ロシアの旅/サロン絵画
ロシア美術館にも宗教画から重厚な歴史画、美しい風景画、庶民の生活を描いた作品、そして油絵、水彩画、彫刻、前衛絵画、印象派ふう絵画、古典絵画までたくさんの作品が展示されている。
ここものんびり観てまわったのでは1日がかりだ。
この美術館の作品をいくつかピックアップすると、ブルーロフの 「ポンペイ最後の日」 なんて大作が有名だ。
傑作のほまれの高い絵だけど、大厄災についてはわたしは東日本大震災を見たばかりだし、古代都市が火山の噴火で破滅するさまは、ハリウッド映画で何度か観たような記憶があるので、いまさらたいして感動しない。
トレチャコフ美術館の 「モロゾヴァ婦人」 を描いたスリコフに、「舟の上のスチェパン・ラージン」 という絵がある。
絵を観ただけではじっさいの状況はわからないけど、蜂起したもののこてんこてんにやられちゃったコサックの親分が、ふてくされて舟で下っていくところみたいにみえる。
そのふてくされぶりがおもしろくて注目した。
「民衆の前に現われたキリスト」 というイワーノフの絵も有名だけど、これは筆調が正統派すぎてキライ。
正統派でも好きなのは、これは帰国してからロシア美術館の絵をいろいろ検索して見つけたジーミラドフスキという画家の作品である。
細密な写実主義で歴史や文学の一場面を描いた作品で、こういうのはサロン絵画というのだそうだけど、もう正統派も正統派、まっとうすぎて価値を見出さない人もいるくらいの絵で、これこそハリウッドのスペクタクル映画の1場面そのものである。
でもなぜかわたしはサロン絵画のいくつかが気にいってしまった。
感心しないといったりキライといったり、また好きといったり、このへんは分裂症ぎみの文章になってしまうけど、同じような傾向の絵でもわたしには好き嫌いがあってしまうのだ。
ものの本にサロン絵画について、最近では再評価の機運が盛り上がっていると書いてあった。
サロン絵画というのは映画の一場面にほかならないから、最近のCG映画全盛の風潮の中で、往年の名画をなつかしむ人たちが増えているのが原因ではないかとある。
そういわれると納得。
最後の絵は 「キリストと罪人」 というジーミラドフスキの絵だけど、ソドムの市のような、あるいは現代のどこかの国のような、乱交や売春、買春、不倫、同性愛がまん延した街にあらわれたキリストが、うーん、こりゃなんとかしなくちゃいけないなと思案しているところ(らしい)。
こんな絵を観ていると、「ベン・ハー」 だとか 「十戒」だとか、「クレオパトラ」、「スパルタカス」、「天地創造」 なんて大作映画がつぎからつぎへと思い出されてしまう。
わたしは絵を観ながら、ぜんぜんべつの世界を想像しているんだよね。
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