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2011年10月24日 (月)

衝突する宇宙

図書館でヴェリコフスキーの 「衝突する宇宙」 という本が目にとまった。
なんとなく科学の本という感じだけど、科学とはぜんぜん関係がない。
はっきりいって読む価値のない本である。
読むまえから読む価値がないと断言できる本もめずらしいけど、ま、ふつうの人は読む必要がない本である。
わたしがこれに目をつけたのは、以前SF作家のアイザック・アジモフがこの本を攻撃しているのを読んだことがあるからだ。
アシモフだけじゃない。わたしが知っているかぎり、科学者のカール・セーガンもこの本を攻撃していた。
まっとうな作家や科学者から攻撃されるくらいだから、それだけでロクな本じゃないことはわかるけど、わたしは攻撃される側の言い分も読んでみようというキトクな人間なのである。
また、SF小説として読むとおもしろいという話も聞いたことがある。

「衝突する宇宙」 は、アメリカの精神分析医イマヌエル・ヴェリコフスキーが、過去の文献をやたらめったらひっくり返し、それをやたらめったら引用して、まったく新しい宇宙生成の理論を構築しようとしたものである。
正規の科学者からはぜんぜん相手にされてない理論だけど、アメリカはカルト宗教が多いところで、たとえば宇宙は神様が作った、人間はアダムとイヴから始まったなんてことを本気で信じている人も多いから、そういう方面の主張と合致する部分もあり、本もだいぶ売れたらしい。

この精神分析医さんの理論によると、おおむかし、木星から飛び出して地球の近くをかすめた巨大な彗星が、地球の引力に捉えられ、ナニがなにしてなんとやらで、やがて現在の金星になったという。
ナルホドと感心してしまう人は、カルト宗教の影響を受けやすい人だから、この本をゼッタイに読むべきではない。

マユツバとしても壮大すぎる天文学的事変であるから、こんなことがおきたのは何億年もむかしのことかと思うと、ヴェリコフスキーにいわせれば、せいぜい4千年から5千年まえのことだそうである。
彼は証拠としてノアの方舟の大洪水や、モーゼが紅海をまっぷたつにしたというハナシなど、聖書やさまざまな文献の記述を持ち出すので、人類の歴史以降の事件にしないと都合がわるいのである。

このていどならわたしにだって反論できるぞと、期待をもって読み始めた本だけど、じっさいには年代数字や事実を確認しにくいむかしの事件の引用ばっかりで、粉飾された決算みたいに本質がつかみにくい。
そんなものを分析しているほど、わたしはヒマじゃないし、そもそもアシモフほど聖書や西洋の古典に詳しいわけじゃないから、粉飾のひとつひとつに反証を加えることもできない。
まごまごしていると、キツネに化かされたみたいに、わたしもいつのまにかそんな理論にとりこまれてしまいそうなので、あわてて本は書架に返した。

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深読みの読書」カテゴリの記事

コメント

この本はアインシュタンが死ぬ間際まで読んでいた事や、最近の宇宙論の行き詰まりやプラズマ宇宙論についてご存知ですた

投稿: velikovskian | 2012年10月 3日 (水) 17時04分

こんにちは。
気分を害すると思いますが、書かせてください。
うっとうしければ削除なり無視なりお願いします。

まっとうな人は過去の偉人たちが成し遂げたような、奇抜で突拍子もない発想で世界に革命を起こすことはできないかもしれません。いつまでもまっとうで怖がりだから。

攻撃される側の言い分も聞いてみようというのは奇特でもなんでもなく、むしろ普通であるべきだと思います。なにも考え方、捉え方、見え方等々は一つではないですから。

「彼は証拠としてノアの方舟の大洪水や、モーゼが紅海をまっぷたつにしたというハナシなど、聖書やさまざまな文献の記述を持ち出すので、人類の歴史以降の事件にしないと都合がわるいのである」
というよりも、人類の言い伝えの中に多く天変地異などといった事柄が含まれているのを考えた結果の話しですから、当然年代も今に話しを残せる人類がいた頃になるはずです。

正規の科学者とは?
それは一体何なのでしょう。絶対的なものを知っている人たちでしょうか。
ただただ、科学も一つの視点に過ぎません。絶対的でもありません。科学にはまだ課題は多くあります。

神様等の存在(宗教的なものへの単一否定的な態度)、生命の本当の起源(生命がいつ生まれたかなだどではなく、生命はなぜ生まれることができるのか、なぜ生命があり得るのか等)などなど。

神様や霊的なもの、科学的でないとされる存在。
探しているものがいるかどうかは、一つそのものを見つければ証明できるが、いないということを証明するのはなかなかに難しい。というのはその通りだと思います。いくら神霊写真が偽物であると証明しても、それが“いない”ということの証明にはなりません。

宗教を盲信しているのも可笑しい話しですが、科学に溺れて威張っているのも同じくらい情けないことではないでしょうか。


私も衝突する宇宙は無理があると気がします。
金星が木星からの旅者だとすると、フィボナッチ数列の惑星分布はどうなるのでしょう。せっかくケレス?の存在まで予言したのにおかしくなっちゃう。。

考え方っていろいろありますよね。すみません、私の意見もかなり否定的ですね。

投稿: | 2013年8月 1日 (木) 15時19分

ひさしぶりに骨のあるコメントかと思ったんですけどねえ。
どこかのカルト信者さんの意見ですか。
科学者に反発する人の意見でしょうか。

「人類の言い伝えの中に・・・・・・(省略)ですから、当然年代も今に話を残せる人類がいた頃になるはずです」とあります。
この意見はほかの書物には通用するかもしれないけど、ここで挙げている「衝突する宇宙」には当てはまりませんよね。
そういうふうに一般論を持ち出して、目の前の話題をそらしてしまうのはカルトの人たちがよく使う手です。

科学に課題があることはよく知ってます。
だからこそ多くの科学者が日々、人間の生活にはすぐに役に立たないようなことをいっしょうけんめい研究して、真実を明らかにしようとしているのです。
あなたが科学以外のものを信じているとしたら、それは課題もなにもなく、すべてあっさりと答えの出るものなのですか。
つまりこの世界はどこかのなにがしが造ったものだから、文句をいわずに従っていればいいんだというような。

なるほど。あなたは生命の起源や存在について、科学以上のものがあると信じてらっしゃるようだけど、それは科学によらず、机のまえの思索だけで結論を出せるものなのですか。
映画「2001年宇宙の旅」をつくった映画監督のS・キューブリックも、科学以上の存在を信じていたようだけど、これは科学の否定のうえに立つものではありません。
だからこそ、「2001年」は「十戒」より感動的だと、わたしは思っているんだけど。

「神霊写真が偽物であると証明しても、それが“いない”ということの証明にはなりません」
“いる”ということの証明にもなりません。
偽物以外に証拠がひとつもないのならば、ふつうは“いない”、もしくは“不明”ということにしておくほうが当たり前ですが。

科学に溺れて威張っているというのは、誰のことですか。
誰が威張っているのですか。
ひとつ質問しますけど、フィボナッチ数列というのはどういうことですか。
ケレスというのはSFファンなら誰でも知っている小惑星のことですが、その存在を予言したというのはどういう意味ですか。
カルトの人たちは、ときどき自分たちの都合のいい部分だけ科学を引用することがあるので、スタンスがわかりにくいんだけど、こんなエラそうな理論を持ち出して威張っているのはどっちでしょう。

投稿: 酔いどれ李白 | 2013年8月 1日 (木) 20時21分

シンプルに宗教的オカルトだけにも依らず、科学だけにも依らない新しい立場ってこの先あり得ないのでしょうか。

科学とか宗教とかオカルトとか、客観とか主観とか、分けることを無くせないのでしょうか。

投稿: | 2013年8月 2日 (金) 10時20分

昨日、失礼なコメントを残した者です。

昨日はすみませんでした。
調子にのってバカなことを書いてしまいました。
自分のコメントを読み返して反省しています。

喧嘩がしたいわけではないのに、めちゃくちゃなことを長々と失礼致しました。


最後に一つだけ言わせて頂きたいのですが、私は頭が悪いので難しい数式や理論までは理解はなかなか出来ませんが、科学は大好きです。そこだけは誤解を解いてもらえると嬉しいです。

投稿: | 2013年8月 2日 (金) 11時01分

謝ることはありませんか。
わたしもケンカをするつもりで書いたわけではありません。
きちんとした意見なら、それが少ないのを嘆いていたくらいなので、むしろ大歓迎です。
と、ことわったうえで、まえの質問に答えてしまいましょう。

「オカルトにも科学にも依らない新しい立場ってあり得ないのでしょうか」
あり得ません。
科学は人類の発展とともにそれに寄り添い、導いてきたひとつの柱ですが、カルトはそれを否定するものです。
新しい立場というなら科学がまさにそれでしょう。
科学はつねに進歩しており、ダーウィンの理論でさえ欠陥が目立つようになっていますけど、それこそ科学が宗教のように一点にとどまってないことの証明です。

「科学とか宗教とかオカルトとか、客観とか主観とか、分けることを無くせないのでしょうか」
そもそも科学と宗教とカルトを同列に置くのがまちがっています。
科学と宗教だけならまだわかります。
科学は具体的、宗教は観念的な部分で人類の柱となってきましたが、カルトはとちゅうに生じたガン細胞みたいなもので、ゼッタイになんの役にも立ちません。

客観と主観を分けることもできません。
これはものごとを考えるさいの立場をあらわす言葉で、そもそも分ける分けないという性質のものではありません。
客観的、主観的のいずれでもない立場があるとしたら、それはなにも考えていないということになり、考えることをしなくなった人間は、それはもう人間ではありません。

投稿: 酔いどれ李白 | 2013年8月 2日 (金) 13時54分

投稿: velikovskian | 2013年9月21日 (土) 05時06分

http://www.youtube.com/watch?v=Clq-GiqvL9o
古代の人々が金星を彗星扱いしていたのは、
西洋でも新大陸でも日本でも同様なので自分で調べてみましょう。

投稿: velikovskian | 2013年9月21日 (土) 05時27分

またわけのわからないコメントだな。
むずかしそうな、たぶんこのコメント氏もぜんぜん理解してないんだろうけど、やたらにむずかしそうなホームページのアドレスをずらりと並べて。

太陽風のおかげで金星でも彗星でも(地球でも)、太陽と反対側に物質が流されるのは当たり前だということをご存知ないらしい。
「重力による惑星形成の定説は空振り三振アウト」なんて記事を見つけて大喜びしているみたいだけど、ナショナル・ジオグラフィックは、ただ惑星形成の謎が深まったといっているだけで、ヴェリコフスキーの理論が正しいなんてことはひとこともいってないのに、どうしてそんなに、なんでもかんでも自分たちの都合のいいようにしか解釈しないのか。
こういうバカの相手はしちゃおられんよ、ったく。

古代の人々が金星を彗星扱いしていたかどうか知りませんヨ。
天文学が神話や伝説と同類だったころは、ひとつやふたつはそういう説もあったでしょう。
それよりも明けの明星、宵の明星、そして美の女神扱いのほうが、わたしにはナンボか詩的で素敵だけど。

ああ、せいぜい調べてみなさい。
ただし、最初からヴェリコフスキーやカルトの言い分の肩を持つのではなく、あくまで客観的な態度で!

投稿: 酔いどれ李白 | 2013年9月24日 (火) 09時54分

理解も出来ない本の批判してんじゃねえよボンクラオヤジ

投稿: velikovskian | 2013年10月25日 (金) 05時16分

ヴェルコフスキーて誰だよバカ

投稿: velikovskian | 2013年10月25日 (金) 05時21分

オッサン、ウン百年前に生きていたらコペルニクスやガリレオを確実にカルト扱いしてたろ

投稿: velikovskian | 2013年10月25日 (金) 06時12分

>古代の人々が金星を彗星扱いしていたかどうか知りませんヨ。

証拠は腐るほどあるけれど、決定的なものを紹介しておく。

古い金星のシンボル、イナンナの葦束(knot of inanna)の形は彗星そのもの
http://www.spiralgoddess.com/Inanna.html
http://www.crystalinks.com/sumergods1.html

ハトホル(エジプトのヴィーナス)の王冠も然り
http://www.gks.uk.com/comet-venus-velikovsky/

金星が長髪の女神、蛇、牛頭として扱われるのも、それらが彗星のたとえだからだ。

投稿: | 2013年10月25日 (金) 07時06分

この続きは13年10月28日の記事に。

投稿: 酔いどれ李白 | 2020年10月 4日 (日) 05時49分

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