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2011年10月 2日 (日)

新潮社

隆の山といえば、ついこのあいだ生まれて初めて大相撲を見に行ったとき、その日の大一番のひとつに登場した相撲取りである。
まだようやく幕内に上がったばかりの力士だけど、典型的なソップ型 (やせっぽち) 力士で、それが幕内最重量の臥牙丸と対戦したのだから、これは見ものだった。
じっさいの勝負は大一番というにはもの足りなかったけど、勝負はつねに番狂わせとはかぎらないから仕方がない。

週刊新潮に、この隆の山に愛人と隠し子がいたという記事が載っていた。
そんな他人のスキャンダルばかり追求して、どこがおもしろいんだと、まゆをひそめる輩がいるかもしれない。
そういえば新潮社には、かって 「フォーカス」 という写真週刊誌があって、わたしはそれも欠かさず愛読していたものだ。
友人の中には、あんなスキャンダル雑誌のどこがいいんだと、あからさまに軽蔑の目を向ける者がいた。
わたしはそうは思わなかった。
同じ写真週刊誌の 「フライデー」 にはたしかにそういう傾向がある。
しかしフォーカスは違っていた。

フォーカスには強者に対する批判精神が充満していたと思う。
役者やタレントがくっついたのはっついたのというニュースはどうでもいいけど、事実フライデーに比べればフォーカスにはそういう記事は少なかったけど、政治家や企業のトップのスキャンダルはどしどし報道すべきなのである。
権力を笠に着た人間が、その職権を利用してキレイな姉ちゃんを囲うなんてことは、ワタシにはとっても関心があることなのである。
早いハナシ、わたしたちがたまたまどこかで権力者の腐敗や違法行為を知りえたとき、フォーカスはそれを告発するいい受け皿だったわけである (いまならインターネットがある)。

一方でフォーカスには弱者に対するあたたかいまなざしが存在していた。
たとえばわたしがよくおぼえているのは、フランスで若い娼婦2人が将来を悲観して自殺したという記事。
フォーカスの記事には、世間のかたすみで誰にもかえり見られないまま死んでいった弱者に対するあわれみの気持ちがあふれていた。
だからわたしは、フライデーは金を出してまで買おうって気にならなかったけど、フォーカスだけは欠かしたことがなかった。

今回の週刊新潮の隆の山の記事でも、スキャンダル報道の側面はあるけれど、全体としてどこかあたたかい視点が感じられる。
バカをみる役割は鳴戸親方だけにまかせるというオチが非常によろしい。

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