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2013年2月27日 (水)

ロシアの旅/庶民の生活

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トレチャコフ美術館にはロシアの一般庶民の生活を描いた作品もたくさんある。
農作業をする農婦、結婚式、お酒を呑み、ダンスに興ずる人々などさまざまだけど、庶民の生活というのはそんなものばかりじゃない。
わたしのいうのは、トレチャコフ美術館の作品ではないけど、サンクトペテルブルクのロシア美術館にあるレーピンの 「ヴォルガの舟曳き」 なんかのことである。
レーピンは庶民の生活をたくさん描いていて、たとえば 「クルスク県の復活大祭の十字架行」 も庶民の生活のひとコマといって過言じゃない。
スリコフの巨大な大作 「モロゾヴァ婦人」 にも、絵の中に無数の庶民が描かれていて、当時の人びとの生活をうかがうよすがになる。

「ヴォルガの」 でもわかるように、当時の下層庶民の生活はそうとうにひどかった。
わたしは日本に帰国したあとで、映画 「レ・ミゼラブル」 を観に行ったけど、この映画の時代背景はサンクトペテルブルクと重なる部分も多い。
映画の中に貧民窟が出てくる。
健康保険や失業保険もないころだから、病気になって路傍で野たれ死にする人間もさぞかし多かっただろうし、そのへんはロシアも例外ではなかったはずだ。

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トレチャコフ美術館にある、いまにもぶっ倒れそうな巡礼者たちの絵、ワラの上で寝る貧しい子供たち、荒地を耕す母子の絵などは、それを描くことによって社会の不条理を告発することを知った画家たちの煩悶のすえの傑作だ。
ある意味それらは、王侯貴族の華やかな生活や、聖書や神話のいちシーンや、ナポレオン戦争を描いたものよりはるかに迫力がある。
わたしにとって絵を観ることは、そのまま絵の中へのバーチャル旅行と書いたけど、風景だけではなく、当時のそうした現実を見ることもわたしの関心事なのだ。

関心をもってどうしようってのか。
わたしは他人を啓蒙する資格のある人間じゃないし、自らすすんでボランティアに参加するほどの勇気も持ち合わせてない。
ただのノーテンキな旅人にすぎないから、そこから教訓だとか、他人に対するおせっかいを汲み取ろうとは思わない。

わたしはまもなくロマノフ王朝の、贅を尽くした華麗な宮殿をいやというほど見ることになるけど、その時代の、王侯貴族の生活とは対極にある貧しい生活を見ることも、わたしにとってただの好奇心のあらわれにすぎない。
つまり、右からも左からも、上からも下からも、まんべんなくむかしのロシアという国をながめたいだけなのである。
ずるい見方ではあるけれど、上からの視線だけで名所旧跡をながめ、うわあ、きれいだわあ、ステキー!なんて叫んでいる人たちに、すこしだけ反感を感じているので、ついつまらないことを書いてしまうのである。

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水をいれた大きな樽を3人でひっぱる子供たちを描いたベローフの 「トロイカ/親方の弟子が水を運ぶ」 という絵を観て、うーんとドストエフスキー的に考えこんでしまったアナタ。
同じ画家はドストエフスキーの肖像画も描いております。

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