がはじめて発見した地球外生命ということになり、生命というものがこの宇宙に普遍的に存在していることの証明になるのである。
で、それがなんなのさといわれちゃ身もふたもないけど、これはとにかく大きなニュースなのだ。

もっとも生命が存在しているといっても、タコや地球人に似た高度な生命が存在すると思っちゃいけない。
存在するとすれば微小なバクテリアみたいなものだろうというのも定説。
ひょっとすると火星はバクテリアのような生きものが、とぼしい日の光を糧に細々と暮らしている平和な惑星なのかもしれない。
それを虎視眈々と狙う悪の権化のような地球人。
おお、これじゃあウェルズの 「宇宙戦争」 が、攻守ところを変えてもうすぐ始まろうとしているところじゃないか。

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2011年8月 4日 (木)

精霊馬

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いまの時期は長わずらいをしていた人が亡くなることが多いという。
お盆のまえなので、いま死ねばすぐにお盆でまた帰ってこられると思っちゃうせいらしい。
路地でキュウリやナスに足をつけた、あるいは素朴なワラ人形で作った精霊馬を見るころになった。

わたしの知り合いにもひとり、8年間もほとんど植物人間状態で寝たきりだった人が亡くなった。
お盆が近いということをどこかで感じたのかもしれない。

死者のたましいは精霊馬に乗って家に帰ってくるという。
わたしは屈折した性格だから、死後の世界なんか信じてないし、かりにそういうものがあったとしても、この世に帰ってきたいと思わない。
ぶっちゃけたハナシ、賃貸しマンションでひとり住まいの人間に帰るところなんかあるんだろうか。
それじゃあんまりさびしいじゃないかという人がいるかもしれない。
しかし、歴史をふりかえってみれば、戦乱や災害で家族親戚のことごとくが殺されたり、地域ぐるみ全滅しちゃって、誰にも弔ってもらえない人間 (のたましい) は少なくないはずである。
そういう人たちのあいだにいるほうが、わたしのような偏屈には気楽じゃないかって気もする。

わたしの友人にも、妻子を捨てて若い娘のところへ走り、あげくに心中自殺をしちゃって、おかげで妻子から見捨てられ、若い娘の家族からも恨まれ、けっきょく誰からも弔ってもらえない男がいる。
じつはこの男の境遇には同情すべき点もあるのだけど、それを知っている人間ももうわたしぐらいになった。
会えるものなら、この男にはもういちど会ってみたいものだ。
そんなわけで、あの世で身寄りのないたましいだけが寄り添うってのも、わたしにはあまり悲観的なことだとは思えないのである。

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2011年8月 3日 (水)

床屋

100円ショップならぬ1000円バーバーへ行ってきた。
このブログでも書いたかもしれないけど、わたしは床屋がキライである。
なんで? 頭がさっばりして気持ちいいじゃないのという人がいるかもしれないけど、もともとわたしは青春時代にロック・ミュージシャンのような長髪族だった男なので、さっぱりということにあんまり興味がないのである。
鏡の前で、自分のアホづらと1時間もにらめっこをしているのも耐えられない。
ということは谷崎潤一郎の小説の主人公のセリフだったと思うけど、わたしも同じ。

だいたい床屋の料金は高すぎる。
近所の床屋で鏡の中の自分と1時間ちかくにらめっこした、そんな苦行の結果として大枚4千円も取られてしまう。
これはしがない労働者のわたしの日収の半分近くになってしまうではないか。
さいわい業界内部からもこれじゃイカンという勢力が現れたようで、駅の近くに低料金を売り物にする床屋が出現した。
いまどき千円ポッキリというのが嬉しいではないか。
中身はわるくないと思うけど、そんなに金をかけるほど素晴らしい頭とは思えないし。

というわけで1000円バーバーに行ってみたんだけど、なんせ料金は自動販売機で払うのだ。
時間は、なんと15分で終了だ。
まあ、ヒゲなんか自分で剃ればいいんだしね。
このつぎもここにしよう。

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2011年8月 1日 (月)

暗示?

447

大震災のあと、今度は新潟のほうで記録的集中豪雨だって。
どうも最近の天変地異は常識はずれが多くって困るよな。
これってなにかの暗示じゃあるまいか。

台所の窓べに置いてあったクロッサンドラにいつのまにか花が咲いていた。
この花は09年の8月に買ったものだけど、世の中にこれほど不遇な花もないだろう。
わたしはたまに鉢植えの花を買ってくるけど、気がむくと水をやるくらいで、あまり熱心に手入れするほうじゃない。
この花は、過去の経験によると、虫もつきにくいし、ほうっておいてもつぎからつぎへと花をつける点が気にいって購入したものである。
そんなわたしの放任主義に反発したのか、去年は1年間まったく花をつけなかった。
葉っぱもなんかクロッサンドラらしからぬ貧弱なものがついているだけだった。
それが忘れていたころ、不意に花をつけ始めたのはなんの気まぐれか。
世をはかなんで、枯れるまえにひと花咲かせようって魂胆かしら。
常識はずれの天変地異もなにか関係してんのかしらと、ついいろいろ考えてしまう。

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