« 2013年6月 | トップページ | 2013年8月 »

2013年7月

2013年7月31日 (水)

また政治家の肩をもつ

Ab

朝日新聞は改憲という言葉をひじょうに危険視しているようで、昨日の夕刊でも作家の某氏をかつぎ出して 「改憲はいまではない」 という論陣を張っている。
これにたてつくのはおそれ多いけど、改憲てそんなにわるいことか。

日本の憲法九条は戦争への歯止めとして機能してきており、70年ちかく日本人は戦争でひとりの人間も殺してないという
そう信じている人は多いけど、戦争をせず、殺してもいなかったのは、ほんとうに憲法九条のおかげだろうか。
またへそ曲がりのいちゃもんに聞こえるかもしれないけど、現状に安住している日本人が多いから、あえて苦言を申し上げる。

歴史をふりかえれば、日本は戦後ずっと復興と繁栄だけに専念してきた。
それが軌道に乗り、繁栄した日本は近隣諸国を凌駕して、経済はもとより、潜在的な武力でもアジア最強の国家になった。
米国の核の傘に守られている日本にケンカをふっかける国もなかったから、戦争をする必要もなかったし、だいいち米国が許さなかっただろう。

そのうちしだいに国際情勢はキナくさくなってくる。
しかし憲法九条があるおかげで、日本はベトナムにもカンボジアにも兵を派遣する必要がなかった。
イラクやソマリアでもぜったいに武器を使用するなという但し書きつき派兵だ。
なるほど、憲法九条の威光はあらたかのように思える。

しかし、たとえばヨーロッパではで、ユーゴスラヴィアで悲惨きわまりない内戦が起こり、日本と同じ敗戦国のドイツでさえ、これをしずめるために多国籍軍に兵士を派遣している。
しかもユーゴスラヴィア内戦では、あきらかに多国籍軍の武力によって紛争が終結した。
なんでもかんでも平和憲法にしがみつき、他国の悲劇に目をつぶっていればいいというわけじゃない。

じつはわたし自身は改憲について、まだまだ結論が出せずに悩んでいる。
そこでわたしのことはさておいて、政治家の立場でものを考えてみるんだけど、そもそも日本が改憲を叫び出したのは、最近の国際情勢にひっぱられてという側面がある。
米国の傘がほころびてきており、いっぽうで中国がゆいいつの超大国になるかもしれないというとき、平和憲法にしがみついていることが政治家のあるべき姿だろうか。
予知不可能な震災でさえ、政治家はボロクソにいわれる。
あるていど予知できる脅威に対してなにもしないのでは、政治家としては失格ではないか。

軍備の増強は他国を不安におとしいれ、軍拡競争をまねくだけだということはよくわかっているけど、そういうことはまず現在の中国にお説教するべきじゃないか。
昨日の夕刊で作家の某氏は、民族感情にもとづく昂ぶりはかならず判断を誤らせるといっているけど、それは民主主義国の日本ではなく、現在の中国にむけて発すべき言葉ではないか。
某氏はさらに、わたしたちはまだ改憲に取り組む段階に達してないという。
これはなにを根拠にいっているのだろう。
70年ちかく平和を維持してきた日本人は、いつになったらその段階に達するのだろう。
国際情勢は日々変化しており、現状はわたしが政治家だったら、とても安閑としてはいられない。

でもこういう意見が大勢を占めるようになると、どんどん戦争が近づくんだろうなあって、いろいろ悩んでしまう。
改憲反対か賛成か、あっさりどっちかに決められる人がうらやましい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年7月29日 (月)

政治の肩をもつ

新聞の投書欄に「投票に行けぬ限界集落の高齢者」という投書。
限界集落というのは、住人の50パーセント以上が65歳以上の年寄りになった過疎の集落をいうのだそうだ。
この投書に書かれた集落は、投票所まで片道3キロだそうだけど、交通手段のない年寄りにとっておいそれと行ける距離じゃないという。
この地区に遊説に来た候補者もひとりもいなかったそうだ。

雇用が不安定で若者が町を去り、限界集落となった地区の老人が投票に行けない。
投書をした人は、これは明らかに政治の責任だという。
政治の責任だとすれば政府はどうすればいいだろう。

若者の雇用を増やすために、工場でも建てようとしても、これは相手のいることで、そもそも過疎の集落になるような場所に進出しようという企業があるだろうか。
過疎を逆手にとって観光施設でも誘致するか、森林の維持管理の仕事でもつくるか。
老人が投票に行けないというなら、投票所を無制限に増やして、この限界集落内にも投票所をつくればいいか。
税金をどんどんつぎ込めば、上記のことはみんな解決しそうである。
しかし国は赤字だし、世界的な構造不況の現在、そんな金がどこにあるだろう。

なんだかつまらないいちゃもんに聞こえるかもしれないけど、どうもわたしにはこの投書が、なんでもかんでも政府に責任を押し付けようという安易な姿勢にしか思えないのである。
どうも、いつもいつも政治ばかりに問題があるわけじゃないような気がする、この国には。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年7月28日 (日)

ヒマつぶし

図書館で借りてきた本を読んでいる。
佐野眞一って人の 「沖縄・だれにも書かれたくなかった戦後史」 という上下2巻。
ほう、いまごろ沖縄の勉強かいといわれそう。
この作家の本は過去にも、このブログで取り上げた 「阿片王」 や 「満州の夜と霧」 を読んだことがあるけど、まあ、とにかく、読み出すとやめられないおもしろいノンフィクションである。

おもしろいけど、それっきり。
この作家は新聞の3面記事を掘り下げるみたいなことが得意らしく、3面記事というのは1面記事よりおもしろいのが当然だけど、それ以上のものはあまりない。
むかし読んだ 「あゝ野麦峠」 の山本茂実って人もそうだったけど、じつに丹念な仕事をするくせに、そしておもしろい文章を書くくせに、崇高なものや芸術性を感じない作家というものは存在するのである。
もちろん3面記事から真理や哲学を汲み取る人もいるだろうけど、わたしの場合おもしろいというだけで、それ以上のものはなにも感じない。
困ったもんだという苦情が、わたしのほうに向けられても文句はいいません。

まだ全部読んでないんだけどね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年7月26日 (金)

季節の一巡

484a484b_2

ヒオウギが咲き始めた。
去年もヒオウギをマクロで撮影したおぼえがあるから、どうやらわたしが現在のカメラを買ってから季節がほぼ一巡したらしい。
そういえばあちこちにセミのぬけがらも見た。
ミズヒキソウもツリフネソウも咲き始めた。
みんなマクロで撮影したことのあるものばかりだ。
なぜか、やれやれという気持ち。
時間はあまり気にしないで生きているほうだと思うけど、マクロなんかに凝っていると、季節の移り変わりはいやおうなしに目に飛び込んでくる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年7月25日 (木)

ユダヤ人収容所

00000

昨日の新聞の大きなスペースに、日本占領下のジャワ島に、ユダヤ人専用の収容所があったなんて記事が出ていた。
なにしろ有史以前の (そのくらい昔のことに思える) 問題だからどうでもいいんだけど、ヒマなわたしはこれについて吟味してみた。
そのうちインドネシアに行くかもしれないので、現地の対日感情を知っておくことは大切だ。

収容所では1日の食事がお玉2杯分だけなんて書いてあり、いち読すると日本人も枢軸国の1員として、ユダヤ人迫害に加わったように思える。
また慰安婦問題みたいに騒ぐ人が、出てこないと思うけど、出てくるかもしれない。

しかし体験者が描いた収容所の見取り図をみると、収容されていたのはユダヤ人だけじゃないことがわかる。
食事はお粗末だったようだけど、どこの国の収容所でも敵性捕虜に肥満が問題になるほど贅沢させるわけにはいかないだろう。
戦争末期には日本兵もそうとう悲惨な食生活だったはず。
べつにクワイ川みたいな無慈悲な強制労働があったわけでもないようだし、ホロコーストをやるつもりで収容したわけでもなさそうだから、ドイツやロシアのそれに比べると、なんだかずいぶんやさしい収容所だななんて思ってしまいそう。
この程度ならどこにでもある戦争の影の部分として認めてもらってもいいんじゃないかしら。

ジャワの治安を担当した特高警察の中に、あからさまなユダヤ人やフリーメーソン嫌いの人間がいたようだけど、こういう馬鹿は現在もいる。
日本人の中には、逆にシンドラーのリストのような博愛主義者の、杉原千畝みたいな人もいたことを忘れられちゃ困るのである。
対日感情ってことでいうと、インドネシアでは独立戦争に参加して戦ったもと日本兵もたくさんいたようで、さいわい日本人に悪意はあまり持ってないようだ。

添付した画像はジャワ島で撮影したわけではなく、うちの近所の大学のバリ島ダンス愛好会のもの。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年7月24日 (水)

政治家の肩をもつ

000000

新聞の投書欄なんかをながめていると、あいかわらず政府の無策を責める意見ばかりだから、たったひとりの反乱ということで、逆に国民のほうを責める意見というものを書いてみよう。
ひょっとするとそのほうが楽かもしれない。

政府を責める人の意見を聞いていると、まるで政治家は自分のことばかり考えているように思えてしまうけど、そりゃ共産党や社民党の意見でしょ。
アベノミクスは、大企業にばかり恩恵があって、中小企業には利益がないという国民がいる。
そうかしらね。
たしかにそれがもたらした円安では、輸出企業は儲かるけど、材料や燃料を輸入に頼っている企業は、大だろうが小だろうがみんな困るはず。
これが円高になると、この立場が逆転するだけだ。
けっきょくどっちに振れたって、大も小も関係なく、よろこぶ企業もいれば困る企業もいる。
そんなことは誰にでもわかりそうなものだ。

理性的な国民なら、現代は大企業だって濡れ手にアワで儲かる時代じゃないってことを理解しているはず。
政治家が景気をよくするために、大企業に優遇政策をとるのも、大企業というのはたいていすそ野が広いから、それが景気回復にいちばん効果があると信じているからである。
しかし、たとえば国民ひとりひとりに10万円づつ配ってみたらどうだろう。
国民はよろこぶだろうけど、そんなものは一時的な対処療法にしかすぎないことは誰にでもわかる。
だから大企業優遇というのにもそれなりの言い分があるではないか。

消費税導入は貧乏人をますます困らせるだけ。
そうかしらね。そうだろうね。
でもこの増税には民主党だって賛成したんでしょ。
野党は文句をたれていればいいだけの話だけど、政権をとれば政権党に選択肢はあまりないということを民主党が証明したようなもんだ。

政治家は国民に責任がある。
金のなる木があるわけじゃない。
積もり積もった赤字の解消、社会補償費のとめどもない増大、さらに震災や原発の復興費まで加わって、これじゃあ国家百年の計をまじめに考える政治家なら、どうしたって増税以外に方策はない。
そんなことよりムダをなくすのが先決だってことで、すぐやり玉に上がる公務員改革、官僚主導政治の打破なんてものは、民主的で和気あいあいの政治体制のもとではゼッタイに不可能だ。
それができるのは強力な独裁者だけだ。
でも日本国民は、問答無用で役人や官僚の首をたたっ切れるような政治家を支持するだろうか。
ヒトラーやスターリンにいてほしいと望むだろうか。
豪腕で黒帯のプーチンも凶悪なロシアの官僚体質に手をやいているし、多数の堕落官僚をかかえる一党独裁の中国でさえ、官僚においしい汁を吸われっぱなしなのである。

それでも安倍クンはまだ増税に慎重なようだ。
大金持ちのぼんぼん出身で、日本の台所をあずかる麻生クンなんか、早く早くとせっつくけど、せっかく手にした民意を手放すわけにはいかないってんで、じっと国民の大勢を見計らっているようだ。

これは外交にもいえる。
強引な発言で中国や韓国の心胆を寒からしめていた安倍クンだけど、権力をにぎってからはいくらか物言いに慎重になっているようにみえる。
なにしろ指導者のひとことで、トヨタやニッサンが営々と築きあげてきた信用と名声が、いともかんたんに吹っ飛ぶ時代なのである。
円安の恩恵もアベノミクスの命運も、ほかならぬ安倍クン自身の発言にかかっているのだ。

まもなく靖国の夏だ。
彼はお参りした場合の経済的損失(とアベノミクスへの影響)、やめた場合の国内の非難のていど(とアベノミクスへの影響)を、慎重に秤にかけているにちがいない。
そういう結論の出しにくい問題に、じつに短絡的に白黒を出せる国民諸君がうらやましい(と安倍クンは思っているんじゃなかろうか)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年7月23日 (火)

日本の未来

選挙が終わり、自民党が圧勝したというんで、安倍クンの独裁政権になるんじゃないかと心配するむきもあるようだけど、わたしはあまり心配していない。
日本には独裁者を巧妙に排除してきた歴史がある。
出る杭は打たれるの国であり、ひとりの皇帝にすべての臣下がひれ伏すような国じゃないのである。

自民党は右翼的から左翼的まで、さまざまな意見をかかえたプロ政治家の集団であり、その内部がそのまま日本の政治の縮図なのだ。
新人議員は縛ることができても、あるていどベテランの議員が政策に口をはさむのを止めるわけにはいかない。
安倍クンに対しては石波、官房長官の菅クンなどは対等に口を聞くだろう。
この両者にかぎっても、安倍クンとすべての考えが一致するとは考えられないし、両者とも安倍クンの人格が国民に肯定されたなんて思っちゃいないはず。
不気味人間の石波クンなんか、安倍クンが失敗するのを、海底にひそむアンコウのようにじっと待っているのだ。

国民の風の吹きまわしがころころ変わることは、安倍クンもよくこころえているだろうし、最近の国民はバカなのか利口なのか、そのあたりがじつに敏感だ。
国民の神経を逆なですることがあれば、潮が引くように民意は安倍クンから遠ざかるに決まっている。
日本のような成熟した民主主義国 (オバマ君の発言) では、どんな政治家でも国民の意に反することはできないのである。
アベノミクスが無制限に景気を上昇させることはないだろうし、破たんでもした日には、これはもう安倍クンにとって悪夢だ。
日本国民にとっても悪夢だけど。

問題はそのとき受け皿があるかどうかだ。
ひょっとするとまた自民党の分裂や政党再編が起きるかもしれない。
どさくさにまぎれて石破クンが新党を結成するかもしれない。
足もとを見透かすのが得意の公明党や、みんなの党の渡辺クンあたりが新党同盟の候補だな。
今回脱落した民主党だって、イケメンの豪志クンなんかまだ埋もれさすには早いって、女性たちが騒ぐかもしれない。
やっぱり寄らば大樹のかげってことで、今回の選挙の結果を知ってる政治家たちは、自民党籍のまんま、じっと進次郎クンが成長するのを待つかもしれない。
そのとき橋下クンや慎太郎クンがまだ政界にいるかどうか、たぶんいないだろうなあ。
ああ、ぜんぜん未来の予測が立たないや。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年7月20日 (土)

ネット選挙

ネット選挙だそうだ。
ほう、メシ食いながら投票できるようになったのかいと思ったら、そうじゃないという。
ネットで各政党の広報活動ができるだけらしい。
政党のとなえる公約なんてどうせアテにゃならないし、それなら毎日、朝日新聞を読んでるからよく知ってる。
朝日新聞は自民党ギライだから、今日の夕刊にも、つまり選挙まえの最後の誌面でも、麻生クンが消費税増税方針なんて書いている。
ぎりぎりまで自民党をけなそうって方針らしい。
このわるあがきがなんともいえない。
ガンバレ、朝日ってところだな。

それはともかくネット選挙だ。
へえ、日本の選挙も2チャンネルみたいな騒ぎになるのかいと、2チャンネルぎらいのわたしはあまり感心しない。
2チャンネルどころかツイッターもフェイスブックも興味がない。
最初のうちは会員の紹介がなければ入会デキマセンなんていっていたこの両者も、最近では価値ある (たぶん) ブロガーのわたしの重要性に気がついたらしく、やたら入会のお誘いだ。
しかし政治家の発言なんか街頭演説もネット広報も同じ金太郎飴みたいなもんだろうし、ネットだからってちょくせつ政治家に、わたしみたいな国民のはしくれがもの申せるわけでもなかろう。
そういうものをすぐに嬉しがっちゃう衆愚政治をなんとかしてもらいたい。
メシ食いながら投票できるようにしてもらいたい。
競馬なんかとっくにメシ食いながら買えるそうだ。

YouTube で映像を探していると、あの頼りない大川隆法サンの顔がしょっちゅう出てくる。
トブに捨てるような宣伝費をいくら使ったか知らないけど、あそこはけっこうお金持ちなのね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年7月18日 (木)

個人ノ情報

今回にかぎった話じゃないけど、先日うっかりしてわけのわからないものをダウンロードしたら、それからパソコン画面にしょっちゅう沖縄旅行の広告が表示されるようになった。
わたしがどんなことに興味をもっているか、それを探知する機能が組み込まれちゃったらしい。
旅行会社にしてもメーカーにしても、顧客の好みを知るのは大切なことだから、こういうスパイ・ソフトが流行るのはわかるけど、これだって個人情報の流出だ。
早い話が、昨夜 YouTube でいやらしい映像を探していて、はっと気がついた。
わたしがなにかの犯罪にまきこまれた場合、警察はこの情報をもちだして、えっ、女をうしろから襲ったのはおまえだろうなんてことをいいださないともかぎらない。

いまはアメリカへの渡航認証なんかもネットで手続きがすむ時代だ。
スノーデン君がバラさなくっても、わたしの個人情報がそのままFBIやCIAに直行しちゃってることは百も承知だ。
グーグルが世界中の道路をストリートビューで観られるようにしようという壮大な野望をもっているように、米国も世界中のありとあらゆる人間のデータベースを構築しようとしているのだ。
だからアメリカに渡航しようという人は、カモがネギをしょって行くようなものである。

かってのソ連もやってくる外国人の電話をひとつ残らず盗聴していたという。
盗聴はしたものの、翻訳と分析が追いつかず、ようやく疑わしい人物をつきとめたころには当人はとっくに帰国してしまっていたのだそうだ。
ま、当時は人間の手作業の時代だったからねえ。

しかし現在はコンピューターの時代だ。
膨大な情報を瞬時に解析できる時代なのだ。
パソコン先進国のアメリカが、これを防諜に役立てないと思うほうがおかしい。
もとCIA職員が暴露したことなんて、まともな人なら「ヤッパリ」ってなもんだ。
日本も盗聴されていたらしいけど、政府も外務省も抗議をしないのは、日米安保の関係や日ごろお世話になっているからじゃなく、そんなことは誰もが知っていることだからだ。
オバマ君が騒ぐのもわざとらしい。

あいかわらずしようもないことを書いてやがるなという人がいるかもしれない。
わたしがここで書いたことは誰でも知っていることかもしれない。
そうだとすれば日本国民の意識もなかなかのものがあるのだが、まだまだわたしの周辺にも、個人情報の守秘義務がどうのこうのとネゴトをこいている人がいるので困ってしまうのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年7月17日 (水)

八重山行き/1Q84

483

O君は八重山の旅にiPadを持参していた。
彼はさかんにその便利さを吹聴するけど、わたしはそれを無視し、ぜんぜん欲しいと思わないのである。
ヤケになった彼は、帰りの飛行機の中、目の前で画面を操作してマンガを読み始めた。
そういうものがお手軽に持ち運びできるというデモンストレーションである。
んなこといわれたって。

わたしは本を読むのは紙の本でという、頑固かつ古風な信念の持ち主だから、マンガだろうがなんだろうが相手にしないつもりだったけど、彼が村上春樹をちらちらさせ始めたとき、ついにそれを手に取ってみた。
世評の高いこの作家の作品を、いちどは読んでみたかったのである。
これまでその機会がなかった。
機会をつくるほど熱意があったわけでもないし。

このとき読んだのは 「1Q84」 という小説。
ロクなもんじゃないだろうと、これは世界的ベストセラー作家に対してはなはだ失礼な言い方だけど、映画なんかを観てもわかるとおり、昨今のそういうものはわたしの世代とは断絶がありすぎる。
現代の世代に支持されるものなら、とうぜんわたしの世代にはピンとこないものに違いないと、そういう偏見が最初からあってしまうのだ。

しかし考えてみると、この作家の年令はわたしとあまりちがわないから、彼はわたしの世代の代表みたいなものである。
そういう人が現代受けするってのはなぜなのか。
ま、そのへんを重点的に注視することにした。

冒頭を読んだかぎりでは、物語は2人の男女の物語が並行して進行する。
男のほうはまったく無視して、女のほうを読み進むと、渋滞で高速道路上でにっちもさっちもいかない女 (まだどんな人物なのかぜんぜん見当もつかない) が、意表をつくやり方で一般道路に下りてしまう。
女の衣装についてあれやこれやと詳しいので、むかしあった田中康夫の 『なんとなく、クリスタル』 みたいな小説かなと思う。
いまどきファッションやブランドにこだわるってのも古いような気がするけど。

とちゅうでこの女が殺し屋であることがわかる。
ふうん、ハードボイルドか、いや女ゴルゴ13かと思う。
続いて、仕事をひとつこなした女が、バーで知り合った親父に、じつにあけすけな物言いでセックスを迫る。
なんだなんだなんだといいたくなってしまう。
このあたりまではなかなかおもしろいけど、同時に先が見えたなって感じ。

これがミステリーとすれば、ついわたしの好きなサマセット・モームの 「アシェンデン」 あたりと比較したくなるけど、設定が突拍子もないことばかりで、じっくり読めるような雰囲気じゃない。
つまり、なんだな。
現代の読者というのは、こういう軽いタッチの、ありえない話が好きだってことだな。
春樹クンはそういう読者の嗜好を、もののみごとにすくい取ることに才能を発揮したってことだ。
そのへんのコツを呑みこみさえすれば、わたしの世代の作家でも、ベストセラーを量産できるってことになるのだろう。

うーんなんていろいろ考えているうち羽田に着いてしまったから、村上春樹もそこまで。
男の部分はぜんぜん読んでないし、そのくせ悪口になっちゃうのもマズイし、続きを読もうという気も起きないから、わたしにゃとてもこの小説の本質に迫れそうにない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年7月16日 (火)

もうすぐ

もうすぐ選挙だ。
ブログでこんなこと書いちゃマズイけど、どうも熱意がわかないのよね。
こないだテレビで党首討論てのを観たけど、まともなのはやっぱり自民党だけで、あとはあいもかわらずあげ足取りみたいな政党ばかり。
これじゃ自民党が勝つのは当然みたいで、それじゃ腹がたつから、投票を棄権するかって悩んでます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年7月13日 (土)

八重山行き/コミュニティ

482a

シュノーケリングに参加したとき訊いてみた。
昼にまたがってしまいますけど、昼食はどうなるんですかと。
わたしはてっきりボートにおにぎりぐらい用意してあるんじゃないかと思っていた。
ところがボートをあやつるかまどま荘の主人は、昼食は用意してありませんとぴしゃり。
2、3時間で帰ってくるから、集落の中の食堂で食べればいいという。

ちょっとがっかりしたけど、その言葉を聞いて考えた。
ふつうなら別料金で昼食を用意すれば、それだけでもかまどま荘にはなにがしかの利益がもたらされるわけだ。
朝食と夕食はセットになっているのだから、おにぎりぐらい作っても手間がそれほど増えるわけではあるまい。

しかし、かまどま荘がそれをすると、宿泊客をこの宿が完全に独占してしまうことになる。
昼食はほかの店で食べてくれというのは、この集落へやってくる観光客が他の店にもお金を落とすようにとの配慮なのではないか。
わたしたちはけっきょくシュノーケルからもどったあとで、ぶーの家でカレーを食べた。
4人で食べて、もちろんビールまで飲んだから、ぶーの家にも (たいした額じゃないけど) 貴重な現金収入があったことになる。

船浮集落は小さな部落だけど、そういう互助の精神が生きているようである。
沖縄の田舎ではあたりまえのことかもしれないけど、東京という血も涙もない都会からきた旅人にはこれは大発見のように思える。
以前書いたことがあるけど、わたしが想像する天国というのは (そんなものがあるとすればだけど)、つねにわたしが幼いころに過ごした郷里の風景に似ていて、みんながみんな家族のようなきずなで結ばれているところなのである。
だから、ここはまったく天国みたいなところだ。

482b

コミュニティというのは、わたしみたいなわがままにはツライところもあるけど、ここではそれほどたくさんの義務やノルマがあるように思えない。
ひょっとするとリタイヤ後はここで年金生活でもしようかしとらと、本気で考えてしまう。
フィリピンやタイで老後を過ごそうという人が多いというけど、まかり間違えると裸にされて現地で放り出される可能性があるそうだ。
同じ日本にこんなすてきなところがあるなら、こっちのほうがよっぽどいい。
と、外国語のわからないワタシは考えてしまう。

離島は不便じゃないかと考えているアナタ。
ちゃんとネットはつながるし、だとすれば服だって医薬品だってエロ本だって、ネット通販で買えないわけがない。
いまどき混雑していて、空気がわるくて、どこかオカシイ人の増えつつある都会でしか暮らせないと考えるほうがアホやねん。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年7月12日 (金)

八重山行き/ヨタ話の4

海の中にはちょっと信じられない出来事がたくさんある。
その例としてまず、他の魚の体表についた寄生虫を食べることから、海の掃除屋さんとして知られるホンソメワケベラのことを挙げてみよう。

10001b

わたしも見るまで信じられなかったけど、この魚が (たいてい2匹で) ちょろちょろしているところでは、ふだんなら食ったり食われたりという関係の魚までが、おとなしく並んで掃除してもらう順番を待っているのである。
ウツボのような凶悪そうな魚まででっかい口をあけて、体長10センチほどの小さなホンソメワケベラに歯のすきまを掃除してもらう。
まるで童話みたいだけど、これは本当である。
ダイビングをしたことのある人なら、この掃除屋は伊豆あたりでもけっしてめずらしい魚ではないことを知っているはず。

お客さん商売であるから、床屋が赤と青の看板をくるくるまわすように、ホンソメワケベラはよく目立つファッションをしている。
ところが他人の商売がうまくいくと、それにあやかりたいと考えるのは魚もいっしょ。
派手なホンソメワケベラとそっくりなファッションで、じつはほかの魚をかじってしまおうという不届きな魚もいるのである。

10002b

エビの仲間 (ほんとはそうじゃないんだけど) のシャコという動物がいる。
寿司ネタとしてもお馴染みで、色彩の派手なものもいて、水中撮影のいい被写体になったりするけど、大きいやつは30センチ以上になる。
じつはこいつはものすごい乱暴者であるから、このサイズになると注意しなくちゃいけない。
わたしはシャコがガラス板をたたき割るのを見たことがある。
借金の取り立てにきたヤクザみたい。
信じられないかもしれないけど、これホント。

10003b

わたしの友人に海水魚を飼うのが趣味という人間がいて、水槽の中に魚たちとともにムラサキハナギンチャクというものを入れておいたそうだ。
これは長い触手をもったきれいなイソギンチャクで、これが水槽の底でゆらゆらと腕をふっているところなんか、花が咲いたみたいで、涼しそうでなかなかすてきである。
しかし、イソギンチャクはイソギンチャクだ。
ある日帰宅したら、いっしょに飼っていたチョウチョウウオがハナギンチャクに食べられてしまっていた。
それが、二つ折りにされて、お腹の中におさまっているのが透けて見えましてねと友人の弁。
油断もすきもないという話。

イソギンチャクやクラゲは魚たちにとって大敵のはずだけど、クマノミのようにその触手のあいだを平然と泳ぐ魚もいる。
ふつうならしびれて食べられちゃうはずで、人間にとっても危険きわまりないカツオノエボシにも、その足のあいだを隠れ家にしている魚がいるのである。
いったいどうして平気なのかといろいろ研究していた学者が、試しに死んだカツオノエボシにこの魚をくっつけたら、ぴりぴりっとしびれてしまったそうだ。
死せる孔明生ける仲達をしびれさすってところで、どうもさっぱりわからんね。

もっとすごいのは、このカツオノエボシをばりばりと食べちゃって、しかもその刺胞を体内に取り込んで、クラゲの毒針を自分の武器にしてしまうアオウミウシなんて動物である。
これはあらゆるものに天敵がいるという見本だし、食ったり食われたり、しびれたりしびれさせたり、海の動物たちの相関図はトッテモ複雑であるという証明なのだ。

添付したのはネットからの収集で、上からホンソメワケベラ、シャコ、ムラサキハナギンチャク。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年7月11日 (木)

八重山行き/ヨタ話の3

30000b

ダーウィンは 「ビーグル号航海記」 の中で、サンゴ礁の成り立ちについての考察をしている。
考えてみればサンゴ礁がどうやってできたのか、これも不思議である。
いやいや、サンゴ礁が小さなサンゴ虫によって築かれたことぐらいは誰でも知ってることだ。
不思議というのはこういうことである。

サンゴ礁というと、いちばんよく頭にうかぶのは、島や陸地からすこしはなれた沖合に、ずうっと壁のように連なっているものである。
オーストラリアにあるグレートバリア・リーフが有名だ。
沖縄あたりでも陸地からへだたった場所に白波がたっているのを見ることができる。
またきれいなリング状になったサンゴ礁もある。
まん中に島があるわけでもないのに、ぐるりと環状になったサンゴ礁はどうしてできたのだろう。

ダーウィンの見解によると、サンゴ虫というのは深海では生きていけないそうである。
だからサンゴ礁はあるていど浅いところに土台があって、それにとりついたサンゴ虫が、何千年、何万年もかけて足場をすこしづつ拡張していったものということになる。
サンゴ虫が長年の歳月をかけてせっせと作ったものなら、ふつうは陸地から放射状にひろがっていくと考えるほうが妥当ではないか。
どうして陸地からすこし離れた場所にあるのか。

ダーウィンはその理由について、陸地の沈降をあげている。
最初は陸地からのびていったものが、陸地が沈んで取り残されたというんだけど、しろうとのわたしにはなんか納得しにくい理由である。
早い話が、沖合にサンゴ礁がある島は、たとえば沖縄やオーストラリアも沈んでいるのかしらということになる。
リング状のサンゴ礁については、土台になったのは海底火山の噴火口じゃないかという説もあって、これはわたしでも思いついたけど、火山が土台ならそのうちのいくつかは今でも煙ぐらい出ていそうなものだ。

うーむと考える。
もともとは陸地からのびていく。
なんらかの理由で、外洋に面した外側の部分のほうが成長が早い。
そのうち陸地のほうがじわじわと沈降する。
やがて現在のような形態のサンゴ礁ができあがる。

660b

こんな理屈をひねりだして、自分なりにダーウィンの理論を理解するのに2、3日かかった。
もちろん陸地は沈降するばかりじゃなく、隆起しているところもあるはずだけど、そういうところではサンゴ虫は死滅してしまうから、そもそもサンゴ礁は存在しない。
ってことでいいんじゃないか。
ここにかかげた画像はモルジブのものだけど、ここもかっては小さな小島が乱立するところだったらしい。

わたしは専門の科学者じゃないし、原因を究明したっていくらかもらえるわけでもなさそうだから、この話もヨタ話で終わりにしておこう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年7月10日 (水)

八重山行き/ヨタ話の2

陸上の動物だって昆虫まで含めれば、そのかたちの多様性はそうとうのものがあるけど、海の中の動物にはとてもかなわない。
タツノオトシゴという動物がいる。
なんの知識もなしにこれを見て、これが魚だと言い当てられる人がどれだけいるだろう。
岩礁にはフジツボだとかカメノテなんて、岩だか貝だかわからないものがくっついているけど、これはなんの仲間だろう。
これはじつはエビやカニの仲間で、だから味噌汁にいれるとカニと同じダシが取れるなんて信じられるだろうか。

100000b 2000000b

添付した画像は2枚とも、オレだってタツノオトシゴだいという動物。

海の動物の中にはどうみても植物としか見えないものがいる。
たとえばシロガヤなんて羊歯の葉にそっくりだ。
しかも根っこがあって海底の岩の上に生えているのだ。
動物のくせに移動もできないという不便な生きものなのだ。

海中の岩の表面に生えていて、小さな花にしか見えないイバラカンザシなんて、本物の花よりきれいである。
サンゴの仲間かと思ったら、これは釣りのエサにする、あの気色わるいゴカイの親戚だそうだ。
ほかにもサンゴ礁を彩るソフトコーラルの仲間も、むかしの人はみんな植物だと思っていた。

7000b 7000c

このように海の生きもののかたちの複雑怪奇なこと、ユニークなこと、好奇心の旺盛な人にとっちゃたまらないくらい、海の中というのはおもしろいところなのだ。

先日のBS 「ワイルドライフ」 を観ていたら、南米にすむハキリアリという昆虫が出てきた。
このアリは木の葉をきざみ、巣の中で食用の菌類を栽培することで知られている。
つまりアリのくせに、感心なことに農業をするのである。
海の中にも農業をするものがいないかと考えてみた。

サンゴというのは動物だけど、体内に光合成をする褐虫藻を共生させて食べ物を自家製造しているから、これは農業のいち形態といっていいかもしれない。
もともとサンゴ礁というのは貧栄養で、魚たちにとって生きにくい環境であるにもかかわらず、おびただしい魚が繁栄しているのは、サンゴのこの農業によるところが大きいという。
バカにはできないのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アカハナユウゲショウ

481

なにかネタはないかとダーウィンの 「ビーグル号航海記」 を読んでみたら、サンゴ礁に関する考察があった。
読んでみたけど、わかったようなわからないような。

で、前項でお知らせしたアカハナユウゲショウ (紅花夕化粧) の紹介。
1センチほどの小さな花なので、ここはマクロの出番である。
ひとつひとつは清楚な花だけど、大群をなして咲くので、かわいげがない。
花期も長いので、そのうち感動しなくなる。

うちの近所でいまが満開なのは、ほかにワルナスビ。
ナスによく似ているけど、調べてみたら極悪指名手配犯みたいなタチのわるいことばかりの植物で、紹介しようって気にもなれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年7月 8日 (月)

ネジバナ

480a 480b 480c

時期的にはちょっと遅くなったけど、またマクロ写真。
ネジバナ、別名モジズリ。
ついマクロで紹介したくなるサイズの花である。

現在のカメラでマクロ写真を公開したのは去年の8月だから、そろそろ1年になる。
わが家の近所の小さな花たちをマクロで紹介するのも、そろそろ四季が一巡したことになる。
近所に咲く小さな花のすべてをマクロで紹介しようという野望をいだいているんだけど、撮っただけで紹介せずにしまった花もたくさんある。
たとえばぼちぼち散歩道に咲き始めたアカバナユウゲショウなんて花も、マクロで紹介したくなる小さな花だけど、まだいちども紹介していない。
つぎの機会に紹介することにする。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年7月 7日 (日)

八重山行き/ヨタ話

Ph1lb

船浮集落の岸壁から見下ろすと、海中にガンガゼがゆらゆらと棘をゆらしているのが見える。
ちょいと見には棘の長いムラサキウニみたいだけど、ダイビングをしたことのある人なら、こいつが海で注意しなければならない動物の代表であることを知っているはずだ。

海の中には人間にとって危険な動物が少なくない。
サメのようなでっかいものはさておいて、ダイバーや素潜りをする人、磯遊びをする子供たちでさえ注意しなければいけない動物がたくさんいるのである。
ガンガゼ、ミノカサゴ、ゴンズイ、オコゼの仲間などは、伊豆あたりの海でもけっしてめずらしい生きものじゃないから要注意だ。
ま、たいていはこっちから手を出さないかぎり害はないけど。

見るからに危険そうなウツボなんて可愛いほうだ。
ウミヘビも気色わるいけど、人間が尻尾をつかみでもしないかぎり無害である。
ガンガゼなんか、危険なくせに食べると美味しいらしい。

沖縄には猛毒のハブクラゲというのがいるそうだ。
上記の生きものに比べると、クラゲの場合、音もなくただよってきて、気がつかないうちに触れてしまうことがあるから、こっちのほうがヤバイ。

あらかじめクラゲがいることに気がついた場合、頭の部分よりも足のほうが長いタイプには注意すべしという通説がある。
ミズクラゲなんてやつは大量発生することがあるけど、足が短いからあまり危険ではない。
わたしは三浦三崎の海岸でこいつをかきわけながら泳いだことがある。
カツオノエボシなんてのは危険なクラゲの筆頭で、足の長さは50メートル!になるやつもいるという。
ただわたしは海でいちども出会ったことがないから、数はあまり多くないようだ。

さいわい今回の西表島ではひとつも見なかったけど、オニヒトデというのがいる。
トゲだらけで、自称ナチュラリストならついさわってみたくなる動物だけど、よく知られた危険動物だから、もちろんさわってはいけない。
しかしこいつはサンゴの大敵だから駆除しなければならない。
さわらずにどうやって駆除すればいいのか。
ずっと以前に見た光景では、長い火箸みたいなものでこいつを串刺しにして捕獲していた。

捕獲をしてもあとの始末が面倒だ。
ヒトデの仲間はいいかげんな処置をしておくと、切断した腕からまた1匹のヒトデが再生してしまい、かえって数を増やすことになってしまう。
ナマコやウニなら食べるってこともあるけど、ヒトデを食べるってのは聞いたことがないし、せいぜい漢方薬のほうでしか利用方法はないみたいである。

6500b

船浮の桟橋の下にはウミヘビのようにくねくねと長いナマコがいた。
これはオオイカリナマコ。
長さは1メートル半ぐらいあったけど、さわると30センチぐらいまで縮むそうだ。
試してみようと思って海に入ったところで、わたしのカメラはいかれたのである。
このナマコは踏んづけると痛いそうだけど、そもそもサンゴ礁は素足で歩くところではないということを了解していたほうがいい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年7月 5日 (金)

八重山行き/サンゴ礁の魚

今回の旅でわたしの目的はサンゴ礁を見ることだった。
サンゴ礁にはたくさんの魚が棲んでいる。
それもどうしてこんなにといいたくなるくらい、色彩ゆたかなものが多い。

どうしてサンゴ礁の魚はあんなに派手なのか。
ダーウィンの進化論からすれば、カラフルなサンゴ礁のあいだに棲むのだからカラフルなほうが保護色になるってことかもしれない。
しかし、たとえば赤い色がサンゴの中で目立たないのならば、すべての魚が金目鯛みたいな色にならなければならない。
あんなふうにてんでんばらばらな色彩になるとは考えにくい。

50000b_2

進化論を根拠にする場合、もうひとつ考えられるのは、まわりに色彩があふれているところでは、さらに派手にしないと伴侶を見つけられないってことがある。
他人(他魚)とすこしでも異なる色彩・模様の魚ばかりが子孫を残すことになって、それで派手さがどんどんエスカレートしちゃったんだろうということになる。
中にはまるでなんかの悪ふざけとしか思えない模様のモンガラカワハギなんてのもいるけど、おかげで彼らは仲間同士を間違えようがない。

そんな理屈がまかり通るなら、マグロやサンマだって派手になるはずだという人がいるかもしれない。
しかし外洋を泳ぐ魚とサンゴ礁の魚では条件が異なるのである。
サンゴ礁ではかくれるところがいくらでもある。
外洋にはそんなものはないし、目立つということは捕食者にも被捕食者にも命とりだ。

60000b

こういう理由でサンゴ礁の魚たちは派手になり、おかげで水族館も目玉に不自由しなくなったのではないか。
派手な魚は不味いという説もあるけど、沖縄方言でイラブチャー(アオブダイ)の刺身はなかなかうまい。
アオブダイというのは出っ歯でサンゴをぼりぼりとかじっているいる魚で、サンゴ礁ではめずらしくないし、沖縄では魚市場にもたくさん上がっている。
やはりそうとうに派手である。
もっとも青いのは皮だけで、肉は白身でタイに似ている。

添付した画像はネットで見つけたもの。
わたしの防水カメラはまだ壊れたままなので。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年7月 4日 (木)

エジプトの政変

エジプトで政変だ。
ああ、ムラバクを退陣に追い込んだアレでしょ。
え、ちがう?
それじゃタクシム広場のデモのことかい。
あれはイスタンブール?
どうも最近の中東はめまぐるしくて、話が混乱していけないね。
今度はなんの騒ぎだい。

エジプトでは改革派と保守派が拮抗している。
こちらとあちらの支持者が半々なら、大統領はふつうは両者の和をはかるべきなんだろうけど、なんたって舞台はアノ中東だ。
選挙で選ばれたのはこっちだってわけで、ぜんぶ自分たちの都合のいいようにやっちまおうとする。
その都合の中には、いうことをきかない、あるいは方針が一致しない軍部の改革も含まれる。
だから軍部にとっちゃ、国内の騒乱はそうはさせないというもっけの僥倖。
てっとり早いのが今回のクーデターだ。

本音とたてまえを使い分けるアメリカも困ってんだろうなあ。
民主的な選挙で選ばれた大統領をひきづりおろすなんて行為は、民主主義の番犬を自認する米国にはもちろん許せることではない。
しかしひきずりおろされた大統領は、アメリカ嫌いで知られたムスリム同胞団の人である。
しかも当初は温厚な人かと思ったら、じょじょに強権を発揮してきた。
軍部のほうはアメリカと仲がいい。
だから、ひょっとすると影で煽っているのはアメリカかもしれないと思われるのがアメリカのつらいところだけど、なにしろ本音とたてまえが食い違う米国の前科は数知れずだからねえ。

エジプトもイスタンブールも、旅行するのにだんだん不安な国になってきた。
旅好きとしては困ったモン。
車が使えないと夜遊びにも行けないから、ひたすらブログの更新に熱が入っちゃう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ケシカランの特集

朝日新聞の投稿欄に投稿した人に対して、姓名や住所を暴露するようないやがらせがあったそうで、今日の投稿欄はそれはケシカランという投稿の特集だ。

どうして世間にはこんなに卑劣な輩が多いのか。
わたしもブログでいい気なことを書きまくっているから、いつ名前や住所を暴露されないともかぎらない。
平和的に地味で穏便に生きているわたしの名前が新聞に載るなんてことは、今もこれからもありそうにないから、売名のいいチャンスであると思ったりしてんだけど。
せいぜい50か60しかないところに、数万のアクセスが殺到して、ブログが炎上するというのも、いちどは体験してみたいんだけど。

よけいなことはさておいて、他人の意見に対して不穏当なやり方でいやがらせをする人ってのは、最近流行りの自分の意見がゼッタイ正しいという独善家にちがいない。
こういう連中をケシカランという意見にはわたしももちろん賛成だ。
しかし賛成するだけではきわめて常識的な判断で、わたしのもっともきらう結論である。
こころやさしい人間のわたしは、そういう独善家の事情も考えてしまう。

だいたい新聞に投稿するような人は、それなり文章力に自信のある人にちがいない。
しかし世のなか、誰でも思い通りの、つまり投稿してもおかしくない文章が書けるとはかぎらない。
文章はニガ手だけど政治には関心があるっていう人もけっこう多いのである。
さあ、どうしよう。

こいつの意見はオレとちがう。
そう思ってもきちんとした反論ができない。
できなければ黙っていればいいのだけど、安倍クンの発言はいかにも日本が強そうで、気持ちイイから好きである。
そういう安倍クンをけなすやつは許せない。
意見の異なる人間は抹殺すべきではないか。
うーん、イライライラと、こういう場合、文章以外の方法でなんとか反論しようとする。
いやがらせなんて方法に飛びつくのはこういう人だろう。

だとすればこういう人たちにも同情の余地があるはずはゼッタイにないけど、同じ土俵で正々堂々と勝負しろってのもなんだしなあ。
やっぱり日ごろからちゃんと書物や新聞を読んで、文章力を養わないとイケマセンとしかいいようがないか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年7月 3日 (水)

懲りないワタシ

このブログの読者の中には、わたしのことを後期高齢者じゃないかって疑っている人がいるようだ。
昼間っから散歩をしたり、ブログ記事を更新ばかりしているからだろう。
どうして世間にはそんなに疑い深い人が多いのか。
ってなことを、人いちばい疑い深い自分のことは棚に上げて絶叫してしまう。

さいわいそんな疑惑をはらす絶好の機会がおとずれた。
運転免許が停止になっちゃったのである。
スピード違反で40キロオーバーだ。
10キロ20キロならともかく、40キロ以上となると、これはもう青少年の違反であって、通常は後期高齢者が出すスピードではない。
不本意ながら、これがわたしが後期高齢者でないことの明白な根拠だ。

くそっ、今日から1カ月、どうやって過ごすか。
またロシアか沖縄にでも行っちまうか。
生活保護でも申請するか。
懲りないねえ、ワタシも。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年7月 2日 (火)

ペンギン

11000_2

先だってのNHKのBS 「ワイルドライフ」 は、2回に分けてペンギンのドキュメント。
ペンギンを扱った記録映画は多く、正直いってまたかいといいたくなる気分。
たいていがペンギンの可愛らしさを強調したような内容だから、わたしみたいにしょっちゅう自然科学の番組を観ている人間には、もういいかげんにさらせという感じ。
それでもほかにろくな番組がないという消極的な理由で録画しておいたら、今回のそれはなかなかおもしろかった。

最近は超小型で高性能のテレビカメラや、それを遠隔操作する技術が発達しているから、これをペンギン型のロボットや、プラスチックの岩や、卵のダミーの中にひそませて撮影したところが新機軸。
これだとペンギンに気づかれずに、すぐそばまで接近して撮影できるのである。
ペンギン型のロボットがペンギンたちにつっつかれる場面なんかあって、その異常接近ぶりがおもしろい。
卵の中にひそませたカメラなんか、それを本物の卵と信じた猛禽類のカラカラに、天高く持ち上げられて、予期せぬ俯瞰撮影になっていた。

取り上げられていたのは、南極にすむコウテイペンギン、フォークランド諸島のイワトビペンギン、赤道に近い南米ペルーにすむフンボルトペンギンで、それぞれの場所で何種類もの本物そっくりのロボットカメラが活躍。
こういうアイディアはNHKの発案じゃないなと思ったら、案の定、自然科学の番組に定評のある英国BBCのカメラマンによる撮影だった。
こんなことを書くとNHKから苦情がくるかもしれない。
共同制作なんだよ、ウチだってアイディアや機材を提供してるんだよ!
ああ、そう。
映像はきれいだし、詩情もユーモアもあるから、NHKじゃないだろうって思っただけです。

岩登りに失敗してころころと転がり落ちるペンギンや、岩場に上陸するというより、荒波で打ち上げられるというほうがぴったりのペンギンもいて、痛そう、骨折しないかと心配だったけど、防寒用の肉布団にくるまれたペンギンてのは、なかなかケガをしないらしい。
添付した画像はネットで見つけたもので、CGアニメでしょと思ったら、本物のようだ。
こんなのを見せられると、やっぱり結論はペンギンは可愛らしい動物だとしかいいようがない。

誰が撮影したにせよ、カメラの高性能化、それによる新しい撮影テクニックは、わたしたちにまだまだ驚異の世界を見せてくれるものである。
DVDに焼いて永久保存だな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年7月 1日 (月)

パンダ

わたしはぜんぜん残念とは思わないけど、上野のパンダが想像妊娠だったそうだ。
パンダというのはとても神経質な動物だそうで、生殖もいつでもOKというわけではないらしい。
以前新聞で読んだけど、じっとメスのようすを観察していて、発情した瞬間に絶妙のタイミングでオスをあてがって生殖させる。
そうしないと妊娠しないのだそうである。

うーむと考える。
人間は四六時中発情していて、どこでもいつでもOKというめずらしい動物だけど、人間の、それもメスがパンダなみに神経質だったらどうだろう。
妊娠の機会はほんの2、3日しかないってことになったらどうだろう。
結婚したばかりの旦那は、じっと女房を観察していて、発情したと思えた瞬間に生殖をする。
そうしないと妊娠しないのだから、これは重大な問題で、企業も出産や育児休暇とならべて生殖休暇というものを設けて、子作りに協力しなければならない。

夫婦ならまだいいけど、街をひとりで歩いていた女性がとつぜん発情したらどうなるか。
この機会を逃すのは犯罪行為だから、とりあえず手近の男が生殖に協力しなければならない。
映画館で映画を観ていた女性が発情した場合も、とうぜんとなりに座っていた男が生殖してあげなければならない。
少子化はいまや人類の存亡にかかわる問題なのだから、恥ずかしいとか公然ワイセツなんていってる場合ではないのである。

映画館はまっ暗だからいいけど、たとえばまっ昼間の満員電車の中で、3人の女性が同時に発情したら、まわりの男たちがよってたかって・・・・・ これはもう想像するだにヒワイである。

あ、だんだん筒井康隆調になってきた。
今回の記事はこのブログ始まって以来最悪の下ネタであることを保証いたします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

八重山行き/水落ちの滝

1478a_2

シュノーケリングのあと、船長のサービスで 「水落ちの滝」 というものを見物に行った。
滝というと、西表島では浦内川の上流にあるカンピレーの滝やマリユドゥの滝が有名だけど、こちらはマングローブの林の奥にある滝で、陸上からでは近づけないというところがポイント。
めったに水が涸れることがないので、むかしは日照りのときなど、若いものがサバニに乗ってここまで水を汲みにきたそうである。
垂直の絶壁から落ちる滝で、ボートやカヌーで真下に接近し、頭から水をかぶることができるのがタノシイ。

1478c

いい歳こいたおじさんたちがノーテンキな歓声を上げてるのは困ったもんだけど、わたしもそのノーテンキのひとりだったから、写真を撮っているひまがなかった。
この写真は友人が撮ったビデオから起こしたもので、ちょっと不鮮明。

滝そのものよりも、自然探求派にはそこまで行くあいだのマングローブの森がおもしろい。
マングローブは水辺に生える樹木の総称で、ひとつの木の名前ではない。
代表的なものにメヒルギ、オヒルギ、ヤエヤマヒルギなどがある。
ということをかまどま荘の主人が懇切丁寧に説明してくれる。

マングローブはよい木炭の原料になるそうで、現在は過疎の船浮にも、かっては近くに鉱山があって需要は多かったから、乱伐されたこともあったそうだ。
その生活史をながめると、種子が干潟にとっかかりをつかむまではスピード勝負のところがあるけど、いったん根付いたあとはじっくりと成長する木らしい。
成長の遅い木がよい木炭の材料になるのは、備長炭のウバメガシと似ている。

マングローブは水質浄化におおきな貢献をする植物なので、環境保全や生態系にもきわめて重要な働きをしているそうである。
そもそも汽水域 (海水と真水の入り混じるあたり) に生える植物だから、陸上生物の先祖はこの根もとあたりから派生したといえなくもない。
根もとにトビハゼ (魚) がたくさん棲んでいるけど、これがカエル (両生類) になるまであとひと息という感じだ。

主人の話によると、年に何回かは、この茂みの中でイリオモテヤマネコを見られるそうである。
あいつはネコのくせに水浴びをするからねとのこと。
わたしも見たかったけど、年に一度ぐらいしかマングローブの茂みにやって来ない人間だから、この両者が遭遇する可能性はかぎりなく低い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2013年6月 | トップページ | 2013年8月 »