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2012年1月

2012年1月31日 (火)

戦争と平和の2

BSで放映されたソ連版の「戦争と平和」を観てみた。
ちょっと前のこのブログで、いくらかの欠点は無視してもぜったいに観る価値のある映画であると書いたけど、あらためて観るとなんだかおおざっぱな映画だなという印象。
まだ精神的に若かったころに観たのと、あるていどトシをとってから観たのでは印象が異なるのはやむをえないということらしい。

画質も、はじめて映画館で観たときはもっときれいだったように思ったのに、デジタル処理をしたあとでもあまりきれいとはいえない。
だいたい公開されたあと、この映画はどこでどう扱われていたのか。
BSで放映されたものを観ていても、あまり丁寧に扱われていたものではなさそうだ。
フィルムがきちんと保存されていて、色彩を完璧に再現できた「風と共に去りぬ」のような幸福な映画とはわけがちがうらしい。
1965年のソ連の映画技術はこんなものだったのかもしれないけど、キューブリックの「2001年」はこのわずか3年後の映画なのである。

おおざっぱすぎる映像を観ていて考えた。
現在のDVDプレーヤーには映像を分断したり、接合したりする機能がついている。
これをうまく使えばこの映画から、不要と思われる部分をカットして、自分の好みの映画に再編集できてしまうではないか。
そんなわけで、まず冒頭の、セリフが始まるまえの意味不明な1分間をカット。
騎上のナポレオンが手袋をさっとふりおろして突撃の合図をするシーンも、その直後のもたもたしたショットを気にいらないのでカット。
これを熱心にやれば、ワタシ好みの「戦争と平和」ができてしまいそうだったけど、他人の芸術作品に変更を加えるというのは重罪である。
だからやめたというのはウソで、じつはプレーヤーの機能が完璧ではなく、接合した部分がいささか変調ぎみなのでやめたというのが本音。
ワタシに編集させればもっと傑作になりそうな気がするゾ、この映画。
あいかわらずつまんないことをしてるな、ワタシゃ。

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2012年1月30日 (月)

電子レンジ

電子レンジがいかれた。
しばらく不便な生活をしなくちゃならない。
とはいっても、まだガスレンジはあるし、電気釜もある。
レンジ食品は蒸気で蒸して温めるという手がある。
まだ原始的な生活とは、とってもいえない。

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2012年1月28日 (土)

APAPAT

485

知り合いからアルメニア産のコニャックをもらった。
ボトルのラベルでいちばん目立つのはAPAPATという文字で、どうやらこれがこの酒の名前らしい。
APAPATというのは、調べてみたらノアの方舟が流れついた山とある。
だとすれば、ふつうはアララト山だ。
たしかロシア語のPは英語のRになるってことだから、これはロシア語なのだろう。

ネット上にはアルメニア・コニャックについて書いたサイトもある。
http://blog.livedoor.jp/koro56/archives/51819435.html

これによるとヤルタ会談で英国首相のチャーチルもこの酒が気にいり、わざわざ個人輸入したとあるから、とっても由緒のある酒らしい。

飲んでみた。
貧乏人のわたしもときどき蛮勇をふるって、4、5千円のウイスキーを買うことがあるけど、これは、なんというか、ケタ違いという感じがする。
いちど何万円もする洋酒というものを味わってみたいと思って、もちろん果たせずにいたけど、この酒ではじめてそれが可能になっちゃったような。
グラスにちょっぴりそそいで、その甘い香りを楽しんでいると、あ、なぜか開高健さんの本を読みたくなってきた。
こんなものがわが家にあるってことがわかったら、たちまち呑兵衛の友人たちが押し寄せてこないともかぎらない。
だからこれは内緒だ。
わたしひとりでちびりちびり飲むことにしよう。

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戦争と平和

待てば海路の日和ありってことかしら。
ソ連版の 「戦争と平和」 がBSで放映されるという。
公開当時に観たおぼえがあるけど、それ以来これほど掛け値なしの大作映画に出会ったことがない。
まだCGのない時代の映画だから、地平線を埋め尽くす兵隊はぜんぶ本物の人間なのだ。
当時のソ連軍を戦場のエキストラに駆り出した大作である。
当時のソ連が見栄をはりまくった大・大作だ。
上映時間 (ぶっとおしで観ると) 7時間という大・大・大作だ。

これだけやったんだから、トルストイの原作を完璧に映像化してあるにちがいない(全部読み通せたことがないけど)。
でもいちゃもんの余地もある。
当初は原作の映画化としてはなかなかのモンだけど、終わりのほうになると、やっぱり共産党がイエローカードを出したらしく、どこか国策映画っぽいイデオロギーの押し付けが感じられてしまうのである。
金を出したんだから体制を賛辞するものでなくちゃいかんということで、政治局が口を出すのはエイゼンシュテインのころからのロシアの悪しき伝統だ。
それでも侵略者のナポレオンがかっこよく描かれているのはエライ。
バーチャルでロシア旅行が体験できるのもわるくない。
エルミタージュが当時の風俗のままの人間つきで体験できるのもいい。
硝煙と逆光の中を、騎兵が突進していく戦争シーンなんか、最近のNHKの 「坂の上の雲」 にも取り入れられていたな。
いくらかの欠点は無視しても、ぜったいに観る価値のある映画である (とわたしは思う)。

DVDは発売されているけど、なにしろソ連 (現ロシア) の映画だから、流通がどうなっているのか、アマゾン・コムで中古が14,700円もするのである。
それがBSで録画すればタダだ。
NHKに高い視聴料をとられているんだから、こういうときにモトを取らなくちゃ。

じつはわたしはとっくにこのDVDの正規版を持っているんだけど、デジタル処理がしてないらしく、映像がテープ時代のビデオのまんま。  汚い!
この映画では、古典絵画を思わせる画面の色調がまたすばらしいので、ぜひデジタル処理したものを観たいと思っていた (映画好きのこだわりだ)。
うれしいことに今回BSで放映される 「戦争と平和」 は、その処理がちゃんとしてあるものらしい。
こうやってわたしの映画コレクションはますます充実していくのだ。

「戦争と平和」 のロシア語タイトルは ВОЙНА И МЦР。
МЦРは、ついマップと読んでしまいそうだけど、ロシアの発音ではこれはミール。
ロシア語の知識をひけらかすわけじゃなく、そういう名前の宇宙ステーションがあったので知っているのだ。

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2012年1月27日 (金)

イワシの丸干し

あいかわらず原発の影響について騒ぎすぎじゃないかと思える事件を散見するけど、わたしの世代になるとその程度じゃ驚きゃしないのだ。
なにしろ体内にありとあらゆる汚染物質をため込んで生きてきたのだから。

じつは最近イワシの丸干しに凝っている。
スーパーで買ってきた丸干しをガスレンジで焼いて、頭からばりばりと食べるのだ。
生きたイワシがこの瞬間を見たら身ぶるいするような戦慄的光景だけど、ま、そういうことはあんまりないだろう。
先日、焼いたイワシを食べる段になって、ちょっと焼きが足りないような気がした。
こんなもので下痢でもしたらつまらない。
そこでさらに電子レンジに入れて加熱してみた。
適当な時間にレンジから出してみたら、発泡スチロールのトレイが溶けてぐちゃぐちゃ。
こういうことは過去にも何度かあった。
そのつど心配になるくせに、しばらくすると忘却してまた繰り返す。
そんなに加熱する馬鹿がいるかといわれそうだけど、わたしはたいていの場合、こんなふうにざっくばらんな人間なのである。
発泡スチロールが健康にいいかどうか知らない。
こっちのほうが原発漏れの放射能よりコワそうな気がする。
しかし、イワシを捨てちまうのももったいない。
そこで3匹ばかり立て続けにばりばり。
べつに味には変わりがなく、焼いたイワシは酒の肴になかなかいい。

溶けた化学物質まみれの食品を食べて、それでも平然と生きているのだから、いまさら放射能がどうのこうのと騒いでも仕方がないのである。

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2012年1月25日 (水)

小宰相

今年のNHK大河ドラマは「平清盛」だそうである。
映像が汚らしいとどこかのエライさんがいって、そんなことはないと反論が出て、なんかごたごたしているみたいだけど、わたしは大河ドラマをぜんぜん観ないからよくわからない。
それでも歴史は好きだから、またなんか書こうかと考えた。
平清盛って人が世間でいわれているような暴君ではなく、政治家としてはなかなかの人物であったことぐらいは、わたしもこころえている。
しかしそれ以上特別な関心もないので、彼について書くのはやめて、「平家物語」って本について書いてみよう。
「平家」の巻9の中に『小宰相』という章がある。
シェークスピアよりずっとむかし、日本にこんな悲しい恋の物語があったのだということを。

小宰相なんていうと政治家みたいだけど、これは平通盛(みちもり)の若奥さんで、宮中一の美女とうたわれていた女性のことである。
亭主の通盛って人は、「平家」にうじゃうじゃ登場する平(たいら)という姓の人物の中ではそれほど重要な人ではないし、命より名誉を重んずる体育会系の侍たちのあいだでは、わりかし女性的なやさしい男性だったようである。
こういう人でも本家が戦争を始めれば、やっぱり一門のはしくれとして、出陣しないわけにはいかない。
彼は一ノ谷で義経のゲリラ作戦に敗れ、首を取られてしまった。
なにしろ相手の源氏の侍というと山奥の熊狩り猟師みたいな荒くれ男ばかりだから、お公家さん化した平家のやさ男が勝てるわけがない。
旦那が討死したことを聞いた若奥さんは、そのころ船で壇ノ浦あたりを漂泊していたのだけど、悲嘆のあまり海に飛び込んで自殺してしまうのである。
このあたり「平家」の中ではもうすこし詳細に語られている。
彼女は妊娠中だった。

くりかえすけど、ロミオとジュリエットよりはるかむかしの話である。
「平家物語」というと、首を取ったの取られたのという勇壮な話が多いけど、中にはこんな純愛の悲恋物語もあるのだということを、すこしでも多くの日本人に知ってほしいと思う。

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2012年1月24日 (火)

困った

000_2

土方殺すに刃物はいらぬってことわざがあるけど、わたしも似たような境遇のブルーカラーだからね。
今月は胃カメラ飲んだり、つまらない講習会に召集をくらったり、いろいろ仕事にさしつかえることが多かったのに、今度は雪に降り込められちゃって、これじゃそのうち生活保護を申請しなくちゃいけんくなるよ。ッタク。

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2012年1月23日 (月)

ステディカム

NHKの「世界ふれあい街歩き」というシリーズは、旅好きなわたし御愛用の番組である。
これは世界各地の都市を、ぶらぶら歩きまわる旅人の目線でとらえた紀行番組で、ナレーションがあるだけ、レポーターや撮影スタッフは画面に登場しない。

録画しておいたこの番組を観ていておもしろいことに気がついた。
といっても政治的に意義あることでもないし、就活、婚活に役立つことでもないから、あまり期待しないこと。
つまらないことなんだけど、わたしはこの番組は、てっきりテレビカメラをかついだカメラマンが、歩きながら撮影しているのだろうと思っていた。
カメラがあまりブレずなめらかに動くのは、カメラが大きいのと、よく訓練された撮影者のおかげだと思っていた。
ところがどうもそれだけじゃなさそうだ。
ベトナムのカントーという街編を観ていたら、カメラがボートの舳先からそのまま岸壁に下りるシーンがあった。
このシーンでも映像はぜんぜんブレないのである。

わたしも8ミリ映画やビデオに凝ったことがあり、画面をなめらかに動かすのには苦労した。
カメラを自転車に載せてみたり、ゴミ箱から拾ってきた買い物用の小さなカートを、こりゃいいと移動撮影用のキャスターに利用したこともある。
馬鹿馬鹿しいかもしれないが、映像にこだわる人はこういうところにこだわるのである。

「街歩き」の映像について疑問を感じる人は多いとみえて、ネットで調べたら、この番組のサイトの『よくある質問』のトップにこの質問が出ていた。
http://www.nhk.or.jp/sekaimachi/faq.html
なんでもステディカムというショックを吸収する特殊なカメラ機器を使っているのだそうだ。
『よくある質問』の終わりのほうにそのカメラの写真も出ているけど、肩でかつぐわけではなく、手でささえており、けっこう体力が要りそうである。
コレって、市販したら売れそうな気がするなと思ったら、ちゃんと売られていた。
やれやれ、時代はどんどん進歩しているなってことと同時に、わたしにまだ道楽につぎこむ金と体力があったらなとしみじみ。

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2012年1月21日 (土)

中止

みぞれのような冷たい雨が降っているけど、街へぶらぶら。
ぜんぜん寒くない。
見栄をはってるわけじゃないぞ。
じつは今年の冬にモスクワやサンクトペテルブルクを観てくるつもりで、ダウンを新調したり、防水のトレッキングシューズ、ヒートテックなんかを買いそろえた。
ところが冬のまっ最中にロシアに行こうなんて物好きはあまりいないらしく、旅行会社によると、参加者不足で中止になったんだと。
ふざけやがって。
えっ、ロシアってのは冬がいちばんきれいなんだよと、これは行ってきた人の受け売りだけど、日本人もだらしなくなったもんだ。

ヤケクソで、今日はロシア旅行装備で出かけてきましたんで、ぜんぜん寒くない。

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2012年1月20日 (金)

地中海殺人事件

降り込められてヒマつぶしに、録画しておいた 「地中海殺人事件」 という映画を観る。
これはアガサ・クリスティーの推理小説を映画化したもので、芸術性や哲学的テーマを期待されると困っちゃうけど、それさえなければ要領よくまとまった、なかなかおもしろいミステリー映画である。
はじめのほうに出てくる正午を知らせる大砲の音や、ぜんぜん関係なさそうなホテルの宿帳が効果的な伏線として使われていて、最後に犯人が、証拠があるのか、動機はなんだ、死因がちがうじゃないかと開き直るのを、ひとつづつ論破していくところなんぞ、さすがはアガサと感心してしまう。

しかしわたしは現実主義者、というよりそれ以上のヘソ曲がりだから、この部分は納得できない、こんなことが現実にあるのかと、あえていちゃもんをつけてしまうのである。
映画なんてしょせんフィクションじゃないか、無粋なやつだ、おまえみたいな人間にはミステリーを観る資格がないといわれてしまいそうだけど、わたしはまず最初はすなおに映画を楽しみ、つぎにそのアラ探しをして、ひとつぶを2度楽しむという人のわるい映画ファンなのである。

ミステリーについて語るときの国際ルールをいちおう順守しておくと、ここから先はネタばれの危険があるので、これからこの小説ないし映画を観ようという人は注意してほしい。

「地中海殺人事件」 のプロットはこんなふうである。
地中海の小さな島のホテルに、再婚して引退したばかりの大女優がやってくる。
このホテルにはほかにも女優となんらかの関係のある人間が泊まっているんだけど、彼女の伝記を書いたものの出版の許可を得られないゴシップ作家、彼女に出演を依頼しているのにまったく相手にされないプロデューサー夫妻、彼女のふしだらさに閉口している新しい旦那とその連れ子の少女、そしてかっての彼女のライバルだったというホテルの女経営者など、いずれも女優にうらみや憎しみを感じている人間ばかりである。
J・バーキンの若夫婦なんぞはいちばん利害関係がないほうだ。
こういうのが怪しいというのはミステリーの常道なんだけどネ。

この憎まれっ子の女優はやがて海岸で絞殺死体となって発見され、たまたまべつの用事でホテルに泊まっていた私立探偵ポワロの登場となるのだけど、彼がいろいろ調べてみたところ、どうやら全員にアリバイがある。
うーむと考えるのはわたしじゃなく、ポワロである。
映画の中で事件はいちどは暗礁に乗り上げるのだけど、さてここからへそ曲がりのわたしが納得できるかたちでポワロの推理が進むかどうか。

事件の全体をあとから俯瞰してみると、J・バーキンの若夫婦は島に到着するまえから完全犯罪の計画を周到に練っておかなくてはならない。
ホテルに入ったときから、夫婦仲がわるいように見せかけ、奥さんは健康的でなく、高所恐怖症であることを印象づけなければならない。日焼けしているようにみせかけるドーランも用意しておかなければならない。
その程度のことはまあいいとしても、この若旦那は被害者の女優にとりいって愛人関係にならなければならない。
女優はひと気のない海岸で、若旦那とこっそり逢引きしようとして殺されるのだから。
たしかにこの若旦那はホテルに宿泊している男たちの中ではいちばん若く魅力的だから、女優と愛人関係になる可能性もないじゃないけど、なにしろ相手は百戦錬磨の大年増である。
いくらふしだらな性格の女だとしても、初対面の若造をそう簡単にツバメにしてくれたかどうか。
このあたり原作では、もっと男女の機微にふれた心理描写があるのかもしれないけど、わたしは原作を読んでいないので、あくまで映画についてアラ探しをしているのである。
女優と若旦那が愛人関係になれなかったら、この計画はとん挫していただろうというのが、ヘソ曲がりのわたしが指摘する映画のひとつの弱点だ。

もうひとつ、バーキンの若夫婦があらかじめ予期することは不可能だったはずだけど、女優と再婚したばかりの旦那が連れ子を同行していなければいけない。
なにしろこの連れ子の少女が、本人は知らないまま、犯人たちのアリバイ工作に重要な働きをするのである。
どうして犯人たちは少女を周到な計画に組み込めたのか、このあたりちと納得できない。

それでもまあ、お膳立ては整った、ということにしておこう。
そうなると、バーキンの若奥さんはかぎられた時間のあいだに、女優を石でなぐりつけ、失神させ、その水着をはいで自分の身につけ、海岸で被害者の代わりに死んだふりをしなければならない。
これだけでもけっこう時間がかかりそうだし、ふてぶてしそうな大年増が反撃してきたら、バーキンひとりじゃ逆になぐり返されるんじゃないかと心配になってしまう。
しかしこれについては、物理的、時間的にゼッタイに不可能というわけではないし、まあフィクションだからなと言われれば、納得するしかない。

どうも現実主義者というものはつまらないことに拘泥するものである。
しかしそんなことはさておいても、わたしのへ理屈はミステリー・ファンからのつぎのような反論によってたちまち崩壊してしまう。
殺人者たちは、たまたま若旦那が女優にうまくとり入れたから、たまたま予定通りに連れ子が同行していたから、計画を遂行したのだよと。
そういう条件が整わなかったら、彼らは殺人を実行せず、そもそもこの話は最初からぜんぜんなかったことになるだろう。
こうなると卵が先かニワトリが先かっていう論争になってしまうけど、そういわれてみると殺人者の目的は、女優が持っていたいわくつきの宝石をあわよくば手に入れようってことで、彼女をなにがなんでも殺さなければならない必然性はないのである。
この強烈なパンチにわたしは黙りこむしかない。

やれやれ、つまらないことに時間をかけてしまった。
やっぱり原発事故のことでも書いておけばヨカッタ・・・・・・・

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2012年1月19日 (木)

イザベラ・バードの2

ちょっと前のこのブログで、明治時代に日本にやってきた英国人の女性紀行作家イザベラ・バードに触れて、ついついまだ彼女のことを考えている。

明治時代に日本にやってきた欧米人のほとんどが、日本を天国みたいだと絶賛しているなんて書くと、それはお世辞だったんじゃないか、当人は厭世観の持ち主だったんじゃないかと疑う人もいるかもしれない。
わたしも疑い深い人間である。
だいたい明治時代の欧米と日本を比較すれば、どうひいき目にみてもあっちのほうが文化的に進んでいて、豊かな生活のように思えてしまうではないか。
しかし豊かさというのはなんで計るものなのだろう。
先日ブータン国王夫妻が来日したとき、日本人の中にも考えこんでしまった人は多いんじゃないだろうか。
イザベラ・バードやモースが感激したのは、そういう日本人のこころの豊かさだったはずである。

バードの「日本奥地紀行」を読み返してみた。
ちょっと大きめの文庫本で、厚さはふつうの文庫本の3冊分ぐらいある。
読んだのがだいぶむかしなので、主旨以外のこまかい部分はおおかた忘れていたから、また新鮮な気持ちで読めた。

この本は妹に宛てた手紙というかたちをとっている。
筆者が女性だけに花や植物、風景の描写はこまやかである。
反面、日本人の顔つきや服装、宿屋のありさまについてはなかなか手きびしい。
とある町できれいな宿屋を見つけ、きれいな家もあるじゃないのというと、従者の日本人が、あれは女郎屋ですから女ひとりでは泊めてくれませんと答える。

バードが泊まった宿は、ほとんどの場合さんたんたるものだった。
のみしらみ馬の尿する枕もとという句が芭蕉にあるけど、明治時代の東北の宿屋なんて、大半はそんなものだったらしい。
食べものが西洋人の彼女の口に合わないのはもちろん、不潔でノミや蚊が多く、開けっぴろげでみんなが彼女を見物にくるし、同宿者は夜中までどんちゃん騒ぎをする。
しかも彼女はときどき発作を起こす脊髄の病気をもっていたから、それでも発狂しなかった彼女の旅への執念はおどろくべきものだ。
わたしも旅が好きだけど、わたしの旅は彼女のそれに比べたら、道楽息子の遊蕩みたいなもんだ。

筆舌に尽くしがたい苦難を体験をしながら、それでも彼女は日光では快適な宿に泊まり、秋田市ではもうヨーロッパ人に会いたくないとまで書いている。
また、北海道のアイヌについて、すばらしい人たちであると、純粋の日本人よりはるかに好意的に書いている。
アイヌ人の顔を歴史画家の描くキリストのようだと表現しているくらいである。
純粋の日本人であるわたしが気をわるくしたわけじゃないけど、こんな文章を読んでいると、彼女の意識の底になにか文明に対する嫌悪感のようなものが、必要以上にあったのではないかと考えてしまう。
彼女の生い立ちはけっして幸福なものではなかったようだから、原因はそのあたりにあるのだろう。

それでも彼女の見識の高さは謹聴に値するゾ。
アイヌについて書いた文章の中にこんな小さな一節があった。
アイヌ人は邪気のない民族である。進歩の天性はなく、あの多くの被征服民族が消えていったと同じ運命の墓場に沈もうとしている。
現代人のわたしたちはバードが見たアイヌ人にもう会うことはできない。
ここに描かれた狩猟民族としてのアイヌは、すくなくとも現代の日本には存在しない。
明治時代の英国女性の予言が的中したことを、彼女の本を読みながら、旅好きのわたしは悲しく思ってしまうのである。

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2012年1月18日 (水)

反体制活動

昨日と今日の新聞に中国に関する報道が載っていた。
そんなわけでこのブログも、ひさしぶりに中国の時事関連だ。
といっても、意味なく中国を敵対視する人たちにはあまりおもしろくないことだと思うけど。

今日の新聞記事のほうから先にいくと、中国の反体制活動家のなんとかいう人が米国に亡命して、そのあとで朝日新聞のインタビューに応じている。
その一問一答は、どうもへそ曲りのわたしには一種のステレオタイプのように思えてしまう。
つまり、国外に亡命した反体制活動家ならとうぜんいうべきことを言っているようにしか聞こえない。
彼にいわせると、「人権活動家の劉暁波さんのノーベル平和賞受賞後、中国政府は開き直って、西側社会や世論の批判を恐れなくなっている」そうである。
自分にもおよんだ政府の迫害から逃れ、これからは亡命先の米国で民主活動家の支援をする覚悟なんだそうだ。

そのこと自体は立派なことだけど、もっと大局からながめてみると、そんな彼がそれなりの手続きを踏んで亡命できたのはなぜかと疑問に思ってしまう。
北朝鮮や毛沢東時代の中国なら、問答無用で処刑されるか、収容所にたたっこまれてもおかしくない。
亡命した反体制活動家の言葉は急速に重みを失ってしまうのが、これまでの常である。
それをこころえているから中国政府は、文句をいうやつはかたっぱしから(亡命でも脱出でもいいから)追放してしまえという考えなんじゃなかろうか。
このなんとかさんも、やがて徐々に資本主義社会に埋没して、発言力を失ってしまうのがオチだろう。

昨日の新聞のほうでは、中国・広東省のある村で、3カ月にわたる争議の結果、村の幹部を更迭に追い込んだ争議団のトップが、新しい共産党村支部の書記に任命されたそうである。
このトップさんは村民の感情的な対立や暴力的な動きをなだめつつ、世論を味方につけて、さまざまな要求を勝ち取ったとある。
その実績が認められて新しい村長さんになったようなものだけど、いま中国ではこうした、幹部の腐敗を告発する地方争議が各地で持ち上がっている。
反体制活動にもいろいろあるものだ。
国外に亡命して、絶対安全な場所で遠吠えみたいなゴタクをならべているのと、どっちが勇気ある活動といえるだろう。

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2012年1月16日 (月)

破たん

わたしの周囲にもまだ増税に反対なんて、「借金千兆円突破」の国に住んでいるということを自覚してない人がいる。
前から思っていたけど、いっそのこと日本も、ギリシアや北海道夕張市みたいに破たんしてしまったらどうなのか。
そこまでいったらいかに鈍感な国民でもあわてふためくだろう。

破たん。 それはいったいどういうことか。
たとえばこうだ。
あなたが公園でもよおして、とりあえずそのへんの公衆トイレに駆け込んだとする。
するとトイレが掃除してなくて、前の使用者のウンチがこびりついていて、えらく汚かった。
とうぜんあなたは怒るだろう。
市役所はナニやってんだ、国はナニをしてるんだ、なんできちんと掃除をしないのだ!
怒りの最終的に行きつくところはこれだ。
「オレたちは税金を払ってんだぞ」
「国はオレたちの面倒をみる義務がある」

しかしバブルの時代ならともかく、大赤字で、未来の若者に負担を押しつけるのはケシカランだのヘチマだのと論議中の現代では、それは正しくない。
公衆トイレを掃除するためには掃除人を雇わなければならない。
掃除人を雇えば給料を払わなければならない。
給料はとうぜん税金からまかなわなければならない。
その金がないから破たんするのである。税金だけではトイレの掃除までまかなえないから破たんしたのである。
そういうことだ。
甘ったれちゃいけない。
あなたの払う税金では、老人医療だとか母子家庭の援助だとか家庭ゴミの収集だとか、優先順序の上のほうにある、どうしても必要な経費をまかなうのがやっとなのだ。
トイレの掃除みたいなはした仕事をする金はないのである。

トイレが汚くても死ぬやつはいない。
どうしても汚くて我慢できない人は、バケツとモップを持っていって自分で掃除することだ。
よくホームレスのおじさんが無償で公衆トイレの掃除をしているのを見るけど、すべての日本国民がああいう崇高なボランティア精神に目覚めていれば、破たんなんて起こるはずがなかったのである。
税金というのはわたしたちの快適な生活を保証するものではなく、ただ積もり積もった借金を返すためだけに存在するものだと、これからは認識しなくちゃいけない。

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2012年1月15日 (日)

HP更新

いやあ、疲れる。
役員が変わったので、今日は1日かかって、わたしが所属するパソコン同好会のホームページの更新だ。
あいかわらず1文にもならないことに熱中して。
おかげでブログのほうはそっちのけ。

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2012年1月14日 (土)

口コミ情報

土曜日の朝、テレビを観ていてたら、ネット犯罪についてあれこれって番組があって、やらせ口コミが取り上げられていた。
わたしはネット上の口コミに、何かうさんくさいものを本能的に感じている人間だし、世間さまと基準の異なる胃袋を持っているから、他人の味覚情報をあまり信用しないほうである。

ほめるにしてもやり方がありそうなものだ。
初めから終わりまでほめていたのでは、そんなものを信用しろってほうが無理である。
その点わたしは巧妙な作為の人だから、あそこが気にいらない、こっちがケシカランと欠点をあげつらっておいて、最後に、結論からいえば問題は多々あるにしても、他の店に比べればそうとうにマシな店であるという書き方をする。
なるほどと感心した、他人まかせの、自立のこころを持たないだらしない民衆が、その店に押し寄せるだろう。
だから宣伝工作費として売り上げの一部をこっちにまわすという契約は、なかなかいいアイディアだと思うんだけど、そういうキトクなお店はなかなか現れないものだ。

最近はろくな映画がないから、新聞の映画評なんか読んでいても、苦心さんたんしてほめてるなと思える批評がよく発見される。
情報のこういう深読みはなかなか楽しいことである。

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2012年1月13日 (金)

胃カメラの2

モニターを見ていた医師の顔がちょっと曇った。
わたしはそれを見逃さなかった。
胃ガンですね、それもかなり進行しています。
予期していたこととはいえ、その瞬間わたしの頭のなかにはさまざまな思いがよぎった。
これまでの自分の生涯のこと、寝たきりの母親のこと、疎遠になっている親族のこと、行ってみたくてまだ行ってない未知の国々のことなど・・・・・・

なんて書くと純文学の出だしの一節みたいだけど、もうしわけありません、またガセネタでした、今回の胃カメラ。
胃ガンどころか、そんな気配、かすりもしません。人騒がせな。
だいたいねえ。
食欲はある、刺身がおいしい、バーボンも旨い、便秘もしないし体重は減らない、歩くと鼻歌が出る、肌に艶がある、若い娘をみると目がぎらぎら、こんな人間がなんで胃ガンになる必要があるんだ。
もう腹が立って腹が立って、えっ、検査代9390円返せ!
先月の初診のとき、タクシーで病院から病院へ飛びまわったってことはこのブログに書いたけど、タクシー代も返してくんろ。

そんなわけで、またしても期待を裏切られて、とぼとぼと帰宅しました。
先に逝った友人たちに申しわけない。
あわせて、果てしない苦痛の人生がこれから先まだずっと続くのかって。トホホ。

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2012年1月12日 (木)

わるい予感

今朝は今年いちばんの寒さだったそうだけど、ヒートテックをはいて散歩にいく。
体がひきしまっていい気分だ。
思わず、君には君のーなんて鼻歌が出てしまう。
歌は北原謙二の「若いふたり」だけど、知らないだろうなあ。
ネットで検索するとこの歌の歌詞がいっぱい見つかるけど、もう著作権切れたのかしら。
そんな古い歌だったっけ?

ノーテンキなのは今日までかもしれない。
明日はまた胃カメラである。
去年もやったけどなんでもなかった。
しかし運命の女神というのは皮肉屋だそうだから、喜ばしておいて落っことすなんてことがあるかも。
なんとなくわるい予感がする。
わたしの胃袋は、海のホヤみたいにポリープだらけになっているんじゃないだろうか。
どうも不安だけど、そのわりに食欲はいっぱいあります。
まあ、明日のブログをお楽しみに。

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杞憂

杞憂って言葉がある。
はてなキーワードってところで調べてみたら、意味は杞の国の人が、天が落ちてこないか憂いたという故事から、取り越し苦労の意味とあった。
たしかに天は落ちてこない。
しかし落ちてくるものはあるのである。

ロシアのなんとかいう火星探査機が地球に落ちてくるそうだ。
こういうことはしょっちょうあって、以前は新幹線1両分のでっかい人工衛星が落ちてきたこともある。
たいていは大気圏で燃焼して、燃えガラも海や無人の荒野なんぞに落ちるので、いままでのところ人間に被害が出たってことはない。
しかしそれが東京のまん中に落ちてこないというゼッタイ的な保証はないのである。
しみじみ人間というのは学ばない動物だなと思う。
震災が起きるまでは、防波堤も原発もこんなもんで大丈夫だろうと思ってしまう。
事故が起きてからあわてて、おまえがワルイ、政治家がワルイ、東電がワルイと無策の非難の応酬だ。
探査機にしても人工衛星にしても、なんであらかじめ自爆装置でも仕込んでおかなかったのか。
なんで落ちるまえに、ヘタなSF映画みたいにICBM(なつかしい言葉だ)でもぶっ放さんのか。
人類の英知というのはこういうさいに発揮されるべきではないのか。

いえ、疑心暗鬼の世の中ですからね。
どっかの国がICBMなんかぶっ放したら、やりやがったなって、過剰な反応をしめす国が出てこないっていう保証もないからねえ。
やっぱり人の頭の上に落ちてから考えるか。

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2012年1月11日 (水)

つまらん季節

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スイセン (水仙) の季節じゃないかと野川公園の自然観察園に行ってみた。
休みかと思うくらい人がいなくて、観察園はわたしの貸切みたいなもの。
スイセンなんかほとんど咲いてない。
管理のおじさんに聞いてみたら、今年は花のつきがわるくってという。
スイセンのほうにもいろいろ都合があるみたいだ。

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野川にもあれほどいた小魚の類がぜんぜん見られない。
川面に去年のガマが、なんかの抽象絵画のように立ち枯れしているのみ。
つまらん季節である。
これではブログの手抜きと思われても仕方ない。

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2012年1月10日 (火)

幕末太陽傳

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最近はアクセスが快調なんだけど、このブログは訪問者にこびを売らないサイトだかんね。
昨日は映画を観にいって、帰りにイッパイやって、帰宅してバタンキュー。
うらやましがってくれるな。
建設的とか前向きなんて言葉とまったく縁のない、無為で退廃的な日々なのだ。

映画は 「幕末太陽傳」。
知ってると思うけど、古い映画だ。
出演者の顔ぶれを見ただけでそれは一目瞭然だ。
裕ちゃん(石原)、フランキー堺、岡田眞澄、南田洋子、左幸子など、なんとなく若そうなイメージの出演者だけをながめても、みんなとっくに鬼籍入りの人ばっかりだ。
二谷英明なんかこの数日まえに亡くなったばかりだぞ。

映画はチャンバラのない時代劇だけど、評判どおりおもしろかった。
とっても50年まえの映画とは思えない。
落語の 「居残り佐平次」 や 「品川心中」、道楽息子の徳三郎なんてのが出てくるんで、そっちの素養があるとさらにおもしろいんだけど、素養のあまりないわたしの知り合いもクスクス笑っていた。
遊郭や花魁の知識もあればよかったけど、それはわたしもあんまりナイからなあ。

そういうことはともかく、ヒロインがお歯黒をしている時代劇をはじめて観た。
お歯黒は江戸時代の人妻のたしなみだったそうだけど、おばあさんみたいな顔に見えてしまうので、ふつうの時代劇では省略されているのがふつうだ。
おかげでみっともない顔になっちゃった左幸子がカワイソ。
そこまでやるかって、いや、じつに感心しました、この映画。

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2012年1月 7日 (土)

オリンパス

水に落ちたイヌは叩かれる。
オリンパスの前会長さんが、損失隠しが発覚して辞任したあとも社宅にいたなんて新聞に書かれていた。

彼については、クローズアップ現代で社長就任当時の映像を観たことがあるけど、ソファにふんぞり返り、足を組んだまま、いやあ、経営改革を目指しますよと、意気軒昂な(のかおっちょこちょいなのかわからない)態度だった。
苦節ン十年でようやく射止めた社長の座だったのかもしれないけど、いま考えると山一証券の最後の社長さんみたいに、なんにもわからないまま前任者から損失処理を押し付けられちゃったんじゃないかって気がする。
損失が露呈してから諸悪の根源みたいに叩かれているけど、ちょっと気のドク。
べつに私腹を肥やしたわけでもないし、なんとか帳尻を合わせようと誠実?に苦心しただけではないか。
社長に就任して以来、なんとかしなくちゃなんとかしなくちゃと、1日だって気の休まる日がなかったにちがいない。
責められるなら損失をつくった当時の経営陣だけど、そのほとんどは莫大な退職金をもらって、ヘタすりゃもうあの世に行っちゃった人もいるかもしれない。

不正を告発した外国人の前社長さんは委任状争いを断念とのこと。
彼にしてみれば、オレがオリンパスのど性っ骨を叩き直してくんずというつもりだったんだろうけど、株主優先というドライな感覚だけでは、温情あふるる日本の企業体質には通じなかったようだ。

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2012年1月 6日 (金)

イザベラ・バード

あんまり気にしないで、なんとなく録画しておいたNHKの番組。
前日がイザベラ・バードで、昨夜はエドワード・モース。
両者とも明治時代に日本にやってきた欧米人で、前者(女性)は当時まだヨーロッパ人がほとんど足を踏み入れることのなかった日本の東北から北海道へ旅をして紀行記を書き、後者は黎明期の日本の博物学に貢献のあった人である。

わたしは鎖国の日本がようやく欧米に門戸を開放したころ、欧米人がどんなふうに日本を見たかということに興味があるので、この手の本はわりあい読んでいるほうである。
まして旅と博物学は両方ともわたしの大きな興味の対象ではないか。
そういうわけで、バードの「日本奥地紀行」とモースの「日本その日その日」は、ちゃんとわたしの家にある。

モースについて書きたいことは山ほどあるけれど、ここではイザベラ・バードについて書こう。
前述したとおり、彼女は明治時代に日本にやってきた勇敢な英国女性(おばさん)で、信じがたいことに日本人従者(通訳)ひとりを連れ、馬に乗って日本の辺境の旅をした。
ずっと後世になってやはり世界の辺境を旅したクリスティナ・ドッドウェルも、トルコでは馬で旅をしているから、英国では乗馬も淑女の必須の教養だったようだ。
ただし日本の馬はそうとうに気が荒く、バードも手こずったようである。
かっての日本人は家畜を去勢することを知らなかったそうだけど、明治時代の馬もまだタマがついていたのかもしれない。

彼女はまたどこへ行ってもじろじろ見られることに閉口している。
明治時代の東北の農村にとつぜん欧米人女性があらわれたのだから、そりゃうちの近所に宇宙人が舞い降りたような衝撃だ。
旅のとちゅうで宿屋や庄屋さんの家に泊まると、村中の人間が集まってきて、障子に穴をあけて覗いたというから、プライバシーもなにもあったもんじゃない。

それが原因じゃないだろうけど、彼女は日本や日本人についてかなりしんらつな見方もしている。
チビでガニマタで、黄色いぺったんこの顔をしている日本人、不潔な人間やノミがやたら多いことなど、ホントのことをずけずけ書き、、ある場所ではどうしてこうなのかと人種論まで考察しているくらいだ。
ま、夏目漱石だって欧米人のオンナの子は可愛いねえって書いているくらいだから、これについて弁明してもムダである。
しかし、そんなふうに遠慮会釈のないことを書いているから、かえって彼女の記述はおせじ抜きの客観的なものといえるのである。

全体としては、彼女も日本の風景の美しさ、日本人のこころのやさしさを、日本人のはしくれとしてはお尻のあたりがむずかゆくなるくらい賞賛していることは変わりない。
自虐史観なんていってなんでもかんでも日本を卑下した見方しかしない人もいるけど、明治時代に日本にやってきた欧米人のほとんどが、日本を天国みたいだと絶賛していることは知っておいてもらいたいと思う。

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2012年1月 5日 (木)

もののけ

泉鏡花の 「高野聖」 は、旅の坊さんが山中で物の怪に出会う話である。
鏡花って人は 「婦系図」 や 「歌行燈」 なんて作品から、江戸文芸の影響を受けた純日本的な作家と思われているみたいだけど、「高野聖」 を読んだとき、わたしはちょいとバタ臭いものを感じた。
魔女が男をたらしこんで、たらしこんだ男を動物に変えてしまうという話は、西洋には童話や神話や小説にたくさん例があるのに、日本ではあまり聞いたことがなかったから。

わたしはひとりで山歩きをするのが好きである。
しかし物の怪なんぞに出会いたくない。
相手が妖艶な美女なら会ってみたくないわけでもないけど、ブタやウシにされるのは嬉しくないもんで。
それでも今回の百尋の滝行きでは、心中ひそかに思うところがあった。

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百尋の滝に行くためには日原街道の川乗橋というところから林道に分け入る。
この街道の上流にもうひとつ橋があって、何年か前にわたしの友人がそこから飛び降りた。
彼が死んでからそろそろ10年になる。
ちょっととくべつに親近感を抱いていた男だったから、わたしはいまでもときどき彼に会いたいと思う。
あいにく人間というものは、死んだ人間とは絶対に会えないことになっている。
そんなことはわかっているけど、わたしはひとりで山を歩いているとき、ふと死者が前方の木立のあいだにぼんやり立たずんでいるような気がすることがある。
ネコやサルだって年をとると神がかり的になるそうだから、もう若くないわたしだって、ひょっとすると霊だとか物の怪に敏感になっているんじゃなかろうか。

百尋の滝の近くをまだ友人の魂魄がうろうろしているものならば、ちょうどいい機会だ、ひとつあいつとむかし話でもしようと考えるかもしれない。
現代社会はお化けや亡霊にとってひじょうにキビシイものがあるから、高尾山だとか御岳みたいににぎやかな山では相手も尻ごみしてしまうだろう。
だからわたしは今回もひとり登山にこだわったのである。

林道を歩いているとき、前方を向いているときは何もないのに、なにかの拍子に横を向くと、後ろに誰か立っているような気がした。
ふり向いても誰もいない。
そんなことが何度もあった。
わたしは確信するんだけど、やはり死んだ友人がそこに立っていたようだ。
ただし、わたしの修業が足りないのか、まだ彼我の境の壁が高すぎるのか、意思の疎通を図るところまではいかなかったのではないか。

無神論者のわたしがこんなことをいうのはおかしいかもしれない。
もちろん魂なんて存在しなくてもかまわない。
ただ、「嵐が丘」 で恋人の墓をあばくヒースクリッフが、えりもとに恋人の息吹を感じたように、わたしはロマンとしてそういうことを想像するのが大好きなのである。

※添付した写真は、むかし撮った百尋の滝。
写っているのは友人たちだけど、ここに写っている彼らは全員が健在です、念のため。

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2012年1月 4日 (水)

山尺の2

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奥多摩に 「百尋の滝」 という名瀑がある。
奥多摩では最大の滝らしいけど、ちょいと車で訪ねるには山奥にあるので、登山者以外にはあまり知られてないようだ。
この滝へ行くには、ふつう川苔山への往還に寄るのが一般的。
滝までなら、奥多摩駅からバスに乗り、下車してから片道2時間もかからないので、登山コースとしてはハイキングのレベルだ。
それでもそんなところへ、冬のさ中に行こうという人間はあまりいないだろうから、ひょっとすると素敵に孤独な登山を楽しめるかもしれない。
前項で述べたわたしの 「山尺」 を確認するために、ひさしぶりに重い腰を持ち上げてみた。

わたしは過去に何度か百尋の滝を訪れている。
友人たちと川苔山登山の帰りに寄ったり、ひとりで滝を見るために出かけたこともある。
過去の記録を調べてみたら、ひとりで出かけたときは、奥多摩駅から日原街道をてくてく歩いて、川苔谷林道の入口の川乗橋バス停までほぼ1時間かかっていた。
そこから林道を歩くことまた1時間足らずで、細倉橋という登山道の入口に着く。
ここからが本格的な渓流ぞいの山歩きだけど、百尋の滝まで1時間もかかってない。
ただし、これは20年以上まえの9月のことだ。
今回は冬のまっ最中だし、最近のわたしはすっかり書斎の人、いやパソコンおたく化しているから、山尺もそうとうに変わっていることだろう。

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今回は自家用車でバス停まで乗りつけた。
だからあとの行程は、滝の下で弁当を食べても往復4時間というところだ。

孤独な登山のつもりでいたら、わたしが林道入口に着いたとき、ちょうど路線バスが到着して、同じ時間帯に4人ほどの登山者が前後することになってしまった。
ただし孤独を愛するのはみな同じとみえて、すべてひとり歩きの人ばかりで、会話する者はいない。
30分も歩くうちに彼らはひとり残らず先行して、ようやくわたしひとりの孤独な登山になった。
同時にわたしの山尺がいかに長くなっているかしみじみ。

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林道は舗装された車道だけど、細倉橋から先は本格的な山歩きコースになる。
それでも山尺が若いころのままならなんてことのない場所である。
しかし前夜まで10年以上もパソコンおたくを続けていたわたしは、そのうち頭がくらくらしてきた。
足をとられたら滝つぼにまっさかさまなんて、思ったより危険な個所もあった。
わたしは2、3年まえに激しいめまいにおそわれて病院にかつぎこまれたことがある。
ヤバいなあと思う。
登山の最中にヤバいと思ったときの正解はなにか。
つまりこの記事に、かんじんの百尋の滝の写真がないのはそういう理由なのだ (どうしても滝を見たい人はネット上にたくさん見つかる)。
わたしの山尺は想像以上に増大していたのだ。
しかしわたしはくじけないぞ。
バス通りから見る日原渓谷の冬の流れの美しさは、たいらな場所からながめる山の景色も捨てたものじゃないということをようく教えてくれた。
山尺がどんなに増大しても、山歩きの楽しさが失われることはゼッタイにないのだ。

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2012年1月 3日 (火)

山尺

「山尺=やましゃく」 という言葉がある。
じつはわたしが勝手にこしらえた造語なので辞書には出てない。
どういうことかというと、山での距離は平地の距離とはちがうということである。

たとえば富士山、ご存じのとおり3776メートルの山である。
五合目から登ってもまだ残りが・・・・・ かりに2000メートルあることにしよう。
この2000メートルというのは垂直の高さであり、人間が歩くのは斜面であるから距離はもっと長くなる。
どのくらい長いかというと、直角三角形の斜辺であるから・・・・・ 斜辺を出す計算方法は知っているけど、富士山の傾斜角なんて知らないから省略だ。
おおざっぱに4000メートルということにしとけ。

4000メートルというと4キロだ。
わたしはよく家から武蔵境駅まで歩くけど、これがおそらく4キロぐらいじゃあるまいか。
なんだ、たいしたことないじゃないかと思うのは気が早い。
平地を歩くのと山の斜面を歩くのではわけがちがうのだ。
わたしは富士山に登ったことがあるけど、武蔵境まで歩く距離の3倍ぐらいあるように感じた。

これが 「山尺」 である。
じっさいの数字ではなく、山に登っている人が感じる距離のことである。
これは個人差があって、たとえばわたしが富士山の八合目か九合目あたりを息も絶え絶えに登っていると、そのわきを短パンですいすいと駈けていく狂人がいる。
ああいう連中にとって山尺はもっとずっと短くなるはずだ。
年齢もかかわってくる。
若いころ3時間で登った山が、距離が変わったわけでもないのに、歳をとると4時間になる。
山尺が変わったのである。
登山のスタイルにもよる。
大勢でわいわい騒ぎながらの登山では、そもそも山尺なんか感じている余裕がない。
山ばかりじゃない。
武蔵境までなんてことないじゃないかと歩くわたしも、そのうちだんだん同じ距離がおっくうになってくるにちがいない。
山尺は平地でも感じるものなのである。

わたしはひとり歩きの山登りが好きで、奥多摩あたりでも平日に登ると、まるで周囲4、5キロに人間なんかひとりもいないんじゃないかと思うことがある。
いくら平日でも奥多摩あたりの山で、それだけの範囲内に登山者がひとりもいない状況というのは考えられないと思うけど、これも山尺のなせるわざだ。
孤独な登山者が静謐な山に登っていて感じる距離、これも山尺なのである。

わたしの山尺はずいぶん増大したような気がする。
いま奥多摩あたりに行ってみれば、若いころに感じたよりも世界ははるかに広くなっているんじゃないか。
というわけで、「山尺」 を感じるために奥多摩に出かけることにした。
次項をお楽しみに。

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2012年1月 1日 (日)

新春コンサートの3

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まだ新春コンサートを観てますけどね。
聴衆の中に和服を着た女性もあいかわらずいますけど、どこのセレブさんでしょうか。
あくびをしているタキシードの男性もいて、あわてて映像が切り替わったのがおもしろかった。

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新春コンサートの2

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ウィーンフィルの新春コンサートを観ていたら、ダンサーが踊りながら衝突するシーンがあってびっくり。
でもこれは演出らしいことがすぐにわかってホッ。
主催者もいろいろ苦労してるよな。

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新春コンサート

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いまウィーンフィルの新春コンサートを観ながらぼんやり。
最初の部分を見逃したもんで、今年の指揮者は誰だ、コレ?
調べてみたらマリス・ヤンソンスって人だった。
ぜんぜん知らんぞ。ロシア人らしいけど。

このコンサートは毎年観ているけど、大騒ぎするほどおもしろいものではない。
曲目も毎年同じようなものだし、変わったアレンジがあるわけでもない。
それでも主催者もなんとか変化をつけようと、異色の歌手や優雅な宮廷バレエを登場させたり、ピンクのブタの風船を飛ばしたり、いろいろ苦心しているようである。

日本とオーストリアでは時差が8時間あるから、日本で夕方の7時開演ということは、あちらの開演はお昼まえの11時ってことになるのか。
なんか変則的で、まるで日本の国民のためにちょうどいい開演時間にしてくれているみたい。
いちおう生中継ということになっているけど、何年か前に開演が遅れて、テレビを観ているほうがしらけちゃってNHKを困らせたこともある。
それ以来、時間をいくらかずらした録画放映になってるんじゃないかと疑っていたけど、今回のは司会の女性アナが微妙に時間を調整しているようすがうかがえたから、ホントに生中継のようだ。

わたしがこのコンサートを観るのは、クラシックがすこしは好きってこともあるけど、本心はほかにロクな番組がないからである。
民放は問題外だし、NHKはどこかで観たダーウィンだとか、これもお正月になるといつもいっしょの富士山の映像だとか。
それで新春コンサートしかないわけだけど、録画するのはもう恒例になっちゃって止められないからだ。
映画好きが観ている時間もないくせにやたらに映画を録画するのと同じである。

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だるま

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早いもので、ウとサギが異常接近でウサギだあなんて感心していた去年の正月からもう1年!
こんな調子で今年も矢のごとく過ぎ去っていくんだろうなあ。
オメデタイやつだといわれてしまいそうだけど、生きているうち、元気なうちに、あと何回旅行ができるかと焦燥感にかられるこのごろです。
どこかの誰かの辞世の句をもじってこんな句をひとつ。
  旅に生き旅に消えたきわが身かな まだ見ぬ国は夢のまた夢

わたしのブログは世界中で読まれていると勝手に解釈してますんですが、今回の写真は外国の人々にとって不可解なものかもね。
ナンデスカ、コレって質問されてもわたしゃ英語で説明できませんよ。

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