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2011年9月11日 (日)

どんぐり

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森の中を、彼女にふられて失意中の若者みたいにうつむいて歩いていると、落ち葉のあいだにドングリが落ちているのを見つける。
失意の若者であるから、ついドングリの運命について考えてしまう。

ドングリの親であるブナ科の木はおびただしいドングリを地表にばらまくけど、このうちのいったいどれだけが無事に発芽できるだろうか。
発芽したとして、そのうちのいくつがちゃんとした樹木にまで成長できるだろうか。
タラなんて魚は数百万個の卵を産むそうだけど、そのうちのいくつが親にまで成長できるだろう。
華僑という人たちがいる。
住みにくい中国をはなれて海外に活路を求めた人たちで、中には成功して故郷に錦をかざった者も少なくない。
しかし、一将功なって万骨枯るのことわざ通り、ひとりの成功者のかげでいったいどれだけ多くの中国人が異郷に朽ち果てただろう。

失意中の若者はロクなことを考えない。
ますます悲観論者になって、するとますます女の子に相手にされず、ますます落ち込むのである。
若いころのわたしみたい。

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