つげ義春のマンガ
図書館へ行ってつげ義春の本を借りてきた。
本といっても、ようするにマンガである。
大のおとながマンガを借りるのは恥ずかしいけど、最近の図書館は貸し出しもIT化されているので、たとえポルノ雑誌を借りてもきれいな司書の娘と対面するわけじゃないのがアリガタイ。
つげ義春は60年代の末に、「ねじ式」 というマンガで一世を風靡した漫画家だ。
わたしもとうぜん影響を受けた。
ただ、いくら絵が上手になってもこういう傑作が描けるわけじゃないことを、痛切に知らしめてくれた作家でもある。
ワタシみたいな絵のうまい?人が、おなじカット割り、おなじ人物をおなじ構図で描いても、けっしてこのような傑作になるわけではないのである。
借りてきたのは 「義男の青春」 という表題の短編集である。
ちょっとした人生の機微みたいなものを見逃さない、こんな地味な私小説みたいな短編を描かせると、ホント、この人は天才だなと思ってしまう。
マンガ文化が隆盛の日本でも、昨今ではこの作家を知らない若い人も多いだろうから、どんな絵なのかを説明するために1、2のカットを紹介してしまおう。
この人の作品はリアルな細密描写と、ヘタウマといいたくなるような人物画がミックスされているところが特徴で、作品のテーマとしては 「ねじ式」 のようなシュールなもの、なんてことのない旅先での出来事をあつかったもの、戦後の貧しい時代をリアルに描いたもの、現在の自分の実生活にもとづいたらしいものなどがある。
多くの作品でそれが醸し出す、どこか無気力な雰囲気がすばらしい。
でもいまここでそれら全部に触れているわけにはいかない。
ヘタウマと書いたけれど、借りてきたマンガに登場する女性、たとえば 「義男の青春」 に登場する宿の女中さんなんか、妙になまめかしくて、井伏鱒二の小説に出てくるイロっぽい和装美人みたいである。
井伏鱒二とつげ義春の共通点については、このブログの2007年10月3日に書いた。
この本には、かなり卑猥なSEXシーンもある。
そこに登場するのは、すべておばさんみたいな体つきの女性ばかりで、モデルのようにスマートな体つきははほとんどいないけど、それがまたやけに生々しい。
足りないところは想像力でおぎなってしまうわたしにとって、ひさしぶりにむらむらと (いやらしい) 妄想をかきたててくれるマンガだった。
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