ロシアの旅/こころづかい
朝、そろそろ全員が起きてきたのに、ヴァーゴ爺さんだけがまだベッドの中だった。
本人はもう目をさましていたけど、ベッドから出てこない。
家のぬしがいちばん遅いなんてと奇妙に思った。
金髪クンが、ちょっと体調がわるいらしいんですよという。
呑みすぎたのか、まあ、年寄りだからなと考え、わたしは寝ている老人にひと晩やっかいになった謝礼を渡そうとした。
じつは昨夜ダンスを踊って肩を脱臼しちゃったんですよと金髪クン。
なにしろひさしぶりに客人があったものだから、喜んだヴァーゴ爺さんは、わたしとMさんが寝たあとも、女性たちと夜中まではめをはずして騒いでいたのだそうだ。
そのさいイミナさんとダンスを踊り、腕をひっぱられて脱臼したというのである。
そうとうに痛そうだったけど、わたしに心配をかけたくないので黙っていてくれと頼んでいたんだと。
なんてこころやさしい人なんだと思ったけど、わたしはこれからママさんの家にもどり、昼ごろにはサンクトペテルブルクへ出発しなければならないのである。
明るくなったら救急車が来るよう手配をし、まだ暗いなか、わたしたちは迎えにきたタクシーでヴァーゴ爺さんの家をあとにしなければならなかった。
痛みでうめいている老人を置いていくのはとってもつらかった。
ママさんの家につくと、サーシャ君が待っていて、また会えることを期待してますよという。
彼はこのあとすぐに学校へ行ってしまったから、これだけをいうためにわたしを待っていたらしい。
ママさんの家にもどったあと、寝不足のMさん夫妻はまたすぐ寝てしまった。
わたしはサンクトペテルブルクへの旅の準備である。
なにか食べておいたほうがいいでしょうと、ママさんはわたしひとりのために簡単な昼食をつくってくれた。
わたしがそれを食べているあいだ、ママさんはすぐわきに坐ってじっと見つめている。
いくら見つめられても会話ができないのだから、居づらいったらない。
そのうち金髪クンが交代して、じつはママさんはあなたがひとりで食事をするのが寂しいだろうというので、そばについていたんですよという。
わたしにはそんなこころづかいをされた記憶は生まれてからいちどもない。
昼ちかくなった。
サンクトペテルブルク行きのバスは午前11時発である。
わたしは全員に送られてバス停に行った。
ママさんがわたしにむかって、あなたの旅の無事を祈ります、あなたがまたこの地にもどってこられるよう祈っていますという。
これに対してわたしは、別れるのがとてもつらいですというしかなかった。
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