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2012年12月 7日 (金)

太陽に灼かれて

9876

前項の 「サンクト・ペテルブルクの異邦人」 という本には、著者の人間関係の広さをものがたるように、映画監督の名前も出てくる。
映画ならすこしはくわしいつもりだったけど、エイゼンシュテインやタルコフスキーならともかく、ミハルコフ (ニキータ) やソクーロフ (アレクサンドル) といわれると、わたしにはぜんぜんなじみのない監督だ。
ミハルコフの 「太陽に灼かれて」 が録画してあったので、参考のために観てみることにした。

これは、ひとことでいうと、傑作といえなくない映画である。
けど、傑作であると保証する気にもなれない。
田舎で幸せに暮らしている退役軍人のところへ、彼にうらみをいだいているような、そうでないような男が、秘密警察の隊員となって帰ってくる。
この男は退役軍人のかっての恋仇で、退役軍人によって遠隔地にとばされ、しかもそのあいだに恋人は軍人の妻になっていたという関係である。
復讐心にもえているだろうということは誰にでも想像できる。
しかし、いかにも傑作みたいな映画だから、ここであからさまな復讐劇がはじまるわけではない。
幸せな家族の生活やのどかな風景とともに、一触即発のじりじりした人間関係が描かれるだけである。
どうでもいいことだけど、ミハルコフ監督が主役の退役軍人を演じ、彼の幼い娘が子供の役で出ていて、それがとっても可愛いことはよくわかった。

映画はスターリン時代の重苦しい社会を描いており、最後には退役軍人は秘密警察にしょっぴかれ、そのまま粛清されることになる。
彼がしょっぴかれてそのまま映画が終れば、複雑な余韻が残ったと思われるのに、彼が麦畑の中で暴行を受けるってのは、そりゃ監督のサービス過剰だ。
秘密警察の隊員だった男が、ホテルの一室で自殺するっていうのも、その心理がよくわからない。
自分を追放して、自分のかっての恋人を奪った男への復讐が、けっきょくはその家庭を崩壊させることになったという罪の意識か?
んなアホな。

麦畑にあらわれる気球とスターリンの肖像画は、それなりシュールであるものの、独裁者の抑圧の象徴とするにはちとムリがあるような気がする。
すこしまえに、かっての東欧圏の映画で、やはり残忍な独裁者に支配された社会を描いた「懺悔」という映画を観たことがあり、映画の出来としてはそっちのほうがよっぽどエエ。

と、こんなことを書いたあと、いろいろ事情を調べてみたら、「太陽に灼かれて」 という映画には 「戦火のナージャ」 という続編があることがわかった。
しかも続編では、死んだと思った退役軍人やその家族が生きていたのだそうだ。
そのへんがよくわからないけど、第1作で自殺したはずの秘密警察の隊員もまた出てくるらしい。
オイオイオイである。
続編はまだ観てないけど、ロクなもんではないような気がする。
見どころがあるとすれば、1994年製作の第1作では可愛い幼女だった監督の娘が、2010年製作の続編では年頃の娘になって出てくることだ。
ところがこの映画にはさらに第3部があるそうで、そのころ監督の娘はいくつになっちゃってんだろ。

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