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2012年11月

2012年11月30日 (金)

埼山湾

すこしまえに万里の長城で遭難した日本人がいた。
あまり一般観光客が行かない辺ぴな場所をめざしたトレッキング愛好者のようだけど、そういうところへ行きたいという心理は理解できる。
わたしもあまり世間に知られていないところへ行きたがる人間である。10000a

しかしそんな辺ぴな場所は外国にばかりあるわけじゃない。
若いころ沖縄の西表島に旅したことがあり、ダイビングボートに乗って崎山湾 (さきやまわん) というところへ上陸したことがある。
この湾は西表島の西のほうにあって、けっこう広い湾なのに、陸続きの道がないので船でしか行きようがないところだ。
それでもかっては人が住んでいたこともあるそうで、桟橋だけがぽつんと残っていた。

上陸してみてそのあたりの海の美しさに吃驚した。
砂浜で素潜りしてみると、腰の深さの海底に、盆栽のような小さなサンゴが枝をのばし、そのまわりにクマノミや色とりどりの熱帯魚が群れていた。
いくらか深くなったところには、コブシメという大きなイカがただよっていた。
その後沖縄には何度か出かけているけど、崎山湾ほど天然自然のままの海を見たことがない。

あの湾はどうなっただろう。
まだあのころの、南海の孤島のような原始的な風景は保たれているだろうか。
というわけで、いま崎山湾についていろいろ調べている。

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ネット上には旅、登山、温泉の紀行記があふれていて、西表島の体験記ももちろんあるけど、崎山湾にかぎればあまり記事が見つからない。
このあたりは文字どおりの日本の秘境といっていいところらしい。
それでも検索の結果、崎山湾と、そこから近い船浮地区について書かれた文章をいくつか見つけた。

その中のひとつに、崎山湾あたりをひとりで歩きまわった人の報告がある。
http://www.ne.jp/asahi/suzuka/walker/iriomote/essay/index.htm
この人は本格的な登山家らしく、簡易テントや炊事道具を持って、水びたしになりながら干潟を横断し、道なき道を踏破している。
作家の素養のある人なら、じゅうぶん開高健ノンフィクション大賞でも受賞できそうな体験だけど、ま、ロマンチストの誰もが小説家になれるわけじゃない。

この人が崎山湾に行ったとき、そこに石垣島から移住した人が、家を作ろうとしていたそうである。
その家はどうなっただろう。
グーグルの衛星写真をながめても、それらしき家は見当たらない。
なにしろこの報告自体がいまから10年ぐらいまえのことだから、開拓者の夢は挫折したということだろうか。
そんなことを確認しても意味のないことみたいだけど、わたしはまた崎山湾に行ってみたい。
アマゾンや熱帯ニューギニアばかりが秘境じゃないのだ。
高血圧で血管がブチ切れないかぎり、わたしはまだ未定の、来年の旅の目的地に崎山湾を数え上げておくことにする。

※ここに添付した写真はネット上で見つけたもので、桟橋上を歩いている人々はなにかの調査隊だそうだ。
下の写真をみると、カヌーやカヤックで上陸する観光客もいるらしい。

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2012年11月29日 (木)

ゴメンナサイ

先日、イヤらしい映画目当てに立川に行ってきたことはこのブログに書いたけど、そのとき駅前で署名運動をしている人たち、正確にいうとおじいさんおばあさんたち、に出会った。
署名運動の内容というのが年金引き下げに抗議するというもの。
むむむとたじろいで、けっきょく署名しないで通りすぎてしまった。

わたしには自分がめぐまれた世代であるというザンゲの気持ちが少々ある。
若いころから上がり調子の景気とともに生きてきて、仕事探しにも苦労はせず、終身雇用に守られて、厚生年金まで払ってもらって、ホント、だらだらのんびり生きてきたのだ。
希望も展望もない未来をしょって立つ若者にあわせる顔がない。

そうかといって、この不景気に年金を下げられたら困るという人たちの気持ちもよくわかる。
わたしみたいにノーテンキにすごしてきた人ばかりじゃない。
世間にはさんざん苦労して子供を育て、かつかつで生きてきた人たちだっているだろう。
そういう人たちが年金を下げられたら困るのはもっともだ。

しかしわたしにかぎってみれば、年金を下げられて当たり前でしょといわれて反論もできない。
わたしには年金引き下げに抗議する資格がないのである。
寒風の中で署名を求めるおじいさんおばあさん、ゴメンナサイ。
せめて元気なうちはせっせと働き、年金だけで無為に生活することだけは避けようと思ってます。

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2012年11月28日 (水)

また高血圧

あいかわらず血圧が高い。
先日なんか、いささか興奮するできごとがあって、その場で計ってみたら200の大台を超えていた。
これは日本高血圧学会というところの分類では「重症高血圧」になるのだそうだ。
測定器がイカれたんじゃないかと思い、計りなおしてみたら190台にまで下がったけど、どっちにしても異常事態だ。
これじゃあそのうち脳梗塞で半身不随になるかも。
でも、高血圧が悪化するといろんな合併症が出てくるらしいけど、そんな気配はさらさらなし。
肥満といえるほど太っているわけじゃないし、糖尿もなし、オシッコもひんぱんに出るし、若い娘が相手ならいつでもこいっていうくらい、あっちのほうも元気だ。
ふざけるなってなモン。
わたしが自然のまんまできわめて健康的な生活をしていることは、このブログに何度も書いている。
これ以上注意することといったら薬を飲むことぐらいしかない。
薬なんか飲みたくない。

それで風呂に入って血圧を下げる。
熱風呂に入ると血圧は劇的に下がる。
いっぺんで常人以下の血圧になってしまうこともある。
それはマズイよと、これは知り合いの助言。
いちどきに血圧を下げるのは体によくないそうだ。
そういえば、ひなたに寝そべっている大蛇みたいに、お湯の中でゆるゆると長くなっていると、そのうち眠くなってしまう。
これがじつに気持ちイイ。
そのうちお風呂の中で溺死するかもしれないけど、こんなに気持ちよく成仏できるなら、それもいいなあと思うこのごろ。

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2012年11月27日 (火)

DP

あまりにもひねくれすぎてしまった民主主義について、ま、いろいろ意見のある人もいるようだけど、今日の夕刊に 「討論型世論調査」(略してDP) というものの記事が。
これは米国の大学教授さんが提案したもので
『賛否の分かれるテーマについて、無作為で抽出した参加者が、討議をへて民意をはかる』 というものらしい。
政府にまかせると都合のいい民意しか汲み取ろうとしないので、こんな方法を考えついたらしいけど、これがひねくれた民主主義をときほぐす解決策になるかどうか。

日本の某大学でDPを実践したところ、原発ゼロにすべきという意見が、参加者の半数にせまる勢いだったそうだ。
こりゃマズイと考えた政府は、原発ゼロ以外の意見をみんなひっくるめて、ゼロにすべきでない人も半数ぐらいいるなんて理屈を持ち出し、やっぱり自分に都合のいい結論を押し通したそうである。

そんなDPだけど、さてほんとうに公平なものだろうか。
たとえば原発事故のまえにDPを実施すれば、原発やむなしという意見がおそらく過半数を占めたのではないか。
いや、そんなことはない。 事故のまえの国民は真実を知らされていなかったのだ。
だから事故後のDPの結果のほうが正しいのだという意見もあるだろう。

しかし、これから50年後にDPを実施したらどうか。
そのころには日本がますます右傾化して、世界中からにくまれっ子になっていて、禁輸措置の対象になり、発電所の燃料の輸入もままならず、消費税・老人医療費の高騰、年金・生活保護費は減額され、一億総火の玉時代に逆戻りして、国民の生活はにっちもさっちもいかなくなっているかもしれない。
そんなときは1円でも電気代を下げることが、もしかすると危険でアルという原発の廃止より優先するかもしれず、そうなるとまたDPの結果は変わってしまうだろう。

こうなるとDPもあまり公平なものとはいえなくなってしまう。
経済界などは先に某大学で実施されたDPについて
「もののわからない国民が原発ゼロを支持しているだけだ」 といっているらしいけど、原発事故のまえのほうが、もののわかる国民が多かったとはとても思えない。
どうも民主主義というのはむずかしいものだ。
公平な判断を求めるのもムズカシイ。
50年後の未来に、もののわかる国民が (少なくとも) いまと同じくらいいるんだろうか。

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2012年11月26日 (月)

活性化

雨である。
夏ならともかく、冬の雨はいやなものだ。
寒くて外へ出ようって気にもならない。
だんだんこころの中まで湿っぽくなってくる。
自分だけが取り残されているような気分。
ほかの人はみんな楽しく生きてんだろうなあと思う。
他人の人生はみんな積極的、活動的にみえ、自分だけがつまんない人生を生きているんじゃないかって。

んなことあってたまるか。
こういう日はみんなつまらなく生きているにちがいない。
若い人ならともかく、中年すぎ、まして後期高齢者の中に、いまなお充実した人生を歩んでいる人なんかいるはずがない。
わたしの友人知人の中にも、今日こそきっと自殺してやろうと考えている人がいるはずだ。
そう考えると、にわかに自分の人生が楽しいものに思えてくるから不思議だ。

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2012年11月25日 (日)

見本

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なんとかいう映画がいやらしというウワサなので、ぶらりと立川まで出かけてみた。
残念ながら、シネマ1でもシネマ2でもその映画はやってなかったので、そのまま昭和公園をぶらぶら。
連休の最終日ということでけっこうな人だかりだったけど、特別に見るものがあるわけでもなし、写真を何枚か撮ってもどる。
おまえはアホかといわれそう。
しかし、日記形式のブログだと、こういう無意味な記事もたまにあるという見本だ。

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2012年11月24日 (土)

クレオパトラ

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にえきらない天気のせいで、外出する気にもなれないから、昨日は録画した「エジプト発掘」というテレビ番組を観ていた。
これは、たしか3年ほどまえ、わたしがはじめてトルコに行ったころ放映されたものの再放送だと思う。
この番組の中にトルコのエフェソスの遺跡の中にある、クレオパトラの妹の墓が出てくるけど、わたしはエフェソスでそれを見て、おお、これがあの番組で紹介された墓かと思った記憶があるから。

姉との政争に敗れて殺された妹の名前はアルシノエという。
彼女の遺骨のうち、頭蓋骨はドイツに運ばれて行方不明になってしまったそうだ。
で、この番組では残されたデータから彼女の顔を復原してみせる (あまりアテにならないような気もするけど)。

ところで、クレオパトラって人は世界の三大美女のひとりだという。
シーザーとアントニウスという2人の英雄をたらしこんだのだから、美人でなければ話にならないということらしい。
鼻がもうすこし低かったら歴史は変わっていたともいう。
でもテレビで復元された妹アルシノエの鼻はあまり高くなく、姉のクレオパトラも同じような高さだっただろうという見立てである。
この2人の顔は古代エジプト人の特徴をもっていたそうで、復元された妹の顔は (わたしには) それほど美人とは思えなかった。

しかし美人にランクをつけるのはおかしい。
もちろん平均以下の女性の存在を否定するわけじゃないけど、美人というのは唯一無二のものではないからである。
ひとりの美人がいれば、彼女に匹敵する美人もほかにたくさんいたと、これはわたしがフェミニストだからいうわけじゃないけど、美女の基準はさまざまだからそう思うのである。

冷静に考えれば、シーザーやアントニウスがクレオパトラにたらしこまれたのは、その美貌よりも政略的な部分が大きかったはずだ。
2人の英雄にとって、エジプトを手中にするためには、クレオパトラと手を組んだほうがてっとり早いということがある。
そのさい相手がいくらかブスであっても、ま、美女は探せばほかにいくらでもいるし。

こんなふうに歴史の常識をひっくり返してよろこんでいるへそ曲がりなわたしだけど、そのうち話がどんどん脱線してしまう。
脱線するのもわたしのブログの特徴だ。

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クレオパトラは、なんせ紀元前の人だから、恐竜なみに古い人で、わたしたちはその顔を想像するしかない。
後世の画家が描いた彼女の肖像は、とうぜんながらあまり信用できないのだが、エジプトには彼女の肖像をふくめた壁画やレリーフがいくつか残っている。
そのほとんどが様式化されているので、こちらもぜんぜん信用できないけど、ここに添付した画像でもわかる通り、エジプトの古代絵画に描かれた女性たちはひじょうに魅力的だ。
彼女たちのプロポーションは、ギリシヤ・ローマ時代の絵画彫刻にくらべても、まだおさない、未成年の少女のものに見える。
この体型は、わたしにはアフリカの原野を自由に飛びまわる黒人のそれを思わせる。
だとするとクレオパトラは、チョコレート色をしたアフリカ系と、アレキサンダー大王の血をひくギリシヤ系が入り混じったハーフじゃなかったろうか。
美人かどうかはべつにして、それならわたしもたらしこまれたい、 なんちゃって。

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2012年11月22日 (木)

デフレ対策

デフレというものがある。
品物のほうがお金よりも多すぎて、品物の値段がどんどん下がることである。
これを是正するためには、お金を品物よりも増やせばよい。
つまり紙幣をじゃんじゃん印刷すればいいのである。
それじゃインフレになりますって日銀が文句をいうかもしれないけど、総理大臣はなにしろいちばんエライのである。
文句はいわせない。
という信念で総理がつとまるなら誰にでも務まる。
わたしにだって務まる。
自民党の御曹司さんがそこまで単純なのかどうかわからないけど、引退したもと総理の御曹司みたいに、現実にはできっこない政策を本気で信じていた政治家もいたから心配だ。

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2012年11月21日 (水)

慎太郎クン

維新になびいちゃった慎太郎クンは、日本も核兵器を持つべしって考えだそうだ。
中国に対抗するにはこれしかないと思いつめているみたい。
日本が核兵器を持てば、日本に脅威を感じている韓国だって右へならうだろう。
北朝鮮に核を持つなっていう言い分も通用しなくなる。
これじゃあ核不拡散条約も、温室効果ガス規制と同じ運命だ。

中国だって日本がコワいんだよ。
また満州侵略の悪夢だってことで、ますます核兵器を充実させるだろう。
あまり充実させると米国がなにかいいだすかもしれないけど、仮想敵国は日本だってことで、日本にまでしか届かないミサイルしか作らなければ、米国もそれ以上口を出さない。
極東アジアが不穏になれば、東南アジアにも波及して、みんな核兵器を持ちたがる。
持っているだけじゃ実戦で使えるかどうかわからないから、やっぱり実験もしなくちゃいけない。
アジアの上空に無数のミサイルが飛び交うことになる。
北朝鮮みたいにまだ技術的におとる国も多いから、これはコワイぞ。
慎太郎クンもそのへんのところ、考えているんだろうか。

最近の新聞記事を読んだら、戦前の大日本帝国憲法を復活させろっていう議員もいるらしい。
ったく、なに考えてんのといいたくなってしまう。
あ、いえ、これは慎太郎クンのことじゃありませんけどね。

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TPP

TPPに参加する方針は民・自・公の3党合意だそうだ。
それは時代の流れかもしれないけど、気にいらなのは米国が主導ってことだな。
あの国は自らの利益のために手段を択ばないところがあるから、安易に参加すると、また日米安保を逆手にとってなにを言い出すかわからない。
オレんちの傘に入ってんだろ、んなら農産物だけじゃなく、生命保険も郵政も、金融、物流、電気通信、ようするにあれもこれもみんな解禁しろなんて。

じつは、わたしの親戚にも農家は多いのである。
農家はみんなTPPに反対だ。
うっかりTPPの肩を持つと、帰省したおり親戚たちから半殺しにされかねない。
しかし義理や人情を優先させて、TPPに反対するのがこの時代にふさわしいことなのか。

うーんと考える。
ここはやっぱりアノ手を使うことだな。
TPPで損をする人もいれば、得をする人もいる。
損をするのは、たとえば農民で、得をするのは、たとえば輸出産業だ。
だったら輸出企業から税金をばしばし獲って、農民に損失補てんとしてじゃんじゃんばらまく。
日本の政治家がよく使う手だ。
これで国の赤字が解消するかどうかわからんけど、すべてが丸くおさまるんじゃなかろうか。
図式としてはぜんぜん変わってないけれど。

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2012年11月20日 (火)

ブログ模様替え

ヒマなのでブログの模様替えをしてしまいました。
もうちっと、小さな子供からも愛されるブログにしたかったもので。
近所の女子高生から、あ、ブログのおじさんだってことで、サインを求められるのが夢ですが、いまのところそういう気配はさらさらないようだ。

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2012年11月19日 (月)

肉食

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タイトルがいやらしそうだけど、けっしてそんなことはありません。

第1と第3日曜日の朝刊にはGLOBEというおまけ紙面がついてきて、昨日のそれは「肉食」という特集。
といっても、なにしろあの朝日新聞だ。
焼肉レストランや肉料理の案内ではなくて、特集の主題は、増え続ける人口と肉の消費量からかんがみて、人間はいつまで肉を食べられるかという問題について。

世界でいちばん食べられている肉は豚肉だそうだ。
そのつぎは牛、ではなくてニワトリ(その他の鳥も含む)で、そのあとに牛、羊と続くらしい。
肉がキライなわたしが知らなくてもかまわないことなので、そんな順番は知らなかった。

知っていたことは、牛1頭を育てるにはもちろん餌が要り、牛肉1キロを得るためには、それよりずっと大量の餌(トウモロコシや大豆)が必要だということ。
ブタでもニワトリでも、じつは餌の効率はけっしてよくないのだ。
食料問題を考えた場合、牛を食べるよりその餌のほうをちょくせつ食べるほうが、よっぽど問題解消に効果的なのである。
肉が好きだという人間は、たとえば友人のO君なんぞは、食料問題の悪化に貢献するふとどき者なのだ。
あ、彼はいま旅行に行っていて、どこかで呑んだくれているんだろうけど。

邱永漢さんの本に、中国ではイスラム教徒も豚肉を食べているというエピソードがあった。
中国のブタのうまさは宗教上の禁忌をも忘れさせるということらしいけど、机以外の四本足はなんでも食べる中国のことだから、さもありなんである。
ブタのほうが牛よりも餌の効率はいいけど、その中国も最近は贅沢になって牛肉レストランが増えているそうだ。
どうも未来はクラいな。
※写真はずっとむかし洛陽の郊外で見た中国のブタで、農家の庭に放し飼いだから、こういうのはきっと美味いにちがいない。

わたしはさいわいベジタリアンもどきだ。
ふだんから肉よりも餌のほうをよく食べている人間だ。
とるに足りないわたしが、じつは人類の未来を幸福にしているんだという、いやもう、自分の存在意義をひさしぶりに感じるGLOBEだった。

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2012年11月18日 (日)

またカワセミ

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またカワセミかいといわれちゃいそうだけど、仕方ないでしょ。
向こうから撮ってちょーだいってポーズをとるんだから。
撮るのもメンドくさかったし、そんなにしょっちゅうブログに載せるのもはばかれたけど、今日はほかにおもしろいものも撮れなかったもんでねえ。

夜になって 「ダーウィンが来た!」 って番組を観たら、タイミングよくカワセミが取り上げられていた。
あこがれのはずのカワセミが都会に、銀座や赤坂の周辺にまで進出しているのだそうだ。
原因は、もちろん河川の清浄化がすすんで、都心にも魚のいる川が増えたせいだけど、それ以外にこの鳥が縄張り意識のつよい鳥ということもある。
番組の中でもいちどに4羽のひなが育っていて、このひなたちが大人になると、親はテリトリーから追い出してしまう。
追い出されたカワセミはどこかにテリトリーを見つけなければならない。
都心にカワセミが増えた原因はそんなところにもありそうだ。

ちなみにうちの近所でも、春になるとカワセミが2、3羽でいることがあるから、ちゃんと巣を作り、子作りもしているらしい。

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2012年11月17日 (土)

リンドウ

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大雨という天気予報が当たって散歩もメンドくさい。
晴耕雨読で、こういう日は図書館に行って本でも読むか。
ブログはどうしよう。
またマクロ写真でお茶をにごしておくか。

そろそろ花の少ない冬枯れの季節である。
これから咲こうって花はあまりないはずだから、野川公園の自然観察園で、今年の花のしんがりをつとめるのはリンドウかもしれない。
リンドウは清楚な花だけど、マクロでお腹の中までのぞくと、美女のはらわたをのぞいたようで幻滅してしまう人がいるかも。

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リンドウだけじゃ寂しいから、2、3日まえに近所の川で見たカモの写真も。
まぬけな顔をしているけど、キンクロハジロってカモの幼鳥らしい。
井の頭公園みたいな大きい池には、冬になるとたくさん飛来するカモだけど、うちの近所じゃあまり見ない。

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2012年11月15日 (木)

大沢村

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新聞を読んでいたら、吉祥寺が 「住みたい街ランキング」 で7年連続のトップだそうだ。
わたしの住んでいる大沢村は吉祥寺から4~5キロのところにある。
このていどだから、調子のいいときには武蔵境まで歩き、ついでに線路にそって吉祥寺までぶらぶら歩いてしまう。
とちゅうに山本有三記念館や、こいきな茶房、レストランなんぞがあって、退屈しないで散歩できるところなのである。
つまり、わたしの家は吉祥寺のテリトリー内にあるといってもおかしくない。

そのくせ吉祥寺にないもの、田んぼ、わさび田、水車小屋、本物の武蔵野のおもかげを残す雑木林、カワセミやシマヘビ、メダカ、サワガニ、ホタル、タヌキ、ハクビシンなどの動物が生息し、ザゼンソウやカタクリやアケビなど (このブログを参照のこと) さまざまな四季の花々が咲き乱れるところである。
どっちがすばらしいかといったら、もちろん大沢村だけど、あまり宣伝してこのあたりの地価が高騰し、人々に殺到されても困るから黙っているのである。

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痴漢

昼のニュースを観ていたら、NHKのアナウンサーが痴漢で捕まったとか。
わたしはNHKしか観ない人間だから、もちろんこのアナウンサーの顔を知っていた。
NHKのアナにもいろんなタイプがいて、むかしタクシーの運転手の胸ぐらをつかんだキャスターもいる。
そういうことをすると、なにしろ有名人だから、たいていはただちに警察沙汰である。

今回の事件もケシカランというより気のドクという感じ。
電車のなかで女性のお尻にさわったってことだけど、へるもんじゃあるまいし、いいじゃないの、そのくらい。
またブログが炎上しかねない意見だけど、満員電車で通勤するサラリーマンに話を聞いたことがある。
どこかの見ず知らずの女性に、いきなり腕をつかまれて、大きな声を出されるんじゃないかと戦々恐々として、車内ではみんな両腕をあげて、バンザイしたまま通勤してるんだそうだ。
それじゃあたまには手がお尻にふれることもあるだろう。
寛容と博愛の精神も必要だよな、え、女性諸君。

むかし読んだ本のなかに、戦後の買い出し列車のなかで、女性の背後におしつけられて、つい勃起しちゃった主人公が出てきた。
相手の女性はずっと無言で耐えていたそうだ。
こういう奥ゆかしい女性が多かったんだよね、昭和の中ごろまでは。
最近の小説がつまらないのは、こんな現実に即したなまなましい描写がないからだ (と思う)。

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2012年11月14日 (水)

アルバム整理

このブログの左側にずらりと並んでいる「大沢村アルバム」を、やっと整理し終えた。
ブログを開始してすでに5年以上が経過して、ときどき添付している写真の数もものすごい数になり、このままではアルバムの数も際限なく増えていってしまいそうなので、このへんですっきりさせようと思ったのである。

そんなもん、見たことがないよという人もいるかもしれないから、これも自己満足にすぎない仕事なんだけど。
具体的には、ひとつひとつの写真をアイコンなみに小さくし、ひとつのアルバムに含まれる写真の数を、これまでの35枚ぐらいから60枚ぐらいに増やした。
旅行記の写真は、それがあると大沢村のアルバムなのか、旅行のアルバムなのかわからなくなってしまうので、ほとんどカット。
アルバムに載っている写真は、ほんのわずかな例外があるものの、すべてわたしが撮ったもの、あるいはCGで加工したものばかりで、ネットで入手した写真や画像は原則として載せてない。

これでまたあと5年ぐらいは安泰。
それまでわたしが生きていればの話だけど。

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2012年11月13日 (火)

望遠レンズ

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ハワイに行くまえに買った、わたしのいちばん新しいデジカメは、コンパクトカメラにもかかわらず超広角や望遠のコンバージョンレンズがつけられる。
この広角レンズはなかなかおもしろい。
ということはこのブログを読んでいる人はご存知のはず。

それで今度は望遠のレンズを買ってみた。
望遠といってもオモチャみたいなものだから、あまり望遠性能については期待できない。
しかし、せっかくだからひとつカワセミの写真でも撮りに行こうかと、カメラを持って家を出た。
カワセミがそんなにかんたんに見られるのかと疑問を感じる人がいるかもしれないけど、見られるのである。 うちの近所では。

ここに載せた写真が、今日、うちの近所で撮ったカワセミだ。
これは6、7メートルはなれた場所から、立て続けに6枚ぐらい撮ったうちの1枚。
うちの近所のカワセミは写真馴れしているから、撮影のあいだじっとしていて、なかなか協力的。
ただレンズの性能としてはペケだな。
やっぱり手持ちじゃ無理か。
三脚を使い、ISO感度を目いっぱい下げないと。
とてもナショナルジオグラフィックじゃ採用してもらえそうにない写真だ。

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2012年11月12日 (月)

エタ

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わたしはどっちかというとソウルという種類の音楽がニガテで・・・・・・
といっても話は複雑だ。
ソウル・ナンバーでもオーティス・レディングやアレサ・フランクリン、そして御大レイ・チャールスなんかはけっこう聴いたし、いちじロック・ミュージシャンが猫も杓子もブルースを演奏していたこともあって、ブルースにはまったこともある。
で、ソウルとブルースのどこが違うのかと聞かれると、ワカリマセン。

ソウル嫌いの原因はスティーヴィー・ワンダーやマイケル・ジャクソンあたりのせいかもしれない。
それ以前のテンプテイションズやシュープリームスあたりからだんだん聴かなくなってきた。
どうも音楽が耳で聴くものではなく、目で観るものになってきたのが原因らしい。

ファンから馬鹿にされちゃいそうだけど、米国のソウル歌手にエタ・ジェイムス= Etta Jamesという人がいる。
彼女のことを、つい最近になって知った。
1938年生まれというからわたしよりずっと古い人である。
亡くなったのは、なんと今年の1月だったそうだ。

Ej02

そのエタのことはわきに置いて、「ボール・アンド・チェイン」、「悪い星の下に」 という曲がある。
両方とも厳密にジャンルなんか問われると、もうワカリマセンという曲だけど、ま、もともとはソウルかブルースの範疇にはいる曲だろう。
まえの歌はジャニス・ジョブリンが歌って有名だし、あとの歌もいろんな歌手に歌われている名曲だ。
じつはこのふたつの曲のカバーを探していて、見つけたのがエタの歌。
そこで初めてエタ・ジェイムスという歌手を知ったんだけど、これが味わいのある歌いっぷりでじつにイイ。
あまりいいもんだから、彼女のほかの持ち歌まで探し出して、「テル・ママ」 という曲を聴いてみた。
これもロック愛好家が聴いても満足できる、じつにパンチのある歌である。

彼女を知るのがもうすこし遅かったら、こんなすばらしい歌手を知らないままあの世に行っていたかとゾッとする (オーバーか)。
若いころのエタは、元気のいいゴムまりみたいな娘って感じだけど、ソウルがダンス・ミュージックになるまえの、まだまだ歌唱力だけで勝負していた時代の歌手だ。

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2012年11月11日 (日)

宣伝料

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新しいデジカメで撮った水中写真やマクロ写真をどしどしブログに載せているけど、これはカメラの宣伝としてはなかなかのものじゃないかな。
メーカーの名前を出して、こんなにおもしろいカメラはないぞって書けば、このカメラの売れ行きが倍増することはまちがいない。
わたしの場合、そこらへんにいくらでもいる素人が、じっさいにカメラを使ってその写真を載せているんだから、論より証拠で、こんな効果のある宣伝はないやね。

でもなあ。
世間には自分のブログにコマーシャルを載せて、おもしろくもないブログで宣伝料を稼ごうって手合いも多いけど、奥ゆかしい性格のわたしはなかなかそういうことができないのだ。
だからいつになっても貧乏なんだ。
メーカーさん、オ○○パスさん、わたしのブログにリンクを貼ってもよござんすよ。
欲張ったことはいわないから、どうです、宣伝料は応談ってことで。

ダメだろうなあ。
わたしのブログはときどき非常識、反社会的に脱線することがあるもんな。

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2012年11月10日 (土)

ドドメ

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わっ、また、なんだなんだ! 
といわれそう。
最近のこのブログはグロテスクなものの写真ばかりになってるみたいだけど、今日のこれはなにかの幼虫じゃありませんヨ。
植物が季節はずれに花をつける 「狂い咲き」 という現象がありますが、今日=11月10日に散歩していたら、ドドメの実がなっていました。
桑の実ってのは、たしか初夏の風物じゃなかったっけ?
なにか天災の前触れかねえ。

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2012年11月 9日 (金)

奇想天外

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わっ、なんだ! このゲジゲジみたいなの。
なんだっていわれたってわかりません、 こっちが教えてほしいやね。
けったいな形をしてるけど、べつに火星や金星の住人じゃなく、わたしたちと同じ、れっきとした地球型生命でござんす。

名前も種類もわからないけど、たぶんなにかの昆虫の幼虫か、さなぎじゃないかしら。
大きさは、枝の部分をのぞいた本体で5、6ミリ。
例によってマクロ写真です。
この地球は (SF作家が考えついた) あらゆる辺境の惑星より、奇想天外な生き物に満ちているといったのは、アーサー・C・クラークだけど、こんなのを見ると納得してしまうよなあ。

ところであいかわらずマクロ撮影にはまっちゃってますが、写真はすべて手持ちのコンパクトデジカメによるもので、照明もほとんど使っていません。
それでこれだけ撮れるんだから、ホント、今度のカメラはおもしろい。

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2012年11月 8日 (木)

またマクロ

いまどき国民皆保険のない先進国なんてあんのか。
やたらグローバル化をいうくせに、いちばんグローバルでないのがアメリカだ。
オバマ君も再選されたし、これでアメリカもなんとかふつうの国になるかなと注目している。

ただオバマ君もロムニー君も、わたしがわざわざ写真を撮りにいくのは不可能なので、ブログのほうはまたマクロ写真でお茶をにごしてしまう。
すべて数ミリから、せいぜい1センチていどの大きさのものばかりだ。

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最初はシジミチョウ科という小さな蝶の仲間で、大きさはせいぜい1センチくらい。
2番目はなんという花が知らないけど、拡大してみるとまるで和菓子のようで、野菜好きのわたしは思わずガブリとやりたくなってしまう。
3番目のトマトかカキに見えるのはサンザシの実で、大きさはひとつが7、8ミリ。
4番目は米粒ていどの、これはテントウムシの仲間か。

わたしの散歩道にはカワセミをねらって、バズーカ砲みたいな望遠レンズをかまえたカメラマンが右往左往しているけど、もっと身近に驚異の世界があることを知ってるんだろうか。

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2012年11月 7日 (水)

ミキの2

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東京にまいもどってしまったおかげで、わたしの大宮時代は終わりのはずだったけど、ところが話にはまだ続きがある。

わたしのあとを追うように、Hとミキが東京のわたしの家から遠くないところに引っ越してきたのである。
彼らはふたりとも地方の出身だったので、東京で知り合いというとわたししかいないというのが、近所に越してきた理由らしい。
Wとの三角関係はなんとか無事に解消したようだった。

このまま無風状態で推移すればメデタシメデタシだけど、ところがやはり彼女はマノン・レスコーだったのである。

ある晩Hが、血相をかえてわたしの部屋にやってきた。
なんでもミキがおなじアパートの男と浮気したのだそうである。
短気なHは、これから彼女を包丁で刺して自分も死ぬという。
これから刺すなんてわざわざ告げにくる男に、本気はあまりないのがふつうだから、まあまあというわたしの説得で、この件は一件落着になった。
ミキのほうはHの剣幕におそれをなして、まもなくどこかへ出奔してしまったそうである。

これだけの話である。
ミキがどこへ行ったのか、Hもわたしも知らないし、その後わたしは彼女にいちども会ったことがない。
ただHは彼女のことを調べるために、わざわざ彼女の生まれ故郷まで訪ねたらしい。
わたしは他人の過去なんかに興味がない人間だから、これから先の、ミキという娘についてはHから聞いたことである。

ミキは関西の地方都市出身で、母親といちばん上の姉は、精神を病んで施設に収容されていたそうである。
彼女は小さいころから孤児同然に育ちましてねえと、これは施設の人の話だったそうだ。
彼女の奔放さ自堕落さは、そうした悲惨な生い立ちが原因だったらしい。
自分もいつかコワれるかもしれないという恐怖をかかえて、いったい誰が平穏な幸福なんてものを信じられるだろう。
男から男へと渡り歩くことで、その瞬間だけ、彼女はようやく生きているという実感を感じていたのにちがいない。

でもまあ、これ以上彼女について詮索するのはよそう。
わたしに作家の素養があれば、これは小説のいい材料になったかもしれないけど、わたしにそんな能力はないし、これまでにじつにさまざまな人生を見てきたから、彼女の人生だけが特異だったともいえないのである。

Hについて付け加えると、その後さらに紆余曲折があって、やがて彼は福井の山中で心中自殺をしてしまった。
相手はミキではなかった。

臆病な性格のわたしは、人生に冒険なんかしたことはほとんどないので、ときどきHの人生をうらやましいと思うことがある。
最後が悲劇であったにしても、彼の人生はまちがいなく彼のものだったのにくらべ、わたしの人生はつねに傍観者であったようだから。

わたしの部屋にみつはしちかこの 「小さな恋のものがたり」 がある理由は、ミキの荷物の中にあったといって、Hが置いていったのである。
奔放な彼女にもこんなマンガを読む一面があったのかと意外な気持ちがした。
べつに読もうとは思わないけど、捨ててしまおうという気にもなれないで、本はなんとなくそのままになっているのである。

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2012年11月 6日 (火)

ミキの1

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夕刊にシリーズになった小さなインタビュー記事があって、いまのそれはマンガ家のみつはしちかこサン。
それで思い出したけど、なぜか彼女の「小さな恋のものがたり」というマンガが部屋にある。
わたしが買ったものじゃない。
わたしはそんなマンガを読むほど乙女チックな男じゃないのである。
それじゃなんでそんな本が部屋にあるのか。

ずっとむかし、いまから40年ちかく前になるけど、そのころわたしはトラックの運転手をやっていて、大宮にある運送会社の寮に寝起きしていた。
寮といっても会社が借り上げた安アパートで、いちおう6畳ひと間の個室である。

この寮にWという同僚の運転手がいた。
わたしのほうが年上だったこともあって、彼はわたしを兄貴分と呼び、なにかと持ち上げてくれたから、ここでの生活はまあまあ気楽なものだった。
なんの展望も希望もない生活だったけど、わたしはいまでも人生のこの大宮時代をなつかしく思い出す。

そんなアパートにある日、若い娘が転がりこんできた。
なんでもWが仕事で地方に行ったとき知り合い、冗談で東京に遊びに来いよといったら、本当にやってきてしまったのだそうだ。
ちょっと小太りというタイプだったけど、男好きのするかわいい娘である。
わたしは感心した。
なんで感心したかというと、こういう奔放な性格の娘は、映画や小説の世界にはよくいるけど、現実にわたしの周辺にあらわれるとは思っていなかったから。

ミキというこの娘はアパートでWと同棲して、そのうち自分でも近所に仕事をみつけて働きだした。
このまま無風状態で推移するものとばかり思っていたら、まもなくこの娘は、奔放というのか淫乱というのか、それとも自堕落というのか、その本性をあらわした。

Wが長距離仕事で部屋を留守にすると、ミキはわたしの部屋へ、××クン、遊びましょといってやってくる。
まあ、わたしのことはさておいて、じつは会社の寮、つまりわたしたちのアパートに、もうひとりHという運転手が居住していた。
彼女はHのところにも、遊びましょと押しかけていたらしい。

Hは惚れやすい男だったから、ミキとすぐいい仲になってしまった。
さてどうなるか。
世間によくある三角関係である。

残念ながらわたしはほんの1年ほどで、この会社を辞め、東京へまいもどってしまったから、その後のことはよく知らない。
ただWもミキをもてあましていたようなところがあったから、刃傷沙汰にまでは至らなかったようだ。

これだけだといいたいけど、これで終わりじゃない。
まだみつはしちかこサンのマンガが出てこないし、この話には後日談があるのである。

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2012年11月 5日 (月)

綿花

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近所の家庭菜園でワタの実を見つけた。
綿花である。

綿花というと、アメリカで奴隷を使って収穫していたということは、アンクル・トムの話なんかを読んでいたから、子供のころから知っていた。
いまでも綿花というと、アメリカ南部の広大なプランテーションが目にうかぶ。

ただ、わたしの故郷は養蚕=絹のさかんな土地で、桑の木はいくらでもあったけど、子供のころに綿花など見たこともなかった。
おかげでかなり大きくなるまで、綿花が日本でも栽培されているとは思わなかった。
おとなになってからは、たとえば司馬遼太郎の 「街道をゆく」 なんかを読んで、江戸時代の日本でもけっこうたくさん生産されていたことを知った。
ニシンという魚はカズノコを取るためではなく、綿花畑の肥料として北海道から大量に運ばれていたのだそうだ。
どうもチョンマゲと綿花はイメージが結びつかないけど。

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2012年11月 4日 (日)

シェールガス

あったかい布団の中でぬくぬくと新聞を読む。
これで朝食を持ってきてくれるメイドでもいればいうことなしだけど、階級社会でない日本ではそういうことは許されない。

今朝の新聞のおまけに 「シェールガス革命」 についての解説が。
尖閣問題や日本の政権のごたごたよりずっと大きな問題だけど、これについて語る政治家は日本にあまりいないね。
どうせ先のことだし、そういう目立たない事件は優秀な官僚にまかせとけっていう態度なんだろう。
ロシアのプーチンなんか、すでに国内で対策を指示してるっつうのに。

シェールガスっていうのは石油や、従来の天然ガスに代わる新しいエネルギーで、世界中に広範囲に埋蔵されているものだという。
ただ、穴を掘りさえすれば自然に噴出する石油などに比べると、地底の岩盤のあいだに含まれているものなので、取り出すのにいろいろむずかしい技術が必要で、必然的に生産価格が高くなり、これまではあまり関心を持たれなかった。
しかしどこかの国の原発事故などで、たとえば火力発電所用の石油・天然ガスが高騰し、シェールガスでも割があう時代になってきた。
金儲けならなんでも熱心な米国では、すでに技術的問題はクリアして、掘削と生産が始まっているそうだ。

おお、そうかいというアナタ。
日本じゃまだやってないんだろうと落ち着きはらったアナタ。
これはじつは世界を変えるような出来事なんだよといって、理解できるだろうか。

考えてもみな。
シェールガスの生産が軌道にのると、米国はもう中東やロシアから石油や天然ガスを買う必要がなくなる。
買い手がいなくなったロシアは、新しい買い手を求めてアジアに、その中でもつねにエネルギー不足でピイピイしている日本に目をつける。
これまでは、売ってくださいとお願いする立場だった日本だって、これからは、おおそうかい、いくらで売るんだとイバっていられることになる。

つまり需要と供給の関係がどかんと変わってくるってことなのだ。
日本みたいな消費国の立場が強くなるってことなのだ。
電気料金も大幅に下がるだろう。
石油のあるところ、どこにでも鼻をつっこんで世界中に害毒をふりまいていた米国も、これからはそういうことをしなくなるだろう。
中国だって国内にいっぱいのシェールガスを埋蔵してるから、もう尖閣ごときで文句をいわなくなるかもしれない。
世界中がエネルギーを求めて対立しあう図式も成り立たなくなる。

いいことばっかりじゃないか (現在の石油・天然ガス生産国以外にとっては) と思う人もゼッタイにいるだろう。
でもSFに深く傾注するわたしとしちゃあ、遠い遠い未来について暗澹たる気分にもなるんだよね。

冷蔵庫に入れておいた夏ミカンが、いつのまにか傷んで、腐ってしまった。
これはミカンの上に繁殖した細菌が、ミカンの養分をとことん吸い取った結果だ。
地球という果実の上に繁殖した人類は、とうとう果汁の最後の一滴まで絞り始めたんじゃないかってね。

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2012年11月 3日 (土)

高血圧

血圧が高いから注意しなさいといわれている。
年にいちどの検診で、病院が箇条書きになった注意書をくれる。
酒をつつしみなさい、タバコをやめなさい、運動をしなさい、野菜をとりなさい、油っぽいものや塩分をひかえなさいなどといろんなことが書いてある。
読んでたまげた。
わたしに該当しないことばかりではないか。

わたしはそんなに呑むほうじゃないし、タバコは吸わない。
運動はしないほうだけど、それでも同じ年頃の不健康な友人たちに比べれば、ときどき散歩をしているだけでもマシだ。
肉や揚げものはきらいで、どっちかというと野菜をたくさん食べている。
食事量がすくないほうだから、塩分だって取りすぎとは思えない。
お茶をがぶがぶ飲み、甘いものを食べて、塩分を中和する努力もしているぞ。

それでも血圧が上がり続ける。
これ以上いったいどうしろっていうんだ。
献血でもしろってのか。
薬を飲むのは末期症状だと思うから、できるだけ飲まないことにしているのである。

ほかに方法がないから、最近は食事絶ちをしてみた。
諸悪の根源は食事にありだ。
メシを食わなけりゃ血圧も上がりようがないだろう。
しょっちゅう紛争ばかりしていて、ろくに食事もできない国の男性は、みんな頬がこけてヒゲもじゃだ。
そういう国に高血圧や糖尿はなさそうである。

メシを食わなけりゃ死んでしまうという声もある。
むろん、程度というものがある。
最低限の食事量でまかなおうと、すくない食事回数をさらに減らしてみたのである。
ぜんぜん効果がない。
なんだなんだなんだと怒り狂って、ますます血圧が上がりそう。

最近は考えを変えて、高血圧の原因は、医者のいうことや世間で流布されていること以外の原因もあるのだと思うようになった。
つまり、たんなる自然現象さ。
あるていどトシをとれば、血圧が上がらないほうがおかしいんだ。

というわけで、マグロのブツ切を肴に焼酎のお湯割りを2杯飲んだら、とろとろっと眠くなって、いま2時間ばかり寝て起きたところ。
血圧以外はすこぶる健康なんだけどね。

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2012年11月 2日 (金)

カマキリ

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だいぶ寒くなってきました。
寒くなってきたのはカマキリの責任じゃありませんけど。
なんかあたいに文句あんのかいと、またマクロ写真。
ぜんぜん頭を使わないブログ。

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2012年11月 1日 (木)

ハロウィン

10月の月末の夜に六本木あたりをうろうろしていたら、なんつーか、けったいないでたちの若い娘たちが街を埋めつくしていた。
コスプレなら可愛いところがあるけど、中には墓から迷い出たゾンビみたいなのや、血まみれのお岩さんみたいなのも交じっている。
ハロウィンだそうだ。
日ごろおとなしい (?) 娘たちが、この日ばかりと大胆奇抜な衣装で街にくりだしてきたらしい。

日本人は外国、とくに米国のお祭りや風俗を、節制なしに取り入れちゃう傾向があるけど、ハロウィンてなんだっけ。
カボチャのお化けを飾ったり、魑魅魍魎がぞろぞろ出てくる祭りだってことぐらい知っているけど、そのていどで知っていることになるんだろうか。

で、調べてみた。
ウィキペディアによると、ハロウィンの起源はケルト系の人々の祭りだそうだ。
ケルト人てどこの人だっけ。
たしかアイルランドあたりにたくさんいる人だったよね、でいいんだろうか。
そういえば司馬遼太郎の「街道をゆく」にアイルランド編があり、そこで妖精や魔女伝説、幻想小説の多い島という記述があったような。
連想ゲームみたいだけど、この本のおかげで、ハロウィンがお化けのお祭りだってことに、すこし納得できたような。

コスプレもそうだけど、最近の若者はどうして変身したがるのだろう。
そのあたりが研究に値するような気がするけど、日本のハロウィンについては、超ミニやおへそ丸出しなんてのもいて、目の保養になるから、ええ、べつにいちゃもんをつけようってわけじゃありません。 どしどしやって。
来年のいまごろはカメラを持って街に出よう。

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