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2011年8月 4日 (木)

精霊馬

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いまの時期は長わずらいをしていた人が亡くなることが多いという。
お盆のまえなので、いま死ねばすぐにお盆でまた帰ってこられると思っちゃうせいらしい。
路地でキュウリやナスに足をつけた、あるいは素朴なワラ人形で作った精霊馬を見るころになった。

わたしの知り合いにもひとり、8年間もほとんど植物人間状態で寝たきりだった人が亡くなった。
お盆が近いということをどこかで感じたのかもしれない。

死者のたましいは精霊馬に乗って家に帰ってくるという。
わたしは屈折した性格だから、死後の世界なんか信じてないし、かりにそういうものがあったとしても、この世に帰ってきたいと思わない。
ぶっちゃけたハナシ、賃貸しマンションでひとり住まいの人間に帰るところなんかあるんだろうか。
それじゃあんまりさびしいじゃないかという人がいるかもしれない。
しかし、歴史をふりかえってみれば、戦乱や災害で家族親戚のことごとくが殺されたり、地域ぐるみ全滅しちゃって、誰にも弔ってもらえない人間 (のたましい) は少なくないはずである。
そういう人たちのあいだにいるほうが、わたしのような偏屈には気楽じゃないかって気もする。

わたしの友人にも、妻子を捨てて若い娘のところへ走り、あげくに心中自殺をしちゃって、おかげで妻子から見捨てられ、若い娘の家族からも恨まれ、けっきょく誰からも弔ってもらえない男がいる。
じつはこの男の境遇には同情すべき点もあるのだけど、それを知っている人間ももうわたしぐらいになった。
会えるものなら、この男にはもういちど会ってみたいものだ。
そんなわけで、あの世で身寄りのないたましいだけが寄り添うってのも、わたしにはあまり悲観的なことだとは思えないのである。

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