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2012年7月

2012年7月31日 (火)

アンタッチャブル

P001

YouTube でめずらしい映像を集めるのにハマってるけど、このたびはなつかしのテレビ・ドラマより 「アンタッチャブル」 なんてアメリカ映画を見つけてしまった。
これはもともと(CMを含めて)1時間番組だったけど、YouTube に載っているのはCM抜きの50分がそっくりで、画質はきわめて鮮明。
禁酒法時代のギャングとFBI捜査官の闘争を描いた、当時としてはお茶の間にふさわしくないと苦情がくるくらい派手な暴力描写で有名になった映画である。
やたらにマシンガンをぶっ放すものだから、うっくつした青春時代をおくっていたわたしのストレス解消に好適っていう映画でもあった。
これもヤケッパチになった制作会社が放出したものかもしれない。

トシがばれるからあまり詳しくはふれません。

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2012年7月30日 (月)

ヘルタースケルター

Hs2

映画を観てきました。
最近の日本映画に満足していないわたしだけど、昨日観てきたのは 「ヘルタースケルター」 という日本映画。
とってもイヤラシイ映画だそうだから、映画がつまらなくてもイヤラシイ部分でもとを取ろうというさもしい考え。

Helter Skelter というのはビートルズの曲名にあって、しっちゃかめっちゃかという意味だそうだ。
映画の原作は女流漫画家の作品だそうで、このこと自体は日本の映画界ではめずらしくない。
めずらしくないばかりか、最近の映画はみんなマンガが原作じゃないかと思ってしまうくらいである。
どうもこのごろは、文学界よりもマンガ界に才女が多いようだ。

主演は沢尻エリカという、なんだかよくわからないきれいな女優さんである。
なんでよくわからないかっていうと、つまりこの映画を観る以前、わたしはこの女優さんのことをほとんど知らず、わずかに知っていたことは、ニッコリすべき場所で不機嫌な顔をしていたとか、映画の公開直後にどこかへ失跡したなんてウワサぐらいだから。
女優さんてのは大変なんだなと、わたしは美人女優の一方的な味方である。

映画は想像していたよりおもしろかった。
エリカさんも熱演である。
熱演だけではなく、演技派でもあるのに感心した。
画面はファッション雑誌のグラビアが動き出したみたいなところがあって、撮影にもずいぶん手間をかけているなという感じ。
そういうギョーカイの人たちの仕事ぶりがわかるのもおもしろい。
渋谷の女子高校生なんか登場して、しっちゃかめっちゃかなところもあるけど、変にリアルにこだわってないから、一言居士のわたしにもとくに欠点を指摘することができない。
きびしいわたしの採点でも、標準以上の映画である。

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デモ

わたしの知り合いは、きのう国会周辺のデモに参加してきたらしい。
のんきに映画を観にいってしまったわたしには、デモについてごちゃごちゃいう資格がないようだ。
ただ新聞の論調なんかみると、民意を受け入れない政府はケシカラン、民主主義はどうなったんだというような意見がめだつような気がする。
なるほど、国会周辺に集まったのは大勢の民衆だ。
しかしこの人たちの意見だけが民衆の意見だと思われちゃ困るのである。
広い世間には、原発をやむをえず受け入れるという民衆もたくさんいるにちがいない。
ただ、この時期にそんな意見を公表するには勇気がいる。
へそまがりのわたしとしては、そうした声なき人々の意見を代弁したくなってしまう。

民主主義にはルールがある。
自分たちで政治家を選んで、そうした政治家に政治をまかせるというのがルールである。
自分たちの意見を通したければ、自分たちの代弁者として政治家を選ぶしかない。
政治家が意にそぐわない政治をしたら、つぎの選挙で落としてしまえばよい。
ところがなかなかそうはならない。
あいかわらず当選するのは、世襲政治家だとか地域の利権代表みたいな政治家ばかりだ。
これを選んだのも民衆である。

デモをするのは、まあ民衆の権利としても、自分たちの意見だけがゼッタイに正しいという考え方だけはしないでほしい。
わたしは野田首相がだんだん好きになってきた。
民衆の意見を無視して、ボロクソにいわれようとなにしようと、信ずる道一直線なんてのは、これはガンコな政治家でなければなかなかできないことである。
歴史は将来、どっちが正しいことを証明するだろう。

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2012年7月29日 (日)

英国

オリンピックの開会式を観ていて、あれこれ思う。

イギリスには英国人が多い。
あたりまえだ、おまえはバカかといわれてしまいそう。
それはさておいて、英国人というと、ちょうどビートルズみたいな白色人種であると思っている人が多い。
しかし、イギリスの国際空港経由でマルタ島へ行ったとき、わたしはかならずしもそうでないことに気がついた。
英国内の人種の比率についてぜんぜん知らないけど、空港で散見したかぎりでは、黒人やインド人、イスラム教徒などがやけに多いように思えた。
国際空港に異人種が多いのは、これも当然だといわれてしまいそう。
そうじゃない。
彼らは空港内のショップや両替スタンドのようなところで働いていたから、まぎれもない英国人であると思われる。

日本人は単一民族の傾向がつよいので、つい英国もそうだろうと思ってしまう。
思ってしまうのはわたしだけかもしれないけど、やはり空港の両替スタンドに、スカーフで髪をかくしたイスラム教徒が働いているのを見るのは、ちょっと意外である。
どうやら現在の英国は、わたしが考えている以上に多民族国家であるらしいのだ。

このあたりを考えてみた。
かっての英国は日の沈まぬ国なんていわれるほど、地球上のあらゆる場所に植民地をもっていた。
たとえばインドを勝手に植民地にしておいて、そのインド人が英国に住みたいといった場合、いや、アンタのところは外国だからダメとはなかなかいえない。
英国にいろんな民族が住んでいるのは、こうしたかっての植民地時代の名残りなのだろう。
いろんな民族がごったに生活している光景はわるくないけど、しかしおかげで現代の英国は、テロや移民などのやっかいな問題をかかえているともいえる。
オリンピックの最中、民家の屋根にミサイルを備えたりして、日本から見ているといろいろ大変そうである。

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2012年7月28日 (土)

期待はずれ

いまオリンピックの開会式を観てるんだけど、なんか期待はずれだな。
肝心のイランの女性選手なんて、ほんの数えるほど。
北京のときはもっとたくさんいて、おそろいのファッションで整然と行進していたように思ったのは、あれは夢かまぼろしだったのか。

あとで気がついたけど、イランの女性選手が美しかったのは、オリンピックではなくアジア大会だった。

主催国のお国ぶりによるのかもしれないけど、今回の開会式は最初からずいぶんラフな閉会式(へいかいしき)のノリ。
開会式ぐらいは軍隊式に整然とやったほうが気持ちいいのに。
そして終わったあとはラテン系のノリで、はちゃめちゃな大騒ぎをするほうが。

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2012年7月27日 (金)

オリンピック

オリンピック。
興味ありません。
勝った敗けたなんて勝負ごとのキライなわたしです。
だいたい、高校野球に熱中する人の気持ちもさっぱり。
そんなせせこましいナショナリズムというか、身内意識というか、そんなものに関心をもつほどヒマじゃないし。
オリンピックについて、目下のところの最大関心事は、入場行進で美しいイランの女性選手たちをながめること。
イスラム・ファッションのまま整然と行進する彼女らは、ホント、美しいです。

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2012年7月26日 (木)

プール

518

暑い!
夏は暑いのがあたりまえだけど、暑い。
こう暑いとプールが恋しくなる。
わたしは海上自衛隊でしごかれたおかげで、いちおうは泳げるのである。
ところが最近のプールは、たいていお子様スイミングスクールと兼用で、足がつかないほど深いプールはめったにない。
泳げる人間にとってつまらないプールばかりだ。

わたしは一時期スポーツジムに通っていて、プールでせっせと泳いだことがある。
当然ながらそこも足のつく浅いプールで、おもしろくないなと思っていたら、ふと見るとそのわきに潜水訓練用の3メートル・プールがあった。
小さなプールだけど、足はつかないし、ぷかぷか浮いている分には楽しい。
これはいいと浮かんだり潜ったりを繰り返していた。
ところがつぎに行ったら、「許可なくこのプールで泳がないこと」という札が下がっていた。
わたし以外にこのプールで泳いでいる人間はいなかったから、札はわたしのために増設したにちがいない。
沖縄のなんとかいうきれいな海岸で泳ごうとしたときは、ライフジャケットをつけてくれといわれた。
そんなもんつけて泳げるか。
事故でも起こったら大変という気持ちはわかるけど、ちょっと過保護じゃあるまいか。

その点、中国のプールはちがう。
わたしはむかし中国内陸部の蘭州という街の、公営プールで泳いだことがある。
添付した写真がそのプールだけど、コースが5本という変則プールで、いちばん浅いところでもわたしのあごまでくる深さ。
これではたまに溺れる人もいるかもしれないけど、中国は人命軽視の国で、全部本人の自己責任というところがじつに気持ちイイ。
命が惜しいせいか、泳いでいる人も少なくて、じつに楽しいプールだった。

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2012年7月25日 (水)

花とヤモリ

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わたしのブログにだって固定ファンがいるようである。
ただアクセスが平均して、1日に200も行くことがめったにないのがカナシイ。

今日の新聞を読んだら、就活中の学生さんが、自分を雇いたい会社はないかなんて世間の常識の逆をゆくブログを作ったら、炎上するくらいの人気だという記事があった。
そういう手もあるのか。
わたしはパソコンに詳しいほうだから、ブログを炎上させるくらいお手のものだ。
アクセスがいっきょに数万なんてことになったら、これはうれしいことである。

とはいうものの、他人を中傷したりデマをばらまいてまでアクセスを増やしたいとは思わない。
専門的な知識も特技もなし、絶倫でもイクメンでもなく、カラオケのきらいなわたしに、健全で常識的で世間に逆らわない方法で、ブログを炎上させる方法は、目下のところあまりないみたいである。
前々項でも書いたけど、だいたいブログにあまり人気が出ると、書きたいことも書けなくなってしまうしね。
気分転換のために、世間に対してぼやきを発言し続けるには、いまぐらいがちょうどいいのかも。

根づよいファンのために(そんなものがいるかどうか知らないけど)、ま、いると仮定して、たまには花の写真も載せないと苦情がくるだろう。
自然観察園まで撮影に行ってみた。
ツリフネソウの仲間のキツリフネが咲き始めたところで、まだ花の数は少ないけど、そのかわり虫害が目立たなくて、かたちのよいものが撮れた。
写真でわかりにくいかもしれないけど、上からのびた細い茎に奇妙なかたちをした黄色い花がついている。

下の写真はおまけみたいなもので、例の石垣の水抜き穴の中にぺったんとはりついちゃった魑魅魍魎のひとつ。
彼もこのブログの常連になった。

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2012年7月24日 (火)

新時代

今日も元気だ。
さあ、一発ブログを仕上げるかってなもん。

昨日の新聞に「パイプライン、結ぶ新時代」という見出しが目についた。
おお、とうとうロシアと日本を結ぶ天然ガス(LNG)輸送用のパイプが完成したのかいとよくみたら、パイプはパイプでも静岡市と浜松市を結ぶものだった。
だいぶスケールが小さいけど、それが新時代なんて大騒ぎするようなものなのか。

LNGのパイプラインは日本全国で建設中、あるいは計画中だそうで、これらが完成すればガスの移動が容易になり、企業も国民も安いガスを買えるようになるから、ガス会社の地域独占が崩れ、ガスがもっともっと安くなるかもしれないのだそうだ。
なかなか景気のいい話だけど、でももともとのLNGを外国から輸入している状態じゃ、しょせん井の中の蛙だよな。

最近は海の底の頁岩のあいだからシェールガスやレアアースが発見されて、日本もひょっとすると資源大国かもしれないなんて噂もある。
それが採掘可能になったら、あるいはやっぱりロシアと日本を結ぶパイプラインが完成したら、はじめて新時代とよべる時代がくるだろう。
両方ともガセネタだってうわさもあるらしいけど、なんでもいいや、どうせそれまでにわたしは絶滅しちゃってるよ。

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2012年7月23日 (月)

うじうじ

ときどき有名人になりたいなと考えることがある。
有名人になれば大きな家に住んで、きれいな姉ちゃんをくどいて、おいしいものを食べて、ま、しまいには糖尿にでもなるのがオチだけど、それまではなかなか結構な生活ができるのではないか。
でもそんなものになった日には、ブログで勝手なことをほざくこともできないという心配もある。

たとえば原発再稼働について、おお、いいじゃねえか、そのくらいなんてことは決していえなくなる。
有名人になったら、世間の大勢にさからうなんてことはまず不可能になるだろう。
彼らの中にだって、世間の考えに同調できない人もいるにちがいないけど、その発言に影響力があればこそ、なおさらうかつなことはいえない。
いいたいこともいえない生活なんて、わたしには耐えられないことである。

とくに最近の国民の中には単純明快な人が多くて、原発コワイ、だから反対って結論へ一直線だ。
原発がいきなりなくなったらどうするのか、どうなるのかなんて考えない。
それが社会や経済に影響を与え、ヘタすれば日本はますます落ち目で、原発存続とはべつの意味で子供たちの将来を不幸にするかもしれないなんてことは考えない。
わたしだって原発がなくなってもなにも問題が生じないならば、無条件で反対を表明する。
なかなかそうはいかないと思うから、うじうじと考えて、なかなか結論が出せないでいるのだ。
すっきり結論を出せる単純明快な人がうらやましい。

わたしの友人はつぎの週末に国会周辺のデモに参加するそうだけど、あ、けっしてキミたちのことをいってるわけじゃないからね。

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2012年7月20日 (金)

アニメ

新聞に公開まぢかのアニメの宣伝がふたつ。
記事のかたちをとっているけど、けなしてないから宣伝だ。
日本のアニメは旧来の手描きアニメ、もうひとつはピクサーのCGアニメ。
日本のアニメ作家が言っている。
“写真の登場で絵画が廃れなかったように、手描きのアニメが無くなることもありません”
あんたに言われたくないって思ってしまう。
「積み木の家」みたいなアニメの作家がいうならともかく、彼のアニメをながめると、あいもかわらず「もののけ姫」みたいな絵で、わたしにはそのよさがぜんぜんわからない。
スタジオジブリもそうだけど、CGアニメを作る技術がないから、弁解しているようにしか聞こえない。

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行きたい

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あいかわらず旅行会社のパンフレットが3日とあけずに舞い込んでくる。
昨日なんか 「◯◯あや子同行」 なんて大々的にうたった 『ヨルダン7日間ツアー』 のチラシが。
◯◯の部分にはちゃんとした本人の名前が入っていたけど、これは2年前のトルコ旅行のさいの添乗員さんじゃないか。
体育会系でなければ勤まらない添乗員としては、なかなかのべっぴんさんだった女の子である。
いくらパンフレットを送ってもわたしが参加しないのに業を煮やして、この旅行会社はとうとう美人添乗員で釣ろうという魂胆らしい。
うーんと悩んでしまう。
わざわざチラシを送られたのに参加しなかったら、あやちゃんに興味がないことを公言しているようなものだし、さりとて参加したところで、わたしとあやちゃんが恋仲になる可能性はあまりなさそうだ。
だいたい、美人添乗員にそのたんびにおつきあいしていたら、わたしは破産してしまう。

でも行きたいよな。
ヨルダンというと、いま内戦状態でごたごたしているシリアのすぐとなりだし、ごたごたしっぱなしのイラクとも接しているし、さらにアラブから総スカンのイスラエルと背中合わせの国じゃないか。
まごまごしていると、アラブの春が伝播して、そのうち行きたくても行けない国になってしまうかもしれない。
あー、悩んでしまうな。

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2012年7月19日 (木)

新聞記事

今日の新聞を読むと、維新の会の橋下クンに愛人がいたとか、つぎの選挙で松山千春が鳩山由紀夫を落選させるんじゃないかなどと、楽しそうなニュースがならんでいる。
もっともこれは週刊文春と新潮の広告の見出しだから、朝日新聞で責任をもつニュースと思われちゃ困る。
この両週刊誌は、なにか特別に気になる記事があった場合だけ買って読むけど、たいてい広告だけで間に合ってしまうので、広告が載る日が楽しみである。

肝心の朝日新聞には社会面の大きな記事として、虐待が疑われる親から児童相談所が子供を一時保護したことについて、虐待なんかしていないのに子供とはなればなれにさせられたと両親が文句をいっている。
新聞にはこの親と子供が仲良くしている写真が載っているけど、さてどんなものだろう。

文句をいいたい気持ちはわかるけど、この子供にやけど跡があったことは事実で、ほかにも虐待を思わせる事実がいくつかあったそうである。
世間にはまわりがまごまごしているあいだに虐待されて死んでしまった子供も多いのだから、児童相談所に行き過ぎがあったとは思えない。
そんなことより虐待と間違えられるようなお粗末な子育てをしていた両親が反省すべきだろう。

もう思い出したくもありませんといっていながら、一方でこの親は児童相談所を相手どって民事裁判を起こすそうである。
なんで裁判なんかやる必要があるのか。
児童相談所の立場を理解し、でもわたしたちみたいな例もありますからねと、やんわり改善を求めればいいだけではないか。
虐待で命を落とす子供はじっさいにいるのだから、この問題については多少行き過ぎるくらいでちょうどいい。
子供と仲良くしている写真なんぞ、あとから撮ろうと思えばいくらでも撮れるのだ。
どうもこの両親については、うさんくさいものを感じてしまう。

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2012年7月18日 (水)

ぼんやり

暑くて寝てられないので起きる。
暑くて散歩に行く気にもなれない。
仕方がないからエアコンの効いた部屋でぼんやり。
録画してあったテレビ番組も、暑いとなかなか観ようという気になれない。
ブログでも書くかと思っても、暑いとなんとなくだらけてしまう。
今日の記事が気の抜けたビールみたいなのは、暑さが原因である。
ああ、こんな時期なのに電力の節約もしなくていいのかと、自責の念がひしひし。
せめて、エアコンは「除湿」だけに設定しておこう。

スーパーで買ってきたナスが旨い。
ナスの皮をむき、包丁でたてに切れ目を入れてレンジでチンし、これをショウガ醤油で食べると、ビールの肴に好適。
缶ビールを飲みながら森鴎外について考える。

森鴎外はお金に不自由してなかったはずだけど、きわめて吝嗇で、つまりケチな人だったそうである。
もっともこれは彼が雇っていた賄のお婆さんの見立てで、このお婆さんもなかなかしたたかな人だったようだから、ほんとのことはわからない。
連想が飛躍しすぎるみたいだけど、森鴎外もナスが好きだったことを思いだしたのである。

わたしの友人の中には自分で料理をしたことがないという輩もいる。
そのくせ酒を飲むのは人一倍好きだ。
酒のつまみぐらい自分で作れよと、どうでもいいことをつぶやいて今日のブログは終わり。

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2012年7月17日 (火)

聴取会

原発の意見聴取会ってなんだろう。
聴取会に電力会社の社員がまぎれこんでたってモメているけど、聴取会なら相手の言い分も聞かなければいけないのとちゃうか。
それがケシカランということは、つまり聴取会というのは電力会社を吊し上げて、みんなで気持ちイイなあって安堵する、そういう集まりだったのか。

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クレイジーホース

Crazy

映画を観てきた。 「クレイジーホース」
夜のなんとかという副題がついているけど、ようするにパリの有名なキャバレー 「クレイジーホース」 の舞台裏を撮ったドキュメンタリーである。

このキャバレーはエロチックなショーが有名で、わたしもパリに行ったらいちどは観てみたいと思っているものだ。
こういう店で優雅にワインでも飲みながら、美女たちの華麗すぎるヌードショーを観てみたらカッコいいではないか。
というと、おまえもけっこうスノッブだなといわれてしまいそう。
いや、わたしは芸術として鑑賞したいのだといっても、そりゃなかなか信じてもらえないだろ。
映画の中に日本人もやってくるというセリフがあったけど、これが政治家の研修旅行でなければ幸いだ。
鼻の下をのばしたそういう連中といっしょにされたくない。

そこでスノッブとそうではない客の違いについて考えてみた。

わたしは買ったばかりの iPod に、YouTube から集めたセクシーな映像をいくつか入れてある。
先日、友人にそれを見せたところ、これだけかいといわれてしまった。
友人にとって、そのものズバリの本番がなければぜんぜんセクシーではないらしい。
わたしにとっては下着姿の若い女の子が、ベッのわきでくねくねしているだけで十分にセクシーなんだけど、もともと YouTube から集めた映像だから、そんなどぎつい男女のからみがあるわけがない。

どうもこのあたりがスノッブとそうでない者の差じゃないかって気がする。
この映画は最終段階のダンスシーンよりも、そこまでのプロセス、つまり練習風景 (ちゃんとパンツをはいている) や、振付、照明、衣装デザイナーたちのやりとりに重点が置かれているので、そのものズバリを見せないと満足しない手合いにはぜんぜんおもしろくないにちがいない。
プロセスに興味のある人には、なかなかおもしろい映画なんだけどねえ。

スノッブとそうでない者のもうひとつの差は、これは当然なことかもしれないけど、絵画や音楽、文学、映画、写真、マンガなどにも興味をもつことが必要だ。
そういうものにぜんぜん興味がないくせに、クレイジーホースに行くときだけ、ボク、芸術鑑賞に行くんですっていったって、そりゃ通りませぬ。
マンガに興味があったおかげで、わたしは半裸 (全裸?) のダンサーたちを見て、グイド・クレパックスの絵との相似点を見出してしまった。
どうもフランスやイタリアには、米国の、まるでアスリートみたいなダンスとはべつの系譜があるみたいだ。

クレパックスを知らない人は Guido Crepax で検索してみてください。
シックで卑猥で官能的で、クレイジーホースの女の子みたいな絵がたくさん見つかります。
文句あっか。

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2012年7月14日 (土)

マンガ家

516 先日書いたブログ記事に、オーストラリア在住の人からコメントがついて、わたしのイラストについてなんだかんだと、まあ、ほめてくれているらしい。
ほめられるとすぐ調子にのっちゃうのが欠点のわたしなんで、気分はわるくない。
おかげで灰色の青春時代、いまではなつかしい思い出になっているその挫折の記憶がよみがえってきた。

絵がうまいからマンガ家になれるとはかぎらない。
風景画や似顔絵描きなら、いっしょうけんめい勉強すれば、あるていどは風景や本人に似せた絵が描けるようになるけど、マンガの場合は絵以外に、読み手を笑わせるアイディア、あるいは感動させるストーリーが必要だ
しかもプロになって週刊誌や新聞などに連載をもったら、このアイディア、ストーリーを毎日考えなければならないのだから、これは非ジョーシキな天才でないかぎりなかなかできないことである。
わたしの購読している朝日新聞には、いしいひさいちサンとしりあがり寿サンのマンガが載ってるけど、この両人はほかにも週刊誌などに連載をもってるのだ。

こんな困難を克服しているマンガ家というのは、画家と小説家を併せたような偉大な存在なのである。
日本に政治家が何人いるか知らないけど、政治家は交換がきくが、個性ある絵を描くマンガ家は交換がきかないから、もちろん政治家よりマンガ家のほうが偉大でもあるのだ。
政治家は日本のお役に立っているという人がいるかもしれない。
しかしわたしの見たところ、こないだの東日本大震災でも、あわてふためき、そのくせ政争だけは忘れない政治家より、しりあがり寿サンのほうがずっと役に立ったような気がする。

だいたい政治家がいくらおしゃべりしたって、まじめに聞く人がどれだけいるだろう。
そう考えれば、たったひとコマないし4コマのマンガで、世界のどの国の人間も説得してしまうマンガ家の偉大さがよくわかるではないか。

わたしはマンガ家になろうと努力したことがあるけど、自分がきわめてまともで常識的な人間であることを考え、そんな器じゃないことをさとり、胃潰瘍になるまえにさっさとあきらめた。
いまではブログでうさを晴らすばかりである。
ブログで書きたいことだけはいくらでもあるんだけどね。

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2012年7月13日 (金)

トップ屋集団

わたしがよく読む週刊誌は、朝日、新潮、文春の3誌で、むかしはこれにプレイボーイ、アサヒ芸能なんてのが加わっていた。
ぜったい読まないのは現代、ポストなどで、理由は週刊誌を読みなれた人にはおわかりのはず。

若いころは上記の5誌を全部、毎週読んでいたこともある。
さすがに最近は全部ってわけにはいかない。
それどころか週刊誌を買うこと自体が少なくなったのは、インターネットなど、ほかに読めるものが多くなったせいだ。
たいていのニュースはネットでわかるし、もっと詳しいことが知りたければ、それを掘り下げることもネットで可能だからである。

そんなわけで新聞広告などで、おもしろそうだなと気になった記事がある場合のみ、前述の週刊誌を買う。
新潮と文春は好敵手だけど、ここんところは新潮に分がある。
今週の新潮を買ってみたけど、この週刊誌の弱きを助け、強きをくじく姿勢は変わってないなと思う。
最近あった大津市のいじめによる自殺事件でも、ほかではなかなかわからない、いじめた側の家庭環境までずけずけ書き、親のあまやかしに問題があったのではないかと、これは一種の告発といえる。
ヤクルト本社の裏面を描いた記事でも、一般人の知らない事実をどこからかぎつけてくるのか、それを堂々と書いてしまう姿勢がじつに気持ちイイ。

たかが週刊誌というなかれ、新潮にいい意味でのトップ屋集団はいまだ健在である。

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2012年7月12日 (木)

イラスト

514

古い、そうとうに古い知り合いから連絡があって、今度自分史のようなものを出版しましたという。
つきましては、その表紙に、わたしがむかし描いたこの人のイラストを使いたいとのこと。
そんな絵を描いたこともとっくに忘れていた。
もちろん限定部数の、儲けなんかあるはずのない本だし、忘れていたイラストでいくらか稼ごうというほどケチなわたしじゃない。
どうぞ御随意にと返事をする。

ここに載せたのがそのイラストだ。
たいした絵でもないけど、本になるとなんとなく上手そうにみえる。

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2012年7月11日 (水)

薄熙来

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朝日新聞に連載中の薄熙来一代記がいよいよクライマックス。
これは共産党中国で、権力のトップに上りつめようと野心を燃やした男の、勃興から転落までのヒストリーだ。
おおかたの人は知っているだろうけど、重慶の市長まで務め、辣腕をふるった薄クンという男が、ちょいと権力におぼれすぎて、調子にのりすぎて、とうとう足をすくわれちゃったという話。

あの国では雌鶏がときを告げると世の中が乱れるってことわざがある。
薄クンの奥さんはたいそうな美人だけど、権力におぼれるのは女のほうにその傾向がつよいから、亭主の傘の下で彼女もやりたい放題。
文明国や法治国家ではなかなかそこまでやらないのに、ジャマ者は消すってギャング映画も顔負けの殺人までしたらしくて、部下が旦那に注進すると、よけいなことをいうな、お前も消されたいかなんて脅かして、ビビった部下が米国大使館に逃げこんだのがことの発端。
さすがに共産党中央もほうっておけず、奥さんもろとも薄クンを逮捕しちゃった。
水に落ちた犬は叩かれるのがふつうだから、それ以来この夫婦もあることないことボロクソ。
この事件は中国にしょっちゅうある権力闘争の一環かもしれないから、どこまで真実なのか部外者にはわからない。
かりに権力闘争だったしても、殺人までやって失脚したのでは復活はむずかしいだろう。

事件のおおすじはだいたいこんなもので、たぶんこれで一見落着だろうけど、亭主が権勢をほこると、奥さんも図にのってわがままをいうってことは、中国の歴史に数え切れないほど実例がある。
最近では蒋介石の奥さんの宋美齢がいい例だ。
彼女は欧米では先進的な考えのファーストレディとして知られていたけど、じっさいはやはり権力をわがもの顔でふりまわし、国民の膏血をしぼった無慈悲な女帝のひとりだった。

新聞連載18回目の今日は、「そのころ、重慶で1人の英国人男性が奇妙な死を遂げていた」で記事が終わっている。
これまでは、薄クンがいかにして栄光の道をかけのぼってきたかの説明が中心だったけど、次回でいよいよクライマックスということらしい。
国際面のそれほど大きくないかこみ記事ながら、おもしろくて目が離せない。

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2012年7月10日 (火)

アフリカのいま

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なにかブログのネタはないかと朝日新聞をながめたら、今日のそれは「アフリカのいま」という特集だ。

わたしたちはアフリカというとすぐ、しょっちゅう内乱だ紛争だ、そして難民がわさわさの国と考えてしまいがちだ。
旅行のガイドブックを読むと、たしかに現在でも、ゼッタイにひとりで入ってはいけない危険な国もある。
しかしそんな国ばかりじゃない。
あのツチ族とフツ族の殺し合いで有名になったルワンダでさえ、いまでは奇跡といわれる平和で経済的発展をなしとげたそうである。

そういえばしばらく前に、怒れるマンガ家、なんかの金融商品で大損をしたマンガ家の西原理恵子が、アフリカを訪ねるテレビ番組を観たことがあった。
アフリカにはスペースシャトルだとかビデオカメラ、コカコーラのボトルなど、ひじょうにユニークな形の棺桶を作る国があるというので、西原サンが現地を訪ねて、彼女の希望で金魚の形の棺桶に入るというものだった。
まあ、冗談みたいな番組だけど、これを観てもノーテンキで平和な国が、アフリカにもけっこうあることがわかった。

わたしははるかむかしにテレビ番組で、セネガルの黒人娘たちの美しさに一驚したこともある。
そういう女の子が目当てというわけじゃないけど、まったく異質の文化をもった人たちがうじゃうじゃがやがやしている市場なんかを、カメラ片手にさまよってみたいものだ。
そんなわけで最近では、つぎはアフリカに行こうかなんて考えてしまう。
ライオンやゾウに関心はないけど、わたしはアフリカの一般の人々の生活、アフリカのいまが見たいのである。

画像はネットで見つけたやる気のなさそうなライオン。
ここんところわたしもやる気がおきないから、身につまされる写真だ。

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2012年7月 9日 (月)

アシェンデン

Aa

BSで 「望郷」 という映画が放映されている (いまテレビで観ているところだ)。
わたしがまだ生まれてなかったころの映画なので、どうこういえっていわれても困る映画なんだけど、世間ではこれをいちおう名画としているようだ。
いま観るとそれほどとも思えないけれどねえ。

この映画は、好きな女のために破滅する男の物語である。
似たような話がモームの小説にある (映画よりこっちのほうが古い)。
読書家の人なら感づいたかもしれない。
モームの 「アシェンデン」 という連作の中に、英国情報部がなんとかして逮捕しようと狙っているインド人の大物活動家の話がある。
この活動家はある踊り子が好きになっているのだが、英国はまず彼女のほうを逮捕し、おとりの手紙を書くよう強要する。
踊り子もしたたかだし、小説もひとすじ縄じゃないから、ああだこうだと顛末があって、それでもとうとう活動家は英国の手のとどく範囲におびき出されてしまうのである。
逮捕された活動家が自決してしまうところも 「望郷」 によく似ている。
ただし小説のほうには、いかにもモームらしいオチがあって、これが映画とはちがう点だ。
わたしにとっては小説のほうがずっとおもしろい。

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2012年7月 8日 (日)

案内

Zzz

何度か利用した旅行会社からパンフレットが送られてくる。
その何度かを分析して、わたしの好みを知ろうと旅行会社も必死だ。
どうもこいつはあまり平均的じゃないな、どっちかというと辺境が好みのようだと結論したらしく、最近はガラパゴスだとかギアナ高地、さもなくばアイスランド、スリランカ、マダガスカル、サマルカンド、ヨルダン、ポーランドだとか、神秘的なサルディーニ島だとか(どこにあるんだ)、そんな一風変わったところの案内が多い。
南西フランス・ワイン紀行なんてのもあって、これはわたしが以前の旅でよくワインを飲んでいたという、添乗員さんの情報によるのかもしれない。
さすがにシリアはないけれど、ほかにもエジプト、イラン、チュニジアなんて、おいおい、治安は回復したのかい、無事に帰ってこれるのかいって訊きたくなるようなとこもある。

ちくしょう、行きてえなあと身もだえしつつ、意外と世界は平和なのねと考えるこのごろだ。

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2012年7月 7日 (土)

ふりむく少女

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たぶんそのうち観にいくことになると思うけど、フェルメールの 「真珠の耳飾りの少女」 って絵。
わたしは絵画についてもうるさいヒトであるから、有名な絵ならなんでも観に行くかっていうと、そうはいかない。
たとえば顔が2つあるピカソの絵だったら、わざわざ美術館まで行かないと思う。
セザンヌは有名な画家だけど、彼の絵も好きじゃないし、モジリアニは好きだけど、あっちこっちで本物を観たことがあるから、たぶんいまさら行かないと思う。

「真珠の耳飾り」 の少女はカワイ子ちゃんだから、ぜひ観たいというと、絵の鑑賞態度としてはかなりケシカランものになってしまうけど、この絵はルノワールやミュシャの一連の絵、クラムスコイの 「見知らぬ女」、ゴヤの 「マハ」 などとならび、描かれた対象の魅力でわたしをひきつける癒し系の絵のひとつなのである。
やっぱりながめて楽しい絵がいちばんだ。

「真珠の耳飾り」 についてちょいと調べてみたら、これはもしかするとグイド・レーニという、あまり聞いたことのないイタリアの画家が描いた絵に誘発されたのではないかという記事を見つけた。
「ベアトリーチェ・チェンチの肖像」 というその絵は、やはりターバンをまいた少女が顔だけこちらを振り向いているもので、構図は似ている。
誘発されたか似ているかはともかく、こちらもカワイ子ちゃんだ。
ただしフェルメールの少女とちがって背景に悲劇があり、そのせいか、こころなしやつれたような表情が印象的だ。
またひとつ、観たい絵が増えてしまった。

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2012年7月 5日 (木)

調査捕鯨

ニュースを聞いていたら、こんど韓国でも調査捕鯨を始めるそうだ。
これだけ日本が世界中から叩かれている最中に、韓国も火中の栗を拾おうという根性はリッパである。
反捕鯨団体シーシェパードも、抗議船を増やさないといけないから大変だ。

わたしは博愛主義者だからクジラが可哀そうという気持ちを持っているけど、でも人間が獲らなくてもクジラの何頭かはシャチなんかに食べられちゃっているんだから、天然自然のいとなみと思えば、少しくらいいいんじゃないかという気持ちもある。
なにしろ、新宿西口のションベン横丁の鯨カツの味が忘れられない世代だし。

「白鯨」という小説を読むと、美食家の高級船員が部下に命令して、おい、捕まえたクジラの尻尾のところをちょいと切ってこいなんていう描写がある。
アメリカ人だってクジラが好きなのである。
ただ自国のウシの肉を外国に売り込みたいから、我慢しているだけなのだ(と思う)。

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2012年7月 4日 (水)

スローシンクロ

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3、4日まえにライブを聴いてきたことはこのブログに書いた。
この写真はそのときのもので、動きを表現するためにスローシンクロを使って撮影してある。
このブログを観ている人たちの中にそんな人はいないと思うけど、わたしの友人の中にはこれをたんなるピンボケ写真と思っている人がいるようだ。

スローシンクロは、遅いシャッターにストロボを組み合わせたもので、ぶれた部分とぴしゃりと止まった画面が微妙に重なって、動きを表現したやわらかな写真になる。
安いコンパクトカメラで使える撮影技法は多くないけど、スローシンクロはたいていのカメラについているし、個性的な写真をお手軽に撮ることができるから、おぼえておくと便利である。
もっともまわりがそんなことに理解を示さない人ばかりじゃ、せっかくの工夫も役に立たないけどねえ。

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日本の政治家

メドベージェフ君が北方四島を視察したっていうんで、またぞろ日本の政治家がケシカランと発言している。
ただ、言ってることは戦後60年、まったくおんなじことで、これじゃあ進展も変化もぜんぜん望めそうにない。
日本の政治家の信念はかくも不動のものであったかと、感心するっつうか、あきれるというか。

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2012年7月 3日 (火)

野生動物の運命

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BSの 「ワイルドライフ」 って番組が好きだ。
昨夜はこれに、アフリカの草原に棲むチーターというお気楽な動物が出てきた。
なんでお気楽かっていうと、こいつは世界でいちばん足が速いというネコ科の猛獣である。
腹がへったら、草原でおもむろにまわりをながめて、たくさんいるカモシカやヌーの中から、よし、今日はあいつを食べようと目ぼしをつける。
なんせ足の速さが世界一だ。
追いかければ逃げ切れる獲物はまずいない。
ご飯を食べるのに苦労しないのだからお気楽だ。

じっさいにはなかなかそううまくはいかないらしいけど、足が速いのは事実である。
チーターが走るすがたは、筋肉のかたまりが跳躍しているようで、じつに美しい。

そんな番組を観ながら、野生動物の運命について考える。
思索がとつぜん大きく、とてつもない方向に飛躍するのがわたしのブログの特徴だ。

アフリカの草原には肉食動物と草食動物がいる。
これ以外に雑食だとか腐肉食なんてのもたまにいるけど、大別すれば肉食と草食だ。
この両者の関係は、食うものと食われるものである。
草食動物の運命は決まっていて、動物園に入るとか、人生をはかなんで自殺でもしないかぎり、いつかかならず肉食動物に食べられてしまう。
肉食動物はつねに足のおそい子供や年寄りの獲物を狙うから、年老いた動物はまずまちがいなく肉食動物の餌食だ。
アフリカの草原にあまりよぼよぼのカモシカはいないのは、これが原因である。

それじゃあ肉食動物はお気楽かっていうと、こちらの末路も悲惨だ。
世界一俊足のチーターだっていつか歳をとる。
年寄りになれば足がへなへなになり、とても俊敏なカモシカなんか捉まえることはできない。
野生動物には年金もなければ介護ホームもあるわけじゃないから、肉食動物は最後にかならず飢え死にするのである。

どっちがいいかっていう問題じゃないけど、人間の世界で政治に文句をぶうたれているアナタも、野生動物のこういうキビシイ現実にたまには目を向けてみるべきだろう。
人間に生まれたありがたさをしみじみと感じるのではないか。
添付した画像はネットでみつけた晩メシの群れだ。

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2012年7月 2日 (月)

たまには

今日の新聞にYouTubeのネット動画で人気者になって、そちらをメシの種にしてしまった若者の記事が載っていた。
なんでも口だけで何種類もの楽器音をかなでる、一種の声帯模写みたいな映像を定期的に投稿しているのだそうだ。
いまではそれが世界中に知られ、YouTube上ではAKBより人気があるという。
声帯模写は一般人にはなかなか真似できそうもないけど、そういえば河原で石を積んだだけとか、水平にジャンプした瞬間の写真だけを乗せた娘もいて、そのていどならわたしでもできそうである。

わたしの友人の中には、パソコンやスマホの使いもしない知識にはやたら詳しいのに、こうやってパソコンを有機的に使う、あるいは楽しむということになるとサッパリという手合いがいる。
iPodを買ってから、わたしはそれがもたらす途方もない可能性、また著作権の未来、スティーブ・ジョブズの信念、アノニマスの哲学なんてものに思いをはせているけど、どうもこういう話題になるとちっとも話が通じないのである。

現在はネットで、誰でも、ほとんど無料で意見や創作作品を公開できる時代だ。
それがひょっとするとブレイクしないともかぎらない。
パソコンの機能や様式、数値をおぼえてよろこんでいるのではなく、それをもっと有意義に使うことを考えてほしい。
いくら知識があったって、それを使わないのではネコに小判である。
早い話が、YouTubeやブログを利用して、じゃんじゃん意見や写真、映像を発表してもらいたいものだ。

オレは特技がないからなあとお嘆きのアナタ。
たまにはYouTubeに、逆立ちでもしている映像を載せたらどうなのか。
あるいは飼い猫に芸でも仕込んだらどうなのか。
おならに火をつけるなんてのはすでにやっている人がいて、これは火傷の危険があるからあまり薦められない。
人気者になるのは簡単じゃないだろうけど、載せるだけなら、コンパクト・デジカメさえあれば誰にでもできるのである。

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2012年7月 1日 (日)

手抜き

新聞を読むと、民主党にうらぎられたとかウソをつかれたという意見が多いけど、政治家がウソつきなのは誰でも知ってることだ。
なのに、そんなウソをすなおに信じちゃった国民がケシカランなんて意見は聞いたことがない。
わたしのブログを見よ。
わたしは政権交代直後から、高揚している人たちを尻目に、民主党政治に対して疑惑の目を向けていた。
いま民主党をけなしている人たちは、わたしのブログをちゃんと読むべきだったんとちゃう?

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