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2012年6月25日 (月)

母親

不肖の息子にも親はいる。
わたしにも高齢の母親がいて、彼女はわたしのこころのいちばん底辺をいまでも支配している。
といってもわたしはいわゆるマザコンというタイプじゃないから、母親にべったり頼るような生き方はしてないけど、彼女の存在はつねにどこかで、わたしの精神状態にかかわっているということだ。

いいトシこいた人間が母親の呪縛にとらわれているなんて、あまりいい傾向ではないから、郷里に住んでいる彼女は他の兄弟にまかせて、わたし自身はできるだけ彼女を無視し、関わりを持たないことにしていた。
ここ数年は、親子の対面なんて年に数回だ。
これじゃあ親不孝といわれても返す言葉がない。

それでも転んでケガをしたとか、熱を出したなんて知らせが舞い込むことがある。
するとわたしは仕事も手につかなくなってしまう。
暗い気持ちになって食欲までなくなってしまう。
それは親に対するとうぜんの反応ではなく、これまでずっと親不幸を続けてきた、親の期待を裏切ってきたという、自分への嫌悪感がぶり返してしまうためらしい。
自己嫌悪というのはわたしの生涯を通じてのトラウマであり、若いころはそんな自分を生んだ母親をうらんだこともある。
さすがに最近では怨嗟の気持ちはなくなったけど、それはそもそも、残り少ない人生をくよくよしたってなんになると開き直ったせいでもある。

ヤケッパチでつぎはどこへ行こうかなんて海外旅行の計画をもてあそんでいる最中、また母親が肺炎で入院したという連絡だ。
がっくりと落ち込んで、とりいそぎ帰省することにした。
さいわい今回もたいしたことはなかったけど、やっぱり母親の呪縛から逃れるのは容易なことじゃない。
彼女がいなくなった場合、わたしのこころに一大変化が起きるんじゃないか。
それは精神的開放なのか、さらなる自堕落なのかと、なかばおそれる昨今だ。

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