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2011年11月11日 (金)

モジリアーニ

Mo

1枚の絵がある(ふたつの絵をひとつに合成してある)。
モジリアーニの絵である。
傑作である。
なんてことは誰でも知ってるし、わたしも知ってる。
雑誌やポスターや、ラーメン屋の壁に貼ってあるカレンダーなんかで、この画家の絵を見たことのない人はまずいないだろう。

しかし、画家や時代背景について何も知らなかった若いころ、はじめてこの絵を見て、首の長い女性をへんてこりんなプロポーションだとか、瞳が描かれてないせいで冷たい絵だなと思ったくらいで、わたしは特別に感心しなかった。
わたしの若いころの60年代から70年代というのは、新ルネッサンスというべき時代で、スタンダードな油絵ついては、ほとんどあらゆるテクニックがきわめ尽くされていたこともあるし、世間にはグロテスクな、お化けみたいな女性像がめずらしくなかったってこともある。

しかし、ここで絵を見るさいの姿勢について所感をいうんだけど、人はなんの予備知識ももたずに絵画の鑑賞ができるものだろうか。
すこしは絵画といものに関心があって、読書好きの人なら、いつかしぜんにモジリアーニという人の生涯を知ることになるだろう。
だてにトシをとっていたわけじゃないから、わたしの場合もそのうちこの画家のデータが蓄積されていくことになった。
それと同時に彼の絵に対する評価も変わっていった。

モジリアーニというの人生については、いまでは多くの人が知っている。
貧困と病いと飲酒という芸術家の理想?みたいな生き方をした人である。
ジャンヌ・エビュテルヌという女性といっしょになり、彼女をモデルにした傑作をいくつも描き、本人は36歳で病死した。
彼の死にはおまけがあって、ジャンヌが2日後に後追い自殺をした。
つまり、モジリアーニの絵には純愛というドラマチックな要素がついてまわっているのである。

このことを知ってからは、わたしの目にはこの絵はひじょうに暖かい、人間味あふれるものになった。 傑作であるとも思うようになった。
そりゃ感傷的すぎるという人がいるかもしれない。
だけど、どうだろう。
モジリアーニが豊かな家庭のお坊ちゃんで、莫大な遺産を相続して、美人の奥さんをもらい、株式投資かなんかをやりながら、まるで絵に描いたような幸福な人生をまっとうした人だとしたら、彼の絵がこれほど評価されただろうか。
たぶん半分ぐらいは評価が下がっていたんじゃないだろうか。

こういう態度は絵画を鑑賞するうえで邪道だという人にあえてさからわない。
わたしがいいたいのは、絵を観るときは、その絵の背景をよく勉強してからにしたほうがいいということである。
そうでないと、ダヴィンチの絵の前で、おお、これがモナリザかいと感激した政治家と同じことになってしまう。

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