点鬼簿
わたしたちの楽しみは温泉で酒をかっくらうことだった。
わたしたちというのは、かぎりなく酒と温泉を愛する、年配男性6、7人のグループである。
わたしはその中のいちばん若輩だったので、もっぱら小間使いという役割であった。
親分格はTさんといって、かってはプレイボーイでならした天衣無縫な男性である。
若いころ、同じマンションに住む女のひと、そのすじのコワイ旦那がいる人だったそうだけど、これをくどいちゃってねなどという。
べつに指が欠けているわけじゃないから、問題は起きなかったようだけど。
Tさんにかぎらず、いずれのメンバーも人生や酒や食べものに一家言ある人たちばかりなので、いっしょに呑んでいるのは楽しかった。
出かける温泉は、たいてい関東近縁の俗っぽいところばかりで、ほとんどが安いバス・ツアーを見つけての参加だったけど、観光が目的ではないからなんだっていいのである。
目的は、つまり日がないちにち呑んで暮らすというものだ。
さんざん呑んで、気がむいたらどぼんと温泉につかる。
2泊3日をこうやって、仕事なんぞはクソくらえで過ごすのだ。
同じバスに乗っていた若い娘や、おばさんやお婆さんグループ、たまには旅館のお手伝いさんまで、手当たり次第に部屋にひっぱりこんで愉快に呑み明かすのだ。
安いツアーだから、たまに山の中の、まわりに何もない宿に連れていかれることがある。
そんなときはあらかじめ調べておいて、酒は自分たちで持ち込む。
添付した写真がそんな場合で、これで5人の男の2泊3日分だ。
こんな生活が体にいいわけないけど、節制をして、つまり酒をつつしんで長生きをしても仕方ないという、強固な信念のメンバーばかりだった。
とうとうTさんがくも膜下出血で倒れた。
8年間も寝たきりだったTさんの葬儀が昨日だった。
わたしは自分の点鬼簿にTさんの名前を書きつらねてためいきをつく。
その死に顔は安らかだったけど、わたしたちは未来永劫に、もう二度と、けっして会うことはできないのだ。
楽しかった思い出と、もう絶対に会えないという現実の落差に、人生ってのはなんだろうとまた考え込んでしまう。
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