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2011年12月27日 (火)

危険思想

いいたくないけど、また非常識な意見だ。
政治家も知識人もけっして口に出せない、ブログが炎上しかねない危険思想だ。

先日の新聞に大きな見出しで 「予算が過去最大」、「借金千兆円突破」 という記事。
名目上は前年度より少なくなったってことらしいけど、実質的には、ヤッパリ、増えちゃっているらしい。
お金の使い道では公共事業が大きく増えるのが特徴だそうで、八ッ場ダムだとか、外環道建設の再開なんてことがやり玉に上がっている。
ただ、わたしはむげにそういうものに異論をとなえない。

公共事業につぎこむ税金はムダという人が多いけど、ホントにそうか。
ダム建設にしても道路工事にしても、それを切望しているのは、まず現地の行政だってのはどういうことか。
公共事業が増えれば地方に税金は落ちるし、雇用の促進にもなるし、末端の肉体労働者も助かるし、とにかく誰かが金をじゃんじゃん使わなければ景気はよくならないとケインズも言っている (かどうか知らないけど)。

そんなことに金を使うなら福祉や厚生事業に使えっていう意見もある。
しかし死にかけた老人の医療費を補助したり、家にひきこもりがちな母子家庭を援助したり、家庭ゴミの収集をきちんとやったからといって、そんなものが雇用の促進や景気の浮揚に役立つわけがない。
母子家庭の子供が将来えらい学者か善良な経営者にでもなれば、いくらかモトがとれるけど、それはずっと先の話だ。

つまりムダと考えられているものがじつは必要なものであり、必要だと考えられているものがムダの温床なのだ。
わたしたちはバケツに水をそそがず、ザルに水をそそいでいるのである。
いま世界がなべて赤字に苦しんでいるのも、先進国ほどこのムダな支出が増える傾向があるからだ。
政治家や公務員の削減とか、行政の効率化をいう人もいるけど、それが可能だとしても、それでいったいどれだけ赤字が解消するだろう。
赤字のいちばん大きな要因は、ここで述べたところのムダ、わたしたちが幸福で快適で、完璧な生活を維持するための費用がとめどもなく増大しているからなのだ。
賢明な人にはそんなことはとっくにわかっているのだろう。
しかし新聞などを読むとあいかわらず単純な考えしかもたない人が多いので、ワタシ個人的に、つい非常識を口に出したくなってしまうのである。

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