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2012年1月20日 (金)

地中海殺人事件

降り込められてヒマつぶしに、録画しておいた 「地中海殺人事件」 という映画を観る。
これはアガサ・クリスティーの推理小説を映画化したもので、芸術性や哲学的テーマを期待されると困っちゃうけど、それさえなければ要領よくまとまった、なかなかおもしろいミステリー映画である。
はじめのほうに出てくる正午を知らせる大砲の音や、ぜんぜん関係なさそうなホテルの宿帳が効果的な伏線として使われていて、最後に犯人が、証拠があるのか、動機はなんだ、死因がちがうじゃないかと開き直るのを、ひとつづつ論破していくところなんぞ、さすがはアガサと感心してしまう。

しかしわたしは現実主義者、というよりそれ以上のヘソ曲がりだから、この部分は納得できない、こんなことが現実にあるのかと、あえていちゃもんをつけてしまうのである。
映画なんてしょせんフィクションじゃないか、無粋なやつだ、おまえみたいな人間にはミステリーを観る資格がないといわれてしまいそうだけど、わたしはまず最初はすなおに映画を楽しみ、つぎにそのアラ探しをして、ひとつぶを2度楽しむという人のわるい映画ファンなのである。

ミステリーについて語るときの国際ルールをいちおう順守しておくと、ここから先はネタばれの危険があるので、これからこの小説ないし映画を観ようという人は注意してほしい。

「地中海殺人事件」 のプロットはこんなふうである。
地中海の小さな島のホテルに、再婚して引退したばかりの大女優がやってくる。
このホテルにはほかにも女優となんらかの関係のある人間が泊まっているんだけど、彼女の伝記を書いたものの出版の許可を得られないゴシップ作家、彼女に出演を依頼しているのにまったく相手にされないプロデューサー夫妻、彼女のふしだらさに閉口している新しい旦那とその連れ子の少女、そしてかっての彼女のライバルだったというホテルの女経営者など、いずれも女優にうらみや憎しみを感じている人間ばかりである。
J・バーキンの若夫婦なんぞはいちばん利害関係がないほうだ。
こういうのが怪しいというのはミステリーの常道なんだけどネ。

この憎まれっ子の女優はやがて海岸で絞殺死体となって発見され、たまたまべつの用事でホテルに泊まっていた私立探偵ポワロの登場となるのだけど、彼がいろいろ調べてみたところ、どうやら全員にアリバイがある。
うーむと考えるのはわたしじゃなく、ポワロである。
映画の中で事件はいちどは暗礁に乗り上げるのだけど、さてここからへそ曲がりのわたしが納得できるかたちでポワロの推理が進むかどうか。

事件の全体をあとから俯瞰してみると、J・バーキンの若夫婦は島に到着するまえから完全犯罪の計画を周到に練っておかなくてはならない。
ホテルに入ったときから、夫婦仲がわるいように見せかけ、奥さんは健康的でなく、高所恐怖症であることを印象づけなければならない。日焼けしているようにみせかけるドーランも用意しておかなければならない。
その程度のことはまあいいとしても、この若旦那は被害者の女優にとりいって愛人関係にならなければならない。
女優はひと気のない海岸で、若旦那とこっそり逢引きしようとして殺されるのだから。
たしかにこの若旦那はホテルに宿泊している男たちの中ではいちばん若く魅力的だから、女優と愛人関係になる可能性もないじゃないけど、なにしろ相手は百戦錬磨の大年増である。
いくらふしだらな性格の女だとしても、初対面の若造をそう簡単にツバメにしてくれたかどうか。
このあたり原作では、もっと男女の機微にふれた心理描写があるのかもしれないけど、わたしは原作を読んでいないので、あくまで映画についてアラ探しをしているのである。
女優と若旦那が愛人関係になれなかったら、この計画はとん挫していただろうというのが、ヘソ曲がりのわたしが指摘する映画のひとつの弱点だ。

もうひとつ、バーキンの若夫婦があらかじめ予期することは不可能だったはずだけど、女優と再婚したばかりの旦那が連れ子を同行していなければいけない。
なにしろこの連れ子の少女が、本人は知らないまま、犯人たちのアリバイ工作に重要な働きをするのである。
どうして犯人たちは少女を周到な計画に組み込めたのか、このあたりちと納得できない。

それでもまあ、お膳立ては整った、ということにしておこう。
そうなると、バーキンの若奥さんはかぎられた時間のあいだに、女優を石でなぐりつけ、失神させ、その水着をはいで自分の身につけ、海岸で被害者の代わりに死んだふりをしなければならない。
これだけでもけっこう時間がかかりそうだし、ふてぶてしそうな大年増が反撃してきたら、バーキンひとりじゃ逆になぐり返されるんじゃないかと心配になってしまう。
しかしこれについては、物理的、時間的にゼッタイに不可能というわけではないし、まあフィクションだからなと言われれば、納得するしかない。

どうも現実主義者というものはつまらないことに拘泥するものである。
しかしそんなことはさておいても、わたしのへ理屈はミステリー・ファンからのつぎのような反論によってたちまち崩壊してしまう。
殺人者たちは、たまたま若旦那が女優にうまくとり入れたから、たまたま予定通りに連れ子が同行していたから、計画を遂行したのだよと。
そういう条件が整わなかったら、彼らは殺人を実行せず、そもそもこの話は最初からぜんぜんなかったことになるだろう。
こうなると卵が先かニワトリが先かっていう論争になってしまうけど、そういわれてみると殺人者の目的は、女優が持っていたいわくつきの宝石をあわよくば手に入れようってことで、彼女をなにがなんでも殺さなければならない必然性はないのである。
この強烈なパンチにわたしは黙りこむしかない。

やれやれ、つまらないことに時間をかけてしまった。
やっぱり原発事故のことでも書いておけばヨカッタ・・・・・・・

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