食は広州に
前項でわたしは潜在的グルメじゃないかと書いた。
それが実践派ではなく、書物を通じてであるのが残念だけど、グルメの話題をもうひとつ。
古本屋で見つけた邱永漢さんの「食は広州に在り」という文庫本がある。
買ったときの値段はせいぜい200円ぐらいだったのに、わたしには数万円の価値がある本だ。
なんで数万円かというと、数万円を払ってトルコやマルタ島に行くのと同じくらいの楽しみをもたらしてくれる本だからである。
グルメでもないくせに料理について書かれた本がおもしろいというのは、釣りはやらないけど開高健の釣り紀行がおもしろいというのと同じことなのである。
この本の最初のほうに、永漢さんの父親の思い出が出てくる。
永漢さんの父親は台湾でも有名な食道楽の人だったそうで、1年中カラスミ(烏魚子=ボラの卵)を切らしたことがなかったそうだ。
この父君のカラスミの食べ方はなかなか凝っていて、まずその薄皮をはぎ、カンカンにおこした炭火の上で、表面は香ばしいくらいに、中は熱くなった程度に焼いて、生ニンニクの薄切りとつけ合わせて食べるのが最高なんて書いてある。
こんな文章を読んでよだれをたらさない人がいるだろうか。
べつのページには冬瓜(トウガン)料理が出てくるけど、冬瓜の頭を切って種を取り出し、中に具や調味料を詰め込んで、あとは時間をかけて気長に蒸すとある。
これを読んでから、散歩のとちゅうに大きく実った冬瓜を発見するたび、ひとつわたしも自宅でこいつを作ってみようかなんて気になってしまった。
なっただけで実践しないのがだらしないけど、ちなみにこの料理は「燉冬瓜盅」というそうである(文字化けしなけりゃいいが)。
この本の中にはほかにもさまざまな料理(もちろん中華料理)が出てくる。
台湾と大陸中国を厳密に分けなければ、邱永漢さんもいわゆる中国人だから、出てくる料理は、蝦子麵、姜葱炒麺、鹹魚、豆油肉、冬瓜荷葉粥、蛋花湯、醤瓜肉餅、杏林春満、大良野鶏巻、東坡菜、醸豆腐などなど、中味のよくわからない漢字だらけの料理ばかりだ。
こうした料理の説明だけではなく、その故事来歴から中国人の精神まで語り、そして読者に食い気をもたらしてしまうのだから、「食は広州に在り」は名著である。
そうした料理を目で、つまり読むだけで、しかもレストランではなく書斎で味わってしまうのだから、わたしも変則的なグルメであることはまちがいないのである。
じっさいに食べなけりゃ意味がないという人もいるかもしれない。
しかしわたし自身は、魚にしても野菜にしても、たいていのものはナマで食べるのが最高と信じているので、やたらに手をかける中華料理は、やっぱり舌で味わうより読んで味わうほうが無難のような気がする。
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