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2012年7月17日 (火)

クレイジーホース

Crazy

映画を観てきた。 「クレイジーホース」
夜のなんとかという副題がついているけど、ようするにパリの有名なキャバレー 「クレイジーホース」 の舞台裏を撮ったドキュメンタリーである。

このキャバレーはエロチックなショーが有名で、わたしもパリに行ったらいちどは観てみたいと思っているものだ。
こういう店で優雅にワインでも飲みながら、美女たちの華麗すぎるヌードショーを観てみたらカッコいいではないか。
というと、おまえもけっこうスノッブだなといわれてしまいそう。
いや、わたしは芸術として鑑賞したいのだといっても、そりゃなかなか信じてもらえないだろ。
映画の中に日本人もやってくるというセリフがあったけど、これが政治家の研修旅行でなければ幸いだ。
鼻の下をのばしたそういう連中といっしょにされたくない。

そこでスノッブとそうではない客の違いについて考えてみた。

わたしは買ったばかりの iPod に、YouTube から集めたセクシーな映像をいくつか入れてある。
先日、友人にそれを見せたところ、これだけかいといわれてしまった。
友人にとって、そのものズバリの本番がなければぜんぜんセクシーではないらしい。
わたしにとっては下着姿の若い女の子が、ベッのわきでくねくねしているだけで十分にセクシーなんだけど、もともと YouTube から集めた映像だから、そんなどぎつい男女のからみがあるわけがない。

どうもこのあたりがスノッブとそうでない者の差じゃないかって気がする。
この映画は最終段階のダンスシーンよりも、そこまでのプロセス、つまり練習風景 (ちゃんとパンツをはいている) や、振付、照明、衣装デザイナーたちのやりとりに重点が置かれているので、そのものズバリを見せないと満足しない手合いにはぜんぜんおもしろくないにちがいない。
プロセスに興味のある人には、なかなかおもしろい映画なんだけどねえ。

スノッブとそうでない者のもうひとつの差は、これは当然なことかもしれないけど、絵画や音楽、文学、映画、写真、マンガなどにも興味をもつことが必要だ。
そういうものにぜんぜん興味がないくせに、クレイジーホースに行くときだけ、ボク、芸術鑑賞に行くんですっていったって、そりゃ通りませぬ。
マンガに興味があったおかげで、わたしは半裸 (全裸?) のダンサーたちを見て、グイド・クレパックスの絵との相似点を見出してしまった。
どうもフランスやイタリアには、米国の、まるでアスリートみたいなダンスとはべつの系譜があるみたいだ。

クレパックスを知らない人は Guido Crepax で検索してみてください。
シックで卑猥で官能的で、クレイジーホースの女の子みたいな絵がたくさん見つかります。
文句あっか。

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